古民家ベーカリー&カフェ とまり木 ~美味しいパンとやすらぎを~ 〈何気ない暮らしの景色賞〉受賞

衿乃 光希

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三章 新しい仕事

1. パン屋さんでの仕事始め

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「きつくない?」
「はい。大丈夫です。不器用ですみません。ありがとうございました」

 後ろでエプロンの紐を結んでくれた沙耶さんに向き直る。頭を軽く下げて、お礼を伝えた。
 エプロンをつけてお手伝いをする習慣がなかったせいか、お店のエプロンの紐をうまく結べず沙耶さんに結んでもらうという、初日からお世話になってしまった。

「不器用な人好きよ。自分が不器用だってわかっているから、一生懸命に取り組むじゃない。器用な人は、本人的には努力してるんだろうけど、傍から見るといとも簡単にひょいひょいとやっちゃうから、悔しくなるのよね」

 沙耶さんが軽い口調で言ってくれたお陰で、気が楽になった。
 とはいえ、緊張はしている。

「お疲れ様でした」
 七時から十時までの仕事を終えて帰っていく有本さんと交代で、沙耶さんと私は休憩室からキッチンに向かった。

 厨房では店長が早朝からせっせとパンを焼いている。聞けば、店長である笹井さんは、深夜一時から仕事をしているそうだ。
 有本さんもベーカリーの仕事を終えてから本業に行くらしいから、二人ともなんてタフで働き者なんだろうと驚いた。

「ここにあるパンを袋詰めして、店頭に並べていってください」
 福留さんから教えてもらって、トレーの上に置かれたメロンパンをビニール袋に入れてテープで止めていく。それを店頭に並べてから、次のパンに移る。
 できたてのパンはとても柔らかくて、崩してしまわないよう気を付けながら作業をした。

 カフェの開店は十一時からだけど、ベーカリーは八時開店。出勤通学前のお客さんが立ち寄って、パンを買っていく。
 出来立てを並べたパンは袋に入れていないから、会計をしてもらっている間に袋詰めをする。

「出来立てなので、袋の口は開けておきますね」
 とお客さんに伝えている沙耶さんの声を聞きながら、パンを並べていった。

「おはようございます」
 と元気にやってきた女性のお客さん。

「夕子さん、新人ちゃんが入ったの。よろしくね」
 沙耶さんに紹介されたのは、近所でフレンチレストランを開いている上武かみたけ夕子さん。毎朝レストランで使うパンを取りにくるから渡してねと教えられた。三十代半ば頃の、ショートヘアの女性と挨拶をしながら、上武さんの顔を覚えた。

 厨房から福留さんがケースに入ったパンを持ってくる。ケースにはバゲットやミニクロワッサンなどが入っていた。
 ケースを受け取った上武さんは、「いつもありがとうございます」と元気に言って、帰って行った。

 十一時になる前に、カフェの仕事も教えてもらった。
 初日の今日は使用後のテーブルの掃除をメインでお願いねと言われて、トレーやゴミを片付けたあと、消毒をしてから次のお客さんをいれるようにねと教わる。

「覚えてもらうことはたくさんありますけど、おいおいでいいと思います」
 福留さんに言われて、はいと頷いた。

「依織ちゃん、力抜いて。失敗したって平気平気。困ったときは、すぐに相談、ね」
 レジから沙耶さんが声をかけてくれる。

 強張っていた背中をほぐして、二人に「よろしくお願いします」と伝えて、私は頭を下げた。

 カフェエリアは庭に面したソファ席が三つ、テーブル席が四つ、カウンターが六つ。庭の三席はペットOKとなっている。
 カフェオープンと同時に二組のお客さんがやってきて、ソファ席に着いた。

「いらっしゃいませ」と水を持って接客に向かう沙耶さん。
 手元の端末でオーダーをとると、福留さんがキッチンでトレーを準備する。クリアコップに飲み物を注ぎ、お皿を置いた。
 店長は冷蔵庫からパティを取り出し、鉄板に置き、網の中にポテトを入れて、揚げ油に投入。

 二組からオーダーを受けた沙耶さんは、レジに戻ってきた。
「この端末の送信を押すと、キッチンに届くの。オーダーを受けてから作り始めるから、温かいし、野菜はシャキシャキで提供できるのよ」
 沙耶さんからシステムを教えてもらった。

「依織ちゃんはあたしがやってることをしてもらうからね。調理補助は慣れてからかな。レジもやってみる?」
 沙耶さんはレジに向かったので、私もついていく。

 お客としてレジを使ったときに、システムに驚いたことを伝えると、沙耶さんも「あたしもびっくりしたよ。すごいよね」と言った。
「トレーを置いただけで、パンの種類や値段が出てくるのはどうしてなんですか?」
「AIらしいけど、あたしもよくわからないの。とりあえずエラーが鳴ったら駆けつける。緑は読みこめたパン、赤はエラーが出たから手入力ね」
 と説明を受けた。

 キッチンから福留さんが出てきて、出来上がったばかりのグルメバーガーを運んでいく。
 テイクアウトのお客さんもやってきて、徐々に忙しくなっていった。


 次回⇒2.昼休憩
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