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第1章 始まりの受難
09-2 男らと監獄
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鳥谷公園前で電車を降りる実千夏と別れて、一人で洲黒駅まで乗った。
そこで降りて歩いて帰る――その途中、駅構内で、声を掛けられた。
「やあ大樹くん」
え……と、ああ、檀野さんか。
「どうしたんです?」
「ちょっと話があってね、今時間あるかい? 三十分も時間を取らないよ」
「なら大丈夫です」
檀野さんに連れられて近くの駐車場に向かった。
檀野さんは駐車場の奥に停められた黒いワゴンのスライドドアを開けて乗り込んだ。で、目の前の席よりも後ろ、最後部の座席を目指して動いた。
追うように僕も。
最後部のうちドアに近い方の席に僕が座って、一番奥に檀野さん。そういう位置取り――
と思ってすぐ「ドア閉めてね」って言われた。
そりゃそうだよな、とドアをスライドさせて閉めると、檀野さんが話し始めた。
「あいつの――、ああ、えっと……パソコン関係に詳しいハックや情報収集担当の鳥居傳介、知ってるよね?」
「はい」
「その鳥居をナイフで刺そうとして捕まった奴な、名前はイシドケンと言うんだが――」
「イシド、ケン……それが……」
「ああ、昨日のあいつだ。石川県の『石』に『やっこ』、研究の『研』で『石奴研』――、そう名乗るようになったのは組織に入ってからだ、元々、本名は違う。で、その石奴は、犯行の計画書を作っててそれをパソコンに残してた」
「そこから何か分かったんですか?」
「ああ」檀野さんはうなずいた。「厳重なパスワードで見られなくはされていた。が、鳥居が暗号解析してパスワードを突破した。それでデータを抜き取った。計画に利用した場所と予定のほとんどがそれで分かった」
ふむふむ。
檀野さんは続ける。
「あいつはある産婦人科の人間の弱みも握っていた。その産婦人科医の話では、『子供は欲しいがある種のトラウマからか男と付き合えそうにない、もしくは男が不妊の原因だとか、とにかく訳アリの女性』が利用される手筈だったらしい」
そう聞いて嫌な感情が湧いた。
「僕の子供を身籠る人として――」
どことなく切ない。
多分女性は普通の子供が欲しかっただろうに。
「ああ。ただ、その女性達は知らされてなかった。……特殊能力の遺伝のため、ということを女性達は知らなかったんだ。女性達の目的はただただ子供が欲しいということだけ。そのために関わった産婦人科医にも石奴は目的を隠してた。まあ、とても言えない話ではあるが――」
「そ、そ……」
そんな、と言おうとした。でも言う気が失せた。まあ考えてみればそれしかない、というくらいの方法の一つかもしれない。だから返事を変えた。
「そうなんですね……」
ふう。
溜め息が漏れる。子供が欲しい女性達は石奴の本当の目的を知らないまま――。
しかもその数が多そうな話しぶり。
そこまでやるか――っていう軋むような感情で、胸の奥が重たくなる。
そんな中で、檀野さんの話すのを耳にした。
「とにかくあいつは多くの人間の弱みを握ってた。で、女性達が無事に子供を生んだら、数年は経過を観察。そのあいだに児童養護施設を作り、それまでに従えた部下や、件の女性ら、産婦人科医も――石奴は関係者全員を後々始末して、子供だけを回収し、その児童擁護施設をマギウト使いだらけの兵士育成施設にするつもりだったらしい」
「兵士……」
「そう。世界の紛争や虐殺への加担、ヤクザ、マフィア、殺し屋、運び屋、筋の通らないことも何でもだ、最強の遺伝子を受け継いだ子供達にはそんな任務をさせるため、碌に教育を受けさせない、そういう予定だったらしいよ、調査と供述によるとな」
「そ、そんな……。じゃあ……、それじゃあ死人だらけだ、そんなのが完成しちゃったら……! いや、完成する前だって……」
「そうだな……」
顔や目に、じんわりとしたものを感じた。
だってこんなの――……切なくてたまらない。
「でも、もう大丈夫だ、あいつが指示していた相手は全て逮捕されたし、関わった産婦人科医や女性は解放された。『生まれ来るであろう子供を石奴が犯罪に利用しようとしていた』ということを知って最初はみんな戸惑ったとは思う。が、その石奴が捕まったということも知って、彼女らは今頃ほっとしているだろうよ」
僕までほっとする。
はあ、と息が漏れる。
そこで、気になった。
「その女の人達や産婦人科医……その人達の誰にも、被害は出てないんですか?」
「ああ」
確信のありそうな肯き。
そのおかげで更に嫌な気分が消えて――つい言葉に出る。吐息交じりの、心からの――
「よかった――」
「ちなみにな、今回の逮捕は、警察がやったんじゃなくて俺達がやったんだ。つまり、表沙汰にならない。産婦人科医や女性達にも、『これは裏社会のいざこざのこと』と言ってある。ただ俺達や大樹くんのことを勘違いされそうだからな、こうも言ってある。『私達は味方だ、誰にも話さないなら、あなた達は普通に暮らすことができる。脅される心配ももうない。だから平穏無事に、これからの人生を過ごすように』ってね。だから心配しなくていい、もう誰もが、この恐怖から解放されてる」
「……そっか」
利用されてしまった人達のことを改めてイメージした。色んな事情がありそうな家庭の風景が思い浮かぶ。石奴が狙いを達成していたら、数年後、その風景の中に死人が――。
我が子を残して死んだら何を思うだろう。我が子を守り切れなかったら?
そう思うと切ない。
色んな家庭の幸せが守られたのなら――よかった、本当に……。
それから疑問に思った。聞いてみる。
「ああえっと、でも……その石奴って男が外部に従えてた人達……ほかにもいたんでしょう? それは? 逮捕したんなら、どうやって逮捕したんです?」
「あー、えっとだな……。あいつは、ある部屋に仲間にした者達を集めて、遠隔で指示を出してたんだ。直接そこで顔を合わせたりせずにな。最初から顔を一度も見せずに、弱みを握って仲間に引き入れてる、そうだと見て分かる文面がメールにあった。で、そうやって引き入れた相手全員に『いつもの場所に集まれ』とメールで指示したことが何度かあるらしかった。集まるための特定の場所があったらしいから、石奴に成りすまして、石奴の部下全員に指示を出した。『いつのも場所』に集まらせて、一網打尽だ」
「全員……?」
「ああ。一度でも部下として動いている者――その全員をそれで逮捕できたよ。君を最初に拉致った犯人の三人だけはうちらの組織内部の人間だったな、石奴が洗脳してた……その三人を、石奴は一番信頼してたんだろう、だから最初に動かしたんだろうな」
なるほど、だから……。色々事情を知ってたのはそれで。
檀野さんは続ける。
「それを差し引いたら、外部の部下は……えっと、六人だ。そのうち一人が、君がジャージで帰ってきた日の相手だ」
「一人?」
「ああ。で、俺達が一網打尽にしたのは残り五人。それで全部だ。ほかに石奴がやり取りをした部下はいない」
「でも、じゃあ、女性は?」
「……あれは部下じゃなく想い人らしい」
「――! そっ……そんな……」
そんな人までそんな扱いを。……悲しい。嘘だと思いたい。
「じゃあ、それで……逮捕された人達って、それから、どうなったんです?」
「んー……、ほとんどの者が隈射目の持つ最低レベル……よりちょい上くらいの監獄にいる。そこには被収容者用の出口なんてなくて、そこにいる奴は全員、無期懲役と同等の囚人として扱われてる。だがまあ、情状酌量の余地がある者には少し待遇をよくした。とはいえ、まあ、そいつらは知り過ぎてるから、どんなに反省してもどんなに待遇がよくても、外に出すことはできない。うちらの監獄の中だ、一生出られない監獄の、な」
「そ、そう、ですか……」
「気にするなよ」
僕の気持ちを察してか、檀野さんは僕の肩に手を置いた。
この肩を少しだけ揺らして、それから手を離した檀野さんがまた。
「待遇のいい奴もいるって言ったろ? たとえば誰かの命と引き換えだとかそういう脅しで言いなりになった奴だったり、色々と汲み取れる部分がある人に関しては、そこまで悪いようにはされてない。むしろ配慮されてるくらいさ」
温かな声だった。
「そっか……なら、まあ……」気持ちが、少し和らぐ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
思い返してしまう。
石奴が重要なパソコンを隠していた場所。それがあんな所だなんて。かなり驚いた。昨日のあの時――。
「見付けました! 床下収納です! 底板に見せかけた板がありました!」
底板に見せかけた板。……そんな所の下に。それが一番の驚きだった。
そこで降りて歩いて帰る――その途中、駅構内で、声を掛けられた。
「やあ大樹くん」
え……と、ああ、檀野さんか。
「どうしたんです?」
「ちょっと話があってね、今時間あるかい? 三十分も時間を取らないよ」
「なら大丈夫です」
檀野さんに連れられて近くの駐車場に向かった。
檀野さんは駐車場の奥に停められた黒いワゴンのスライドドアを開けて乗り込んだ。で、目の前の席よりも後ろ、最後部の座席を目指して動いた。
追うように僕も。
最後部のうちドアに近い方の席に僕が座って、一番奥に檀野さん。そういう位置取り――
と思ってすぐ「ドア閉めてね」って言われた。
そりゃそうだよな、とドアをスライドさせて閉めると、檀野さんが話し始めた。
「あいつの――、ああ、えっと……パソコン関係に詳しいハックや情報収集担当の鳥居傳介、知ってるよね?」
「はい」
「その鳥居をナイフで刺そうとして捕まった奴な、名前はイシドケンと言うんだが――」
