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第三部 最終話
14 リーゼ
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三曲合奏した後、昼餉の頃合になったので、全員で食事をとり、それから解散となった。
師匠とギュルダン氏はセルパンとツインクの二人を伴い、楽器部屋に戻り、クルムホルンの師弟は帰った。
ディーノはリーゼに誘われ、外に出た。当てもなく、ぷらぷらと歩く。
清々しい陽気にあてられ、少し欠伸が出る。
「眠そうだね」
「今朝早く起きたから」
「教会のあれ、見たの?」
「ああ。すごかった。天国ってあんな感じなのかと思ったよ」
「はは。天国だと思ったんだ。たしかにすごく幻想的だよね。この世のもとはちょっと思えないぐらい」
「ああ。驚いたよ。驚いたと云えば、あんたがここにいることもびっくりしたけどな」
「僕も、まさかこんな田舎町で会うとは思ってもいなかった」
「貴族の音楽会でなら合う可能性はあっただろうけどな」
リーゼが何も云わないので、ディーノも口をつぐんだ。二人で黙々と坂道を下る。
ふりにリーゼが口を開いた。
「実はさ、僕、一年前に弟子を辞めたんだ。」
「ここにいるってことは、そうなんだろうなとは思ったよ」
「やっぱりわかるよね。これでもさ、貴族の前で演奏させてもらえたんだよ。小さなサロンだったけど。称賛なんてほど遠いものだった。一応拍手はしてもらえるけど、社交辞令とわかるものだった。違いがわからなくて、先生に頼んで練習時間を増やしてもらったし、アドバイスもたくさんしてもらった。曲の解釈を深く追求したし、いろんな楽器の演奏を聴いた。僕に何が足りないのか、いろんな方向から考えて考えて考えて――」
思い出しているのか、リーゼはいったん口を閉じた。
ディーノは彼の演奏する光景を想像してみた。音楽会で、あるいは練習で。しかし上手くいかなかった。それもそのはずで、彼の独奏をまだ聴いたことがなかったのだ。
再びリーゼは話しだす。
「だけど、評価は上らなかった。違いはわからないまま。出来る限りのことはした。華やかな世界は僕には合わないんだ。それがわかって、すっぱり諦められた。僕のレベルじゃ、宮廷音楽家どころか、演奏家として独り立ちするのも難しいんだなって。結局、実家に帰ってきた。音楽教師の仕事をもらって、今は小さい子供たちに教えてるんだ。少し前にここの教会がオルガン奏者を新しく探してるって知って、先代のギュルダン氏と父親が知り合いだった縁で雇ってもらえたんだ。それでわかったんだ。僕がメインの演奏より、補助的な演奏のほうが向いてるって」
「後悔はない?」
「ない。やっと自分の音楽が見つかったんだ」
ディーノの問いかけに、リーゼははっきりと頷いた。
「そうか。オレはそういう音楽はただ消費されるだけで、何も残らないと思ってた。オレはあとから思い出してもらえるような印象に残る演奏をしたいと思ってる」
「うん。それが君の音楽なんだろうね。君も、君のお師匠の演奏も、すごく印象に残るよ。人の気持ちを動かせるような演奏ができるのが理想だけど、全員ができるわけじゃないんだよ。僕がそうであるように」
「挫折して諦めて逃げたうえで選んだのが今の音楽なら、音楽が可哀想だけど、ちゃんと納得して楽しんで音楽ができてるんなら、それはリーゼの音楽だから。良かったよ。あんたの音楽が見つかって」
「あ。初めて名前呼んでくれた。嬉しいな」
リーゼがにこっと笑ったので、ディーノは恥ずかしくなった。
「やめろよ。気持ち悪い」
「あはは。実は君を外へ連れ出したのは、ここを教えたかったからなんだ」
そう云ってリーゼが足を止めたのは、一軒の店の前だった。
「ここ? 飯屋?」
もう昼をとっくに回っている。しかし店は閉まっていた。中を覗くと、カウンターの奥の棚に瓶やら樽やらがたくさん見えた。
「ここはお酒がメインのお店なんだけどね。月に数回演奏をさせてもらってるんだ。ご亭主が音楽とお酒が好きで、演奏を聴きながらお酒と軽い食事ができるお店なんだよ。地元の音楽好きが集まって、けっこう繁盛しているんだよ。今夜演奏するから、お師匠さんたちと一緒に来てよ。なんなら飛び入り参加もできるよ」
「ここで演奏してるんだ」
