31 / 59
第二部 海野汐里
31 和解
しおりを挟む
「さて、麻帆。どうして今日は出てこなかったのかな」
夕食後、部屋に戻った私は、麻帆に話しかけた。
怒っているわけではないけれど、約束を破ったのだから、理由ぐらいは知っておきたい。
「ええっと‥‥‥」
麻帆は言いにくそうに、口ごもる。
「小さい頃から教えてきたでしょ。約束をしたなら、ちゃんと守ることって」
「ごめんなさい」
「起きられなかった? それとも、起きられない事情でもあった? 体、っていうか意識? に何か異変はない? 大丈夫?」
どちらかという、そこが一番気がかりだった。
私たちに起こっている出来事は、不思議過ぎて次に何が起こるか予想がつかない。
だから心配になってしまう。
「それは大丈夫だと思う。時間の感覚がわからなくて寝坊した、みたいな」
体内に目覚まし時計をセットしているわけでもないから、起きる時刻がわからないのは理解できた。
「長い時間眠っていたから仕方がないとは思うけど、できるだけ起きているようにしなさいね。昼間は起きて、夜に寝る。慣らしていかないと、体に戻った時が大変だよ」
安心したからか、ついお小言になってしまった。
「う‥‥‥ん」
「歯切れ悪いね。まさか、ずっとこのままでいいなんて、思ってないよね」
「お姉ちゃんが良ければ、このままでもいいのかなって」
「良くない。お姉ちゃんは幽霊。この体は麻帆の物なの。麻帆の意識が動かしてこそ、なんだから」
どうしてかわからないけど、麻帆に元気がない。声が沈んでいる。
「辛い時は逃げてもいいって、言ってたのに」
「逃げちゃダメな時もあるの。今がその時。お姉ちゃんだっていつまでこっちにいられるのか、わからないんだから」
「ずっといないの?」
「お姉ちゃんに聞かないでよ。不思議な現象に答えなんて出せるわけないんだから」
麻帆が黙る。ちょっといい過ぎたのかな。
「気が乗らないの?」
「そうじゃないんだけど、あんなこと言っておいて、戻るなんてしていいのかなって」
「そんなこと気にしてるの?」
「だって、ついこの間のことだから、あたしには」
「あ、そっか。そうだったね。気がつかなくてごめんね」
麻帆とケンカをした日から、現実の時間は九ヶ月経過しているけれど、眠っていた麻帆にとっては、ほんの少し前の感覚なんだ。だから気まずくて、困ってたんだね。
「お姉ちゃんとケンカしたの初めてだったし、それに完全に八つ当たりだったから、お姉ちゃんに呆れられても仕方がないし、酷いことたくさん言ったなって」
「つらかったよね。勇気を出したのにママとパパに反対されて。お姉ちゃんも悪かったなって思ってた。私がいたら味方になってやれたのにって。だけど声は届かなくて、何もしてやれなかった。無責任だった。ごめんね」
「ううん。お姉ちゃんがあたしのためを思ってくれてたのはわかってた。お姉ちゃんはいつも気づかってくれるから。一人でパパとママに立ち向かって、非力な自分を知って、情けなかった。お姉ちゃんに頼り切ってた」
「それは、私が過保護にしちゃったからだよ。私が幽霊になったのは、麻帆を私から独り立ちさせるためだね。いつまでもお姉ちゃんに甘えてちゃダメ。麻帆が自分の足で立てるようにしてきなさいって、神様が遣わせてくれたのかも」
「じゃあずっといてよ」
「独り立ちしません宣言しないで。しっかりしなさい」
「う‥‥‥わかった」
素直でよろしい。
思い返せば、麻帆に反抗期はなかった。それだけ私や家族を信頼してくれてたんだろうけど、私たちも甘やかしすぎてしまった。麻帆が可愛かったから。
「それで、これからどうしようか。どうやったら私、幽霊に戻れるんだろうね」
「戻らなくていいよ。このままで」
「ええ? 大丈夫なのかな」
「なにが?」
「だって、一つの体に、二つの意識って。脳と体のバランスとか、平気なのかなって」
「まあ、いいんじゃないの。楽しいし」
「楽しい、のかなあ。まあ、麻帆がそれでいいならいいけど。それで、まだ体の主導権を取り戻すつもりはないわけ?」
「それは、おいおい?」
少し明るい声になってきた。本来の麻帆が少し顔をだしてきたかな。
「適当だなあ。戻りたくないの? 早く料理したいでしょ」
「しばらくお姉ちゃんの手際を観察してるよ」
「なにそれ。手際が悪いってバカにしてるなあ」
「してないしてない。お姉ちゃんも、料理が苦手なままだと、成仏しきれないでしょ」
「言うなあ。じゃあ、お姉ちゃんが実習受けるから、麻帆は座学受けなよね。おあいこでしょう」
「まあ、それもおいおい。じゃ、おやすみ」
「待ちなさい。麻帆。ったくもう」
驚くほどの速度で麻帆は眠ってしまった。
夕食後、部屋に戻った私は、麻帆に話しかけた。
怒っているわけではないけれど、約束を破ったのだから、理由ぐらいは知っておきたい。
「ええっと‥‥‥」
麻帆は言いにくそうに、口ごもる。
「小さい頃から教えてきたでしょ。約束をしたなら、ちゃんと守ることって」
