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第2章 X
23-2 逃がさないために。助かるために。
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エスカレーターを下り切ったら人影を探して見回した。
見付けた! 待て!
そう思ってすぐに全力で走った。
距離が縮まる。段々と。
男は、三階中央にある広い空間の、向かって左奥の隅の辺りで振り返った。
その時見えた――彼の首から上の全てを覆う鬼のドクロのようなおどろおどろしいマスクが!
この何もない広間にちょうど入ってきたばかりの僕に手を向け、彼は笑った。そんな気がしたのは、彼の覆面の口や目の部分に穴があって、明るさも十分だったからだと思う――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最悪な日だ。ここまで予定通りに行かなかった日は、今までなかった。
だが、ここだ。ここでなら。
三階中央の区画の周囲にもティッシュ箱を仕込んでいる。ほかの場所にも仕込んではいるが、戦場がここなら――この階のここまで広い空間なら――どこからでも飛ばせる。
俺はそのことを意識すると、自然と笑みを浮かべていたようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その瞬間、僕も捉えていた。
撃とうとすれば撃てた。でも嫌な予感が……。
相手はなんで振り返った? なんで笑ってるように見える?
ぞくりとしたその瞬間、彼の目の前に、一枚の白い盾が現れた。巨大化したティッシュ。その盾が、彼のすぐ前に浮き、彼の首元から下を守る――。
嫌な予感の理由はそれだけじゃないはず。そう思えたのは、今のが防御主体の行動にしか見えなかったからだ。
一瞬だけ辺りを見て、笑みの意味を理解した――浮いていた、奴の白い武器が!
なんて数!! 全方位――!!
どの方向にも盾を作ることを強いられた。
間に合え間に合え間に合え――!!
敵の盾を掻い潜って今攻撃するのは無理だった。
四つの円盤をそれらに向けて動かして盾に。そうすることしかできない。
くそ、これで限界――!!
一応、盾を張ること自体は間に合った。でもギリギリ。刃達は猛スピードで黒い盾に突き刺さってるはず。何度も刺さる音がしたから。
刺さっただけのものもあるけど、そのあと幾つかは盾の隙間からこちらを容赦なく切り付けようとした。
そんな凶器を僕は避けようとした。
盾をすり抜けてきた刃のうち幾つかを避けることは偶然できたけど、そんな超人がやるような回避を成功し続けられる訳もなく――
切り刻まれた。
左肩、右脇腹、左すね、右足の甲、右腕。
深い切り傷だ。指や腕が切り離されてしまった訳ではないけど、それでも出血は大量。痛過ぎて悲鳴も上げられない。
そんな状態になって集中を欠いてしまった僕は、盾を普通のシャー芯に戻してしまった。
直後、感じる。
全身から熱を失っていく感覚。
その感覚の中で足のバランスも失って、ついには……倒れてしまった。
男の声が聞こえる。
「ふ、はははっ。どうだ、俺の勝ちだ」そして彼は、フッと鼻で笑った。「どうした、ざまあないじゃないか。俺を脅したりなんかするからだぞ、藤宮大樹」
そんな忠告の最中、男の方から、聞き逃してしまうくらい小さな音がした。ファサッという音。
多分、ティッシュの巨盾が舞い落ちた音。
――! 彼が盾にサクラを込めるのをやめた……!
そう一瞬で感じた。それと同時に、奴に、これ以上攻撃したくなるような刺激を与えてはいけない、そうも思った。
でも何か策がなければ、ここで終わる。人生が終わる。
僕は地面に左頬をくっつけた状態でうつ伏せになっていた。
彼を視界に入れたかったけど、そうしたら彼が警戒するかもしれない。
どうする。どうすれば?
少しでも動けばまた切り刻まれるかも。油断してるから彼は今手を出してこないんだ、きっとそうだ。
動けば殺される? こっちは少しずつしか多分動けない、それなのに。
ここで死ぬのか。終わりなのか。こいつをどうにもできずに、これで……? 嫌だ、そんなのは。でもどうすれば?
見えない位置にサクラを込めるのはとんでもなく難しい。だからどうしても男を視界に入れたかったけど、それはできない。でも敵のいる方向が分かっていて、操作対象の位置を理解していれば、もしかしたら?
