【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

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第一部

53 第一部  終了

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 森の中に入り、イレーネがいた辺りまで走る。

 イレーネはディーノのほうを見ていた。胸の前で両手を組み、泣きそうな顔になっている。

 ディーノは立ち止まることなく、イレーネに抱きついた。

「イレーネ、ごめん。ほんとにごめん」
 
 ディーノは謝りながら、細い身体が折れそうなくらいに力を込めて抱きしめた。この温もりを手放したくなかった。

「イレーネ、一緒に行こう。オレ、先生に頼んでみるよ。怒られるかもしれないけど、そんなの平気さ。オレ殴られ慣れてるから。な、そうしよう」

 顔を上げ、イレーネの身体から離れると、ディーノはイレーネの手を取った。そのまま馬車まで連れて行こうとする。しかしその手はするりと抜けた。

「イレーネ?」

 離れてしまうイレーネを見つめた。

 イレーネが首を横に振った。

「私は行けないわ。だってもう、ここが私の家なんだもの」

 そう告げるイレーネの顔は、寂しげだが覚悟を決めた、強い顔をしていた。そこに涙はなかった。

「直前まで怒ってたわ。私に何も云わずに行っちゃうなんてって。でも、あなたは私を見つけてくれた。見つけにくいところを選んで見送ってたのに、見つけてくれた。それだけで充分よ。今までありがとう」

「イレーネ……ありがとうなんて、云わないでくれよ」

 ディーノのほうがうろたえた。呟いた声は小さく、弱々しい。今までイレーネを守ってきたつもりでいた。でもそうじゃなかった。自分のほうがイレーネに助けられてきたのだ。そのことにやっと気がついた。

「絶望していた私を救ってくれたのは、あなただった。私を気にかけ、明るく振舞ってくれた。だけど、私は自分のことで精一杯で、ちゃんとお礼も云ってなかった。私のほうこそ本当にありがとう。ディーノ、願いを叶えてね」

 イレーネから突き放されたことがショックだった。何も云えなかった。

 イレーネは微笑んで頷くと、首からかけていた物を外した。「そんな、子犬みたいな眸をしないで」と云いながら、ディーノの首にそっとかけた。

「これ、両親の形見なんだろ。お墓作るんだろう。ダメだよ。大切なものなんだから受け取れない」

 外そうとするディーノの手を、イレーネがそっと押さえた。

「だからこそ持っていて欲しいの、あなたに。大切なものだから。ね、お願い」

 懇願するように云われてしまっては、ディーノももう否とは云えなかった。

「わかった。いつか一緒にお墓を作ろう。その時までオレが大事に預かっておくよ」

 ディーノはイレーネに顔を寄せた。

 イレーネも応える。

 長い長い口付けのあと、イレーネをもう一度抱きしめた。

 イレーネの腕が背中に回る。

「いつか迎えにくるから」とイレーネの耳元に囁いた。

 イレーネがこくりと頷いたのがわかった。けれど「待っている」とは云ってくれなかった。

「それじゃ、元気で」

 無理やり思いを断ち切り、身体を離した。

 馬車に戻りかけて、ディーノは振り向いた。

「手紙出すから。字の勉強をしよう」

 手を振った。お互いに。

 ディーノは何度も何度も振り返る。

 やがて、さっと身を翻した。


     *        *        *


 イレーネの視界からディーノが消えた。

 イレーネはディーノが去った方向をじっと見つめていたが、立っていられなくなって膝を落とした。

 喉の奥からかすれたような声が出てくる。

 ディーノの前では決して涙を見せないようにしようと決心した。泣いてしまえばディーノはきっと集落に留まることを選ぶだろう。それはしてはいけないことだとわかっていた。

 ディーノが行ってしまうと、気持ちを抑えることができなかった。声を出してはディーノが戻ってくる。だから声を上げてはいけない。

 けれど、心の中では、悲鳴をあげていた。戻ってきて欲しい。ずっと私の傍にいて欲しい。

 口を手で覆い、イレーネは静かに泣いた。泣き疲れて涙が涸れても、その場から動けなかった。心配したリノとロゼッタが捜しにきて見つけられるまで、ずっとずっと、イレーネは泣き続けた。


第一部  終了

第二部  あらすじ
 演奏旅行のため国内外を回る暮らしになって、二年。
 演奏家デビューを果たしたディーノに、かつての主の魔手が伸び……。
 一方、集落で穏やかな日々を過ごすイレーネにも迷いが生じ始めていた。
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