「ごめんなさい」
「起きられなかった? それとも、起きられない事情でもあった? 体、っていうか意識? に何か異変はない? 大丈夫?」
どちらかという、そこが一番気がかりだった。
私たちに起こっている出来事は、不思議過ぎて次に何が起こるか予想がつかない。
だから心配になってしまう。
「それは大丈夫だと思う。時間の感覚がわからなくて寝坊した、みたいな」
体内に目覚まし時計をセットしているわけでもないから、起きる時刻がわからないのは理解できた。
「長い時間眠っていたから仕方がないとは思うけど、できるだけ起きているようにしなさいね。昼間は起きて、夜に寝る。慣らしていかないと、体に戻った時が大変だよ」
安心したからか、ついお小言になってしまった。
「う‥‥‥ん」
「歯切れ悪いね。まさか、ずっとこのままでいいなんて、思ってないよね」
「お姉ちゃんが良ければ、このままでもいいのかなって」
「良くない。お姉ちゃんは幽霊。この体は麻帆の物なの。麻帆の意識が動かしてこそ、なんだから」
どうしてかわからないけど、麻帆に元気がない。声が沈んでいる。
「辛い時は逃げてもいいって、言ってたのに」
「逃げちゃダメな時もあるの。今がその時。お姉ちゃんだっていつまでこっちにいられるのか、わからないんだから」
「ずっといないの?」
「お姉ちゃんに聞かないでよ。不思議な現象に答えなんて出せるわけないんだから」
麻帆が黙る。ちょっといい過ぎたのかな。
「気が乗らないの?」
「そうじゃないんだけど、あんなこと言っておいて、戻るなんてしていいのかなって」
「そんなこと気にしてるの?」
「だって、ついこの間のことだから、あたしには」
「あ、そっか。そうだったね。気がつかなくてごめんね」
麻帆とケンカをした日から、現実の時間は九ヶ月経過しているけれど、眠っていた麻帆にとっては、ほんの少し前の感覚なんだ。だから気まずくて、困ってたんだね。
「お姉ちゃんとケンカしたの初めてだったし、それに完全に八つ当たりだったから、お姉ちゃんに呆れられても仕方がないし、酷いことたくさん言ったなって」
「つらかったよね。勇気を出したのにママとパパに反対されて。お姉ちゃんも悪かったなって思ってた。私がいたら味方になってやれたのにって。だけど声は届かなくて、何もしてやれなかった。無責任だった。ごめんね」
「ううん。お姉ちゃんがあたしのためを思ってくれてたのはわかってた。お姉ちゃんはいつも気づかってくれるから。一人でパパとママに立ち向かって、非力な自分を知って、情けなかった。お姉ちゃんに頼り切ってた」
「それは、私が過保護にしちゃったからだよ。私が幽霊になったのは、麻帆を私から独り立ちさせるためだね。いつまでもお姉ちゃんに甘えてちゃダメ。麻帆が自分の足で立てるようにしてきなさいって、神様が遣わせてくれたのかも」
「じゃあずっといてよ」
「独り立ちしません宣言しないで。しっかりしなさい」
「う‥‥‥わかった」
素直でよろしい。
思い返せば、麻帆に反抗期はなかった。それだけ私や家族を信頼してくれてたんだろうけど、私たちも甘やかしすぎてしまった。麻帆が可愛かったから。
「それで、これからどうしようか。どうやったら私、幽霊に戻れるんだろうね」
「戻らなくていいよ。このままで」
「ええ? 大丈夫なのかな」
「なにが?」
「だって、一つの体に、二つの意識って。脳と体のバランスとか、平気なのかなって」
「まあ、いいんじゃないの。楽しいし」
「楽しい、のかなあ。まあ、麻帆がそれでいいならいいけど。それで、まだ体の主導権を取り戻すつもりはないわけ?」
「それは、おいおい?」
少し明るい声になってきた。本来の麻帆が少し顔をだしてきたかな。
「適当だなあ。戻りたくないの? 早く料理したいでしょ」
「しばらくお姉ちゃんの手際を観察してるよ」
「なにそれ。手際が悪いってバカにしてるなあ」
「してないしてない。お姉ちゃんも、料理が苦手なままだと、成仏しきれないでしょ」
「言うなあ。じゃあ、お姉ちゃんが実習受けるから、麻帆は座学受けなよね。おあいこでしょう」
「まあ、それもおいおい。じゃ、おやすみ」
「待ちなさい。麻帆。ったくもう」
驚くほどの速度で麻帆は眠ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
失礼ながら殿下……私の目の前に姿を現すな!!
星野日菜
ファンタジー
転生したら……え? 前世で読んだ少女漫画のなか?
しかもヒロイン?
……あの王子変態すぎて嫌いだったんだけど……?
転生令嬢と国の第二王子のクエスチョンラブコメです。
本編完結済み
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
氷雨と猫と君〖完結〗
カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる