ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

54-2 赤と闇のいざない

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 残った者を、あの展望台に送るべく、またゲートを作る準備をした。サクラを込めようとした――その時だった。
 顔が覆われた。赤い何かによって何重にも。

 そんな――!!

 言葉は喉から出なかった。物理的に顔が覆われているっていうことだけじゃなくて、声にする余裕がなかったことの方が理由としては大きい。

 テープの男!? どこだ! なんで!!

 前にはいない。
 男を探したくて左右を向こうとし、僕はジタバタともがいた。

 息ができない!

 運んだ先にいたはず。しかも動けないはずで。捕まっていたはずの男が、今は船にいることになる。なんでだ。なんでだ!
 思いながら見付けた。階段を背にして僕側から見て右の部屋――にいたが、今はもう既に走って通路を右奥に逃げている。そういう動きを僕は赤い半透明なテープ越しに――赤い視界で見ていた。
 走りながら彼がこちらを見て――。

 やばい!

 僕は盾を作った。でも、その時には既に、ここにいた最後の自衛隊員は横たわっていた。首からは血を流しているし、動かない……。

 くそっ! いつの間に!

 その瞬間、今度は体を横から押される感覚に襲われた。顔を覆われたままで余裕もないまま、近くの壁に側頭部
を打ち付けられてしまう。

 ぐっ……。
 なんでこんな。無力化されてたんじゃ。まさかあいつ、武器を体ん中に? 検査機で見つからないものだったのか!?

 相手を見ようとした。きちんと把握しマギュートを行うために。
 そんな時イチェリオさんから声が。
「くそっ、チョークが――」
 え? そんな。
 彼の武器まで奪われた? まさか。じゃあここではもう僕だけが……。
 そう思ったのに、僕の手が今、ズキンと痛んだ。

 なんだ? まさか。

 そのまさかだった。シャー芯が、というかこの手にあったケースが、右手ごとどこかへと消えていた。
 僕の右手首からは血があふれて――。

 赤いテープ越しに見ても分かる、手から流れ出た濃い色。
 そして感覚。
 抜けていくのが……体力がせていくような感覚が……ハッキリと分かった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 少年の手をくぐらせ、ゲートを解除し、空間そのものごとつながりを断つ、そうして俺は少年の手を切った。

 これで奴の手ごと、奴が持っていた何やら黒い棒の入ったケースは、俺達の身に何かあった時に使うに。ゲートの先はだった。船の中だが、どうせ奴らには『俺がどこへ飛ばしたか』分かりやしない。

 多分この方がいいだろう、船の外に捨てておくよりは。研究に貢献できる要素は多い方がいい。それに捕まえたあと手の接合がかなえば、手錠を掛けるのもしやすいしな、片手だけよりは。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「くそっ、どうなってるんだ。このままじゃもしかしたら――」
 困った顔なのは俺だけじゃない。
 展望台にいて、自分達は安全だけど、大樹だいき君は多分違う。

「あちらから開くのを待つしか」
 俺に、紫音しおん姉ちゃんがそう言った。
「最悪だ」俺は言った。「あいつは船に戻ったんだ。武器を隠してた」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ガラスでゲートを作ろうとしてみた。でもどうしてもうまくいかない。無理なのか。今の私には。
 助けに行くこともできない中で、考えた。

 あの男は確かに持っていなかった。ポケットなどを改める時も――捕まえた時――全員で同時に見た。なのに。
 持っていた? そんな訳がない。
 検査だってした。だけど……。もしかして透過性が高くて映らなかった……?
 もしそうなら、あいつもサイコロの男みたいに体内に!

 あらかじめ? それともあの状況で咄嗟とっさに? もし咄嗟になら、あんなテープを飲み込むなんて真似……――テープ自体は大きい、唾で粘着力は抑えられたとしても、折り畳んで接着面に触れないようにしていても――。あの状況で、普通飲み込めない。

 以前から体内にあったかとっさに飲み込んだか。どっちであろうと、もっと自由を奪っておくべきだった、たとえばあの男の視覚も、それに聴覚も!
 ……敵が抵抗しないから。検査でも出ないし。そう思って奴の態度を信じ過ぎた。見抜けなかった自分に腹が立ってしょうがない。そのせいで……。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 彼だけでも。イチェリオさんだけでも――!

 僕はサクラを込めた。一心に。それだけに集中して。

 奴は、あのケースを、奪った手ごとどこに転がしたのか。船のどこかかもしれない、その可能性に僕は賭けた。

 テープで顔を覆われていて、サクラの消耗もあって、息苦しかった。だけど、イチェリオさんだけは助けたかった。イチェリオさんがもし捕まらずにいられたなら、新しくルオセウ製のチョークを手に入れてまた調査できる。捕まればそれもできないかもしれない――!

