【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

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第一部

43 迷い

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「ここは時間がのんびりしていて、いい所だな」

「はい」

「私が生まれ育った村もここのようなのどかな所でね。規模はもう少し大きかったが、村人全員が親戚のような雰囲気の所だったな。君のように薪割りをやらされたこともあったが、どうにも苦手でね。逃げ回ってリュートばかり弾いていたよ。父親がリュート奏者だったものでね」

「お父さんがお師匠?」

「そう。優しい人でね、強制されたことはなかったが、私がリュートばかり触っているから、力仕事はもういいと云ってね、本格的にリュートを教えてくれた」

「羨ましい……です」

「ん? 君の師匠も穏やかな人に見えるが。厳しい人なのかな」

「いえ。リノは師ではなくて、オレたちの命の恩人で」

「命の恩人?」

「はい。行き倒れていたところを助けてくれて、オレたちがここに置いて欲しいって頼んで、受け入れてくれたんです。もう三年世話になってて」

「そうだったのかね……。たちということは、妹君も……」

「イレーネとオレに血の繋がりはなくて。でもリノたちの子供でもなくて、イレーネにはちゃんと親がいたんだけど、流行り病で亡くなって、それからオレたち出会って一緒に生活してたんだけど、事情で住んでた所を離れることになって。で二人に助けられたんです」

「あの二人は親代わりというわけなんだね」

「そう……ですね。イレーネはそう思ってるみたいだけど、オレは親を知らないから、どういう感じかわからなくて。感謝はとてもしてるんだけど、親とは思えないかな」

「両親がいないから、子の気持ちがわからない、か。つらい経験をしてるんだね、君は。私も演奏会であちこちの街に行ったんだが、内乱や侵略の戦火に巻かれて、肉親を失った子供たちをたくさん見てきた。その子らに共通しているのが、絶望を背負っている顔をしながらも、眸だけはぎらぎらさせてるんだ。なぜだかわかるか?」

「――いえ。わからない」

「隙あらば金目のものを盗もうとしているからだよ」

「……!」

 ディーノははっと息をのんだ。

「生きるためには施しを受けるか、盗むしか方法がない。街で寄ってくる子供がいれば、私らも身構えてしまう。子供だと思って油断していると、商売道具を失いかねない。可哀相なものだが、どうしてやることもできない」

「あの、孤児院があるって聞いたんだけど。勉強も教えてもらえるって」

「豊かな街や信仰深い街にはあるが、すべての街にあるわけじゃない。それに大勢の子供を世話できるほど大きくはないし、裕福でもない。寄付によってまかなわれているんだ。辿り着いた者に門は開かれるが、よその街の子供を連れてきてまで面倒は見きれない。不幸せな子供たちがいなくなることが理想なんだろうが、現実はなかなかよくならない」

「オレもそうなっていたかもしれない……」

 屋敷を脱出した後、街に行っていれば確実にそうなっていただろう。他人事ではないことに、ぽつりと呟いた。

「幸せなことだよ。ここなら戦禍が押し寄せてくることもないだろうし、貴族たちの派閥や権力争いに巻き込まれることもない。穏やかに生涯を閉じることができるだろうな」

「そう思います」

「リノさんはいい人だよ。親子は難しくても、弟子なら恩を返せるんじゃないのかい?」

 ロドヴィーゴの云わんとしている事は、ディーノも考えたことがなかったわけではない。ディーノはこくんと頷いた。

「その通りだと思う。でも、製作には興味が持てなくて。曖昧な気持ちで弟子入りなんか頼んだら、リノは怒ると思います。怒られたことはないけど、きっと。職人としてリノは高い誇りを持ってるから」

「たしかにそうだな」

 ロドヴィーゴはふうむ、と頷く。

 何気ない話ではあったが、ディーノはどきどきしていた。これは頼んでみるチャンスなのではないだろうか。

「あ、あの……」

 意を決して口を開いた。なのに、

「先生。どちらにいらっしゃいますか? 先生」

 呼ぶ声が、ディーノの言葉を遮った。姿を現したのはピエールだった。もう体調は回復したようだ。具合の悪いときは背筋が曲がって前屈みになっていたが、今は真っ直ぐに伸びている。

「ああ、ここにいらっしゃいましたか。あ、おはようございます」

 ディーノの姿をとらえてピエールに頭をさげられ、あわあわしていたディーノも口を閉じて挨拶を返す。

「イレーネさんが朝食の支度を整えてくださいました」

「わかった。ありがとう。少年よ、多いに迷い悩みなさい。答えは自ずとでてくるはずだよ」

 ロドヴィーゴは右手を挙げて、ピエールと共に行ってしまった。

 云えなかった。

 引き止めようかと一瞬思ったが、なぜか迷いが生じた。二人はその間に行ってしまった。

 好きならなりふり構わずいけばいいのに、迷った理由はディーノ自身にもわからなかった。
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