古民家ベーカリー&カフェ とまり木 ~美味しいパンとやすらぎを~ 〈何気ない暮らしの景色賞〉受賞

衿乃 光希

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三章 新しい仕事

2.昼休憩

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 ランチタイムが落ち着いてきたのは、十四時近くなってから。
「依織ちゃん、休憩取って。三十分でよろしく」
 沙耶さんに言われて、私は休憩室に向かった。

 休憩室は和室になっている。靴を脱いで畳を踏むと、なんだかほっとした。
 ロッカーのロックを解除して、カバンを取り出す。

 お昼ご飯はスープとパン。パンは好きな物を好きなだけどうぞということになっている。支払いはなし。味の勉強のためだからと言われた。お客さんに聞かれて答えて欲しいのと、いずれポップを書いてほしいから、ということだった。

 今日私が選んだのは、クロワッサンとカレーパン。以前は選ぶのが面倒になったけれど、今日は試したいものが多すぎてワクワクしながら選んだ。
 理由は定番で、人気の高い商品だから。

 クロワッサンだけで五種類。それだけでも迷ったけど、ここはやっぱり基本からでしょう! と決めてプレーンを手に取った。
 お水で喉を潤してから、クロワッサンにかじりついた。

 ザクッと心地の良い音と、パリッとした触感。滲み出るようにバターの香りと味が口中に広がっていく。
 期待とおりのサクサク感と、ふんわりした空気感が同居していて、幸せ。

「美味しいっ」
 手が止まらない、なのに一気に食べてしまうのは惜しい。
 半分で一度、手放した。あとでまた楽しむために。

 お水でリフレッシュさせてから、コップにスープを注ぐ。
 これは今朝、沙耶さんが作ってくれた具だくさんのポトフ。

 出勤時間が十時前と朝がゆっくりしているから、沙耶さんはほとんど毎日スープを作っている。お腹が持つのと、たくさんの野菜が摂れるから、という理由からいろいろなスープを作っているそうだ。
 そんな沙耶さんから料理を教えてもらうことになっている。

 ポトフの具はベーコン・じゃがいも・ニンジン・玉ねぎ・白菜・しめじ・ソーセージ・バゲットを小さく切って焼いたクルトン。
 具だくさんで、これだけで十分お腹が満たされそうだ。
 野菜の甘みが溶け込み、ほっこりした優しい味が喉を滑り落ちていく。

 スープジャーのお陰で温かさが保たれている。
 このスープジャーは、沙耶さんが引っ越し祝いに、と買ってくれていた物だ。沙耶さんも仕事のときはスープジャーにスープを入れて持ってきているからと、私の分をわざわざ買ってくれていた。

 こんなに優しい人がいるんだ、と驚くと同時に感激した。

「一汁三菜ってわかる?」と訊かれて、私は首を傾けた。

「主食と、汁物と、メインと副菜二品でバランス良く摂取しようね、っていう食事の基本があるんだよ。でもさ、三品も作るの大変じゃん。だから汁物の中にたくさん野菜を入れちゃえば、二品にはなるでしょう?」
 教えられて、そういうものなのかな、と思って頷いた。

「あとの一品は、冷ややっことかほうれん草の和え物とかを付ければいいんじゃないかなって。ま、私も旦那から教えられたんだけどね」
 と見せた笑顔が寂しそうだったのが、気になったけど、訊けなかった。これから一緒に暮らすのに、もし地雷だったりしたら、踏んではいけないと思ったからだった。

 どこまで踏み込んでいいのかわからない。円滑な関係を築くには、相手の事情を多少は知っていた方がいいのかもしれないけれど、今はまだ早いと思った。
 私のことだって、まだ話していないんだから。

 先輩たちと良好な関係を築くのも大事だけど、今、私が一所懸命やることは、仕事を覚えること。
 一度失敗しているから、足手まといになりたくない気持ちが大きい。
 思い切って環境を変えたんだから、楽しく働けるようになりたい。

 昼からも頑張ろうと、気合いを入れるため、クロワッサンをかじった。
 美味しいなあ。

 あれから味覚をなくさず、美味しく食事ができている。食べ物ってこんなに美味しかったっけ。と戸惑うほどに、食事に楽しさを見出せていた。
 きっと体重は増えてしまうだろう。そのうちダイエットしなきゃ、となるかもしれない。

 今までダイエットには縁がなかった。学生時代の友達からは、羨ましがられたり、もっと食べなよと心配されたり。次に会ったら、きっとびっくりされるだろうな。
 高校からの友達に引っ越しの連絡をしたとき、働く場所がカフェのあるパン屋さんだと伝えただけで、びっくりしていた。

 そのうち遊びに行くねと言ってくれた。店長のパンをぜひとも食べてもらいたいな。
 二人とも、美味しいと喜んでくれるに違いない。

 カリカリのカレーパンをかじる。ザクザクとモチモチの両方の触感を伝えてくるパンと、濃い目の味付けのカレーがよく合っている。
 カレーには野菜の旨味が溶け込んでいて、スパイシーなのに優しい。

 カレーパン旨ぁい。
 美味しいなんて上品通り越して、旨いっ! と膝を打ちたくなる。やらないけど。
 最高のパンとスープに舌鼓を打ち、お腹も心も満たされて、三十分後、沙耶さんと交代した。


 次回⇒3. オーダー
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