 サクラを込め続けた。

 数秒後、左手に芯を一本だけ呼べた。実際には、目の前に増やせたということだった。

 なぁんだ、やっぱり船ん中にあった。

 一刻を争う状況なのにそんな感想が浮かぶ。ほぼ一瞬とは言え。
 それさえ振り払い、すぐに次の行動に出る。

 今この手にはたった一本の芯。それをこの左手の上で六本くらいにした段階で意識が薄れた。
 意識を保つ! その想いでそばにあるマシンの残骸に必死に左手を伸ばした。
 でも、届かない。

 鉄……いや、酸素……!

 呼吸できないことを解消すべく、この左手を今度は口元へやった。
 口元のテープを引きがそうと、芯を左手に持ったまま、人差し指と親指で引っ掛く。右手を失ったから左手だけで!
 でも、まったく引き剥がせない!

 男は遠くにいて――部屋のドアにでも隠れているんだろう――そんな死角からこちらを眺め、僕の顔を覆うテープにサクラを込め続けている、そんなところだろう、だから指の力なんかでは引き剥がせない。

 イチェリオさんは僕を動かそうとしたけど、それもできずにいるらしい。というのは、男が僕の顔を覆うテープに念じ、僕を顔ごと壁に横から押し付けたまま動かすまいとしているからだ。

 イチェリオさんならそうだと分からない訳がない。だからか、イチェリオさんは僕を守ろうとしている。絶対そうだ。僕の前に立ったし、今、腕も広げた。

 僕がこれ以上攻撃されないようにか。僕を捉えにくくさせ、サクラを込め難くさせたいという意図もあったのかもしれない。
 壁に押し付けられている僕は、ゲートを作っても、多分、それをくぐることができない。壁が邪魔だ。それさえなければ。

 敵のテープを無力化したいけど、それも無理。引きがすような動きをシャー芯にさせられそうにない。
 敵に一本放ってみた。拳大くらいに変化させたものを。
 だけどギリギリでけられた!

 くっ……! こんなんじゃもう……!

 テープを切断――というのも無理だ、自分まで切ってしまう。しかもカットできても、テープは奴の操作対象のままだ、きっと。

 駄目だ。やっぱりイ……イチェリオさんだけ……でも……。

 息が持たなくて苦しい。右手首からは大量の血。意識が薄れていく。
 そんな中で、ゲートを必死に作った。僕を守ろうと前にたたずむイチェリオさんの頭上から、そのゲートを……。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 展望台前の広場の中央上空に、水平な黒いゲートができたのが分かった。そこから上向きに、まるで生えるように、イチェリオさんが現れた。
 悔しそうな顔で――というのも眉間にしわが寄っていることが分かるだけで、口元はマスクで隠れていたが――そんな厳しい顔で、彼が飛び降りてきた。

 駆け付けて、最初に声を掛けたのはシリクスラさんだった。「ど、どうして」
「武器を奪われた。大樹だいきくんはもう……! 間に合わない……」
「そんな!」
 シリクスラさんの顔が、絶望的な色に染まった。

 いつも以上に力の入った顔。そのシリクスラさんが数秒後、叫んだ。「じゃあ行かないと! このままじゃルオセウが!」

 そんな時だ、大樹くんの父親が、彼らの嘆きを聞いたせいも相まってか、明らかに焦った様子で――潤んだ目で――イチェリオさんに詰め寄った。
「あ、あなた方の星に行ってしまうんですか!? もう取り戻せないんですかあの子を!!」

「取り戻します。俺達が絶対に。行くぞシリクスラ、船で戻る」
「はい」
 そう言ってシリクスラさんは別のゲートを新たに。
 そのゲートで二人は行ってしまった。

 本当に連中の宇宙船に行けないのか? 私は扇子を四本に。門のように形を作り、サクラを――。
 だけど、できなかった。
 地理感覚を彼らよりもよく知る私ですら、まだ足りない。

 いつかは救えたのに。

 なぜか、あの内鍵を思い出した。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 シリクスラを従え、俺は、あの洋館に戻った。そこから庭の一部……の隠し扉を開き、船に入った。自分達の宇宙船だ。
 洋館のそばの、何もない空き地の地下に隠した船。その船の操作部に行き、運転スイッチを、今、起動した。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 よかった。できた。送れた。
 イチェリオさんを、あの展望台に。

 切ない安心は声にもならない。息すらもう――。

 やれることは、やったよね、僕は……やれたよね……――。

 そのあとすぐ、身動きできずに落ちるような……圧のない泥の中に沈むような、そんな感覚が押し寄せてきた。そしてその感覚すら失って、目の前も暗く――。
 闇が、おいでって言っていて……僕は、逆らえなかった。
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