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第2章 X
24-2 愛
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……あれから数日が経ってしまった。
今もなお、大樹は目を覚まさない。
お母さんはもう知っている。今回ばかりは、嘘で隠しておく訳にもいかない、それが分かっていたから檀野さんに許可されて、私の知る限りのほとんど全てを話している。
ただ、隈射目が人に言えないことをやってでも人を守っていることまでは教えてはいない。
「組織の実態に関しては教えなくてもいい、マギウト使いをサポートしている点だけを話すので構わないんじゃないか、不安にさせてしまう情報が増えるよりはな……」
と、壇野さんから言われてる。
負担に少しでもなるなら暗い情報を教える必要はない――私自身も思ってる。
なぜ帰りが遅いのか――それはあんな風に巻き込まれていたからだ――ということに納得できても、今度は、お母さんの心に、『本当に帰ってくるのか』『術後何か起こりやしないか』と、疑問が、不安が、どうしても湧いたと思う。
お母さんは毎日花を買っては家に飾るようになった。
きっと願掛けだ。
うちのダイニングテーブルを生きた花が彩るうちは大樹もきっと生きている、容態が悪くなったりなんかしない、帰ってきた大樹と、この華やかさを楽しめる日が来る、きっと――そう願って飾り続けているんじゃないか――私はそう思ってしまう。
お母さんは顔に出さないようにしているかもしれない。でも私には分かる。最近あまり笑わないし、目の下にも隈。食事量も減ってる。「ちゃんと食べないと」とお母さんに言ったけど、それでもまだ……。
お母さんはここ数日で少しやつれた。
だからか、息の詰まる毎日に感じた。
私も食欲が普段のようにはないけど、生理現象には抗えない、食べる時は食べる。私も普段より参ってるけど、それ以上にお母さんは食べない。
……早く起きて、大樹。お母さんのためだけじゃない。私にだって言いたいことがあったのよ。あの時のこと。謝らせてもくれないの?
目を覚ましてよ、こんなの気が気じゃないよ、大樹。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ある日。午後二時。かなりの暑さ。お母さんが倒れるんじゃないかと俺は思った。
そんな晴天の日に電話が鳴った。家の固定電話。それに出る。
「もしもし」
相手の『男の』声。「ああ、近延くん? ……ついさっきなんだけどね、大樹くんが――」
その連絡の内容を、俺は震える指で家族全員に文字にして送った。
そしてその夕方。
家に帰ってきた両親と妹と一緒に、奏多って奴の操作する四個の消しゴムで作られたゲートを通った。
まずはどこかの部屋の中に移動した。
その後ゲート化を解いた消しゴムを操作して手に持った奏多が、それをポケットに入れながら、俺達に――主に父さんに向けて。「こっちです」
その部屋から出た先にある扉をも超えて、プレートを見て把握。さっきのはゲートルームという場所らしい。ゲート開通専用の場所か、多分――まあ、俺はそんな力があること自体知らなかったけど――。
今いる場所は体育館のような場所。そこの本来の入口らしき扉から出て階段へ急いだら、上の階へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大樹くんの寝ていたベッドを整えてから、私は、隈射目組織内の看護師担当である入戸メイさんに指示した。「その点滴も片付けて」
「分かりました。新しく出すのは同じので大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、よろしく」
「はい」彼女はその返事のあとで、てきぱきと点滴をスタンドから外す。
その彼女が、私に。「それより、国邑先生もお疲れでしょ? 昨日、包囲作戦の負傷者のために現場に出向いたのに、それから夜番まで。ベッドでゆっくりしていいんですよ」
「私が連絡したし、もう少しだけ」
「本当に、お疲れ様です」
「ん」
そう返事してから数秒くらいだった。扉が勢いよく開いたのは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お母さんはプレートの文字を目で追った。病室だと分かった所の扉を、お母さんは勢いよく開けて、
「だ、大樹……は……」
そう言った。
駆け付けた私達に、国邑という女性が意味深な薄い笑顔を向けた。明らかに陰りのある感じに見えた。
ま、まさか着くまでのあいだに何かあった? その表情はどういう――?
