9 / 45
三章 新しい仕事
1. パン屋さんでの仕事始め
しおりを挟む
「きつくない?」
「はい。大丈夫です。不器用ですみません。ありがとうございました」
後ろでエプロンの紐を結んでくれた沙耶さんに向き直る。頭を軽く下げて、お礼を伝えた。
エプロンをつけてお手伝いをする習慣がなかったせいか、お店のエプロンの紐をうまく結べず沙耶さんに結んでもらうという、初日からお世話になってしまった。
「不器用な人好きよ。自分が不器用だってわかっているから、一生懸命に取り組むじゃない。器用な人は、本人的には努力してるんだろうけど、傍から見るといとも簡単にひょいひょいとやっちゃうから、悔しくなるのよね」
沙耶さんが軽い口調で言ってくれたお陰で、気が楽になった。
とはいえ、緊張はしている。
「お疲れ様でした」
七時から十時までの仕事を終えて帰っていく有本さんと交代で、沙耶さんと私は休憩室からキッチンに向かった。
厨房では店長が早朝からせっせとパンを焼いている。聞けば、店長である笹井さんは、深夜一時から仕事をしているそうだ。
有本さんもベーカリーの仕事を終えてから本業に行くらしいから、二人ともなんてタフで働き者なんだろうと驚いた。
「ここにあるパンを袋詰めして、店頭に並べていってください」
福留さんから教えてもらって、トレーの上に置かれたメロンパンをビニール袋に入れてテープで止めていく。それを店頭に並べてから、次のパンに移る。
できたてのパンはとても柔らかくて、崩してしまわないよう気を付けながら作業をした。
カフェの開店は十一時からだけど、ベーカリーは八時開店。出勤通学前のお客さんが立ち寄って、パンを買っていく。
出来立てを並べたパンは袋に入れていないから、会計をしてもらっている間に袋詰めをする。
「出来立てなので、袋の口は開けておきますね」
とお客さんに伝えている沙耶さんの声を聞きながら、パンを並べていった。
「おはようございます」
と元気にやってきた女性のお客さん。
「夕子さん、新人ちゃんが入ったの。よろしくね」
沙耶さんに紹介されたのは、近所でフレンチレストランを開いている上武夕子さん。毎朝レストランで使うパンを取りにくるから渡してねと教えられた。三十代半ば頃の、ショートヘアの女性と挨拶をしながら、上武さんの顔を覚えた。
厨房から福留さんがケースに入ったパンを持ってくる。ケースにはバゲットやミニクロワッサンなどが入っていた。
ケースを受け取った上武さんは、「いつもありがとうございます」と元気に言って、帰って行った。
十一時になる前に、カフェの仕事も教えてもらった。
初日の今日は使用後のテーブルの掃除をメインでお願いねと言われて、トレーやゴミを片付けたあと、消毒をしてから次のお客さんをいれるようにねと教わる。
「覚えてもらうことはたくさんありますけど、おいおいでいいと思います」
福留さんに言われて、はいと頷いた。
「依織ちゃん、力抜いて。失敗したって平気平気。困ったときは、すぐに相談、ね」
レジから沙耶さんが声をかけてくれる。
強張っていた背中をほぐして、二人に「よろしくお願いします」と伝えて、私は頭を下げた。
カフェエリアは庭に面したソファ席が三つ、テーブル席が四つ、カウンターが六つ。庭の三席はペットOKとなっている。
カフェオープンと同時に二組のお客さんがやってきて、ソファ席に着いた。
「いらっしゃいませ」と水を持って接客に向かう沙耶さん。
手元の端末でオーダーをとると、福留さんがキッチンでトレーを準備する。クリアコップに飲み物を注ぎ、お皿を置いた。
店長は冷蔵庫からパティを取り出し、鉄板に置き、網の中にポテトを入れて、揚げ油に投入。
二組からオーダーを受けた沙耶さんは、レジに戻ってきた。
「この端末の送信を押すと、キッチンに届くの。オーダーを受けてから作り始めるから、温かいし、野菜はシャキシャキで提供できるのよ」
沙耶さんからシステムを教えてもらった。
「依織ちゃんはあたしがやってることをしてもらうからね。調理補助は慣れてからかな。レジもやってみる?」
沙耶さんはレジに向かったので、私もついていく。
お客としてレジを使ったときに、システムに驚いたことを伝えると、沙耶さんも「あたしもびっくりしたよ。すごいよね」と言った。
「トレーを置いただけで、パンの種類や値段が出てくるのはどうしてなんですか?」
「AIらしいけど、あたしもよくわからないの。とりあえずエラーが鳴ったら駆けつける。緑は読みこめたパン、赤はエラーが出たから手入力ね」
と説明を受けた。
キッチンから福留さんが出てきて、出来上がったばかりのグルメバーガーを運んでいく。
テイクアウトのお客さんもやってきて、徐々に忙しくなっていった。
次回⇒2.昼休憩
「はい。大丈夫です。不器用ですみません。ありがとうございました」
後ろでエプロンの紐を結んでくれた沙耶さんに向き直る。頭を軽く下げて、お礼を伝えた。
エプロンをつけてお手伝いをする習慣がなかったせいか、お店のエプロンの紐をうまく結べず沙耶さんに結んでもらうという、初日からお世話になってしまった。
「不器用な人好きよ。自分が不器用だってわかっているから、一生懸命に取り組むじゃない。器用な人は、本人的には努力してるんだろうけど、傍から見るといとも簡単にひょいひょいとやっちゃうから、悔しくなるのよね」
沙耶さんが軽い口調で言ってくれたお陰で、気が楽になった。
とはいえ、緊張はしている。
「お疲れ様でした」
七時から十時までの仕事を終えて帰っていく有本さんと交代で、沙耶さんと私は休憩室からキッチンに向かった。
厨房では店長が早朝からせっせとパンを焼いている。聞けば、店長である笹井さんは、深夜一時から仕事をしているそうだ。
有本さんもベーカリーの仕事を終えてから本業に行くらしいから、二人ともなんてタフで働き者なんだろうと驚いた。
「ここにあるパンを袋詰めして、店頭に並べていってください」
福留さんから教えてもらって、トレーの上に置かれたメロンパンをビニール袋に入れてテープで止めていく。それを店頭に並べてから、次のパンに移る。
できたてのパンはとても柔らかくて、崩してしまわないよう気を付けながら作業をした。
カフェの開店は十一時からだけど、ベーカリーは八時開店。出勤通学前のお客さんが立ち寄って、パンを買っていく。
出来立てを並べたパンは袋に入れていないから、会計をしてもらっている間に袋詰めをする。
「出来立てなので、袋の口は開けておきますね」
とお客さんに伝えている沙耶さんの声を聞きながら、パンを並べていった。
「おはようございます」
と元気にやってきた女性のお客さん。
「夕子さん、新人ちゃんが入ったの。よろしくね」
沙耶さんに紹介されたのは、近所でフレンチレストランを開いている上武夕子さん。毎朝レストランで使うパンを取りにくるから渡してねと教えられた。三十代半ば頃の、ショートヘアの女性と挨拶をしながら、上武さんの顔を覚えた。
厨房から福留さんがケースに入ったパンを持ってくる。ケースにはバゲットやミニクロワッサンなどが入っていた。
ケースを受け取った上武さんは、「いつもありがとうございます」と元気に言って、帰って行った。
十一時になる前に、カフェの仕事も教えてもらった。
初日の今日は使用後のテーブルの掃除をメインでお願いねと言われて、トレーやゴミを片付けたあと、消毒をしてから次のお客さんをいれるようにねと教わる。
「覚えてもらうことはたくさんありますけど、おいおいでいいと思います」
福留さんに言われて、はいと頷いた。
「依織ちゃん、力抜いて。失敗したって平気平気。困ったときは、すぐに相談、ね」
レジから沙耶さんが声をかけてくれる。
強張っていた背中をほぐして、二人に「よろしくお願いします」と伝えて、私は頭を下げた。
カフェエリアは庭に面したソファ席が三つ、テーブル席が四つ、カウンターが六つ。庭の三席はペットOKとなっている。
カフェオープンと同時に二組のお客さんがやってきて、ソファ席に着いた。
「いらっしゃいませ」と水を持って接客に向かう沙耶さん。
手元の端末でオーダーをとると、福留さんがキッチンでトレーを準備する。クリアコップに飲み物を注ぎ、お皿を置いた。
店長は冷蔵庫からパティを取り出し、鉄板に置き、網の中にポテトを入れて、揚げ油に投入。
二組からオーダーを受けた沙耶さんは、レジに戻ってきた。
「この端末の送信を押すと、キッチンに届くの。オーダーを受けてから作り始めるから、温かいし、野菜はシャキシャキで提供できるのよ」
沙耶さんからシステムを教えてもらった。
「依織ちゃんはあたしがやってることをしてもらうからね。調理補助は慣れてからかな。レジもやってみる?」
沙耶さんはレジに向かったので、私もついていく。
お客としてレジを使ったときに、システムに驚いたことを伝えると、沙耶さんも「あたしもびっくりしたよ。すごいよね」と言った。
「トレーを置いただけで、パンの種類や値段が出てくるのはどうしてなんですか?」
「AIらしいけど、あたしもよくわからないの。とりあえずエラーが鳴ったら駆けつける。緑は読みこめたパン、赤はエラーが出たから手入力ね」
と説明を受けた。
キッチンから福留さんが出てきて、出来上がったばかりのグルメバーガーを運んでいく。
テイクアウトのお客さんもやってきて、徐々に忙しくなっていった。
次回⇒2.昼休憩
94
あなたにおすすめの小説
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる