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番外編 猫のいる街 1997

2.  誠二郎 2

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50年も昔の建物が猫の住処になっているなんて。
行政は何をやっているんだろうの。
と人間だった頃ならそう思っただろうが、今の状態は複雑極まりない。
人だった頃の感情を持ったままでいるべきなのか、今は一応猫なのだからして、猫の感情で赴くべきなのか。それが問題だ。
などと気取っている場合ではないな。
珠が心配のあまり成仏できんわ、いきおい猫の人形に入り込んでしまうわ。
わしは一体何をやっているんだか。
幽霊の身体のままだと、猫たちが怯えて話をする前に逃げてしまうものだから。こういう形を取ることになってしまったが。しかし、あの男も、なかなかの変わり者だったの。
わしより一回り以上も若かろうに、生気のない目をしていたな。
相当につらいことでもあったんだろうかの。
つらいことといえば、身内にもあまり言わんかったが、52年前わしも地獄を見た。
先の大戦で戦地に赴き、負傷し、左足は思うように動かん。
それでもわしの目は生きとったはず。あんな死んだ目はしていなかったはずだ。
あれ以上の地獄なんてそうないと思ったが。あの男はあれ以上の地獄を見たのかの。
ま、耐えられる精神は人それぞれだからの。
あの男に何があったのか知らんし、もう関わることもなかろうて。
この身体もくれると言うておったしの。
そんなことより、今は珠だの。
珠、珠、おらんか? わしじゃ、誠二郎じゃ。
すまんが、珠を見かけておらんか。ここにおると聞いてきたんだが。
奥の部屋におるのか。ありがとう。
この建物は古いわりにはなかなか頑強な建物のようだの。鉄筋が思っていたよりは老朽化しておらんようだ。木に囲まれておるから、風雨から守られておるのかもしれんな。
とはいえ、あちこち錆びておるし、見えぬ所で腐食が進んでおるだろうの。
いったい何匹の猫が住み着いておるんだろうの。いたるところでごろごろしておるな。
呑気に寝ているものもいれば、新参者のわしに視線を送ってくるものもおる。
興味があるのか、警戒しているのか。個体によって反応がいろいろでおもしろいの。
すまんが、珠はおりますかの。
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