説明を待った。私以外の三人とも、国邑さんの言葉を待ったのかもしれない、何も言わなかった。
少しのあいだだけ、場が無音になる。その間のあとで――どう話すか脳内で整えていたようで、それから――国邑さんが言った。
「今は植物研究管理室にいると思います、すぐそこです」
よかった、何もなかったんだ、目を覚ましたとは聞いたけど……、何もなくてよかった……。
私がそんなことを思ったあとも国邑さんの言葉は続いた。
「ここに散歩できる場所がろくになくて……庭園なんかが下の方にありますけど、でもまだ階段は歩くなって言ってあるんで。まあ、歩くの自体、今はゆっくりしかできませんけどね。ああ、えっと、彼、ここの緑がどんな風に植えられたり研究されたりしてるかってことに興味があったみたいなんですよ。それで、すぐそこの植物研究管理室に――今もいるかと」
そのあとで、国邑さんは微笑みを浮かべて。「何にしても、よかったですね、目が覚めて」
お母さんの顔が明るくなる。涙も滲む。それを堪えたような顔になる。そうなってからお母さんが頭を下げた。
「ありがとうございました!」
それに対し、国邑さんが。「当然のことをしただけです」それだけかと思ったら、違った。「ほら、行ってやってください、面会謝絶でもないです。会いたがってますよ」
そう言われると、お母さんは、次の瞬間には頭を持ち上げていた。
「では失礼しますっ」
そう言い残すと、お母さんは、すぐに駆け出してこの部屋を出て行った。
それを見ていた私も、一礼し、お母さんを追いかけた。きっと私とお母さんの気持ちは似ていたんだと思う。
今もなお、大樹は目を覚まさない。
お母さんはもう知っている。今回ばかりは、嘘で隠しておく訳にもいかない、それが分かっていたから檀野さんに許可されて、私の知る限りのほとんど全てを話している。
ただ、隈射目が人に言えないことをやってでも人を守っていることまでは教えてはいない。
「組織の実態に関しては教えなくてもいい、マギウト使いをサポートしている点だけを話すので構わないんじゃないか、不安にさせてしまう情報が増えるよりはな……」
と、壇野さんから言われてる。
負担に少しでもなるなら暗い情報を教える必要はない――私自身も思ってる。
なぜ帰りが遅いのか――それはあんな風に巻き込まれていたからだ――ということに納得できても、今度は、お母さんの心に、『本当に帰ってくるのか』『術後何か起こりやしないか』と、疑問が、不安が、どうしても湧いたと思う。
お母さんは毎日花を買っては家に飾るようになった。
きっと願掛けだ。
うちのダイニングテーブルを生きた花が彩るうちは大樹もきっと生きている、容態が悪くなったりなんかしない、帰ってきた大樹と、この華やかさを楽しめる日が来る、きっと――そう願って飾り続けているんじゃないか――私はそう思ってしまう。
お母さんは顔に出さないようにしているかもしれない。でも私には分かる。最近あまり笑わないし、目の下にも隈。食事量も減ってる。「ちゃんと食べないと」とお母さんに言ったけど、それでもまだ……。
お母さんはここ数日で少しやつれた。
だからか、息の詰まる毎日に感じた。
私も食欲が普段のようにはないけど、生理現象には抗えない、食べる時は食べる。私も普段より参ってるけど、それ以上にお母さんは食べない。
……早く起きて、大樹。お母さんのためだけじゃない。私にだって言いたいことがあったのよ。あの時のこと。謝らせてもくれないの?
目を覚ましてよ、こんなの気が気じゃないよ、大樹。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ある日。午後二時。かなりの暑さ。お母さんが倒れるんじゃないかと俺は思った。
そんな晴天の日に電話が鳴った。家の固定電話。それに出る。
「もしもし」
相手の『男の』声。「ああ、近延くん? ……ついさっきなんだけどね、大樹くんが――」
その連絡の内容を、俺は震える指で家族全員に文字にして送った。
そしてその夕方。
家に帰ってきた両親と妹と一緒に、奏多って奴の操作する四個の消しゴムで作られたゲートを通った。
まずはどこかの部屋の中に移動した。
その後ゲート化を解いた消しゴムを操作して手に持った奏多が、それをポケットに入れながら、俺達に――主に父さんに向けて。「こっちです」
その部屋から出た先にある扉をも超えて、プレートを見て把握。さっきのはゲートルームという場所らしい。ゲート開通専用の場所か、多分――まあ、俺はそんな力があること自体知らなかったけど――。
今いる場所は体育館のような場所。そこの本来の入口らしき扉から出て階段へ急いだら、上の階へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大樹くんの寝ていたベッドを整えてから、私は、隈射目組織内の看護師担当である入戸メイさんに指示した。「その点滴も片付けて」
「分かりました。新しく出すのは同じので大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、よろしく」
「はい」彼女はその返事のあとで、てきぱきと点滴をスタンドから外す。
その彼女が、私に。「それより、国邑先生もお疲れでしょ? 昨日、包囲作戦の負傷者のために現場に出向いたのに、それから夜番まで。ベッドでゆっくりしていいんですよ」
「私が連絡したし、もう少しだけ」
「本当に、お疲れ様です」
「ん」
そう返事してから数秒くらいだった。扉が勢いよく開いたのは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お母さんはプレートの文字を目で追った。病室だと分かった所の扉を、お母さんは勢いよく開けて、
「だ、大樹……は……」
そう言った。
駆け付けた私達に、国邑という女性が意味深な薄い笑顔を向けた。明らかに陰りのある感じに見えた。
ま、まさか着くまでのあいだに何かあった? その表情はどういう――?
説明を待った。私以外の三人とも、国邑さんの言葉を待ったのかもしれない、何も言わなかった。
少しのあいだだけ、場が無音になる。その間のあとで――どう話すか脳内で整えていたようで、それから――国邑さんが言った。
「今は植物研究管理室にいると思います、すぐそこです」
よかった、何もなかったんだ、目を覚ましたとは聞いたけど……、何もなくてよかった……。
私がそんなことを思ったあとも国邑さんの言葉は続いた。
「ここに散歩できる場所がろくになくて……庭園なんかが下の方にありますけど、でもまだ階段は歩くなって言ってあるんで。まあ、歩くの自体、今はゆっくりしかできませんけどね。ああ、えっと、彼、ここの緑がどんな風に植えられたり研究されたりしてるかってことに興味があったみたいなんですよ。それで、すぐそこの植物研究管理室に――今もいるかと」
そのあとで、国邑さんは微笑みを浮かべて。「何にしても、よかったですね、目が覚めて」
お母さんの顔が明るくなる。涙も滲む。それを堪えたような顔になる。そうなってからお母さんが頭を下げた。
「ありがとうございました!」
それに対し、国邑さんが。「当然のことをしただけです」それだけかと思ったら、違った。「ほら、行ってやってください、面会謝絶でもないです。会いたがってますよ」
そう言われると、お母さんは、次の瞬間には頭を持ち上げていた。
「では失礼しますっ」
そう言い残すと、お母さんは、すぐに駆け出してこの部屋を出て行った。
それを見ていた私も、一礼し、お母さんを追いかけた。きっと私とお母さんの気持ちは似ていたんだと思う。
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