56 / 157
第二部
3 貴族の邸宅
しおりを挟む
空に届きそうだ。
ディーノは首をうーんと傾げて、頭上の建物を仰ぎ見た。
地上四階建ての建築物が並んでいる。上下の窓の間隔が長く、一階一階の天井が高い建物であることが伺えた。外装は住む貴族の趣味なのか、落ち着いたものやオブジェがついた華美なもの、一軒一軒に個性があり、ずっと見ていても飽きなかった。
これらのほとんどが別宅であるというから驚きだ。分け与えられている領地に本宅があり、貴族たちは行き来をしているらしい。しかし年の三分の二はこちらで過ごすらしく、これではどちらが本宅なのかわからない。
貴族の館が立ち並ぶこの通りのはるか先に王宮があり、この国を統治している王族が住む館や、貴族たちが仕事をする建物がある。師匠ですら王宮に立ち入ったことはないらしい。
王宮で演奏をすることが許される音楽家は、王宮お抱えの音楽家以外にはまずいない。音楽家として身を立てることができるものが一握りだとすると、そこから更に絞られ、ほんの少数である。
王宮楽士になれるために必要なものは、努力ではなく、才能と幸運と、なにより縁が重要であった。つまりは王族に推薦してもらうコネをもつ人物に演奏を聴いてもらえる幸運と、そして才能があればというわけである。どの国においてもそれは変わらない。
より高位の貴族の前で演奏をする機会があればあるほど推薦される確立は高くなるが、師匠は王宮楽士には興味がなかった。彼いわく、王族の前で決められた演奏をするより、自由に演奏をするスタイルが自分にはあっているからだとか。
宮廷楽士になれると、名誉も高給も手に入る。
アイゼンシュタット公爵からの支援のお陰で暮らしには困っていないからこそ、言える余裕なのだろう。ディーノがこの二年の間で出会った音楽家たちの最終目的は、王宮楽士という者がほとんどだった。
王宮に近づくにつれて、貴族の館はより豪華で敷地面積が広くなっていく。
通りに面してすぐに玄関と思われる戸口があったのが、次第に立派な門扉と庭の向こうに玄関がある建物が建ち始めた。より高位の貴族が住むエリアに入ったのだろう。
高い塀沿いにしばらく進んでから、馬車が止まった。
金属製の柵の門扉前には門番と思われる男性が二人、直立の姿勢で立っていた。街にいた制服警官のように、緊張した空気を放っている。
ピエールが馬車を降りた。門番のうちの一人に声をかけるのかとディーノは思ったが、違った。門扉の向こう側に、中年の男が待っていた。
ピエールから渡された封書を受け取り、ひっくり返して裏を確認し、中を開けて手紙を読んでいる。
アイゼンシュタット公爵本人からの手紙であることが確認できたのか、あるいは宴の招待状でも入っていたのか。男は門番に合図を送った。門扉がゆっくりと内側に開かれる。
ピエールは封書を受け取り、馬車には戻らずそのまま邸内に歩を進めた。マウロが軽く馬に鞭を打つ。
その頃には眠っていた師匠も、さすがに目を覚ましていた。眠たそうに瞼をうっすらと開けて、天幕を少しだけ開けて外を見ている。
広大な庭園は、季節がら草木は枯れてしまっているが、花々が芽吹くころになるときっと見事に彩り、目を楽しませるのだろう。
切り揃えられた低木の間を馬車は進み、ほどなくして玄関前に横付けされた。
ピエールが玄関前にいる人物と話をしている。
ディーノが御者台から大きな屋敷を見上げていると、師匠が馬車を降りたことに気づいた。慌てて後に続く。
地に降り立つと、屋敷の大きさに圧倒される。
玄関の扉は背の高いディーノでも見上げるほど。いかにも重たそうな木の扉には花が彫刻されている。
屋敷の高さもそうだが、横の広さもかなりのものだ。端から端まで歩くと何十歩いや何百歩になるかな、とディーノは眺め回して思ったが、数えるのも嫌になるほどの長さになることが想像でき、考えるのを止めた。どうせ中に入ればもっと圧倒されることがあるだろう。屋敷の広さに驚かされること以上のものが。
