【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

文字の大きさ
65 / 157
第二部

12 デビュー

しおりを挟む
 リュートの柔らかい音色が流れ始める。お得意のバラードだが、別離の曲ではない。遠く離れた戦場で戦っている妻の心情を綴った曲だ。夫の身を案じながらも子供たちを守り、夫が帰ってくるその日まで気丈に振舞う。やがて夫は無事に戻り、勝ち戦で戦争は終わり、家族にも国にも平穏が訪れる。師匠がある貴族のために作った曲だった。誇張されてはいるが、現実を元にした曲である。

 ざわついていたホールが、すっと静かになっていく。水に落ちた滴の波紋が広がるように、ロドヴィーゴに近い中央からすうっと。

 人々の関心はお喋りやドルチェから、ステージに向いた。

 リュートにうっとりしているのは座っている貴族だけではなかった。廊下から席に戻ろうとした人たちがその場で足を止め、開いたままの扉から漏れる音に耳を傾ける。感受性が豊かなのか目を拭っている者もいた。

 切ない曲を愛情たっぷりに弾き終えた師匠を迎えたものは、惜しみない拍手と褒め称える声だった。

 歓声に応えるため、立ち上がって何度か頭を下げた。

 演奏は四曲続いた。男女の恋愛模様を歌った曲では聴衆の顔を興奮で高潮させ。別離の曲で涙を誘い――

 好評のうちに演奏は幕を閉じた。

 歓喜と歓声に包まれ舞台を降りた師匠は拍手の渦の中、自身の席に戻っていき、ピエールとディーノはホールを出ようとしたが、出口で佇む人の多さに身動きがとれなくなった。

 聴衆の拍手は鳴り止まない。

 何度か立ち上がって師匠は拍手に応えたが、音は大きくなるばかり。

 カリエール公爵までが立ちあがってその拍手を煽る。

「皆さん、アニエッリ氏にもう一曲演奏願おう」

 カリエール公が高らかに宣言すると、歓喜の声と拍手が一際増した。

 出口付近で立ち往生していたピエールとディーノは慌ててステージに戻った。

 師匠はステージ下でディーノに顔を近づけ、耳元でささやいた。

「ディーノ。準備をしなさい」

「え?」

「今日が演奏家デビューだ」

 心臓が大きく跳ね上がった。そしてどきんどきんと激しく脈打つ。

「お前なら大丈夫だ。あれをやるぞ」

 ディーノは顔を上げ、師匠に大きく向けて大きく頷いた。持っていた二つのリュートをピエールに預ける。

 ロドヴィーゴがステージに上がり、聴衆に応えている間に続いてステージに上がったディーノは、チェンバロ用の椅子を師匠の椅子に並べた。ピエールからリュートを受け取り、ロドヴィーゴもさっき使ったリュートを受け取る。

 ディーノは師匠と目を合わせる。合図をするように頷き合った。

 ディーノが先に演奏を始めた。そこへ師匠の音が重なる。

 ロドヴィーゴの父親の、師匠の師匠が作ったというあの曲。

 ディーノが初めてレッスンを受け、ロドヴィーゴがディーノのリュートを初めて聴いた、二人を結びつけた曲。

 一本のリュートが奏でるものから、二重奏へとアレンジを変え、絶望、困惑、希望を歌い上げる。

 切ない場面では師匠がメインを弾き、ディーノが後を追いかける。親を追いかける子供のように。

 困惑する場面では二本のリュートが絡み合う。男女が睦み合うように。

 希望を感じさせる場面では同じメロディーを力強く弾く。

 全体的に暗いメロディが多く、切なくて悲しくなる曲ではあるが、誰一人として席を立つ者はいなかった。

 大柄の師匠と華奢な弟子。見た目はでこぼこでも、息の合った演奏は、聴衆を夢中にさせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...