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25. 繋がった縁
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アビーさんの真摯な口調に、カーラさんは表情を歪めた。顔をうつむける。
テーブルにぽたっと雫が零れた。
「ごめん……なさい。私の勝手な思い込みで、二人を悲しませて。ごめんなさい」
カーラが認めた。異議申し立てをしたのは自分だと。謝罪の言葉を口にした上で、ようやく経緯を話してくれた。
「役所でたまたまスコット兄さんの名前を見つけて、びっくりして。母に聞いたらブレアム商会とのお見合いがきたって。母たちは大きな商会に入り婿だなんて、親族で一番出世したって喜んでいて。でも私は複雑で……。入り婿になったら、家から出ちゃうのにいいのかなって。悩んでたら、自分のお見合いが何回も失敗してることを思い出してつらくなって。最終日に入れてしまった。これで兄さんが断れない結婚をしなくてすんだって、良い事をしたように思って。でも、また掲示されて……。兄さんが可哀想になって、何度だって異議申し立てをして助けてあげようって思ってた。直接兄さんに訊けばよかったんだよね。こっそり良い事をしている気になって、実際はただの嫌がらせだった。本当にごめんなさい」
カーラさんははらはらと涙を流しながら、頭を下げた。
心から悔いているように見える謝罪に、アビーさんは優しく告げた。
「もう、異議申し立てはしないでくださいますか」
「はい。間違っていたのは私です。もうしないです」
頭を上げたカーラさんは、はっきりした口調で約束をした。
アビーさんとスコットさんが視線を交わし、ほっとしたように頬を緩ませる。
「カーラさん、もうひとつ誤解があるので、補足させてください」
私が言うと、三人の視線が私に向いた。
「スコットさんとアビーさんたちの結婚は、きっかけこそお見合いですが、互いを想い合っておられます。ですので、恋愛結婚といっていいと思いますよ」
カーラさんはぱっと顔を輝かせた。
「お見合いから恋愛に発展するんですね。すてきです」
アビーさんは恥ずかしそうに頬を朱に染める。
「想い合っている二人を引き裂くなんて、私は酷いことをしてしまいました。アビーさん、私は二人の結婚を心から祝福します」
「ありがとうございます。わかってくださって、嬉しいです」
テーブルの下で固く握りしめていた手を上げ、アビーさんとカーラは握り合う。
もう大丈夫そう。
私はそっと席を立つ。
「子供の頃の、スコットさんのお話を聞かせてくださいませんか」
「もちろん」
仲良くなりそうな二人の声を背中で聞きながら、私はお店を出た。
「リアーナさん」
呼び止められて振り返ると、スコットさんが追いかけて来ていた。
「子どもの頃の話を暴露されそうですけど、よろしいのですか」
「仲良くなってくれるなら、僕は喜んでこの身を捧げますよ」
スコットさんは爽やかな笑顔を見せた。
「今回のこと、ありがとうございました。僕たちだけでは、解決できなかったと思います」
そう言って深々と頭を下げる。
「いいえ。わかってもらえて、良かったですね」
本来なら両家で解決することで、他人の私が介入するのは筋が違うのかもしれない。けれど、お節介を焼きたくなるほど、スコットさんとアビーさんが清々しくて、微笑ましかった。
「どうぞお幸せに」
「ありがとうございます。結婚式のことですが、僕はしたいと思っています。アビーさんも同じ気持ちです。正式なご依頼は、後日、両家で相談をしてからになりますが、引き受けてくださいますか」
「ええ。もちろんです。正式にお申込みいただけたら、打ち合せに伺います」
お客様第1号の約束がいただけて、嬉しくなる。
「よろしくお願いいたします。あの、リアーナさんは、どうして結婚式をご存知なんですか」
「え?」
思ってもなかった方向からの質問。動揺して言葉が出てこない。
まさか別の世界の、前世の記憶があるなんて、言えない。
私の返事の前に、スコットさんが話した。それで質問の意図を理解した。
アストラール国が統一される以前、この辺りの村々では、結婚式を盛大に上げる文化があった。村を上げて、祭りのように。
結婚式がなくなったのは、度重なる飢饉や戦争で生きることが難しくなり、結婚がお祝いではなくなったから。
権力や財力のある家に嫁がせて、家族を養う時期が続く。結婚が口減らしのような扱いになっていた。
やがて国が統一され、安定し、平和になったが、失われた文化は戻ってこなかった。
「よくご存知なんですね。私は知りませんでした。授業では習っていないと思うのですが」
学校での歴史学の授業を思い返した。国の歴史は学んだけれど、統一以前のことは、さらっとした内容だったと記憶していた。
スコットさんは「はい」と頷いた。
「授業では、アストラール国統一以降の歴史しか、ほとんど学びませんから。僕は歴史学の先生から本をお借りして知って、結婚式に興味があったんです。リアーナさんももしかして同じ本を読んだのかなと思ったのですが」
「私は読んでおりません。実家が凌雲館なんです。貴族社会に結婚式があることを知っていたからです」
「ご実家が凌雲館……そうでしたか。歴史好きに会えたと思ったのですが、違ったようですね」
実家が凌雲館。いい言い訳を思いついた。スコットさんは納得しているから、これからはこの手を使おう。
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「いえいえ。僕の方こそ早とちりですみませんでした。歴史好きと会えると嬉しくて、つい話し込んでしまう癖があって。アビーさんと仲良くなれたのも、彼女が歴史に興味を持って、僕の話を聞いてくれたからなんです」
歴史学が繋いだ縁だったのだと知らされる。
両家から結婚式の依頼があれば、二人が話したきっかけを訊ねようと思っていた。
どんな結婚式にしようか。これから両家とたくさん話をして考えることになる。
ご依頼をお待ちしております、とスコットさんに告げ、別れた。
店内に戻ったスコットさんは、さっきの席に向かう。
カーラさんと話し込んでいたアビーさんが顔を上げ、かわいらしい笑顔でスコットさんを迎えた。
次回⇒26.思いがけないお誘い
テーブルにぽたっと雫が零れた。
「ごめん……なさい。私の勝手な思い込みで、二人を悲しませて。ごめんなさい」
カーラが認めた。異議申し立てをしたのは自分だと。謝罪の言葉を口にした上で、ようやく経緯を話してくれた。
「役所でたまたまスコット兄さんの名前を見つけて、びっくりして。母に聞いたらブレアム商会とのお見合いがきたって。母たちは大きな商会に入り婿だなんて、親族で一番出世したって喜んでいて。でも私は複雑で……。入り婿になったら、家から出ちゃうのにいいのかなって。悩んでたら、自分のお見合いが何回も失敗してることを思い出してつらくなって。最終日に入れてしまった。これで兄さんが断れない結婚をしなくてすんだって、良い事をしたように思って。でも、また掲示されて……。兄さんが可哀想になって、何度だって異議申し立てをして助けてあげようって思ってた。直接兄さんに訊けばよかったんだよね。こっそり良い事をしている気になって、実際はただの嫌がらせだった。本当にごめんなさい」
カーラさんははらはらと涙を流しながら、頭を下げた。
心から悔いているように見える謝罪に、アビーさんは優しく告げた。
「もう、異議申し立てはしないでくださいますか」
「はい。間違っていたのは私です。もうしないです」
頭を上げたカーラさんは、はっきりした口調で約束をした。
アビーさんとスコットさんが視線を交わし、ほっとしたように頬を緩ませる。
「カーラさん、もうひとつ誤解があるので、補足させてください」
私が言うと、三人の視線が私に向いた。
「スコットさんとアビーさんたちの結婚は、きっかけこそお見合いですが、互いを想い合っておられます。ですので、恋愛結婚といっていいと思いますよ」
カーラさんはぱっと顔を輝かせた。
「お見合いから恋愛に発展するんですね。すてきです」
アビーさんは恥ずかしそうに頬を朱に染める。
「想い合っている二人を引き裂くなんて、私は酷いことをしてしまいました。アビーさん、私は二人の結婚を心から祝福します」
「ありがとうございます。わかってくださって、嬉しいです」
テーブルの下で固く握りしめていた手を上げ、アビーさんとカーラは握り合う。
もう大丈夫そう。
私はそっと席を立つ。
「子供の頃の、スコットさんのお話を聞かせてくださいませんか」
「もちろん」
仲良くなりそうな二人の声を背中で聞きながら、私はお店を出た。
「リアーナさん」
呼び止められて振り返ると、スコットさんが追いかけて来ていた。
「子どもの頃の話を暴露されそうですけど、よろしいのですか」
「仲良くなってくれるなら、僕は喜んでこの身を捧げますよ」
スコットさんは爽やかな笑顔を見せた。
「今回のこと、ありがとうございました。僕たちだけでは、解決できなかったと思います」
そう言って深々と頭を下げる。
「いいえ。わかってもらえて、良かったですね」
本来なら両家で解決することで、他人の私が介入するのは筋が違うのかもしれない。けれど、お節介を焼きたくなるほど、スコットさんとアビーさんが清々しくて、微笑ましかった。
「どうぞお幸せに」
「ありがとうございます。結婚式のことですが、僕はしたいと思っています。アビーさんも同じ気持ちです。正式なご依頼は、後日、両家で相談をしてからになりますが、引き受けてくださいますか」
「ええ。もちろんです。正式にお申込みいただけたら、打ち合せに伺います」
お客様第1号の約束がいただけて、嬉しくなる。
「よろしくお願いいたします。あの、リアーナさんは、どうして結婚式をご存知なんですか」
「え?」
思ってもなかった方向からの質問。動揺して言葉が出てこない。
まさか別の世界の、前世の記憶があるなんて、言えない。
私の返事の前に、スコットさんが話した。それで質問の意図を理解した。
アストラール国が統一される以前、この辺りの村々では、結婚式を盛大に上げる文化があった。村を上げて、祭りのように。
結婚式がなくなったのは、度重なる飢饉や戦争で生きることが難しくなり、結婚がお祝いではなくなったから。
権力や財力のある家に嫁がせて、家族を養う時期が続く。結婚が口減らしのような扱いになっていた。
やがて国が統一され、安定し、平和になったが、失われた文化は戻ってこなかった。
「よくご存知なんですね。私は知りませんでした。授業では習っていないと思うのですが」
学校での歴史学の授業を思い返した。国の歴史は学んだけれど、統一以前のことは、さらっとした内容だったと記憶していた。
スコットさんは「はい」と頷いた。
「授業では、アストラール国統一以降の歴史しか、ほとんど学びませんから。僕は歴史学の先生から本をお借りして知って、結婚式に興味があったんです。リアーナさんももしかして同じ本を読んだのかなと思ったのですが」
「私は読んでおりません。実家が凌雲館なんです。貴族社会に結婚式があることを知っていたからです」
「ご実家が凌雲館……そうでしたか。歴史好きに会えたと思ったのですが、違ったようですね」
実家が凌雲館。いい言い訳を思いついた。スコットさんは納得しているから、これからはこの手を使おう。
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「いえいえ。僕の方こそ早とちりですみませんでした。歴史好きと会えると嬉しくて、つい話し込んでしまう癖があって。アビーさんと仲良くなれたのも、彼女が歴史に興味を持って、僕の話を聞いてくれたからなんです」
歴史学が繋いだ縁だったのだと知らされる。
両家から結婚式の依頼があれば、二人が話したきっかけを訊ねようと思っていた。
どんな結婚式にしようか。これから両家とたくさん話をして考えることになる。
ご依頼をお待ちしております、とスコットさんに告げ、別れた。
店内に戻ったスコットさんは、さっきの席に向かう。
カーラさんと話し込んでいたアビーさんが顔を上げ、かわいらしい笑顔でスコットさんを迎えた。
次回⇒26.思いがけないお誘い
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