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第三部 仲良し姉妹
48 卒業
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「高校生活で学んだことを糧にして、未来を切り開いていってください。ご卒業おめでとうございます」
「卒業生、退場」
吹奏楽部の生演奏で、あたしたちは体育館から出て行く。
ハンカチで目元を拭う子、制服の袖でそっと拭う子、外で解放されたような嬌声を上げる子。
卒業式らしい光景が繰り広げられる。
「麻帆は泣かないの?」
お姉ちゃんにからかうように言われた。
あたしは泣いてない。
別れが悲しいわけでもないし、解放された喜びが溢れるわけでもない。高校生じゃなくなるんだなあ、くらいの物悲しさはあるけれど、泣くほどでもない。
転科しなければ、あたしは在校生として、同い年の生徒たちを見送る立場だった。だから、少し複雑な心境でもある。
看護科の生徒は、みんな順調なのかな、私以外の脱落者はいないのかなと気になっていた。
木戸さんとのことは、お姉ちゃんが日記に書いてくれていた。
転科を告げた日の、傷ついたような顔。
教科書の受け取りの日、目も合わせてもらえなかったこと。
あたしたちの教室は隣同士で、見かけることや、出会う時もあった。決まって気がついていないフリで、すっと人の背中に隠れた。
最初は寂しいなと感じていたけど、何回か繰り返されると、あたしも慣れてしまい、あたしたちは最初から、関りのなかった人のようになった。
「木戸さん、元気かな」
ぽつりと呟いたその時、
「海野さん!」
まだ記憶に残っている、でも懐かしい人の声を聞いた。
「木戸さん?」
あたしを呼び止めた木戸さんは、顔を赤くしていた。走ってきたのかな。
「あのね‥‥‥海野さんに、謝らないとって思って‥‥‥」
いきなり謝るといわれて戸惑ったあたしが黙っていると、
「あの、その」
木戸さんが慌てだした。
「怒ってるんじゃなくて、戸惑ってるだけだから、ゆっくり話して。時間はあるし」
これ以上木戸さんが慌てないように優しく言うと、木戸さんは軽く息を吐いた。
「二年間、素っ気ない態度を取ってごめんなさい。海野さんが辞めちゃうってわかって、ショックだったの。あたし、友だちを作るのが上手じゃなくて。席が隣同士になった海野さんはとても話しやすかったから、これで五年間は一人にならずにすむ、一緒に頑張っていく友だちができてたって、嬉しかったの。でも、突然新学期から看護科に来ませんって言われて、どうしよう、また一人になっちゃうって焦って。海野さんのこと、裏切った酷い人だって思い込んじゃって」
一所懸命に話してくれるので、あたしは口を挟まず聞き役に徹する。
思い返せば、木戸さんに過去の話をしたことはなかった。あたしが姉の事を言えなかったように、木戸さんにも言いたくない事があったんだろうな。一人になるのを恐れるような何か。
「小人数のグループに入れてもらったけど、勉強もしないとけないし、一人にもなりたくないから必死でグループに食らいついて。友だちをこんな酷い目に遭わせるなんてって、恨む気持ちしかなかった。それが、卒業制作を見に行って、感動したの。こんなすごい物を作れる人が友だちだったんだ。あたしは自分でそれを断ってしまったんだって。後悔した」
「観に来てくれてたんだ。ぜんぜん気がつかなかった」
「海野さん、他の人の作品を、熱心に観ていたから」
「気がつかなくてごめん。わざわざ来てくれたのに」
「ううん。そんなの気にならなかった。校長賞をもらったんでしょう。学校のホームページで知って、すごく誇らしかった。一年の時のお弁当を覚えていたから、遅れて入ってからの二年間、海野さんの頑張りを、笑花堂弁当を見て感じたの。そしたら、あたしの子供っぽい行為が恥ずかしく思えて」