マウロは別の者に案内されて馬車を動かし、残された三人が玄関前で待っていると、内側から両の扉が開いた。軋む音などまったくせず、静かに、ゆっくりと、重々しく。
隙間が徐々に広がっていき、昼の陽よりも明るい、輝く景色が眸に写る。
一面真っ白な石造りの床や壁。
対面には大きな階段。玄関から階段の上まで赤い絨毯が真っ直ぐに伸びている。
階段の下にはこれも石造りの台が左右にあり、上には大きな花瓶が置かれ、豪華な花が活けられている。
貴族の館の壁に何枚もありがちな、有名画家が画いたような絵は一枚だけ。階段を上がったところ、二階の壁に掛けられているが、キャンバス何枚分? という大きさだ。神のような人物の周りに天使が画かれている。全体的にぼかしたような描き方はとても幻想的だ。
階段下に年長の男が立っていた。黒のスーツをすっと着こなし、顔には品の良い笑みが浮かべられている。形ばかりの笑みではなく、心から迎え入れてくれた。そう受け取れる感じの良い笑顔だった。
「お待ちしておりました。アニエッリ様。長旅でお疲れのことと存じます。お荷物はこちらが責任を持ちまして、お部屋に運んでおきます」
「ありがとうございます。滞在させていただく間、世話をかけます」
頭を下げたと師匠とピエールに合わせて、絵画を見つめていたディーノも慌てて彼らに倣う。
「執事長のベルジュと申します。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください。先にお部屋へご案内致しましょうか?」
「ご主人様がご在宅でいらっしゃいましたら、まずはご挨拶だけでもさせて頂きたく」
「承知致しました。では、こちらへどうぞ」
ピエールの言葉に執事長が背を向けて歩きだした。三人が後に続く。
ディーノは首をうーんと傾げて、頭上の建物を仰ぎ見た。
地上四階建ての建築物が並んでいる。上下の窓の間隔が長く、一階一階の天井が高い建物であることが伺えた。外装は住む貴族の趣味なのか、落ち着いたものやオブジェがついた華美なもの、一軒一軒に個性があり、ずっと見ていても飽きなかった。
これらのほとんどが別宅であるというから驚きだ。分け与えられている領地に本宅があり、貴族たちは行き来をしているらしい。しかし年の三分の二はこちらで過ごすらしく、これではどちらが本宅なのかわからない。
貴族の館が立ち並ぶこの通りのはるか先に王宮があり、この国を統治している王族が住む館や、貴族たちが仕事をする建物がある。師匠ですら王宮に立ち入ったことはないらしい。
王宮で演奏をすることが許される音楽家は、王宮お抱えの音楽家以外にはまずいない。音楽家として身を立てることができるものが一握りだとすると、そこから更に絞られ、ほんの少数である。
王宮楽士になれるために必要なものは、努力ではなく、才能と幸運と、なにより縁が重要であった。つまりは王族に推薦してもらうコネをもつ人物に演奏を聴いてもらえる幸運と、そして才能があればというわけである。どの国においてもそれは変わらない。
より高位の貴族の前で演奏をする機会があればあるほど推薦される確立は高くなるが、師匠は王宮楽士には興味がなかった。彼いわく、王族の前で決められた演奏をするより、自由に演奏をするスタイルが自分にはあっているからだとか。
宮廷楽士になれると、名誉も高給も手に入る。
アイゼンシュタット公爵からの支援のお陰で暮らしには困っていないからこそ、言える余裕なのだろう。ディーノがこの二年の間で出会った音楽家たちの最終目的は、王宮楽士という者がほとんどだった。
王宮に近づくにつれて、貴族の館はより豪華で敷地面積が広くなっていく。
