上 下
26 / 32

二十五話 ステキな高鳴り

しおりを挟む
 ルークスは玄関で待っている、というと、
「連れておいで」
 とお祖父ちゃんがいってくれた。
「でも、ネコさんが怖がるから」

 美弥がためらっていると、お祖母ちゃんが、「あっ」と声を上げた。
「もしかして、この間、栄吉がうなっていたのって」
「あたしにじゃなくて、ルークスがいたから」
「そうだったのね」
 ふむふむとうなずいた。

「お祖母ちゃん、うそついて、ごめんなさい」
「いえなかったのよね? 幽霊のルークスがいるんだよって」

 うなずくと、
「うそはいけないことだけど、どうしても話せないことや、いわない方がいいことだって、長い人生にはあるからね。美弥ちゃんが、いけないことだってわかっていたのなら、今回はいいわよ」
 美弥はほっとした。

「栄吉たちの部屋のドアは閉めておくから、ルークスを呼んでおいで」
 お祖父ちゃんが奥の部屋に行った。

 美弥は玄関に走って行った。ルークスは退屈そうに伏せをして、前脚に頭を乗せていた。
 美弥に気がついて、ぴょんと頭を上げる。

「ルークス。お祖父ちゃんがおいでって」
(でも、ネコたちが)
「ドア閉めてくれたから。平気やと思う」
(ほんとにいいの?)

 気づかう態度を取りながらも、ルークスの尻尾はゆっさゆっさと揺れていた。
「行こう」

 ルークスを連れてリビングに戻る。

「どこにいるの?」
 お祖母ちゃんは、美弥の周囲をあちこち見る。やっぱり見えないみたい。

「美弥ちゃんの左横に、ぼんやりした光が見えるよ。ルークスかい?」
「そう! お祖父ちゃんすごい!」

 美弥は感激した。元宮司だったお祖父ちゃんには、ルークスの存在を感じられるんだと。

「ちゃんとバーニーズやねんで。透けてるけど」
「そうか。美弥ちゃんを支えてくれているのかな、ルークス、ありがとう」

 ルークスの目の前にお祖父ちゃんが座った。目が合っているように見えた。

(おじいちゃん、ぼくが見えてるの?)
「そうやで。嬉しいなあ」

「ルークスと話してるのかな?」
「うん。そう」

「なんだか、少しややこしいわ」
 お祖母ちゃんが困ったような顔をしていた。

 席に着いて、美弥が通訳をしながら、ルークスの話を伝えた。

 ルークスが実際に見たのは、ママがパパに向かって大きな声で怒っていて、ティアラちゃんが小さくなって震えていたところ。
 今日覗いたら、パパとママはいなくて、一匹で眠っていた。
 二人は話もしていないみたい。
 仲良くして欲しいと、ティアラちゃんは望んでいる。

「ペットが心配になるほどのケンカって。理由はなにかしらね」
 お祖母ちゃんが心配そうにいった。

「結婚して、五年になるようだな。うちの店子たなこになったのは、半年前だ」
 お祖父ちゃんが手元の紙を見ている。

「お祖父ちゃん、店子ってなに?」
「うちのマンションを借りている人のことだよ」
「そんないい方するんや」
「古いいい方だけどな。入居理由はなかなか子供に恵まれないので、ペットを飼いたくて、だそうだ」

「お仕事と年齢は?」
 お祖母ちゃんが聞いた。

「旦那は38歳医療機器メーカーの営業。奥さんは36歳医療事務だそうだ」
「医療系なら収入は安定してるでしょうね。浪費家でなければ」
「ストレスは溜まるかもしれんがなあ」
「ストレスなんて、どんな仕事でも溜まるものでしょう」

 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの会話についていけなくなった美弥は、ただ聞いているだけになった。

「まあな。飼い犬に当たるのだけは、しないで欲しいが。少し心配だな」
「でもご近所からクレームが入ってこなければ、私たちや管理会社が入るわけにはいかないじゃないの」
「そうだなあ」

 二人が黙り込んだので、美弥が口を開いた。

「今朝、ドッグランで獣医さんと会ったん」
「獣医さん? きりたに動物病院の先生かしら?」
「うん、そう。えっと、503の桐谷真己先生」
「いらっしゃるわね。真己さんのお祖父さんと、うちのお祖父ちゃんは知り合いよ」

「そうなんや。真己先生に、ティアラちゃんのこと教えたら、病院に来たら気にかけておくって。名前はわからんかったから、ティーカッププードルさんとしか伝えてないけど」

 考え込んでいたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの顔が、明るくなった。
「きりたに動物病院にかかってくれたら、ティアラちゃんの健康状態から様子を見られるかもしれないわね」
「一応、風次郎先生に伝えておくか」
 
 人のお家のことだから、美弥はなにもできないと思っていた。
 ヤマトくんのときは、たまたまうまくいっただけ。
 でも大人に相談することで、可能性が出てきた。
 ティアラちゃんを助けてあげられるかもしれない。

 自分が起こした行動で、なにかが変わる。
 誰かの望みを叶う。
 そのお手伝いができるのは、ステキなことかもしれない。
 美弥は、自分の心がドキドキしているのを感じた。



しおりを挟む

処理中です...