「イシド、ケン……それが……」
「ああ、昨日のあいつだ。石川県の『石』に『やっこ』、研究の『研』で『石奴研』――、そう名乗るようになったのは組織に入ってからだ、元々、本名は違う。で、その石奴は、犯行の計画書を作っててそれをパソコンに残してた」
「そこから何か分かったんですか?」
「ああ」檀野さんはうなずいた。「厳重なパスワードで見られなくはされていた。が、鳥居が暗号解析してパスワードを突破した。それでデータを抜き取った。計画に利用した場所と予定のほとんどがそれで分かった」
ふむふむ。
檀野さんは続ける。
「あいつはある産婦人科の人間の弱みも握っていた。その産婦人科医の話では、『子供は欲しいがある種のトラウマからか男と付き合えそうにない、もしくは男が不妊の原因だとか、とにかく訳アリの女性』が利用される手筈だったらしい」
そう聞いて嫌な感情が湧いた。
「僕の子供を身籠る人として――」
どことなく切ない。
多分女性は普通の子供が欲しかっただろうに。
「ああ。ただ、その女性達は知らされてなかった。……特殊能力の遺伝のため、ということを女性達は知らなかったんだ。女性達の目的はただただ子供が欲しいということだけ。そのために関わった産婦人科医にも石奴は目的を隠してた。まあ、とても言えない話ではあるが――」
「そ、そ……」
そんな、と言おうとした。でも言う気が失せた。まあ考えてみればそれしかない、というくらいの方法の一つかもしれない。だから返事を変えた。
「そうなんですね……」
ふう。
溜め息が漏れる。子供が欲しい女性達は石奴の本当の目的を知らないまま――。
しかもその数が多そうな話しぶり。
そこまでやるか――っていう軋むような感情で、胸の奥が重たくなる。
そんな中で、檀野さんの話すのを耳にした。
「とにかくあいつは多くの人間の弱みを握ってた。で、女性達が無事に子供を生んだら、数年は経過を観察。そのあいだに児童養護施設を作り、それまでに従えた部下や、件の女性ら、産婦人科医も――石奴は関係者全員を後々始末して、子供だけを回収し、その児童擁護施設をマギウト使いだらけの兵士育成施設にするつもりだったらしい」
「兵士……」
「そう。世界の紛争や虐殺への加担、ヤクザ、マフィア、殺し屋、運び屋、筋の通らないことも何でもだ、最強の遺伝子を受け継いだ子供達にはそんな任務をさせるため、碌に教育を受けさせない、そういう予定だったらしいよ、調査と供述によるとな」
「そ、そんな……。じゃあ……、それじゃあ死人だらけだ、そんなのが完成しちゃったら……! いや、完成する前だって……」
「そうだな……」
顔や目に、じんわりとしたものを感じた。
だってこんなの――……切なくてたまらない。
「でも、もう大丈夫だ、あいつが指示していた相手は全て逮捕されたし、関わった産婦人科医や女性は解放された。『生まれ来るであろう子供を石奴が犯罪に利用しようとしていた』ということを知って最初はみんな戸惑ったとは思う。が、その石奴が捕まったということも知って、彼女らは今頃ほっとしているだろうよ」
僕までほっとする。
はあ、と息が漏れる。
そこで、気になった。
「その女の人達や産婦人科医……その人達の誰にも、被害は出てないんですか?」
「ああ」
確信のありそうな肯き。
そのおかげで更に嫌な気分が消えて――つい言葉に出る。吐息交じりの、心からの――
「よかった――」
「ちなみにな、今回の逮捕は、警察がやったんじゃなくて俺達がやったんだ。つまり、表沙汰にならない。産婦人科医や女性達にも、『これは裏社会のいざこざのこと』と言ってある。ただ俺達や大樹くんのことを勘違いされそうだからな、こうも言ってある。『私達は味方だ、誰にも話さないなら、あなた達は普通に暮らすことができる。脅される心配ももうない。だから平穏無事に、これからの人生を過ごすように』ってね。だから心配しなくていい、もう誰もが、この恐怖から解放されてる」
「……そっか」
利用されてしまった人達のことを改めてイメージした。色んな事情がありそうな家庭の風景が思い浮かぶ。石奴が狙いを達成していたら、数年後、その風景の中に死人が――。
我が子を残して死んだら何を思うだろう。我が子を守り切れなかったら?
そう思うと切ない。
色んな家庭の幸せが守られたのなら――よかった、本当に……。
それから疑問に思った。聞いてみる。
「ああえっと、でも……その石奴って男が外部に従えてた人達……ほかにもいたんでしょう? それは? 逮捕したんなら、どうやって逮捕したんです?」
「あー、えっとだな……。あいつは、ある部屋に仲間にした者達を集めて、遠隔で指示を出してたんだ。直接そこで顔を合わせたりせずにな。最初から顔を一度も見せずに、弱みを握って仲間に引き入れてる、そうだと見て分かる文面がメールにあった。で、そうやって引き入れた相手全員に『いつもの場所に集まれ』とメールで指示したことが何度かあるらしかった。集まるための特定の場所があったらしいから、石奴に成りすまして、石奴の部下全員に指示を出した。『いつのも場所』に集まらせて、一網打尽だ」
「全員……?」
「ああ。一度でも部下として動いている者――その全員をそれで逮捕できたよ。君を最初に拉致った犯人の三人だけはうちらの組織内部の人間だったな、石奴が洗脳してた……その三人を、石奴は一番信頼してたんだろう、だから最初に動かしたんだろうな」
なるほど、だから……。色々事情を知ってたのはそれで。
檀野さんは続ける。
「それを差し引いたら、外部の部下は……えっと、六人だ。そのうち一人が、君がジャージで帰ってきた日の相手だ」
「一人?」
「ああ。で、俺達が一網打尽にしたのは残り五人。それで全部だ。ほかに石奴がやり取りをした部下はいない」
「でも、じゃあ、女性は?」
「……あれは部下じゃなく想い人らしい」
「――! そっ……そんな……」
そんな人までそんな扱いを。……悲しい。嘘だと思いたい。
「じゃあ、それで……逮捕された人達って、それから、どうなったんです?」
「んー……、ほとんどの者が隈射目の持つ最低レベル……よりちょい上くらいの監獄にいる。そこには被収容者用の出口なんてなくて、そこにいる奴は全員、無期懲役と同等の囚人として扱われてる。だがまあ、情状酌量の余地がある者には少し待遇をよくした。とはいえ、まあ、そいつらは知り過ぎてるから、どんなに反省してもどんなに待遇がよくても、外に出すことはできない。うちらの監獄の中だ、一生出られない監獄の、な」
「そ、そう、ですか……」
「気にするなよ」
僕の気持ちを察してか、檀野さんは僕の肩に手を置いた。
この肩を少しだけ揺らして、それから手を離した檀野さんがまた。
「待遇のいい奴もいるって言ったろ? たとえば誰かの命と引き換えだとかそういう脅しで言いなりになった奴だったり、色々と汲み取れる部分がある人に関しては、そこまで悪いようにはされてない。むしろ配慮されてるくらいさ」
温かな声だった。
「そっか……なら、まあ……」気持ちが、少し和らぐ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
思い返してしまう。
石奴が重要なパソコンを隠していた場所。それがあんな所だなんて。かなり驚いた。昨日のあの時――。
「見付けました! 床下収納です! 底板に見せかけた板がありました!」
底板に見せかけた板。……そんな所の下に。それが一番の驚きだった。
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