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二章 閑古鳥よ啼かないで
4.突然増えた宿泊予約
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「剛力様、お一人様でございますね。その日はキャンセルが出ましたので、お部屋のご用意をさせていただきます。二泊でございますね。お気をつけてお越しくださいませ」
「今月の週末は満室になっておりまして。来月でしたら空きがございます。二名様、中田様ですね。ご予約ありがとうございます」
「あいにく、来週も満室となっております。申し訳ございません」
受付の電話があまりにも頻繁に鳴るようになり、予約業務を事務所で引き受けることにして一週間ほどが経つ。
なぜだかわからないが、七月に入ってから宿泊予約が驚くほどに増えた。週末はすぐに部屋が埋まり、平日も空きがほとんどなくなった。
ランチ営業も盛況のため、全従業員が忙しくしている。
厨房は朝昼夕食すべての時間が稼働することとなり、手が足りていない。人を雇うか、ランチをやめるか、考える必要がでてきている。
仲居も二交代制のシフトを組んでいたが、先の予約状況を考えると、人が足りなくなるのは目に見えていた。一カ月もこの状態が続いては、みんな疲れ切ってしまうだろう。
とはいえ、毎日ほぼ満室の状態がいつまで続くのかわからないため、アルバイトを雇うのに二の足を踏んでしまう。
考えることが山積みでどうにかしないと、と思いながらも、春風は毎日の仕事に忙殺されていた。
「ビールちょーだい。ビール」
「こっちは日本酒。冷でいいよ」
「あたし氷欲しい」
ワイワイガヤガヤ。今夜は賑やかな宴会が催されている。賑やか過ぎる気もするが、日ごろのストレスを発散しているのだろう。
旅館側にできることは、すみやかに要望にお応えるすることだけ。春風も仲居たちと一緒に膳や飲み物を運び、お酌をし、ときにはカラオケでお客様と一緒に歌う。
春風が女将になってから、初めて団体客の予約を頂いた。地元の商工会のメンバーで、30人ほどが集まった。本日朝から明日のチェックアウトまで、貸し切りにしてある。
夜の7時から宴会が始まって、二時間が経つ。お酒が入ったせいもあって、収拾がつかなくなっていた。
「サウナはご宴会の前までとお約束頂いております」
「なんでら。おれはサウナに、ヒック、入るんら」
「申し訳ありませんが、お控えください」
呂律の回っていない、足元も覚束ない男性が宴会場から風呂場に向かうのを、榮が止めている。
「ねえねえ、連絡先交換しようよ。休みいつ? ご飯行こうよ」
「仕事中なんで、スマホ持ってきてないんですよ。ごめんなさい」
「じゃあ、俺のアドレス書いておくから、絶対連絡してよ」
「厨房から呼ばれたんで、行かなきゃ」
美愛が困ったような笑みを浮かべて、春風に視線を向けながら宴会場を出て行く。
春風は幹事の元にいき、「そろそろお開きになさってはいかがでしょうか」とお願いに上がった。
羽目を外さない飲食をされている方もおられるので、水を差すのは気が引けたが、明らかに飲み過ぎの方もいる。従業員を守るのも女将の役目だ。
「部屋で飲むのはいいですか」
「かまいませんが、玄関は施錠しましたので、外出はお控えいただけますか」
「え? 閉めちゃうんですか」
「はい。安全のためにご理解ください」
若い彼は、まだ飲み足りないのだろう。残念そうな顔をした。
「もう終しまいにしようや」
「わかりました」
隣に座っていた会頭が、幹事に指示を出してくれたお陰で、宴会はお開きとなった。が、すぐに動いてくれる人、動いてくれない人、動けなくなった人もいて、全員が宴会場を出るのに三十分かかった。
