19 / 59
第二部 海野汐里
19 食べるということ
しおりを挟む
お盆の初日、速水志乃ちゃんと駅で待ち合わせた。
手を振り振り、小走りでやってきた志乃ちゃんは真っ黒に日焼けをしていて、とても爽やか。
中学の時は水泳部だった。今も続けているのだろうか。
この一年間の情報がストップしているから、探り探りで話を進めていくしかない。
「出る直前に先輩からメッセージ入ってさ、対応してたら遅れちゃったよ。暑いのにごめんね」
「ううん。平気」
志乃ちゃんと麻帆は同じくらいの身長だと思っていたけど、少し見上げる形になる。しばらく見ない間に背が伸びたのかな。
中学の頃は肩まで髪を伸ばしていたけれど、今は短くなっていた。
今日は志乃ちゃんのリクエストで、“パヌレ”を食べに行く。
パヌレって何? カヌレならわかるけど別物?
焦ったけれど、調べてみると美味しそうで、二つ返事でOKした。
9時過ぎという時間のせいか、電車はすいていた。横並びで座る。
「学校違うとあんま会えないね」
「お互い忙しいもんね」
「麻帆ちゃん、勉強慣れた? GWに会った時、用語覚えられないって嘆いてたじゃん」
「あ、うん。まだちょっと」
麻帆と志乃ちゃんはGWに会ってたんだ。私はまだ幽霊になってなかったから、二人がどういう話をしたのか知らない。今日は聞き役に徹した方がいいかも。
「あたしなんて体育以外の成績超ヤバくてさ。中学生になって勉強ムズって焦ったけど、高校はもっと難しくて、赤点取りまくり」
「夏休みはずっと部活?」
「うんそう。そろそろ宿題やらないとダメなんだけど、やる気起こんなくて。ラストの一週間ぐらいでまとめてやろうかなってかんじ」
「私はやり始めたところ。量が多くてさ、やらないと間に合わない」
麻帆も志乃ちゃんのように後回しにするタイプだから、私が声をかけて一緒に宿題をしてから遊ぶようにしていた。
朝顔の観察日記や絵日記など、ほぼ毎日描かないといけないものほど面倒がった。
「毎日コツコツって簡単にできないよね」
「うん」
私はまとめてやる方がつらいので、毎日少しずつしていくタイプ。でも麻帆なら同意するだろうなと思って頷いた。
最寄り駅から10分ほど歩き、店内飲食ができるパン屋さんに到着した。
芳ばしいパンの匂いに刺激され、朝食を抜いてきたお腹がきゅるっと鳴る。
中央のテーブルを囲むように、壁の棚にもたくさんのパンが並んでいて、目移りしてしまう。
目当てのパヌレは、壁棚の二段目にちょこんと置いてあった。見た目はカヌレ。外の生地がパイで、中にあんことクリームチーズが入っている。
まずはカヌレを二つトレーに取ってから、何を食べようかなあと店内を回る。
他に三個ぐらいなら食べられそうだなとパンを選んで、レジでレモネードを注文した。
以前に麻帆がお供えをしてくれたけど、氷が溶けて薄くなっていたから、ちゃんと飲みたかった。
志乃ちゃんと向かい合わせで席に着いた。
「写真撮ろうっと」
スマホを取り出して、志乃ちゃんはカメラを向ける。
私は撮らずに食べようと思ったけれど、目覚めたら麻帆に見せてあげようと思い立ち、スマホを向けた。
最初に食べるのは、気になっていたパヌレから。
さくっと食感の後に、あんこの甘さとチーズの酸味がちょうど良くて、とても美味しい。
「パンじゃなくて、お菓子だね」
「うん。何個でも食べられそう」
私の感想に、志乃ちゃんも頷く。
後で、パパとママのお土産に買って帰ろうと決めた。
クロワッサンにベーコンとレタスを挟んだパン。細長いチョコチップデニッシュ、ホイップを挟んだメロンパンを頬張って。お腹がいっぱいになったけど、パヌレをもう一個食べた。
麻帆の体に入ってから感じたのは、食事ができるのはとても幸せなことなのだと気づいた。
もちろん生きていた時から感じてはいたし感謝もしていたけれど、それが一度途切れたお陰か、より深く実感した。
食べることが楽しくて、お腹も心も満たされる。麻帆の体だから食べ過ぎてはいけないと思うけれど、生きていること、体があることが、涙が出そうなほど嬉しかった。事情を知らない両親や志乃ちゃんの前では泣けないので、堪えているけれど。
追いパヌレを買って、志乃ちゃんとショッピングに行った。
麻帆の好みならわかっているので、会話より買い物の方が麻帆になるのは楽だった。
志乃ちゃんときゃいきゃい言いながら、かわいいものを見て楽しむフリをした。
「あ、そうだ。この間、美容院行ってね、言ってみたんだ」
あたしはきょとんとした。志乃ちゃんが何を言ってみたのか、わからない。
美容院。芸能人の写真を持っていって、この人にしてくださいかな?
「もう忘れちゃった? ほら、お痒いところはないですかってやつ」
「あ、あああそうだね。うん。忘れてた。どうだった?」
「どこですかって聞いてくれるから、右耳の後ろですって。痒いっていった所をしっかり洗ってくれたの。以外と平気だなって。美容師さんも面倒くさそうじゃなかったし。だから、麻帆も言ってみなよ」
「わかった。今度行ったとき、言ってみるよ」
ちょっとどぎどぎしながら、話を合わせた。
駅で志乃ちゃんと別れて、帰路につきながら、ほっと胸を撫で下ろした。
たぶん疑われずにやれたと思う。
でも、少し心臓に悪い。私にわからない間の話がでてくると、忘れたと言うしか対処の方法が思いつかなかった。
手を振り振り、小走りでやってきた志乃ちゃんは真っ黒に日焼けをしていて、とても爽やか。
中学の時は水泳部だった。今も続けているのだろうか。
この一年間の情報がストップしているから、探り探りで話を進めていくしかない。
「出る直前に先輩からメッセージ入ってさ、対応してたら遅れちゃったよ。暑いのにごめんね」
「ううん。平気」
志乃ちゃんと麻帆は同じくらいの身長だと思っていたけど、少し見上げる形になる。しばらく見ない間に背が伸びたのかな。
中学の頃は肩まで髪を伸ばしていたけれど、今は短くなっていた。
今日は志乃ちゃんのリクエストで、“パヌレ”を食べに行く。
パヌレって何? カヌレならわかるけど別物?
焦ったけれど、調べてみると美味しそうで、二つ返事でOKした。
9時過ぎという時間のせいか、電車はすいていた。横並びで座る。
「学校違うとあんま会えないね」
「お互い忙しいもんね」
「麻帆ちゃん、勉強慣れた? GWに会った時、用語覚えられないって嘆いてたじゃん」
「あ、うん。まだちょっと」
麻帆と志乃ちゃんはGWに会ってたんだ。私はまだ幽霊になってなかったから、二人がどういう話をしたのか知らない。今日は聞き役に徹した方がいいかも。
「あたしなんて体育以外の成績超ヤバくてさ。中学生になって勉強ムズって焦ったけど、高校はもっと難しくて、赤点取りまくり」
「夏休みはずっと部活?」
「うんそう。そろそろ宿題やらないとダメなんだけど、やる気起こんなくて。ラストの一週間ぐらいでまとめてやろうかなってかんじ」
「私はやり始めたところ。量が多くてさ、やらないと間に合わない」
麻帆も志乃ちゃんのように後回しにするタイプだから、私が声をかけて一緒に宿題をしてから遊ぶようにしていた。
朝顔の観察日記や絵日記など、ほぼ毎日描かないといけないものほど面倒がった。
「毎日コツコツって簡単にできないよね」
「うん」
私はまとめてやる方がつらいので、毎日少しずつしていくタイプ。でも麻帆なら同意するだろうなと思って頷いた。
最寄り駅から10分ほど歩き、店内飲食ができるパン屋さんに到着した。
芳ばしいパンの匂いに刺激され、朝食を抜いてきたお腹がきゅるっと鳴る。
中央のテーブルを囲むように、壁の棚にもたくさんのパンが並んでいて、目移りしてしまう。
目当てのパヌレは、壁棚の二段目にちょこんと置いてあった。見た目はカヌレ。外の生地がパイで、中にあんことクリームチーズが入っている。
まずはカヌレを二つトレーに取ってから、何を食べようかなあと店内を回る。
他に三個ぐらいなら食べられそうだなとパンを選んで、レジでレモネードを注文した。
