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二十七話 診察

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 久しぶりの動物病院は、人と動物と、お薬の匂いでいっぱいだった。
 ペットは病院を怖がる。と思われがちだけど、以外に病院好きなペットもいる。
 ルークスは嫌いじゃなかった。

 パパたちと一緒にでかけられるし、がんばったあとにはおやつをくれる。たくさん褒めてくれるから。

 ティアラはどうだろう。怖い場所にならないといいんだけど。
 心配になって、ルークスはついてきてしまった。

 イヌ待ち合いにはティアラの他に、三匹のイヌが診察を待っている。
 落ち着かなく吠える子。飼い主さんの足の間で伏せをしている子。抱っこされて落ち着いている子。

 呼ばれて診察室に向かうと、気配や爪が床に当たる音を聞いて、ティアラが震えている様子が見えるようだった。
 実際にバッグに顔を突っ込むような真似、ルークスはしなかったけど。

 三宅さんと呼ばれて、ティアラのママが診察室に移動する。
 女性の動物看護師さんから「体重を量りますね」といわれて、バッグを開く。
 ママに抱かれて出てきたティアラは、初めての場所にぷるぷると震えていた。

 体重は850グラム。
「お家に来られたのは、いつですか」
「二週間前です」
「なにか気になることはありますか」
 動物看護師さんの話しかける声は、穏やかでとても優しい。

「食が細いみたいで」
「今はどのご飯を食べていますか」
「ブリーダーさんがあげていたのと同じ物を……写真に撮っています」

 動物看護師さんがメモしたものを持って診察室から出て行った。
 少ししてから、「おはようございます」と先生が現れた。

「獣医師の桐谷真己です。ティアラちゃんですね」
「桐谷? 院長先生ですか」
「いえ。私は副院長です。院長は私の祖父でして」
「あ、そうなのですね。よろしくお願いいたします」

 先生はママと話しながら、ティアラにおやつをあげる。
「先生、そのおやつは」
「総合栄養食です。心配ないですよ。怖いところではないとわかってもらうためです」
「わかりました」

 先生は器具や手を使ってティアラの体を優しく触っていく。
 ティアラはおとなしくされるがまま。なにをされているのかわかっていないからなのかな。それとも、恐怖で固まっているのかな。

 診察室の外で、荒々しい吠え声が上がった。
 ティアラがびくっと大きく体を震わせた。

「怖がりさんですか」
 震えるティアラをなでて落ち着かせてから、先生がママに質問した。
「怖がりだと思います」

「お家ではケージですか? お部屋は自由に動き回ってますか」
「ほとんでケージです。あまりかまいすぎてはいけないと書いてあったので」

「かまいすぎは疲れますけど、飼い主さんとのコミュケーションも大切ですから。少し遊んであげて、戻して、しばらくしたら、また遊んで、を繰り返してあげてください」

「いいんですか? 私、我慢して触るのを控えていました。主人は勝手に出すから、怒ってしまいました。たまにビールの缶を近づけることもあって。怒ると、冗談だってごまかすんです」

「適度に遊ばせてあげてください、でもアルコールは絶対にダメですから、気をつけてくださいね」

「はい。きつくいっておきます」
「きつくいわなくても、ご主人はわかってらっしゃるんじゃないですか」

「あの人は、適当なところがあるから」
「音に敏感な子がいます。ティアラちゃんは怖がりさんだから、気をつけてあげて欲しいですね」

「主人がわかってくれたら、私もしつこくいわないんですけどね。この子の前では気をつけるようにします」

「それでは、ワクチン打ちますね。今日は一日様子を見てあげてください。なにかあればお電話ください」

「なにかってなんですか」

 ティアラにおやつをあげていた先生が、顔を上げた。

「ワクチンを打ってから、説明しますね」
「わかりました」
 ママは手帳を取り出していた。

 動物看護師さんが呼ばれて、ティアラが動かないように支える。
 先生はあっという間に注射を終えた。

 ティアラはじっとしていた。
 えらいなあ。あとでほめてあげよう。
 ルークスはすっかり親の気持ちになっていた。

「さっきの話ですが、まれにワクチンにアレルギー反応を示す子がいます。痒みや顔がはれるといった症状や、ぐったりしたり食欲が落ちたり。時間がたってから出ることもありますから、数日は気をつけて見てあげてください」

 ママは先生の言葉を繰り返しつぶやきながら、メモをしていった。

 お散歩の開始時期の話をしてから、先生はティアラちゃんをほめて、診察は終了した。

 家に戻ってからのママは、ほとんどティアラの側から離れなかった。
 先生と話ながらとったメモをときどき見返したり、スマートフォンで調べものをして、ティアラの状態と照らし合わせたり。
 心配でたまらないらしい。

 ティアラのママにとって、ティアラがとても大切な存在というのは、少しの時間しか見ていなくても十分にわかった。
 しかし、想い過ぎているようにも感じた。
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