この一週間春風は休日なしで働いた。夜は遅く、朝は早い。ゆっくりとお湯につかる気がおきず、今日もシャワーですませて、そそくさと布団に潜りこんだ。
内線電話で起こされたのは、起床時刻より三十分ほど早い六時だった。
「女将、お風呂を使いたいと電話がありまして」
電話の相手は榮だった。夜間、お客様からの問い合わせの電話は、春風と仲居が順に当番を組んでいる。
「お風呂ですか。清掃はざっとしかしてないですよね」
「全員が宴会についていましたから、朝食の間に行うつもりでした」
「そうでしたよね」
入りたいと仰っているのは男性とのこと。少し考えてから、春風は三十分で男性風呂の清掃を終わらせてお入りいただくことに決めた。お客様へ連絡ののち、春風が清掃に向かう旨を告げると、榮も向かうと言ってくれた。
お客様のお部屋に電話をし、三十分お待ちいただきたいとお願いすると、少し不満そうな声を出しながらも、理解を示してくれた。
ありがとうございますと感謝の言葉を伝えて電話を切ると、春風は部屋を飛び出した。
「おはようございます」
榮が階段から降りてきた。後ろから、ポロシャツとジャージ姿の琴葉の姿も見えた。
「琴葉さんも手伝ってくれるの? ありがとう」
「ランニングにでも行くみたい。気合入り過ぎかってーの」
春風の姿を見た琴葉は、あきらかに引いていた。
何かあったときにすぐに動けるようにしておくため、ジャージで寝ている。
高校時代バスケ部で着ていたものだ。箪笥から引っ張り出してきた。紺色で、首と足に黄色の線が入っている。二の腕は全部出ているし、下はハーフパンツ。胸と背中には『5』の文字。
「動きやすいんだから、いいでしょ」
腕をぶんぶんと振りまわす。
榮もあきれたような溜め息をついて、
「そのお姿でお客様の前には出ない方がよろしいと思います」
と言われた。
「ダメ? まずいですか」
まさか榮からもダメ出しを食らうとは思っていなかった。すごく楽なのだが、みんなと同じユニフォームを買おうと決めた。
お待ちになっていたお客様は、風呂から上がった後には上機嫌で「ありがとう。気持ち良かったよ」と言っていただけた。この一言は心の栄養になった。
「今月の週末は満室になっておりまして。来月でしたら空きがございます。二名様、中田様ですね。ご予約ありがとうございます」
「あいにく、来週も満室となっております。申し訳ございません」
受付の電話があまりにも頻繁に鳴るようになり、予約業務を事務所で引き受けることにして一週間ほどが経つ。
なぜだかわからないが、七月に入ってから宿泊予約が驚くほどに増えた。週末はすぐに部屋が埋まり、平日も空きがほとんどなくなった。
ランチ営業も盛況のため、全従業員が忙しくしている。
厨房は朝昼夕食すべての時間が稼働することとなり、手が足りていない。人を雇うか、ランチをやめるか、考える必要がでてきている。
仲居も二交代制のシフトを組んでいたが、先の予約状況を考えると、人が足りなくなるのは目に見えていた。一カ月もこの状態が続いては、みんな疲れ切ってしまうだろう。
とはいえ、毎日ほぼ満室の状態がいつまで続くのかわからないため、アルバイトを雇うのに二の足を踏んでしまう。
考えることが山積みでどうにかしないと、と思いながらも、春風は毎日の仕事に忙殺されていた。
「ビールちょーだい。ビール」
「こっちは日本酒。冷でいいよ」
「あたし氷欲しい」
ワイワイガヤガヤ。今夜は賑やかな宴会が催されている。賑やか過ぎる気もするが、日ごろのストレスを発散しているのだろう。
旅館側にできることは、すみやかに要望にお応えるすることだけ。春風も仲居たちと一緒に膳や飲み物を運び、お酌をし、ときにはカラオケでお客様と一緒に歌う。
春風が女将になってから、初めて団体客の予約を頂いた。地元の商工会のメンバーで、30人ほどが集まった。本日朝から明日のチェックアウトまで、貸し切りにしてある。
夜の7時から宴会が始まって、二時間が経つ。お酒が入ったせいもあって、収拾がつかなくなっていた。
「サウナはご宴会の前までとお約束頂いております」
「なんでら。おれはサウナに、ヒック、入るんら」
「申し訳ありませんが、お控えください」
呂律の回っていない、足元も覚束ない男性が宴会場から風呂場に向かうのを、榮が止めている。
「ねえねえ、連絡先交換しようよ。休みいつ? ご飯行こうよ」
「仕事中なんで、スマホ持ってきてないんですよ。ごめんなさい」
「じゃあ、俺のアドレス書いておくから、絶対連絡してよ」
「厨房から呼ばれたんで、行かなきゃ」
美愛が困ったような笑みを浮かべて、春風に視線を向けながら宴会場を出て行く。
春風は幹事の元にいき、「そろそろお開きになさってはいかがでしょうか」とお願いに上がった。
羽目を外さない飲食をされている方もおられるので、水を差すのは気が引けたが、明らかに飲み過ぎの方もいる。従業員を守るのも女将の役目だ。
「部屋で飲むのはいいですか」
「かまいませんが、玄関は施錠しましたので、外出はお控えいただけますか」
「え? 閉めちゃうんですか」
「はい。安全のためにご理解ください」
若い彼は、まだ飲み足りないのだろう。残念そうな顔をした。
「もう終しまいにしようや」
「わかりました」
隣に座っていた会頭が、幹事に指示を出してくれたお陰で、宴会はお開きとなった。が、すぐに動いてくれる人、動いてくれない人、動けなくなった人もいて、全員が宴会場を出るのに三十分かかった。
この一週間春風は休日なしで働いた。夜は遅く、朝は早い。ゆっくりとお湯につかる気がおきず、今日もシャワーですませて、そそくさと布団に潜りこんだ。
内線電話で起こされたのは、起床時刻より三十分ほど早い六時だった。
「女将、お風呂を使いたいと電話がありまして」
電話の相手は榮だった。夜間、お客様からの問い合わせの電話は、春風と仲居が順に当番を組んでいる。
「お風呂ですか。清掃はざっとしかしてないですよね」
「全員が宴会についていましたから、朝食の間に行うつもりでした」
「そうでしたよね」
入りたいと仰っているのは男性とのこと。少し考えてから、春風は三十分で男性風呂の清掃を終わらせてお入りいただくことに決めた。お客様へ連絡ののち、春風が清掃に向かう旨を告げると、榮も向かうと言ってくれた。
お客様のお部屋に電話をし、三十分お待ちいただきたいとお願いすると、少し不満そうな声を出しながらも、理解を示してくれた。
ありがとうございますと感謝の言葉を伝えて電話を切ると、春風は部屋を飛び出した。
「おはようございます」
榮が階段から降りてきた。後ろから、ポロシャツとジャージ姿の琴葉の姿も見えた。
「琴葉さんも手伝ってくれるの? ありがとう」
「ランニングにでも行くみたい。気合入り過ぎかってーの」
春風の姿を見た琴葉は、あきらかに引いていた。
何かあったときにすぐに動けるようにしておくため、ジャージで寝ている。
高校時代バスケ部で着ていたものだ。箪笥から引っ張り出してきた。紺色で、首と足に黄色の線が入っている。二の腕は全部出ているし、下はハーフパンツ。胸と背中には『5』の文字。
「動きやすいんだから、いいでしょ」
腕をぶんぶんと振りまわす。
榮もあきれたような溜め息をついて、
「そのお姿でお客様の前には出ない方がよろしいと思います」
と言われた。
「ダメ? まずいですか」
まさか榮からもダメ出しを食らうとは思っていなかった。すごく楽なのだが、みんなと同じユニフォームを買おうと決めた。
お待ちになっていたお客様は、風呂から上がった後には上機嫌で「ありがとう。気持ち良かったよ」と言っていただけた。この一言は心の栄養になった。
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