メインが別のもので、消費されるだけの音楽。けれども、それが自分の音楽だというリーゼ。ディーノは少し戸惑っていた。自分の見方は狭いのだろうかと。
師匠とギュルダン氏はセルパンとツインクの二人を伴い、楽器部屋に戻り、クルムホルンの師弟は帰った。
ディーノはリーゼに誘われ、外に出た。当てもなく、ぷらぷらと歩く。
清々しい陽気にあてられ、少し欠伸が出る。
「眠そうだね」
「今朝早く起きたから」
「教会のあれ、見たの?」
「ああ。すごかった。天国ってあんな感じなのかと思ったよ」
「はは。天国だと思ったんだ。たしかにすごく幻想的だよね。この世のもとはちょっと思えないぐらい」
「ああ。驚いたよ。驚いたと云えば、あんたがここにいることもびっくりしたけどな」
「僕も、まさかこんな田舎町で会うとは思ってもいなかった」
「貴族の音楽会でなら合う可能性はあっただろうけどな」
リーゼが何も云わないので、ディーノも口をつぐんだ。二人で黙々と坂道を下る。
ふりにリーゼが口を開いた。
「実はさ、僕、一年前に弟子を辞めたんだ。」
「ここにいるってことは、そうなんだろうなとは思ったよ」
「やっぱりわかるよね。これでもさ、貴族の前で演奏させてもらえたんだよ。小さなサロンだったけど。称賛なんてほど遠いものだった。一応拍手はしてもらえるけど、社交辞令とわかるものだった。違いがわからなくて、先生に頼んで練習時間を増やしてもらったし、アドバイスもたくさんしてもらった。曲の解釈を深く追求したし、いろんな楽器の演奏を聴いた。僕に何が足りないのか、いろんな方向から考えて考えて考えて――」
思い出しているのか、リーゼはいったん口を閉じた。
ディーノは彼の演奏する光景を想像してみた。音楽会で、あるいは練習で。しかし上手くいかなかった。それもそのはずで、彼の独奏をまだ聴いたことがなかったのだ。
再びリーゼは話しだす。
「だけど、評価は上らなかった。違いはわからないまま。出来る限りのことはした。華やかな世界は僕には合わないんだ。それがわかって、すっぱり諦められた。僕のレベルじゃ、宮廷音楽家どころか、演奏家として独り立ちするのも難しいんだなって。結局、実家に帰ってきた。音楽教師の仕事をもらって、今は小さい子供たちに教えてるんだ。少し前にここの教会がオルガン奏者を新しく探してるって知って、先代のギュルダン氏と父親が知り合いだった縁で雇ってもらえたんだ。それでわかったんだ。僕がメインの演奏より、補助的な演奏のほうが向いてるって」
「後悔はない?」
「ない。やっと自分の音楽が見つかったんだ」
ディーノの問いかけに、リーゼははっきりと頷いた。
「そうか。オレはそういう音楽はただ消費されるだけで、何も残らないと思ってた。オレはあとから思い出してもらえるような印象に残る演奏をしたいと思ってる」
「うん。それが君の音楽なんだろうね。君も、君のお師匠の演奏も、すごく印象に残るよ。人の気持ちを動かせるような演奏ができるのが理想だけど、全員ができるわけじゃないんだよ。僕がそうであるように」
「挫折して諦めて逃げたうえで選んだのが今の音楽なら、音楽が可哀想だけど、ちゃんと納得して楽しんで音楽ができてるんなら、それはリーゼの音楽だから。良かったよ。あんたの音楽が見つかって」
「あ。初めて名前呼んでくれた。嬉しいな」
リーゼがにこっと笑ったので、ディーノは恥ずかしくなった。
「やめろよ。気持ち悪い」
「あはは。実は君を外へ連れ出したのは、ここを教えたかったからなんだ」
そう云ってリーゼが足を止めたのは、一軒の店の前だった。
「ここ? 飯屋?」
もう昼をとっくに回っている。しかし店は閉まっていた。中を覗くと、カウンターの奥の棚に瓶やら樽やらがたくさん見えた。
「ここはお酒がメインのお店なんだけどね。月に数回演奏をさせてもらってるんだ。ご亭主が音楽とお酒が好きで、演奏を聴きながらお酒と軽い食事ができるお店なんだよ。地元の音楽好きが集まって、けっこう繁盛しているんだよ。今夜演奏するから、お師匠さんたちと一緒に来てよ。なんなら飛び入り参加もできるよ」
「ここで演奏してるんだ」
メインが別のもので、消費されるだけの音楽。けれども、それが自分の音楽だというリーゼ。ディーノは少し戸惑っていた。自分の見方は狭いのだろうかと。
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