57 / 93
番外編 猫のいる街 1997
2. 誠二郎 2
しおりを挟む
50年も昔の建物が猫の住処になっているなんて。
行政は何をやっているんだろうの。
と人間だった頃ならそう思っただろうが、今の状態は複雑極まりない。
人だった頃の感情を持ったままでいるべきなのか、今は一応猫なのだからして、猫の感情で赴くべきなのか。それが問題だ。
などと気取っている場合ではないな。
珠が心配のあまり成仏できんわ、いきおい猫の人形に入り込んでしまうわ。
わしは一体何をやっているんだか。
幽霊の身体のままだと、猫たちが怯えて話をする前に逃げてしまうものだから。こういう形を取ることになってしまったが。しかし、あの男も、なかなかの変わり者だったの。
わしより一回り以上も若かろうに、生気のない目をしていたな。
相当につらいことでもあったんだろうかの。
つらいことといえば、身内にもあまり言わんかったが、52年前わしも地獄を見た。
先の大戦で戦地に赴き、負傷し、左足は思うように動かん。
それでもわしの目は生きとったはず。あんな死んだ目はしていなかったはずだ。
あれ以上の地獄なんてそうないと思ったが。あの男はあれ以上の地獄を見たのかの。
ま、耐えられる精神は人それぞれだからの。
あの男に何があったのか知らんし、もう関わることもなかろうて。
この身体もくれると言うておったしの。
そんなことより、今は珠だの。
珠、珠、おらんか? わしじゃ、誠二郎じゃ。
すまんが、珠を見かけておらんか。ここにおると聞いてきたんだが。
奥の部屋におるのか。ありがとう。
この建物は古いわりにはなかなか頑強な建物のようだの。鉄筋が思っていたよりは老朽化しておらんようだ。木に囲まれておるから、風雨から守られておるのかもしれんな。
とはいえ、あちこち錆びておるし、見えぬ所で腐食が進んでおるだろうの。
いったい何匹の猫が住み着いておるんだろうの。いたるところでごろごろしておるな。
呑気に寝ているものもいれば、新参者のわしに視線を送ってくるものもおる。
興味があるのか、警戒しているのか。個体によって反応がいろいろでおもしろいの。
すまんが、珠はおりますかの。
行政は何をやっているんだろうの。
と人間だった頃ならそう思っただろうが、今の状態は複雑極まりない。
人だった頃の感情を持ったままでいるべきなのか、今は一応猫なのだからして、猫の感情で赴くべきなのか。それが問題だ。
などと気取っている場合ではないな。
珠が心配のあまり成仏できんわ、いきおい猫の人形に入り込んでしまうわ。
わしは一体何をやっているんだか。
幽霊の身体のままだと、猫たちが怯えて話をする前に逃げてしまうものだから。こういう形を取ることになってしまったが。しかし、あの男も、なかなかの変わり者だったの。
わしより一回り以上も若かろうに、生気のない目をしていたな。
相当につらいことでもあったんだろうかの。
つらいことといえば、身内にもあまり言わんかったが、52年前わしも地獄を見た。
先の大戦で戦地に赴き、負傷し、左足は思うように動かん。
それでもわしの目は生きとったはず。あんな死んだ目はしていなかったはずだ。
あれ以上の地獄なんてそうないと思ったが。あの男はあれ以上の地獄を見たのかの。
ま、耐えられる精神は人それぞれだからの。
あの男に何があったのか知らんし、もう関わることもなかろうて。
この身体もくれると言うておったしの。
そんなことより、今は珠だの。
珠、珠、おらんか? わしじゃ、誠二郎じゃ。
すまんが、珠を見かけておらんか。ここにおると聞いてきたんだが。
奥の部屋におるのか。ありがとう。
この建物は古いわりにはなかなか頑強な建物のようだの。鉄筋が思っていたよりは老朽化しておらんようだ。木に囲まれておるから、風雨から守られておるのかもしれんな。
とはいえ、あちこち錆びておるし、見えぬ所で腐食が進んでおるだろうの。
いったい何匹の猫が住み着いておるんだろうの。いたるところでごろごろしておるな。
呑気に寝ているものもいれば、新参者のわしに視線を送ってくるものもおる。
興味があるのか、警戒しているのか。個体によって反応がいろいろでおもしろいの。
すまんが、珠はおりますかの。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡
弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。
保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。
「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる