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26.思いがけないお誘い
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二日後、ブレアム家とオーデン家から正式に結婚式のご依頼があった。
両家と新郎新婦の希望を聞き取ってからプランを考えたいと、手紙を持ってきてくれたブレアム家の使用人に待ってもらい、返事を書く。
ご依頼いただいたお礼と日程を合わせたい旨を書き、使用人に預けた。
どんな結婚式がいいかしら。
ブレアム家で食事会をすることになるだろうから、馬車でスコットさんを迎えに行き、着飾った花嫁と対面して――。
アビーさんは何色が似合うかしら。淡い緑の髪に映える色。スコットさんの髪と瞳の色に合わせて、ブラウンのドレスなんてどうかしら。大人っぽくなりそうだけど、アビーさんに似合う気がする。
デスクで思い巡らしていると、扉が開き、「こんにちは」とお客様がみえた。
「メアリーさん!」
事務所の場所は手紙で知らせていたけれど、来店するとは思ってなかった。
どうぞと打ち合せ用のテーブルに招いて、向かい合わせで腰を下ろす。
「会社の設立と店舗の開店おめでとうございます、こちら、主からのお祝いでございます。どうぞ、お受け取りくださいませ」
メアリーさんがテーブルに置いたのは、籠いっぱいの花々。淡いピンク、濃い紫、白の大きさの違う花びらの間を、濃い緑色の葉が茂っている。
依頼した絵がまだ仕上がらず殺風景だった店内が、華やかに彩られた。
「お気遣いくださって、ありがとうございます。とてもステキです」
「お気に召していただけて、良かったです」
メアリーさんはいつものとおりの素っ気ないと思える固い口調だけど、微かに口角が上がっていた。
「その後、事業の方はいかがですか?」
「結婚式をご存知ない方が多いですから、なかなか難しいです。十軒営業に行って、やっと一組からご依頼をいただきました。でも、従業員が私一人ですし、立ち上げたばかりですから、焦らずゆっくり向き合おうと思っています」
メアリーさんがゆっくりと頷いた。
「ご依頼をなさった方々は、どういった方ですか?」
興味を持ってくれたのか、アビーさんとスコットさんに起きた話を、かいつまんでメアリーさんに話した。
「お一人お一人に向き合っておられるのですね」
「お節介かもしれませんけど、私でできることならなんとかしてさしあげたいなと思ったのです。営業の一環といえばそうなのですけど、だめでも構わないとも思っていました」
「下心の見えない親身さが信頼を勝ち取ったのだと思います」
「そんな……」
メアリーさんに真剣な目で褒められて、なんだかちょっと恥ずかしい。
「一度、機会があればリアーナ様のお考えになった結婚式を見てみたいものです」
「メアリーさんは、貴族の結婚式をご存知なのですよね?」
「はい。数えるほどですが」
「私は貴族の結婚式を存じ上げません。とてもきらびやかなのでしょうね」
理子がテレビで目にしたロイヤルウェディングを思い出す。
純白のウェディングドレス姿の花嫁。
沿道に国民が集まり、王女となる花嫁を祝福する。
教会ではパイプオルガンが鳴り響き、厳かに式が始まる。
代々受け継がれきた格式高い結婚式に、はあーと溜め息が零れ、画面に見入った。
「貴族の結婚式、機会はないでしょうけれど、一度目にしてみたいものです」
「リアーナ様の結婚式に興味を示される貴族が、依頼に来るかもしれませんよ」
「ええ? そんなまさか……」
メアリーさんでも社交辞令を言うのだな、と笑いながら彼女を見ると、顔が真剣だった。
「まさか本気で仰いました?」
恐る恐る訊ねると、「社交辞令は苦手なのです」と言われた。