通りに面してすぐに玄関と思われる戸口があったのが、次第に立派な門扉と庭の向こうに玄関がある建物が建ち始めた。より高位の貴族が住むエリアに入ったのだろう。
高い塀沿いにしばらく進んでから、馬車が止まった。
金属製の柵の門扉前には門番と思われる男性が二人、直立の姿勢で立っていた。街にいた制服警官のように、緊張した空気を放っている。
ピエールが馬車を降りた。門番のうちの一人に声をかけるのかとディーノは思ったが、違った。門扉の向こう側に、中年の男が待っていた。
ピエールから渡された封書を受け取り、ひっくり返して裏を確認し、中を開けて手紙を読んでいる。
アイゼンシュタット公爵本人からの手紙であることが確認できたのか、あるいは宴の招待状でも入っていたのか。男は門番に合図を送った。門扉がゆっくりと内側に開かれる。
ピエールは封書を受け取り、馬車には戻らずそのまま邸内に歩を進めた。マウロが軽く馬に鞭を打つ。
その頃には眠っていた師匠も、さすがに目を覚ましていた。眠たそうに瞼をうっすらと開けて、天幕を少しだけ開けて外を見ている。
広大な庭園は、季節がら草木は枯れてしまっているが、花々が芽吹くころになるときっと見事に彩り、目を楽しませるのだろう。
切り揃えられた低木の間を馬車は進み、ほどなくして玄関前に横付けされた。
ピエールが玄関前にいる人物と話をしている。
ディーノが御者台から大きな屋敷を見上げていると、師匠が馬車を降りたことに気づいた。慌てて後に続く。
地に降り立つと、屋敷の大きさに圧倒される。
玄関の扉は背の高いディーノでも見上げるほど。いかにも重たそうな木の扉には花が彫刻されている。
屋敷の高さもそうだが、横の広さもかなりのものだ。端から端まで歩くと何十歩いや何百歩になるかな、とディーノは眺め回して思ったが、数えるのも嫌になるほどの長さになることが想像でき、考えるのを止めた。どうせ中に入ればもっと圧倒されることがあるだろう。屋敷の広さに驚かされること以上のものが。
マウロは別の者に案内されて馬車を動かし、残された三人が玄関前で待っていると、内側から両の扉が開いた。軋む音などまったくせず、静かに、ゆっくりと、重々しく。
隙間が徐々に広がっていき、昼の陽よりも明るい、輝く景色が眸に写る。
一面真っ白な石造りの床や壁。
対面には大きな階段。玄関から階段の上まで赤い絨毯が真っ直ぐに伸びている。
階段の下にはこれも石造りの台が左右にあり、上には大きな花瓶が置かれ、豪華な花が活けられている。
貴族の館の壁に何枚もありがちな、有名画家が画いたような絵は一枚だけ。階段を上がったところ、二階の壁に掛けられているが、キャンバス何枚分? という大きさだ。神のような人物の周りに天使が画かれている。全体的にぼかしたような描き方はとても幻想的だ。
階段下に年長の男が立っていた。黒のスーツをすっと着こなし、顔には品の良い笑みが浮かべられている。形ばかりの笑みではなく、心から迎え入れてくれた。そう受け取れる感じの良い笑顔だった。
「お待ちしておりました。アニエッリ様。長旅でお疲れのことと存じます。お荷物はこちらが責任を持ちまして、お部屋に運んでおきます」
「ありがとうございます。滞在させていただく間、世話をかけます」
頭を下げたと師匠とピエールに合わせて、絵画を見つめていたディーノも慌てて彼らに倣う。
「執事長のベルジュと申します。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください。先にお部屋へご案内致しましょうか?」
「ご主人様がご在宅でいらっしゃいましたら、まずはご挨拶だけでもさせて頂きたく」
「承知致しました。では、こちらへどうぞ」
ピエールの言葉に執事長が背を向けて歩きだした。三人が後に続く。
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる