ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

41 陰と死角

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 地下十二階の三〇六号室。もちろん隈射目くまいめ本部の。
 ここに寝室は幾つもあるけど、その一つ、一番奥の部屋の天井を眺めながら横たわっていた。僕はその姿勢で考えていた。

 ……なんでこうなったんだろうな。
 燐治りんじさん――もとい、粋暁きよあきさんを助けたのが僕で、それから狙われた。
 助けたくなかったなんて言わない。そんな風に思ったことなんてない。
 でも。は僕。
 僕がこんな力を持たなかったらこんなことには……。
 でも。その場合は粋暁きよあきさんを助けるのが別の人だったかもしれないし、できなかったかもしれない。そんなのは……。
 どっちにしろ、置き去り殺人の被害者は出続けていたのだろう。だったらだったで、僕がこうならなかったら、そのあとのことはどう違ったのか……。
 僕さえいなきゃ、こんなことは……。
 どうなんだろう。僕が狙われて、逃げて、隠れてる。
 だから――だからこうなって――。
 僕が……。
 ……?
 僕が死ねば、全部終わるのかな。
 死にたくなんてないけど、そこはどうなんだろう。
 僕が死ねば、こんなことは……。
 鉄を吸収できるかどうかとか、強いマギュート使いということで注目されて、多分追われてる。
 ……そうだ。こんなことは、僕だけで終わればいいんだ。
 でも、僕が死んだとしても、捕まったとしても、今度は僕ではない誰か近い者が、何かの手掛かりになると思われてターゲットにされるかもしれない。
 嫌だ。死に損だけはしたくない。生きて戦えば、きっと誰かを守れる。きっと。そう思わないと、僕はもう、このずっと刺さり続けるような感情に押し潰されてしまいそうだ。僕のせいで、犠牲が増える、そんな可能性もきっとあるから……。
 そんな犠牲は、ないのが一番いいんだ、そのはずだよ、そうだろ……右柳うりゅうさん……檀野だんのさん……みんな……。みんなそう思うはず。だからみんな今頑張ってる、そのはずなんだ。

 そう考えたあとで、喉の渇きを覚えて何かを飲みたくなった。
 地下の組織用のコンビニに行ってもいい。ただ、三○六号室内だけで済ませられればそれでもいい。
 冷蔵庫の中のものを求めてリビングに向かうと、テレビの中の男性の声が聞こえてきた。

「ある掲示板のコメントで、自分を消防隊員だと名乗る男性はこうコメントしています――『彼は少なくともある事件に関わってる。その事件の真相は今一分かってない。一方いい噂もかなりある。こういう奴ほど裏で何をしているか分からないかもな。そいつのことも信じない方がいいんじゃないか』と――」
 そこで画面は真っ暗になった。
 テーブル前のソファーに寝た格好で、お兄ちゃんがリモコンを持っていて、それをテーブルに置いた。そうしたあとのお兄ちゃんは、僕の様子をちらりと見たりして言葉を探している風だった。

 テレビの電源を……。僕のためか。

 そんな兄が。「気にすんな。さっきみたいな奴もいれば、お前のことをちゃんと知って味方でいてくれるって人も大勢いる。ここの人達も味方だしな。だろ?」
「……うん、そうだね」
 僕がそう言うと、お兄ちゃんはまたテレビをけた。

 話も済んだから……かな。そうなんだろうな。

 テレビの中で、今度は女性キャスターが。
「こんな意見もありますね。『彼のことをちゃんと知ってから信じるかを考えるべき。ある事件に関わっていると言っても、こんな風に彼のことが世間に知られる前だったから真相を明かすべきでなかっただけだったのかもしれないし』と――」
「よかったな。ここにも味方がいた。ま、中立的なだけかもしれないけど」

 案外味方は多いのかな。
 そう思えたことは嬉しい。
 ただ、信じない者の言葉は何だか強く広がりそうな気がする。それが怖い。「番組がそれを拾い上げててよかったよ」ひとまず嬉しさを表現したけど、胸の中に、少し冷たい水が流れる穴でもあるような気がした。
 僕は、ここのみんなや実千夏みちか要太ようた谷地越やちごえさん、今まで接してきた大事な人達を思い浮かべてから――きっと大丈夫だと自分に言い聞かせてから――冷蔵庫までを歩いた。
 麦茶が入ったボトルがあったから、棚から出したコップに注いでそれを一杯分だけ飲んだ。

 ふう、とつい溜め息をつく。
 コップを洗い、流しの水切りかごに逆向きに置いた。

 ――こんな風に嫌な想いを洗い流せたらいいのに。

 そう思ってしまうほどに、この気持ちはかなり尾を引くものらしい、僕にとっては。
 腰の高さのタオル掛けの手拭きで手の水分を吸わせると、それから僕は。
「じゃあ僕は奥の部屋にいるから」
「おう」
 そしてまた部屋に戻った。