以前に麻帆がお供えをしてくれたけど、氷が溶けて薄くなっていたから、ちゃんと飲みたかった。
志乃ちゃんと向かい合わせで席に着いた。
「写真撮ろうっと」
スマホを取り出して、志乃ちゃんはカメラを向ける。
私は撮らずに食べようと思ったけれど、目覚めたら麻帆に見せてあげようと思い立ち、スマホを向けた。
最初に食べるのは、気になっていたパヌレから。
さくっと食感の後に、あんこの甘さとチーズの酸味がちょうど良くて、とても美味しい。
「パンじゃなくて、お菓子だね」
「うん。何個でも食べられそう」
私の感想に、志乃ちゃんも頷く。
後で、パパとママのお土産に買って帰ろうと決めた。
クロワッサンにベーコンとレタスを挟んだパン。細長いチョコチップデニッシュ、ホイップを挟んだメロンパンを頬張って。お腹がいっぱいになったけど、パヌレをもう一個食べた。
麻帆の体に入ってから感じたのは、食事ができるのはとても幸せなことなのだと気づいた。
もちろん生きていた時から感じてはいたし感謝もしていたけれど、それが一度途切れたお陰か、より深く実感した。
食べることが楽しくて、お腹も心も満たされる。麻帆の体だから食べ過ぎてはいけないと思うけれど、生きていること、体があることが、涙が出そうなほど嬉しかった。事情を知らない両親や志乃ちゃんの前では泣けないので、堪えているけれど。
追いパヌレを買って、志乃ちゃんとショッピングに行った。
麻帆の好みならわかっているので、会話より買い物の方が麻帆になるのは楽だった。
志乃ちゃんときゃいきゃい言いながら、かわいいものを見て楽しむフリをした。
「あ、そうだ。この間、美容院行ってね、言ってみたんだ」
あたしはきょとんとした。志乃ちゃんが何を言ってみたのか、わからない。
美容院。芸能人の写真を持っていって、この人にしてくださいかな?
「もう忘れちゃった? ほら、お痒いところはないですかってやつ」
「あ、あああそうだね。うん。忘れてた。どうだった?」
「どこですかって聞いてくれるから、右耳の後ろですって。痒いっていった所をしっかり洗ってくれたの。以外と平気だなって。美容師さんも面倒くさそうじゃなかったし。だから、麻帆も言ってみなよ」
「わかった。今度行ったとき、言ってみるよ」
ちょっとどぎどぎしながら、話を合わせた。
駅で志乃ちゃんと別れて、帰路につきながら、ほっと胸を撫で下ろした。
たぶん疑われずにやれたと思う。
でも、少し心臓に悪い。私にわからない間の話がでてくると、忘れたと言うしか対処の方法が思いつかなかった。
1
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
氷雨と猫と君〖完結〗
カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。
失礼ながら殿下……私の目の前に姿を現すな!!
星野日菜
ファンタジー
転生したら……え? 前世で読んだ少女漫画のなか?
しかもヒロイン?
……あの王子変態すぎて嫌いだったんだけど……?
転生令嬢と国の第二王子のクエスチョンラブコメです。
本編完結済み
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる