蚊クエスト

超絶ラビリンスコーヒースライム隊長Lv3

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蚊クエスト

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英雄、ヒーローになりたいという願望はどんな人間にもどこか頭の隅に存在していると思う。

 ヒーローとまでは行かなくても、人よりも目立ちたい、あるいは自分の痕跡をどこかに残したいと考えることは誰しもが一度は考えたことがあるのではないだろうか。

 そんな私も、その一人だ。いや一匹だ。

 実は私は蚊だ。

 蚊と言っても様々な種類の蚊がこの世界には存在する。

 アカイエカ、チカイエカ、ヒトスジシマカ、ヤマトヤブカ、オオクロヤブカ、トウゴウヤブカ、コガタイエカ、シナハマダラカなどが数多くの蚊が存在している。

 私は何の蚊かと言うとヒトスジシマカである。

 卵を水の中に落とされ、ボウフラになり、そして蚊として生まれた時、私は自分の存在が他の蚊とは違うことに気づいた。

 私は生まれた時のことをとても良く覚えている。

 水の中で動き回り、やがて水面から飛び出す瞬間まで。それはとても感慨深い体験だった。

 私が他の蚊とは違うということに気づいたのは、蚊として生活し始めてすぐのことだった。

 私は人間の家へとこっそりと入り込み、人間という生物を観察し続けた。間違って見つかってしまい殺されるのが嫌だった私は、人間の血は吸わず砂糖水を探し出し、それをチューチューと吸い、ひっそりと過ごしていた。

 10日もすると私は簡単な言葉だけだが、人間の言葉を覚えた。もちろん私は人間ではなくて蚊なので、人間の言葉を喋ることは出来ないが、それでも人間の言葉を理解することは出来た。

 自分の存在が他の蚊と違うということに気がついたのはその頃である。

 自分は人間の言葉を理解し、慎重に人間と接していたのだが、他の蚊は人間の見ると、いや人間の呼吸を感じるとその人間の方に向かっていくのだった。

 あまりに無謀な特攻に私は唖然としたのを覚えている。夜、人間が睡眠中に特攻することが多いとは言え、その本能に身を任せるがままのような行動を私は不思議でたまらなく、理解することが出来なかった。

 他の蚊とコミュニケーションを図ろうと試みるが、その試みは全て失敗に終わった。

 他の蚊は相変わらず、人間に無鉄砲に突入し、そして撃沈される。

 行動範囲もそれほど広い訳ではなく、せいぜい数百メートル範囲での行動だった。

 ちなみに私の行動範囲は今の所、半径10kmと言ったところか。それ以上になるとなかなか元の場所へと帰ることが出来なくなるのでそのぐらいの所を行動範囲としている。

 考えれば考えるほど、自分の存在が分からなくなる。トンビが鷹を生むという、ことわざがあるのを人間同士の会話から知ったが私はそう言った存在なのだろうか。

 自分が人間と比べてどのくらいの頭の良さなのかは分からないが、生まれてから今、こうやっていろいろと人間を観察すると、私は人間の頭の良さと変わらないのではないだろうか。いやむしろ人間よりも優れている可能性も否定は出来ない。

 私の頭が小さいからと言ってその大きさが頭の良さと比例している訳ではないだろう。

 コンピューターも出来初めの頃は今よりもずっと大きかったのに、性能は今よりも劣っていたという。

 だから、頭が大きいからと言って、人間の方が私よりも頭が良いとは限らないのである。

 実の所、生まれてから今まで一度たりとも人間の血を吸ったことが私はない。

 それはやはり、人間に見つかって、叩き殺されたり、蚊取り線香を焚かれるのを恐れたというのが一番の理由である。

 だが、人間のあるいは動物の血というのには興味はある。どんな味がするのだろうか。この世界について大分理解はしてきたのでそろそろ血を吸う時期には入って来たとは思う。

 私の寿命はどのくらいなのだろうか、2、3週間というのをこれまた偶然人間の会話から聞いたのだがそれは本当なのだろうか。本当なのだとしたら私の寿命はもうほとんどないことになる。

 しかし、自分はまだそんなに早く死ぬとは思えなかった。いや思いたくなかった。

 だって他の蚊より私は頭脳明晰で、それは単に偶然と言う一言で片付けるにはあまりに出来すぎていた。頭脳も他の蚊より良いのだから、寿命だって他の蚊よりも遥かに長いかもしれない。

 そんな楽観的思考が私の中に芽生え始めてきていた。

 私は蚊ではあるのだが、蚊のままこのまま、一生終えたくはないと思っている。

 最初の話しに戻るが私は、ヒーローになりたいのだ。

 だけど、それは私ではどうすることも出来ないことなのだった。

 なぜなら私は人間ではなく、蚊であるし、しかも私は血を吸うメスなのだから。

 だけど、どうして私はオスではなくメスに生まれたのだろう。生まれた直後に私は自分の性別に疑問を抱いた。

 人間社会にあるテレビという媒体からその疑問は氷解した。

 私は性同一障害なのだということが分かったからだ。

 蚊が性同一障害だって? ハッ! 笑わせるな! 

 そんな声がどこもかしこも聞こえて来そうだがそんなことは全くもって関係がない。これは誰それの問題ではなくて私自身の問題なのだから。

 まあいい。こんな私だが、どうやったらヒーローになれるのだろうか。それはやっぱりどこかに存在する悪の組織を倒すしかないのではないだろうか。

 私がそんな結論に至った時だった。

 私のいる街に非常サイレンが鳴り響いた。

 ウーウーウーウー。

 聴く人の脳内に強烈なインパクトを与えるサイレンの音だ。

 何事なのだろうか。

 すると、街にあるスピーカーから緊急ニュースが流れて来た。

「緊急事態をお知らせします! 緊急事態をお知らせします! ただいま数百年前に、勇者様とその仲間によって倒され、地下の黄金扉の遥か先に永久封印されていた魔王が甦りました。繰り返します。ただいま数百年前に、永久封印されていた魔王が甦りました。市民の皆様、至急避難をして下さい」

 声の主は緊迫感の篭った声で放送を何度も何度も繰り返した。

 魔王? 何だそれは?

 放送直後、私のいる地域が急にあわただしく色を変えた。

 人間達はあわただしく、荷造りをしだしたのだ。

 そして家を飛び出し、荷物を車に載せると、皆車に乗ってどこかへ向かってしまうのだった。

 なんだかよく分からなかった私は、人間達のその様子をまるで観察するかのように眺めていた。

 次の日、私は休んでいた暗所から抜け出すと私のいる街はもう、もぬけの殻状態になっていた。

 魔王とは一体何なんだ? 

 私は今現在の街や世界の状況が未だ分からないで途方に暮れていた。

 私は換気扇を通じて、誰もいない家へと侵入する。

 家の中はひっちゃかめっちゃかに散らかっていて、貴重品だけを手に取り、よほど焦って家の住人が出て行ったのをその室内の様子から窺い知ることが出来た。

 その時だった。

 どこからか急に声が聞こえてきたのだ。

 私はその声にビクッと体を震わせ、すぐに箪笥の裏へと避難する。

 その声は女性の声だった。

 だが、どこかおかしい。

 何やら一方的に誰かに語りかけるように喋っているようだった。

 私は箪笥からこっそり抜け出すと、家政婦のように顔を少し覗かせ、声の方を見る。

 ようやく私はどういうことだか理解することが出来た。

 なるほど、テレビか。

 どうやら、家の住人が家を離れる際、焦っていてテレビを消し忘れたまま家を離れたのだろうと推測することが出来た。

 だが、今やっている番組はどうやらニュースのようで今の私にとっては情報を得るとても良い機会だった。

 私はテレビから流れる情報を画面を見つめ注視した。

「昨日の続報です。魔王が復活してしまいました。魔王の復活した場所の近くにいる皆様、あるいは以前魔王が生きていた時、勇者様達が活動拠点にしていた街に住んでいる皆様はただちに避難をして下さい。魔王が死んだ時に、結界を解除されてしまったので、もう街は以前のように安全ではありません。魔族やモンスターが街に入ってくるのは時間の問題です。対象となる町は○○街、○○街、○○街、○○街……」

 アナウンサーの女性は淡々と、しかし緊迫した表情と声音でニュース原稿を読み続けている。

 なるほど、この街の住人がいなくなったのはそういった理由からか。この街の名前は私は人の会話を聞き知っていた。先ほどアナウンサーが読み上げた町の中にこの町も含まれていた。

 時機にこの町にも魔族やモンスターがやってくるのか……。魔族やモンスターがどういった形態をしていて、どのぐらいの強さかは分からないが、町の人間が皆恐怖で一日でいなくなるぐらいなのだから、よほど恐ろしい存在なのだろう。だからそいつらが来たら単に蚊の存在であるだけの私などはすぐに死んでしまうだろう。

 ふっ。

 私は自嘲気味に笑った。

 私の幸せって一体なんだったんだろうな。

 蚊として生まれて、蚊としては頭脳は他の蚊よりは恵まれてはいるが、ただそれだけだ。私には何の力もない。一人の人間にすら血をちょこっと吸って、痒みを与えるだけの、人間にとっては取るに足らないゴミみたいな存在でしかない。しかも私は性同一障害だ。私はメスでありながら、蚊のオスには興味がない。メスにしか興味がいかないのだ。もしかしたら私の前世はオスだったのかもしれないな。前世が分かる方法がなにかあればいいのだけれど。 

 私はそんなあり得ない妄想を浮かべる。

 だが、本当に私はこれからどうすればいいのだろうか。私も人間と同様にここから避難をするか? それとも潔く、ここに残り魔族やモンスターに文字通り、虫けらのように一瞬で殺されるか? いや待てよ。どうせ死ぬなら魔族やモンスターの血を吸って奴等に少しでも痒みなどのダメージを与え、私の生きた証を残すことが出来ないだろうか。

 そんなことを考えた時だった。頭の中にある映像が鮮明に浮かんだ。それは私が蚊として生まれた直後の出来事だった。

 人間の小学1、2年ぐらいの男が道端にいるバッタを捕まえていた時のことだ。その小学1、2年ぐらいの男はバッタの足をむしり始めたのだ。私はそれを電柱の影からひどいことをする奴がいるもんだと、怒りの感情を秘めながら見つめていたのだが、その時ある人物がやってきたのだ。そいつはその小学生と背丈はほとんど一緒で、その小学生の男と知り合いのようだった。

「ねえっ! バッタさんをいじめるのよくないよ! 先生に言っちゃうよ!」

 その言葉を聞いた男は「何だよお前うるせえな!」と言いながら面倒臭そうな様子でバッタを解放するとその場からそそくさと消えて行ったんだ。

 その女は足が一つもがれたバッタを優しく手に取ると「私の家で飼ってあげる」と言いながらそのバッタを持って帰って行ったんだ。

 私は蚊でありながらその光景にとても感銘を受けた。もし私が人間であったのならあの女に恋をしていたのではないだろうか。私はその女児の家まで付いていこうと思ったが、しかし彼女は人間で、所詮私は一介の蚊の身である。私と彼女が結ばれることなどあり得ようもない。なので私は断腸の思いで泣く泣く彼女の後を追うことを諦めたのだ。

 それ以来、私はヒーローに憧れているのである。

 そんなことをふと思い出した私は、思った。

 魔族、モンスターの血を吸って痒みを与えダメージを与える……だって? そんなことをして一体何の意味があるのだろうか。奴等はただの魔王の手下じゃないか。手下にダメージを与えた所で魔王は痛くも痒くもないはずだ。それじゃあ、仮に私が血を吸えたとしても意味がない。ダメージを与えるのなら、ボスに与えなくちゃだめだ。

 私はそう思った。

 そうだ。ボスだ。

 ボス。すなわち魔王だ。魔王にダメージを与えなくては駄目なんだ。私の心の中に何か燃えたぎる思いが沸々と浮かび始めて来た。

 そうだ。もし私が、血を吸い、ほんの僅かでも貧血にし、痒みも与え、魔王に少しでもダメージを与えることが出来れば、私が魔王を倒すことは敵わないとしても少しでも魔王と闘う勇者の助けになるのではないだろうか。そうすればこの蚊として生まれたこの私にも生きている意味というのがあったのではないだろうか。そうだ。そうだ。

 私は自分自身を鼓舞するかのように自分自身に言い聞かせた。

 しかし、私は蚊の身。頭が他の蚊よりも良いとは言え、寿命までもが長いとは限らない。蚊の寿命はとても短い。いつ私も死んでしまうか分からないのだ。つまり、私には時間がないのだ。考えて悩んでいる内に死んでしまったら元も子もない。私はそう思い、すぐに魔王にダメージを与えるべく行動を開始することにした。

 私は今まで生まれてから一度も血を吸ったことがなかった。人間のみならず、動物の血ですら一度も吸ったことがなかった。だから私はまずは血を吸う練習から開始することに決めた。最初は動物からだ。ゆっくりしている暇はない。慎重かつ丁寧に、失敗は許されない。失敗はすなわち死だからだ。だけど、慎重になりすぎていても動物は逃げてしまうだろう。私はまずは牛の血を吸うことに決めた。

 私は牧場を探す。

 まずは上空へと舞い上がる。そして精神を集中して、耳を傾ける。すると……。モーモーと言う鳴き声が私の右の方角から聞こえてきた。よし、あっちだな。

 私は声の方へと、飛んでいく。

 すると、牧場が見えて来た。牧場は広く、牛が放し飼いになっていた。パッと見たところ、20頭以上はいるだろうか。

 私はゆっくりと下降をする。

 牧場に人の気配は微塵も感じられなかった。避難命令が出され、人間は牛を置いて逃げて行ってしまったのだろう。

 可哀想だと思う反面、牛を皆、連れて避難するのは物理的にも不可能だと思いしょうがないとも思った。

 地面には牧草がたくさん生えている。牛はそれを食べているおかげが表情も良く、元気そうだった。

 よし、じゃあ、早速牛の血を吸う練習を開始するか。

 私は気を引き締め、牛の血を吸うべく、牛へと飛翔して行った。

 数十匹いる牛の中から肉質が良く、健康そうな牛を探し出す。

 いた。あれにしよう。

 でっぷりと太っているその牛は、元気に牧草を食べながら牧場を動き回っている。他の牛に比べ、鳴き声も元気が良く、どこか貫禄も感じさせる風貌であった。

 私はどこに吸血針を刺そうか悩む。

 よし、あそこにしよう。

 私は牛の首の後ろを刺すことにした。

 牛の首に着陸し、針を突き刺した瞬間、牛が大暴れした。私はその振動によるショックで地面へと落ちた。そしてその落ちた場所へ牛の足が上から迫ってくる。

 あ、危ない!

 私は間一髪で牛の、踏み降ろされた足をかわし上空へと避難する。

 ふうっ。危なかった。もう少しで牛に踏み潰される所だった。魔王に挑む前に牛にやられてしまうなんてことは一番あってはならないことだ。

 気を引き締めた私は、再びその牛へと向かう。

 今度は牛の引き締まった肉厚のおしりの血を吸うことに決めた。

 よしいいぞ。

 針を再び刺すと、牛は始め、おしりをビクンと一瞬させたが、今度は先ほどのように牛は暴れなかった。

 麻酔をした後、牛の血をどんどんと吸い上げていく。

 お、美味しい。血がこんなにも美味しい物だなんて……。

 私が味の楽園に浸り、身を委ねているとふと私の体がどくんどくんと脈打つのを感じた。

 な、何だ?

 私の体の血液が奔流になるのを感じる。

 う、うおおおおおっ??

 次の瞬間、私の体がパンプアップしたかのように肥大する。

 そして、私の中に今までになかった知識の回路が開け、知識が蓄積されたのを感じた。

 何だこれは? 何だこの感覚は?

 そんなことを考えていると、ふと町人の会話を思い出した。

「それにしても、俺鍛えているのに中々レベルが上がらないんだよな」

「そりゃあ、そうだよ。俺達はただの一般人だしな。レベルが上がったとしてもたいして強くはならないんじゃないかな?」

「あーあ、嫌になっちゃうよな。何で神様はこうも不平等に皆を作ったんだろうな。今や魔族やモンスターでさえ、レベルが上がる時代だっていうのにさ」

「そうだな。本当に不平等だよな。俺達がいくらレベルを上げたとしても使える特殊能力はたいした物じゃなさそうだしな。お前はどんな特殊能力が使えると自分では思う?」

「俺か? 俺はペットが好きだから、もしかしたら動物を操れる特集能力を習得出来るかもしれないな。お前は自分ではどんな特殊能力を覚えそうな気がする?」

「俺か。俺は女が好きだから、何か軽い念力を覚えそうな気がするよ。スカートがめくれるぐらいのさ」

「お前最低だな」

「最低で悪かったな」

「「ハハハハハ」」

 こんな会話をまだ町に人がいる時に聞いたことがある。つまりこういうことか。人間は鍛えるとレベルが上がる種族らしい、いやその話を聞く限りでは人間だけではなく、魔族やモンスターもレベルというのが上がるらしい。そしてレベルというのが上がると、人間の場合、その人間の趣味や嗜好、あるいは得意分野か何かに関する特殊能力を覚えるらしいのだ。魔族やモンスターもレベルが上がるのだから、もちろん奴等に関しても人間と同じ条件と言っていいだろう。

 じゃあ、私は?

 私は人間ではないし、魔族やモンスターでもない。ただの一介の蚊である。

 ただの虫である私のレベルが上がるということが果たしてあるのだろうか。

 私はしばし逡巡する。

 いや、ある。なぜなら私はただの蚊ではないからだ。

 生まれた時から、人間並みの頭脳を持っていたのだから。そんな私ならばレベルが人間、魔族、モンスター同様にレベルが上がっても決して不思議ではない。いや、もしかしたらどんな小さな微生物、虫にもレベルアップというのは存在しているのかもしれない。ただ人間達が気づいていないだけで。では私は先ほどのパンプアップしたような現象はレベルアップだったのだろうか? 考える。

 すると、すぐに答えが浮かんできた。

 やはり私はレベルアップしたのだ。それは間違いようのない事実だった。自分の頭の中で自問自答していると、確信的な感覚を自分自身で感じたからだ。

 自転車に乗れる人間が自転車にどうやって乗っているのかと聞かれて、上手く答えられないけど、感覚でするすると乗れるように、私もレベルが上がっているのかと自分自身に問いかけて、上手くは答えられないけれど、人間が無意識に自転車に乗っているのと同じような感覚で、自分自身がレベルアップしたと無意識に感じているのだ。私は自転車には乗ったことがないけれど。

 そしてレベルアップは私に、更なる身体的な向上をもたらした。

 レベルアップして、私にはどんな特殊能力が備わったのだろうと自問自答していると、先ほどと同じように無意識に、技が使えるようになったと自分で感じたのだ。

 私が使えるようになった特殊能力は軽い念力、ステルス機能だということが分かった。ステルス機能は飛んでいる時のプーンという音も消せるということが分かった。

 よっしゃー、これで今までよりももっと楽に動物の血を吸うことが出来るようになったな。

 もっとレベルが上がれば更なる特集能力も覚えることが出来るかもしれない。もし凄い特殊能力を覚えたら、魔王の血を吸って、痒みを与えるだけではなくてもしかしたら、魔王自体を私が倒せるようになるかもしれない。

 そんな考えが浮かんで来て、私はもっと強くなりたい。もっとレベルをアップさせたい。という強い思いが芽生え始めてきた。

 まずは手当たり次第に動物の血を吸って経験値を溜めていくぞ。

 私は、決心すると高く舞い上がり、血を吸う動物を探すべく、地上を俯瞰した。

 よしっ。見つけたぞ。

 上空からまず猿が見えた。

 ウキッッ! ウキッ! っと赤いケツを掻きながら今は誰もいない商店に侵入し、品物を強奪して店の外へと持ち去っている猿だ。

 私は下降して、その猿の桃のようなお尻に針を刺し、血を吸った。

 猿はとてもすばやくて苦労したが何とかやり遂げることが出来た。

 次に猫の血を吸った。

 その次は犬だ。と思ったら犬は居ぬだったので諦めた。

 次はヤギだ。

 どんどん行こう。羊だ、ヤギだ、馬だ。狸だ、狐だ。

 ゲップ。私は心の中でゲップをした。

 動物によって血の性質や血の味がこんなにも違う物なんだな。

 これでまた一つ勉強になったぞ。

 やったね! 私っ!

 ウキウキした気分でハイになる私。だが、先ほどの猿のようにウキウキウッキーしている暇はなかった。前にも言ったと思うが、なぜなら私には残された時間がたぶんそんなにはないと思われるからだ。自分の寿命のこともそうだし、魔族やモンスターが攻めてくる可能性があるからだ。

 だから私は更に手当たり次第にありとあらゆる動物の血を吸って行った。

 すると……。

 ウオオオオオオオオオッ!?

 私の体の中で血液が沸騰するかのごとき熱を感じた。

 この感覚はまさか……!?

 よっしゃー! 

 そうだ。私は再びレベルアップしたのだ。

 レベルアップのファンファーレは鳴らなかったが、その代わりに町でマブライブというアニメの主題歌がちょうど流れ、私のレベルアップを祝福してくれていた。

 このレベルアップによって私は更なる能力を獲得することに成功した。

 その能力とは一つ目は血を吸う針の長さを伸ばすことが出来るようになったことだ。

 私は針の長さを100メートルまで伸ばすことが可能になった。これで遠くからでも血を吸いやすくなった。

 二つ目の能力は文字を読めるようになったことと、人間の言葉を喋れるようになったことだ。しかも文字を読む能力は速読で読めるということが自分の感覚で分かっていた。これは凄い進化だった。まず文字を読めるようになったことで、辞書なども読むことが出来るようになり、私の知識は更に蓄積することが出来るようになった。そして人間の言葉が喋れるようになったことで人間と会話をすることが出来るようになった。言葉を喋れるようになったとは言っても喉から声を発するわけではないが。ではどうやって言葉を喋るのかと言うと、それはどちらか超能力でいうところの物質化である。物質化はイメージしただけで自分の頭の中にある物を作り出すことが出来るが、私のこの能力の場合はそれの言葉バージョンである。自分が頭の中にイメージした言葉を強く念じると、言葉が空間に音となって発生するのである。うん我ながら凄い能力を獲得した物だ。

 三つ目は飛ぶ速度が格段に速くなったことだ。今までの100倍は早く飛べるようになったのではないだろうか。なぜなら私はたまたま、この町に人が残っていて車が走っていたので競争してみることにしたのだ。すると私の方が猛スピードで走っている車よりも早かったからだ。、私の速さは新幹線とか呼ばれている乗り物と同じぐらいの速さではないのだろうか。まああくまで私の予想の話しだが。

 そして四つ目は人々や動物の前世が分かる能力だ。

 これはその人や動物の性格や行動を判断するのにとても約に立つことであろう。

 そして私は自分の前世を調べてみることにした。

 その結果とても嬉しい出来事が判明した。

 私の前世はオスだったのだ。

 私が今、性同一障害で悩んでいる原因がようやく分かったのだ。

 なるほどそういう理由だったのか。

 前世がオスだったので、その影響が現世にも残っているということなんだな。

 私が強くヒーローに憧れているのは、女がバッタを助けたというのだけではなく、それも一つの原因なのかもしれないな。

 今回のレベルアップで私はこんなにも凄い能力が獲得できるんだとただただ感嘆した。

 もしかしたらどんどんレベルアップすれば今はメスだが、オスになれる能力も獲得することが出来るんじゃないのか? 

 そんなことを思い、私の心の中にレベルアップという名の希望の光が見えて来た。

 だが、今回レベルアップにかなり時間がかかってしまった。

 動物ではたくさんの経験値を得ることが難しいのだろうか。

 もしかしたらたくさんの経験値を得るにはあまり警戒していない動物ではなくて蚊に対する警戒がとても強い人間の血を吸わなくてはならないのだろうか。

 私はそう思い、これからは人間の血を中心に吸うことにした。

 どこを探そうか、今の私の速さなら他の町などあっという間に着くだろうし、ステルス能力を使えば気づかれる恐れもない。しかし、やはり時間の問題があるので少しでも効率よく早く、人間の血を吸いたかった私はどこを探せば良いのかを探る為に、図書館へと向かった。

 人間が図書館に入った時、私も姿を隠しながら一緒に自動ドアを潜り抜け、図書館内部に侵入した。

 そして覚えた能力である、軽い念力能力を使い、本を本棚から一気に落とすと、私はその落ちた本を更に軽い念力能力で、パラパラとめくっていく。

 文字を読む能力を使い、本の内容を頭の中にどんどんとインプットしていく。

 数時間後には私の頭には数多くの知識を蓄積することが出来た。

 ふんふん。これでこの世界のことが大分分かってきたぞ。

 おっと本題を忘れる所だった。

 人間を効率よく探す方法を調べる為に図書館に来たんだったな。

 だが、私のお腹の具合もあるので、そんなにはたくさんの血は吸うことが現時点では出来ないだろう。レベルが上がればどうなるのかは分からないが。

 なので私は更に経験値の効率を上げるために、人間の中でも血を吸うのが更に難しそうな人間を目指し飛び立った。

 まずはプロレスラーだ。プロレスラーの血はとても美味しい血だった。

 次に、空手家の血を吸った。次にボクサーの血を吸った。その後、柔道家の血を吸った。

 すると私の中の血が覚醒するのを感じた。

 この感じは……。そうレベルがアップしたのだ。

 今回のレベルアップで私はまず巨大化することが出来るようになった。大きさはハイイロ熊ぐらいだろう。

 次に、私の血を吸う能力が増大し、ほぼ無尽蔵に血を吸えるようになったのだ。これで私は自身の腹の膨れ具合を心配する必要がなくなった。

 そして最後に人間に変身する能力を身に付けることが出来るようになったのだ。

 これはさっき図書館で調べた時に狼が人間に変身する人狼という能力を見つけたのだが、それの蚊バージョンという所だろうか。

 巨大化した状態で人間に変身する人蚊の能力を使えば私はまるで屈強なプロレスラーのような人間に変身することが可能になった。

 そしてまた凄い能力を覚えた。私は血を吸った人間がかかっているありとあらゆる毒や病気を自身の身体に宿し、相手にそれを与える能力を身に付けることが可能になったのだ。どの病気が自分の中に宿っているのかは分からず、どの病気を相手に与えるのかはランダムなのが玉に瑕だが、そんなことは問題がないぐらいに素晴らしい能力だ。

 これでまた一つ私の中の強力な武器が一つ増えた。

 私はありとあらゆる病気を自身の身体に宿すことにした。自身の身体に様々な病気を宿し、それを使い魔王を攻撃する。魔王に効くかどうかは果たして分からない。だが、やってみる価値はあるのではないだろうか。

 私はレベルアップをする為にあらゆる格闘家の血を吸うと同時に、色々な病院を巡り血を吸うことにした。

 たくさんの人間の、しかも強靭な人間の血を吸うことによって私はレベルアップを繰り返して行った。

 そして私は悲願の能力を手にすることが出来るようになったのだ。

 それは性転換能力だ。

 カタツムリなどが性転換出来るように私も性転換できるようになったのである。

 私は嬉しくて、嬉しくて心の中でただただ泣き続けた。

 生まれた時から持っていた悩みを解決することが出来たからである。

 なりたい性別の強いイメージを持てば、私は簡単にオスにも、オスの時にはメスにもなれるようになったのである。

 この能力を手に入れたことで私はもう魔王を倒すことなど、どうでもいいかもしれないなどと一瞬思った。だが、すぐにそれを否定した。

 性転換の能力を手にして男にも女にも自在になれるようになった私が感じたことは、私は心の底からヒーローに憧れていたんだということが分かった。

 そして私はその自分が手に入れたと心底欲していた能力を手にして分かったのだが、もう私はこれ以上強くはならないということを感じていた。この能力を手に入れることはすなわち、これが私の強化の上限なのだということを私は悟ってしまったのだ。ここが山の頂点だ。後はもう寿命と共にどんどんと下って衰えていくだけだと感じていた。

 それはつまりどういうことかと言うと、今この時こそ魔王に挑むべき時だということでもある。

 肉体的に最高潮の今、挑まなくていつあの魔王を倒せるというのだろうか。

 と、いうわけで、今から魔王のいる場所へと向かうことした。

 だけど、私だってあの魔王に向かっていくということはどういうことなのかというのは分かっていた。

 そう。もう私は全てを失う戦いに挑まなければならないのである。

 だから、私は最後ぐらいはと少し、興味があった場所をぶらりと散策をすることにした。

 まずはスパ温泉だ。

 時速200kmを越える速度で私は男風呂と女風呂を見学した。

 あれが人間の裸って奴か。

 来世はもしかしたら人間に生まれ変わっているかもしれないので、一応予習しておくか。

 次は産婦人科である。ここも中々に行ってみたい所であった。

 検診に来ている女は外人であった。

 机には紙が置かれており、彼女の名前だろう、ラグアイバという文字が書かれていた。

 そして私は検診の様子をステルス機能で身を隠しながら観察をしていた。

 なるほどあんなことをしているのか。人間に生まれ変わった時の参考にしておこう。

 実に興味深く私はその様子を見つめていた。

 後は商店街を散策した。

 買い物をする人間の悩んでいる様子や、嬉しそうな様子はこれまた実に興味深かった。

 しかし散策している間も様々な人間から血を吸うのは欠かさなかった。

 経験値は得られないものの、魔王の血を吸うに当たっての実践感覚を少しでも養いたかったからだ。

 もういいかな。十分に散策した私は心の中で一息ふうっと息を吐き出すと、私はいよいよ魔王のいる場所へと向かうことにした。

 復活した魔王は魔力の力でもうすでに魔王城を建設し、そこに住んでいるという情報は分かっていた。

 私はステルス機能を使いながら時速200km以上のスピードで魔王城へと向かった。

 魔王城には一日とかからずにたどり着いた。

 それは図書館で見た魔王城の姿と変わらない退廃的な雰囲気を醸し出している城だった。

 ありとあらゆる隙間を抜けて、あっという間に着いたよ魔王の間。

 魔物やモンスターはうじゃうじゃしていたが、幸いなことに奴等に見つかることは一回たりともなかった。

 私は魔王のいる部屋のドアを潜ろうとした瞬間。

 ぞわりとした怖気が全身を襲った。

 やばい。

 部屋の空間に入った瞬間に私は気づかれ、魔王に瞬殺される。

 そんな予兆にも似た確信的感覚が私を襲ったのだ。これは人間でいう虫の知らせというのに近い感覚なのではないだろうか。しかもこの私は蚊で本当に虫だ。なので私達虫の方が虫の知らせ的にも本家なのではないだろうか。

 だが、魔王の部屋から離れた私は呼吸を落ち着かせ、冷静になり考えた。

 魔王の部屋に入れないならばどうやって魔王の血を吸えばいいのだろうか。

 迷宮入りする思考。

 その時、魔王のいる部屋の中から騒がしい声が聞こえて来た。

「魔王様ったらー。もう」

「魔王様どこ触っているんですか? 魔王様のエッチ」

「こら人間の女ども、我が魔王様と気安く会話をするではない。魔王様はな人間の女などには興味がないのだ。我が魔族の女にしか興味を持たないお方なのだ。っ! ま、魔王様ど、どこをお触りになられるのですか? 今はおやめ下さいませ」

「††いいではないか。そう嫌がるでない。ゾフィスよ。あと人間の女に冷たく当たるでない。俺は魔族も人間の女も平等に接するつもりだ††」

「し、しかし魔王様! 人間の女など何の魔力も持たない女ですぞ」

「††黙れゾフィス! お前は俺の計画を何も分かってはいない。俺は魔族の子と人間の子を作り、世界を我が遺伝子で埋め尽くしたいのだ。もちろん人間の男は全てこの世から抹殺するがな。ゾフィスお前は分かったような口を俺に聞くでない††」

「ま、魔王様の計画を何も知らず、ご無礼な発言をお許し下さい魔王様。どうか私のことをお嫌いにならないで下さい」

「ゾフィス。ちこう寄れ」

「ま、魔王様。は、恥ずかしいです。そ、そんな所を皆の前で触られると」

「††良いではないか。仲直りのしるしだ††」

「は、はっ。分かりました」

 人間の若い女達と魔族の女達、様々な若い女とおぼしき声が冗談半分の様子でどうやら魔王と戯れているようだった。

 先ほどまで私はどうやらあまりの恐怖で気が動転して気がつかなかったようだ。

 ふ・ざ・け・や・が・っ・て

 魔王の野郎! 私は何か分からないが無性に怒りが込み上げてきた。それは嫉妬に近い感情もどこかに混ざっている。

 だが、一度冷静になったことで私が今することがようやく分かった。

 体全体ならば魔王の部屋に入って気づかれるかもしれないけれど、もしかしたら針だけならば大丈夫かもしれない。針だけならば魔王に気づかれずに部屋の中に入っていくことが出来るかもしれない。

 私は能力を発動させ、針を徐々に伸ばして行った。

 これで気づかれたら私の負けは決定的だ。

 針はいよいよ魔王の部屋の空間へと触れる。

 …………。

 ふ、ふうっ。どうやら何とか魔王に気づかれずに済んだ様だ。

 しかし本番はまだまだこれからだ。神経の磨り減り具合が半端じゃない。

 ゆっくりとまたゆっくりと魔王へと向かって針は近づいていく。

 魔王の姿は私のいる所からは見ることが出来ないが、しかし私の針は感覚センサーとしてもとても優れているので魔王のいる空間が手に取るほど良く分かる。

 魔王の姿すら私の頭の中に、はっきりと感じ取ることが出来た。

 魔王に近づいていくにつれ緊張度は増していくが、それは高揚感を伴った良い緊張感だった。

 さあてとどこを刺すとするかな。

 そう思った時、頭の中を思考の一瞬の流れ星のような煌きが走った。

 私はその煌きを逃さずに頭の中でキャッチする。

 今まで様々な動物や人間の血を吸ってきたが、一番私が吸いやすかった場所はどこだろうか。私が吸いやすいだけでなく、動物や人間もまったく無意識下でも痒みで吸われた箇所を掻かなかった場所はどこだろうか。

 ……あそこだ。

 それは乳首だった。私が今まで乳首から血を吸っていた時、動物も人間も全く気付かなかったのだ。血を吸った後も乳首を掻いた奴は誰一人としていなかったのだ。

 他の蚊はどうか分からないが、どうやら私の一番得意とする吸血場所は乳首だということがこの魔王を目の前にした土壇場で分かった。これは良い緊張感が私にもたらした更なる気付きと言えよう。

 これだ、これなら魔王に気付かれないで済むかも知れない。

 私は魔王の乳首から血を吸うことに決めた。

 そしていよいよ、決戦の時。

『秘密の抜け道ちくびへのとびら』

 私は考えた技名を心の中で叫ぶと魔王の紫色の乳首に針を刺した。

 な、なっ? 

 か、固い。固すぎる。何て乳首だ。

 しかし、ここで諦めるわけには行かなかった。

 トンネルの開拓者のように私は魔王の乳首にゆっくりとしかし、少しずつ侵入していく。

 よしっ。いいぞ。いいぞ。

 そして私は10分かかってようやく魔王の乳首に完全侵入することに成功した。

 まだ、魔王には気付かれてはいない。だが、相手はあの魔王。予断は許されないだろう。

 私はすぐに魔王に対して病気を与える能力を発動した。

 万に一つでも可能性があるのならば。

 私は数百回能力を発動した。

 そして、魔王の血を吸い、針を抜こうとした時だった。

「††なーんか痒いんだよな††」

 き、気付かれた。

 そう思った時には私の針はすでに魔王によって捕らえられていた。そしてその針を引張られ私は魔王のいる目の前まで引きずり出された。

「††ふーん。蚊かー。蚊にしてはやるじゃん。俺の血を吸うとはな。お前ただの蚊じゃないな††」

 私は言葉を喋る能力を使った。

「おい、魔王。いい気になるなよ。お前の身体に今血を吸う時に様々な毒や病気を入れてやったぞ。ハハハハハ。どうだ自分が狩られる側に立つ気分というのは。お前の命ももう少しかもしれないぞ」

 すると魔王は私が喋れることに少し驚いた様子だったが、すぐに高笑いを上げた。

「††ハッハッハッハ。まさかこんな蚊が世の中に存在していたとはな。実に面白い。蚊でありながら言葉を喋れ、俺の魔力で満たされた厳重警戒の部屋に侵入し、俺の乳首から血を奪う。何て面白い蚊だ。だが、残念だったな俺はこの世界を支配する魔王だ。毒や病気などが俺に通用する訳がなかろう††」

「そ、そんな……」

「††だが、俺の身体から血を奪った蚊はお前が始めてだ。褒めてやろう。そこで提案なのだが、お前俺の家来になる気はないか?」

「家来だと? ふざけるな。俺はお前みたいな悪党が一番むかつくんだよ。お前はまだ復活してそう間もないけれど今までにどれぐらいの人間を殺したんだ?」

「††うーん。数えたことないから分からないけど、数億人ぐらいじゃない。あっ、でも人間の男だけだよ。女は全部俺が貰うしね††」

「この外道が!」

 怒り狂った私は能力で巨大化した。

「††ほう。巨大かも出来るか……††」

 流石の魔王も目の色を変えた。

「この巨大化で血を吸ったら。お前の身体の血なんかあっという間に吸い尽くしちゃうぞ」

「††やってみろ††」

 魔王の声音が畏怖を含んだ色に変わる。

 私は巨大針を魔王の乳首目がけて解き放った。

 しかし、魔王は眼力で私の放った針を弾き、折り曲げた。

 そ、そんな……。

 私の自慢の針が。魔王の……魔王の眼力だけで折られるなんて……。

 心が折れそうになる。だが、私はこのままやられるわけにはいかないんだ。

 いずれ魔王を倒しにやってくる勇者をほんの僅かでもサポートする為に私は魔王に一ミリだけであろうともダメージを与えなくてはならないんだ。

 うおおおおおおおっ!

 私は巨大蚊のまま能力で人間に変身する。人蚊である。

 私の体はプロレスラーのような屈強な身体に変わった。

「††……お前……ウザイよ……††」

 魔王はゆらりと身体を揺らした。

 魔王の身体が陽炎のように揺らぐ。




 †††




 何が起きたのだろうか……。

 気付いた時、私は虫かごの中に入れられていた。

 そう。私は魔王に敗れ捕らえられたのだ。

 私が目覚めたことに気付き、魔王が虫かごに近づいて来て、虫かごの外から笑みを浮かべる。

「††よう。ようやく目覚めたか。もう死んだのかと思ったぜ。お前は俺の攻撃をくらって丸二日寝ていたんだ。だがお前にはもうほとんどエネルギー反応を感じられない。お前はもう時期死ぬだろう。だが、こんなにもワクワクしたのは生まれて初めての経験だった。お前のことは覚えておいてやろう。俺はこれから子作りを開始する。この世界は俺と俺の子供が支配する。お前にも俺のこの雄姿を見せてやりたかったがな††」

 魔王はガハハと笑いながらそう言うと、踵を返しつかつかと女達の元へと向かっていく。

 ああ、もうそろそろ私は死ぬだろう。意識が曖昧になって風景が意識と混ざり曖昧になる。

 その時、魔王のいる場所から声が叫び声が聞こえてきた。

「ま、魔王様。どうしたのですか。なぜお勃ちになられないのですか?」

「††な、何だと? 何を言っておる。ゾフィス††」

「いやでも魔王様全然反応がおありにならないのですが……ま、まさか私の体に興味がおありにならないのですか??」

「††そ、そんなことあるわけないだろう。俺はこの日の為にずっと童貞を貫き通して来たのだからな††」

「じゃ、じゃあ。もしかして緊張が原因でしょうか……」

「††そ、そうだ。そうに決まっている。き、緊張から反応がないだけだ††」

 魔王がED? それを聞いていた私はふと思い出した。

 それは魔王との決戦前に産婦人科に行った時のことだ。

 産婦人科で外人が検診を受けていたが、私はその時の女の名前がラグアイバだと思っていた。そう思った原因は医者の机の上に外人みたいな名前が書かれている紙が置かれていたからだ。私はそれを診断書だと思い、外人の彼女の名前だと判断した。だが、それは勘違いだったのではないだろうか。そういえば私がその名前を見た紙はまるで説明書のようにたくさんの情報が書かれていた。もしかしたら私は何かを読み違えていたのではないだろうか……。ラグアイバ、ラグアイバ……。バ、バイアグラ!!!?

 そ、そうかそういうことか。私は単にあの机の上に置かれていた紙を左から右ではなく、右から左へと読んでしまっていただけなのだ。つまりあれは医者の診断書なんかではなく、ただのバイアグラの説明書だということになる。だが、なぜバイアグラの説明書が医者の机の上に……。ま、まさか。

 どうやら全ての謎が解けたようだ。

 あの医者は実はEDでバイアグラの説明書を自分の机の読んでいた。そしてそれを私が勘違いして右から左へと読み、外人のラグアイバという名前だと勘違いした。その時、私は経験値はもう稼げなかったが、少しでも実戦経験を積む為に産婦人科でも血を吸った。もちろん医者の血も吸ったのだ。だが、能力の関係上私はどんな病気を自分の身体に宿しているのかは分からない。そして先ほどの魔王との決戦で魔王に病気を移す能力を発動した。そしてランダムの結果魔王にEDを移すことに成功したのだ。

 ハハハッ。ハハハッ。

 まさかEDになるとはな……。

 魔王がそのことに気付くことはあるのだろうか。だが、気付いた時にはもう遅い。私の命ももうこの世には存在していないだろう。

 先ほど魔王は童貞だと言っていた。だがそれが魔王にとっての致命傷になろうとはな。魔王よ、童貞だからと言って油断していたな。ありとあらゆる病気が効かないとは言っていたが、性に関する病気に対してはどうやら対策を施していなかったようだな。

 意識が肉体から離れる寸前、更なる絶叫が魔王のいる方向から私へと聞こえてきた。

「ま、魔王様。何か膿のようなものがっ!」

「††な、何だと!? ほ、本当だ何だこれは!? しかも痒いぞ。痒くて仕方がないぞ††」

「ま、魔王様、そんなにお掻きにならないで下さい! 魔王様、は、早く病院へ!」

「††い、医者だ。人間の医者を呼べ!††」

「し、しかし。魔王様の命により昨日魔族やモンスター達が一斉に医者達を殺しに出発しに行った所です」

「と、止めろ! 魔族やモンスターを止めるのじゃあ!」

「わ、私この魔王城から去ります」

「わ、私も」

「私も」

「私も」

 次々とバタバタと音を立て、魔王城を去っていく女達の声が聞こえてくる。

 魔王の病気を知り、ここから去りたくなったのだろう。

 ハッハッハッ。

 魔王はこれからどうなるのだろうか。

 魔王のこれからを見届けられないのが残念ではある。だが、私は満足だった。

 私は自分の半生を振り返ってみた。

 私の蚊としての人生は真っ当だったとは言えないかもしれない。卵も産むことはなかったし。だが、それでも私はたくさんの生命の血を吸い、ヒーローに憧れ魔王へと挑み、そして魔王へとダメージを与えることに成功した。しかもただのダメージではない。魔王の繁栄にストップをかけるかもしれない重大なダメージをだ。私は本当に心の底からあの世へと旅立つことが出来るだろう。

 さあ、次は何に生まれ変わるのだろうか。

 私はそんなことを考え、ふと笑った。

 私の意識はそこで安らかに途絶えた。







 
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