 眠ろうとする。でも、なかなか眠れなかった。
 考えてしまう。シリクスラさんに任せていたらどうだったんだろう。あの二人と戦った時、仲間を引き連れて隈射目くまいめの人達が来なかったらどうだったんだろう。
 僕は一人で戦えてない……? 邪魔ばかりしてた……?
 違う。そうじゃない。
 僕が助けられたことばかりだけど、僕が助けたことだってある。あれはその支え合いの延長で仕方なくそういう状況になっただけ。シリクスラさんが任せてと言ったあの時のことだけは後悔があるけど、それでも僕は……僕だけは……僕をもっと信じないと……。
 駄目だ、もう寝よう。しっかり休まないと……。
 色々考えたあとでそう思っても、やっぱりなかなか寝付けなかった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 夜間、念のため現場を見て回った。俺達が対策部隊だとあのジャック犯に知られぬように気を付けながら。
 最初は車で回るだけ。どうも見られているような感じはしない。
 見られているかどうかの確認ができたら、工事業者にふんし、隠れて監視するための仕掛けを設置していった。
 草むらでなら茂みに擬態するが、今回は道路やビル群、街並みへの同化。工事用のパイロンで一定範囲を囲み、その中には鉄の箱に似せたもの。その箱の一面はスモークガラス。特殊な黒いフィルムを外側の監視したい側の面に貼っている。外からは中が全く見えない。中からは普通のガラスと……まあ同じくらいに外がはっきり見える。
 その中から監視。相手が協力者でないと分かれば、角にある穴から銃身をやや出して狙う。敵が大きく動いてしまう場合は、特に狙撃銃の場合、角度の調節が難しいため、その箱から出て構え、狙い撃つことになるだろう。

 そして、この設置物がそういうものだということを、ジャック犯には恐らくバレてはいない。
 もし勘付いていれば彼らは放っておかないだろう。だが次々仕掛けていく中で、何の反応もない。擬態が中々の出来だからか? それとも、今ここが見られていないのか……。

 この箱……名付けるなら『スモークボックス』だろうか。
 まあいい。どうでもいい。あとは、約束の時までに潜み、バレないうちに、相手がルオセウとかいう星の悪人だと分かれば無力化して逮捕。難しいことではないはず。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ――翌朝、六時三分。雲がちらほらある程度には晴れている。
 現在、私は三人でくだんのビルの前にいる。隣にいる一人は同僚のシリクスラ。もう一人は、若くて優秀そうな警視庁の男性警察官。
 そして私は、既に『あの時』のように大樹だいきさんの姿に変身していて、マスクもしていない。
 イチェリオさんは遠くから監視中。私達三人組のいわば班長の立場である彼が、遠方からの事態把握に努めることになったのだ。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 警視庁の人間だが、俺は、大樹くんの知人という体でここにいる。
 俺の隣にいる二人が今回の相手と話せば微妙なニュアンスのせいで伝わり切らない虞があるが、地球人の言葉なら翻訳が一回でいい。今までこのようにせずに困ったことはほぼないという話だが、それでも念のために、ということで俺が同行している。それに、彼らルオセウ人だけで落ち合うのはよくないかもしれない、だからという理由の方が大きいかもしれない。
 この役が俺なのは必然じゃあない。警視庁の人間から適当に指差しで選ばれた。が、使命感を感じてはいる。やり切ろう。そう思う。
 たった今、俺の隣で、ヴェレンという名の、藤宮ふじみや大樹だいきに化けたルオセウ人が、シリクスラという名のルオセウ人女性に向けてしゃべった。「ミッシロ、グスマフォムス、ローぺム、ファサ。シゴ、エリガウラムノソスフォムス、ソヴァフォスナ、ファサメナリ」

「今のはどういう意味です?」
 俺がそう聞くと、シリクスラさんが答えた。「『私も頑張るのは当たり前です。が、最も頼れるのは君の目ですからね』と言われました」
「ああ、なるほど」
「伝わりましたか?」
 シリクスラさんに確かめられて、俺は「ええ」と。
 彼らは、『あれがイマギロ部長本人かどうか』を確かめることに集中しなければならない。余裕をもって確認できるのは言った通りシリクスラさんの方だろう。
 ヴェレンさんは大樹くんの姿で援助を求める振りをするため数歩引いた位置で相手を見ることになる、そのため幾分確認し辛いはず。
 なので、ヴェレンさんが彼女にそのことを伝え、あらかじめ『一番確認の精度が高いのはあなただ』と意識させておいた――ってことだ。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 私の記憶では、イマギロ部長の耳の裏には縦に切り傷を縫った跡がある。それがあればその者は部長本人……。言われた通り、私がしっかりそれを確認できれば、ヴェレンさんの目に頼る必要もないのだけれど。
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