声がした方向は、大体分かってる――。
この状態のまま油断させておきたいけど、そうして絶対に当たるようにするには、操作物が大きくないと……。
数秒でそこまでのことを思って、力を振り絞った。「ふ……」生きたい想い、彼を放っておけないという想いは、奴に聞こえないほどの声になった。
右手で握り締めたシャー芯のケースにサクラを込めつつ、全身の痛みに抗いながら――出血のせいか迫る眠気に抗いながら――奴に届かないくらいの声で言い放った。
「吹っ飛べ――っ」
僕と男のあいだに芯を増加能力で出現させるイメージでサクラを込める、それを見ずにやった。そして多分現れたであろう芯を、一瞬で円盤状にするべくサクラを込める。
地面に垂直に立った円盤という形で浮遊しているはずの――いつもは盾に使う――その芯を、今だけは、声のする男の方に向けて、衝撃に耐えられるように少しだけ伸ばしながら、超高速で動かす。全力でサクラをその芯にただただ込めた、見ずにそうなると信じて!
これは最後の賭けだった。
こんな状態でも一本ならできる、きっとできる、もうそれを信じるほかなかった。
芯はいつもの三倍くらいの厚みの極太の盾のまま、とんでもない速さで前進したはず。それも男に向かって。
そして男は、もし避けられなければ、車で撥ねられたように、押し飛ばされた――はず。
ガッ、ドサッ、という音がした。
でも僕には見えていない。
撥ね飛ばすための芯は、多分もう元の大きさに戻ってる。
物音がしなくなった。
なんでだ。倒せたのか? それとも違うのか? 逃げた? もう分からなくなってきた。
逃げる足音なんかも、僕にはもう聞こえてないだけなのかも。
……いや、そんな訳じゃないみたいだ、雨の音は聞こえる。でも攻撃されない。やっぱり倒せたんじゃ――。
助かりたいからというだけじゃなく、あいつの生死を見極めるために、まだ諦めちゃ駄目だ。
それにどうせ死ぬなら、あいつが犯人だってことを誰かに言うんだ。それと、そのためには、この場所のことも。実千夏も護衛女性も、ここがどこか分かってないかもしれない、だから……!
芯を増加能力で目の前に出し、円盤状にして若干硬化させ、床に伏せた。
その円盤に乗るべく、僕は全力で這った。速度は出なかったけど。
「ぐうっ、ううあ、ああ――っ」
体を引きずる度に、傷口全てが痛む。
「ぐ、あ、ああ――っ」
首の向きを修正して、ちらりと前を見た。その時、視線の先に、横たわって動かない男を見付けた。
そいつが犯人。多分。そして単独。
これはかなりの確率で当たっていると思う。
あのファサッという音が盾化したティッシュの舞い落ちた音だという考えも、きっと合ってる。あいつ、僕がもう戦えないと思ったんだな。だから最後の賭けが利いた。
よかった。やったぞ。やっつけたんだ。
はは……。
気が抜けて、眠気に負けそうになる。
駄目だ駄目だ、寝るな、僕はまだ生きてないと。それに油断できない。どうにかして誰かに伝えるんだ、あいつが目を覚ましてしまう前に! あいつは倒れてるだけ、気を失ってるだけかもしれない……!
必死に念じ続けた。
さきほど眠気に負けそうになった時、サクラを込めるのが弱くなった。でも、その時間が少しだけだったからか、円盤が少々縮小するだけに留まった。
その円盤をまた少し広くしてそれに完全に乗った状態になると、それを浮遊させ、それによる移動でまずは男のそばに向かった。
男のポケットを探ったけど、スマホの一つもありそうにないと分かるだけだった。僕に命じるために、こいつもスマホを持っているはずだったけど、それはどこかに隠されてしまったあとなのかな。
そう思ってからは四階に浮遊移動で向かった、エスカレーターは狭いからと、少し離れた所にさっき見付けておいた階段の上空を通って。
確か、あの与えられたスマホを、四階に置いたままにしてた。正面側から見て、四階左の奥――だったっけ。
眠気に抗いながら、自分が乗ったままの円盤の浮遊でその辺りに到着した。
あれ? ない、ない……!
焦りが募る。誰にも伝えられない? そんな不安が心に満ちようとする。
でも諦めない。
円盤に乗ったまま辺りを捜索――し始めて数秒で、柱の陰に発見した。ほっとする。本当に泣けてくるくらいに。
その拍子にサクラを込める気持ちが薄れてしまった。
円盤が元の芯の大きさに縮んで落下し始めた。だから、四十センチから五十センチくらい浮いた所から、床にドスンと落ちた。
「ぐ……っ!」
当然の痛み。傷付いた腕や足で、とっさに衝撃を和らげようとしたが故の。そんな着地がうまくいく訳もなく、あごや膝を打った。
ただ、希望は目の前にある。
見付けたスマホを、力を振り絞って手に取った。それから、動かなくなっていく指を這わせた。
必死に電話番号の入力画面にする。
そこで気付いた。
くそっ、よく話してた檀野さんの番号も覚えてない。ほかの隈射目の人の番号なんて記憶にすらない!
うっ……どうする! 他に方法は! 家に掛けるしかない? そんな。嘘だろ。
仕方ない。それで誰かが出た時、それがお母さんでもちゃんと説明して伝えるしか――その場合時間が掛からないことを願うしかない――。
家の番号を、最後の力を振り絞って押していく。押す指が手ごと震える。間違えるな。最後までちゃんと――。
ん……よし、押し終わった! 番号に間違いはないはず。
あとは、誰が出るかだ。もう誰でもいい、誰か、誰かいて……! お願いだから誰か家に!
数秒間、静かだった。希望が闇に溶けそうなほど。
そんな時間が経ったあとで「もしもし」と、応じる声があった。よかった……!
お姉ちゃんの声だった。
「お姉ちゃ……、檀野さんに……連絡……し……」
応答を聞いてからはほっとする暇なく声にした。
でもあまり声にならない。
「ん? え? 何ですか?」
聞こえてないの? 僕の声が小さい? 頼む、伝わってよ、頼むから。
その一心で言葉にする。
「僕の、部屋……スマホで、だ……檀野さんか、右柳さん、に……」
「え、誰? 大樹? 大樹なの?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
口調から私はそう思った。私に掛けるような人で、檀野さんとかを知っていて、自分を僕と言うのは、私が知る中では大樹くらい……。まあ、多分だけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「れ、連絡、を……」
これが伝わってなかったら終わりだ。
照らす光はあるのに、一人だけの闇にいるような心細さの中で、視界が歪んだ。
涙のせい。そう気付くのはすぐだった。
腕や足、肩や腹、ほぼ全身に、滑った感触と痛みがあった。気も失いそうで、それ以上声にならない。もっと的確に伝えたかった。
でも。
僕の意識はそこで途絶えた。
見付けた! 待て!
そう思ってすぐに全力で走った。
距離が縮まる。段々と。
男は、三階中央にある広い空間の、向かって左奥の隅の辺りで振り返った。
その時見えた――彼の首から上の全てを覆う鬼のドクロのようなおどろおどろしいマスクが!
この何もない広間にちょうど入ってきたばかりの僕に手を向け、彼は笑った。そんな気がしたのは、彼の覆面の口や目の部分に穴があって、明るさも十分だったからだと思う――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最悪な日だ。ここまで予定通りに行かなかった日は、今までなかった。
だが、ここだ。ここでなら。
三階中央の区画の周囲にもティッシュ箱を仕込んでいる。ほかの場所にも仕込んではいるが、戦場がここなら――この階のここまで広い空間なら――どこからでも飛ばせる。
俺はそのことを意識すると、自然と笑みを浮かべていたようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その瞬間、僕も捉えていた。
撃とうとすれば撃てた。でも嫌な予感が……。
相手はなんで振り返った? なんで笑ってるように見える?
ぞくりとしたその瞬間、彼の目の前に、一枚の白い盾が現れた。巨大化したティッシュ。その盾が、彼のすぐ前に浮き、彼の首元から下を守る――。
嫌な予感の理由はそれだけじゃないはず。そう思えたのは、今のが防御主体の行動にしか見えなかったからだ。
一瞬だけ辺りを見て、笑みの意味を理解した――浮いていた、奴の白い武器が!
なんて数!! 全方位――!!
どの方向にも盾を作ることを強いられた。
間に合え間に合え間に合え――!!
敵の盾を掻い潜って今攻撃するのは無理だった。
四つの円盤をそれらに向けて動かして盾に。そうすることしかできない。
くそ、これで限界――!!
一応、盾を張ること自体は間に合った。でもギリギリ。刃達は猛スピードで黒い盾に突き刺さってるはず。何度も刺さる音がしたから。
刺さっただけのものもあるけど、そのあと幾つかは盾の隙間からこちらを容赦なく切り付けようとした。
そんな凶器を僕は避けようとした。
盾をすり抜けてきた刃のうち幾つかを避けることは偶然できたけど、そんな超人がやるような回避を成功し続けられる訳もなく――
切り刻まれた。
左肩、右脇腹、左すね、右足の甲、右腕。
深い切り傷だ。指や腕が切り離されてしまった訳ではないけど、それでも出血は大量。痛過ぎて悲鳴も上げられない。
そんな状態になって集中を欠いてしまった僕は、盾を普通のシャー芯に戻してしまった。
直後、感じる。
全身から熱を失っていく感覚。
その感覚の中で足のバランスも失って、ついには……倒れてしまった。
男の声が聞こえる。
「ふ、はははっ。どうだ、俺の勝ちだ」そして彼は、フッと鼻で笑った。「どうした、ざまあないじゃないか。俺を脅したりなんかするからだぞ、藤宮大樹」
そんな忠告の最中、男の方から、聞き逃してしまうくらい小さな音がした。ファサッという音。
多分、ティッシュの巨盾が舞い落ちた音。
――! 彼が盾にサクラを込めるのをやめた……!
そう一瞬で感じた。それと同時に、奴に、これ以上攻撃したくなるような刺激を与えてはいけない、そうも思った。
でも何か策がなければ、ここで終わる。人生が終わる。
僕は地面に左頬をくっつけた状態でうつ伏せになっていた。
彼を視界に入れたかったけど、そうしたら彼が警戒するかもしれない。
どうする。どうすれば?
少しでも動けばまた切り刻まれるかも。油断してるから彼は今手を出してこないんだ、きっとそうだ。
動けば殺される? こっちは少しずつしか多分動けない、それなのに。
ここで死ぬのか。終わりなのか。こいつをどうにもできずに、これで……? 嫌だ、そんなのは。でもどうすれば?
見えない位置にサクラを込めるのはとんでもなく難しい。だからどうしても男を視界に入れたかったけど、それはできない。でも敵のいる方向が分かっていて、操作対象の位置を理解していれば、もしかしたら?
声がした方向は、大体分かってる――。
この状態のまま油断させておきたいけど、そうして絶対に当たるようにするには、操作物が大きくないと……。
数秒でそこまでのことを思って、力を振り絞った。「ふ……」生きたい想い、彼を放っておけないという想いは、奴に聞こえないほどの声になった。
右手で握り締めたシャー芯のケースにサクラを込めつつ、全身の痛みに抗いながら――出血のせいか迫る眠気に抗いながら――奴に届かないくらいの声で言い放った。
「吹っ飛べ――っ」
僕と男のあいだに芯を増加能力で出現させるイメージでサクラを込める、それを見ずにやった。そして多分現れたであろう芯を、一瞬で円盤状にするべくサクラを込める。
地面に垂直に立った円盤という形で浮遊しているはずの――いつもは盾に使う――その芯を、今だけは、声のする男の方に向けて、衝撃に耐えられるように少しだけ伸ばしながら、超高速で動かす。全力でサクラをその芯にただただ込めた、見ずにそうなると信じて!
これは最後の賭けだった。
こんな状態でも一本ならできる、きっとできる、もうそれを信じるほかなかった。
芯はいつもの三倍くらいの厚みの極太の盾のまま、とんでもない速さで前進したはず。それも男に向かって。
そして男は、もし避けられなければ、車で撥ねられたように、押し飛ばされた――はず。
ガッ、ドサッ、という音がした。
でも僕には見えていない。
撥ね飛ばすための芯は、多分もう元の大きさに戻ってる。
物音がしなくなった。
なんでだ。倒せたのか? それとも違うのか? 逃げた? もう分からなくなってきた。
逃げる足音なんかも、僕にはもう聞こえてないだけなのかも。
……いや、そんな訳じゃないみたいだ、雨の音は聞こえる。でも攻撃されない。やっぱり倒せたんじゃ――。
助かりたいからというだけじゃなく、あいつの生死を見極めるために、まだ諦めちゃ駄目だ。
それにどうせ死ぬなら、あいつが犯人だってことを誰かに言うんだ。それと、そのためには、この場所のことも。実千夏も護衛女性も、ここがどこか分かってないかもしれない、だから……!
芯を増加能力で目の前に出し、円盤状にして若干硬化させ、床に伏せた。
その円盤に乗るべく、僕は全力で這った。速度は出なかったけど。
「ぐうっ、ううあ、ああ――っ」
体を引きずる度に、傷口全てが痛む。
「ぐ、あ、ああ――っ」
首の向きを修正して、ちらりと前を見た。その時、視線の先に、横たわって動かない男を見付けた。
そいつが犯人。多分。そして単独。
これはかなりの確率で当たっていると思う。
あのファサッという音が盾化したティッシュの舞い落ちた音だという考えも、きっと合ってる。あいつ、僕がもう戦えないと思ったんだな。だから最後の賭けが利いた。
よかった。やったぞ。やっつけたんだ。
はは……。
気が抜けて、眠気に負けそうになる。
駄目だ駄目だ、寝るな、僕はまだ生きてないと。それに油断できない。どうにかして誰かに伝えるんだ、あいつが目を覚ましてしまう前に! あいつは倒れてるだけ、気を失ってるだけかもしれない……!
必死に念じ続けた。
さきほど眠気に負けそうになった時、サクラを込めるのが弱くなった。でも、その時間が少しだけだったからか、円盤が少々縮小するだけに留まった。
その円盤をまた少し広くしてそれに完全に乗った状態になると、それを浮遊させ、それによる移動でまずは男のそばに向かった。
男のポケットを探ったけど、スマホの一つもありそうにないと分かるだけだった。僕に命じるために、こいつもスマホを持っているはずだったけど、それはどこかに隠されてしまったあとなのかな。
そう思ってからは四階に浮遊移動で向かった、エスカレーターは狭いからと、少し離れた所にさっき見付けておいた階段の上空を通って。
確か、あの与えられたスマホを、四階に置いたままにしてた。正面側から見て、四階左の奥――だったっけ。
眠気に抗いながら、自分が乗ったままの円盤の浮遊でその辺りに到着した。
あれ? ない、ない……!
焦りが募る。誰にも伝えられない? そんな不安が心に満ちようとする。
でも諦めない。
円盤に乗ったまま辺りを捜索――し始めて数秒で、柱の陰に発見した。ほっとする。本当に泣けてくるくらいに。
その拍子にサクラを込める気持ちが薄れてしまった。
円盤が元の芯の大きさに縮んで落下し始めた。だから、四十センチから五十センチくらい浮いた所から、床にドスンと落ちた。
「ぐ……っ!」
当然の痛み。傷付いた腕や足で、とっさに衝撃を和らげようとしたが故の。そんな着地がうまくいく訳もなく、あごや膝を打った。
ただ、希望は目の前にある。
見付けたスマホを、力を振り絞って手に取った。それから、動かなくなっていく指を這わせた。
必死に電話番号の入力画面にする。
そこで気付いた。
くそっ、よく話してた檀野さんの番号も覚えてない。ほかの隈射目の人の番号なんて記憶にすらない!
うっ……どうする! 他に方法は! 家に掛けるしかない? そんな。嘘だろ。
仕方ない。それで誰かが出た時、それがお母さんでもちゃんと説明して伝えるしか――その場合時間が掛からないことを願うしかない――。
家の番号を、最後の力を振り絞って押していく。押す指が手ごと震える。間違えるな。最後までちゃんと――。
ん……よし、押し終わった! 番号に間違いはないはず。
あとは、誰が出るかだ。もう誰でもいい、誰か、誰かいて……! お願いだから誰か家に!
数秒間、静かだった。希望が闇に溶けそうなほど。
そんな時間が経ったあとで「もしもし」と、応じる声があった。よかった……!
お姉ちゃんの声だった。
「お姉ちゃ……、檀野さんに……連絡……し……」
応答を聞いてからはほっとする暇なく声にした。
でもあまり声にならない。
「ん? え? 何ですか?」
聞こえてないの? 僕の声が小さい? 頼む、伝わってよ、頼むから。
その一心で言葉にする。
「僕の、部屋……スマホで、だ……檀野さんか、右柳さん、に……」
「え、誰? 大樹? 大樹なの?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
口調から私はそう思った。私に掛けるような人で、檀野さんとかを知っていて、自分を僕と言うのは、私が知る中では大樹くらい……。まあ、多分だけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「れ、連絡、を……」
これが伝わってなかったら終わりだ。
照らす光はあるのに、一人だけの闇にいるような心細さの中で、視界が歪んだ。
涙のせい。そう気付くのはすぐだった。
腕や足、肩や腹、ほぼ全身に、滑った感触と痛みがあった。気も失いそうで、それ以上声にならない。もっと的確に伝えたかった。
でも。
僕の意識はそこで途絶えた。
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