耳の赤さがさらに増す。顔が赤かったのは、恥ずかしいと思った自分の行いを、あたしに言わなきゃと決心していたからなんだ。
「あたしは卒業するんだから、忘れちゃえばいいだけなのに。勇気を出して話にきてくれたんだ。ありがとう」
「今日話さないと、あたし、一生悔やむって思って。友だちに戻れなくていいから、せめて謝りたい。あの笑花堂弁当で感動をしたことを伝えたきゃって。いまさら謝られても迷惑かもだし、自己満足だと思うけど、卒業制作の感想だけは、ちゃんと言いたかったの」
木戸さんの熱意が十分に伝わってきて、心がじんわり温かくなった。
「嬉しい。とても嬉しいよ。謝って欲しいなんて思ってなかったけど、気にはなってたから。裏切ったって思われても、仕方がないし」
「今は、思ってないから。だって、個人の自由なんだもん。合わないと思う事を続けさせる権利なんて、誰にもない。自分の人生なんだもんね。あたしはそれがわからない、理解しようとしてなかった。子供だった」
「木戸さんだけじゃないよ。あたしも、子供だった。転科を親に反対されて、ちょっとバカな事やっちゃって、いっぱい迷惑と心配かけた。まだ大人になったとは思えないし、まだまだ心配かけるだろうけど、同じ事を繰り返さないようにすればいいんじゃないかな。友だち付き合いも。なーんて、えらそうに言ってごめんね」
今なら、姉の事を伝えられそうだと思った。木戸さんを悲しませる事になったとしても、受け入れてくれそうな気がする。同情されたり、戸惑ったりするんじゃなくて、寄り添ってくれそうに思えた。
「ううん、その通りだと思う。看護に携わろうとしているのに、自分が先じゃダメだね。これからは、人の事を考えられるようにならなきゃ」
「あたしもだよ。ねえ、学校の近くにひだまりカフェっていう、とっても美味しいお店があるんだ。これから行かない? いっぱい話したい事があるんだ」
「いいの?」
「もちろんだよ」
「行く」
木戸さんは安心したように、笑ってくれた。
「卒業生、退場」
吹奏楽部の生演奏で、あたしたちは体育館から出て行く。
ハンカチで目元を拭う子、制服の袖でそっと拭う子、外で解放されたような嬌声を上げる子。
卒業式らしい光景が繰り広げられる。
「麻帆は泣かないの?」
お姉ちゃんにからかうように言われた。
あたしは泣いてない。
別れが悲しいわけでもないし、解放された喜びが溢れるわけでもない。高校生じゃなくなるんだなあ、くらいの物悲しさはあるけれど、泣くほどでもない。
転科しなければ、あたしは在校生として、同い年の生徒たちを見送る立場だった。だから、少し複雑な心境でもある。
看護科の生徒は、みんな順調なのかな、私以外の脱落者はいないのかなと気になっていた。
木戸さんとのことは、お姉ちゃんが日記に書いてくれていた。
転科を告げた日の、傷ついたような顔。
教科書の受け取りの日、目も合わせてもらえなかったこと。
あたしたちの教室は隣同士で、見かけることや、出会う時もあった。決まって気がついていないフリで、すっと人の背中に隠れた。
最初は寂しいなと感じていたけど、何回か繰り返されると、あたしも慣れてしまい、あたしたちは最初から、関りのなかった人のようになった。
「木戸さん、元気かな」
ぽつりと呟いたその時、
「海野さん!」
まだ記憶に残っている、でも懐かしい人の声を聞いた。
「木戸さん?」
あたしを呼び止めた木戸さんは、顔を赤くしていた。走ってきたのかな。
「あのね‥‥‥海野さんに、謝らないとって思って‥‥‥」
いきなり謝るといわれて戸惑ったあたしが黙っていると、
「あの、その」
木戸さんが慌てだした。
「怒ってるんじゃなくて、戸惑ってるだけだから、ゆっくり話して。時間はあるし」
これ以上木戸さんが慌てないように優しく言うと、木戸さんは軽く息を吐いた。
「二年間、素っ気ない態度を取ってごめんなさい。海野さんが辞めちゃうってわかって、ショックだったの。あたし、友だちを作るのが上手じゃなくて。席が隣同士になった海野さんはとても話しやすかったから、これで五年間は一人にならずにすむ、一緒に頑張っていく友だちができてたって、嬉しかったの。でも、突然新学期から看護科に来ませんって言われて、どうしよう、また一人になっちゃうって焦って。海野さんのこと、裏切った酷い人だって思い込んじゃって」
一所懸命に話してくれるので、あたしは口を挟まず聞き役に徹する。
思い返せば、木戸さんに過去の話をしたことはなかった。あたしが姉の事を言えなかったように、木戸さんにも言いたくない事があったんだろうな。一人になるのを恐れるような何か。
「小人数のグループに入れてもらったけど、勉強もしないとけないし、一人にもなりたくないから必死でグループに食らいついて。友だちをこんな酷い目に遭わせるなんてって、恨む気持ちしかなかった。それが、卒業制作を見に行って、感動したの。こんなすごい物を作れる人が友だちだったんだ。あたしは自分でそれを断ってしまったんだって。後悔した」
「観に来てくれてたんだ。ぜんぜん気がつかなかった」
「海野さん、他の人の作品を、熱心に観ていたから」
「気がつかなくてごめん。わざわざ来てくれたのに」
「ううん。そんなの気にならなかった。校長賞をもらったんでしょう。学校のホームページで知って、すごく誇らしかった。一年の時のお弁当を覚えていたから、遅れて入ってからの二年間、海野さんの頑張りを、笑花堂弁当を見て感じたの。そしたら、あたしの子供っぽい行為が恥ずかしく思えて」
耳の赤さがさらに増す。顔が赤かったのは、恥ずかしいと思った自分の行いを、あたしに言わなきゃと決心していたからなんだ。
「あたしは卒業するんだから、忘れちゃえばいいだけなのに。勇気を出して話にきてくれたんだ。ありがとう」
「今日話さないと、あたし、一生悔やむって思って。友だちに戻れなくていいから、せめて謝りたい。あの笑花堂弁当で感動をしたことを伝えたきゃって。いまさら謝られても迷惑かもだし、自己満足だと思うけど、卒業制作の感想だけは、ちゃんと言いたかったの」
木戸さんの熱意が十分に伝わってきて、心がじんわり温かくなった。
「嬉しい。とても嬉しいよ。謝って欲しいなんて思ってなかったけど、気にはなってたから。裏切ったって思われても、仕方がないし」
「今は、思ってないから。だって、個人の自由なんだもん。合わないと思う事を続けさせる権利なんて、誰にもない。自分の人生なんだもんね。あたしはそれがわからない、理解しようとしてなかった。子供だった」
「木戸さんだけじゃないよ。あたしも、子供だった。転科を親に反対されて、ちょっとバカな事やっちゃって、いっぱい迷惑と心配かけた。まだ大人になったとは思えないし、まだまだ心配かけるだろうけど、同じ事を繰り返さないようにすればいいんじゃないかな。友だち付き合いも。なーんて、えらそうに言ってごめんね」
今なら、姉の事を伝えられそうだと思った。木戸さんを悲しませる事になったとしても、受け入れてくれそうな気がする。同情されたり、戸惑ったりするんじゃなくて、寄り添ってくれそうに思えた。
「ううん、その通りだと思う。看護に携わろうとしているのに、自分が先じゃダメだね。これからは、人の事を考えられるようにならなきゃ」
「あたしもだよ。ねえ、学校の近くにひだまりカフェっていう、とっても美味しいお店があるんだ。これから行かない? いっぱい話したい事があるんだ」
「いいの?」
「もちろんだよ」
「行く」
木戸さんは安心したように、笑ってくれた。
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