「ありえないですよ。私が貴族の出だったから可能性はあるでしょうけれど。平民が貴族の結婚式を考えられるわけがありません。恐れ多いです」
「貴族の中には、変わったことがお好きな方もおります。しきたりにこだわる方がいれば、新しいことがお好きな方もいます。想定しておいても、よろしいかもしれません」
なぜだろう。メアリーさんが言うと、そういう未来があるかもと思えてくる。
貴族が平民に、大切な結婚式を任せることなど、ありはしないのに。
「今はまだ立ち上げたばかりですから、そのような大きな未来を描くのは難しいですけれど、それくらい大きい会社に成長できるように、誠実に向き合っていきたいと思います」
あまりに壮大すぎて、そうですねと簡単には頷けない。
夢は大きい方がいいのかもしれないけれど、大きすぎて手が届かない、と無駄に焦ってしまってもいけない。
地に足をつけて進むのが、私らしいと思う。生真面目だと言われても。
メアリーさんは、それ以上何も言わなかった。
「長居をいたしまして、申し訳ございません。本日の要件はお祝いの花だけではなくて、こちらを主から預かって参りました」
とエプロンのポケットから手紙を取り出し、テーブルに置いた。
「失礼いたします」
手に取り、宛名を見る。私の名前が流れるような美しい筆致で書かれている。
裏を向けると、フランツ様の署名がされていた。
しっかりと糊で封がされていたため、机の引き出しに入っているペーパーナイフを取りに行き、その場で開封してから、テーブルに戻った。
便箋を取り出し、目を通す。
季節の挨拶に始まり、体調を伺い、会社の設立へのお祝いの言葉、それから――
「あの、食事のお誘い、ですか?」
驚いて声が上ずった。
「先ほど申し上げたように、主はリアーナ様の結婚式に興味を持っておられます。お話を伺いたいそうです」
メアリーさんは内容を知っていたのだろう、動揺している私を冷静に見つめている。
お断わりなどできるわけがないので、慌てても仕方がないのだけれど。
とはいえよ。とはいえ、貴族が平民と食事を共にするなんて、ありえないのだから、動揺しますよ、普通。
私は深呼吸を繰り返して、返事ができる程度にはなんとか心を落ち着ける。
「承知いたしました。お日にちはフランツ様にお任せ致します」
「では、後日、またご連絡をいたします」
メアリーさんが帰っても、私の動悸はしばらく治まらなかった。
次回⇒27.食事への招待
両家と新郎新婦の希望を聞き取ってからプランを考えたいと、手紙を持ってきてくれたブレアム家の使用人に待ってもらい、返事を書く。
ご依頼いただいたお礼と日程を合わせたい旨を書き、使用人に預けた。
どんな結婚式がいいかしら。
ブレアム家で食事会をすることになるだろうから、馬車でスコットさんを迎えに行き、着飾った花嫁と対面して――。
アビーさんは何色が似合うかしら。淡い緑の髪に映える色。スコットさんの髪と瞳の色に合わせて、ブラウンのドレスなんてどうかしら。大人っぽくなりそうだけど、アビーさんに似合う気がする。
デスクで思い巡らしていると、扉が開き、「こんにちは」とお客様がみえた。
「メアリーさん!」
事務所の場所は手紙で知らせていたけれど、来店するとは思ってなかった。
どうぞと打ち合せ用のテーブルに招いて、向かい合わせで腰を下ろす。
「会社の設立と店舗の開店おめでとうございます、こちら、主からのお祝いでございます。どうぞ、お受け取りくださいませ」
メアリーさんがテーブルに置いたのは、籠いっぱいの花々。淡いピンク、濃い紫、白の大きさの違う花びらの間を、濃い緑色の葉が茂っている。
依頼した絵がまだ仕上がらず殺風景だった店内が、華やかに彩られた。
「お気遣いくださって、ありがとうございます。とてもステキです」
「お気に召していただけて、良かったです」
メアリーさんはいつものとおりの素っ気ないと思える固い口調だけど、微かに口角が上がっていた。
「その後、事業の方はいかがですか?」
「結婚式をご存知ない方が多いですから、なかなか難しいです。十軒営業に行って、やっと一組からご依頼をいただきました。でも、従業員が私一人ですし、立ち上げたばかりですから、焦らずゆっくり向き合おうと思っています」
メアリーさんがゆっくりと頷いた。
「ご依頼をなさった方々は、どういった方ですか?」
興味を持ってくれたのか、アビーさんとスコットさんに起きた話を、かいつまんでメアリーさんに話した。
「お一人お一人に向き合っておられるのですね」
「お節介かもしれませんけど、私でできることならなんとかしてさしあげたいなと思ったのです。営業の一環といえばそうなのですけど、だめでも構わないとも思っていました」
「下心の見えない親身さが信頼を勝ち取ったのだと思います」
「そんな……」
メアリーさんに真剣な目で褒められて、なんだかちょっと恥ずかしい。
「一度、機会があればリアーナ様のお考えになった結婚式を見てみたいものです」
「メアリーさんは、貴族の結婚式をご存知なのですよね?」
「はい。数えるほどですが」
「私は貴族の結婚式を存じ上げません。とてもきらびやかなのでしょうね」
理子がテレビで目にしたロイヤルウェディングを思い出す。
純白のウェディングドレス姿の花嫁。
沿道に国民が集まり、王女となる花嫁を祝福する。
教会ではパイプオルガンが鳴り響き、厳かに式が始まる。
代々受け継がれきた格式高い結婚式に、はあーと溜め息が零れ、画面に見入った。
「貴族の結婚式、機会はないでしょうけれど、一度目にしてみたいものです」
「リアーナ様の結婚式に興味を示される貴族が、依頼に来るかもしれませんよ」
「ええ? そんなまさか……」
メアリーさんでも社交辞令を言うのだな、と笑いながら彼女を見ると、顔が真剣だった。
「まさか本気で仰いました?」
恐る恐る訊ねると、「社交辞令は苦手なのです」と言われた。
「ありえないですよ。私が貴族の出だったから可能性はあるでしょうけれど。平民が貴族の結婚式を考えられるわけがありません。恐れ多いです」
「貴族の中には、変わったことがお好きな方もおります。しきたりにこだわる方がいれば、新しいことがお好きな方もいます。想定しておいても、よろしいかもしれません」
なぜだろう。メアリーさんが言うと、そういう未来があるかもと思えてくる。
貴族が平民に、大切な結婚式を任せることなど、ありはしないのに。
「今はまだ立ち上げたばかりですから、そのような大きな未来を描くのは難しいですけれど、それくらい大きい会社に成長できるように、誠実に向き合っていきたいと思います」
あまりに壮大すぎて、そうですねと簡単には頷けない。
夢は大きい方がいいのかもしれないけれど、大きすぎて手が届かない、と無駄に焦ってしまってもいけない。
地に足をつけて進むのが、私らしいと思う。生真面目だと言われても。
メアリーさんは、それ以上何も言わなかった。
「長居をいたしまして、申し訳ございません。本日の要件はお祝いの花だけではなくて、こちらを主から預かって参りました」
とエプロンのポケットから手紙を取り出し、テーブルに置いた。
「失礼いたします」
手に取り、宛名を見る。私の名前が流れるような美しい筆致で書かれている。
裏を向けると、フランツ様の署名がされていた。
しっかりと糊で封がされていたため、机の引き出しに入っているペーパーナイフを取りに行き、その場で開封してから、テーブルに戻った。
便箋を取り出し、目を通す。
季節の挨拶に始まり、体調を伺い、会社の設立へのお祝いの言葉、それから――
「あの、食事のお誘い、ですか?」
驚いて声が上ずった。
「先ほど申し上げたように、主はリアーナ様の結婚式に興味を持っておられます。お話を伺いたいそうです」
メアリーさんは内容を知っていたのだろう、動揺している私を冷静に見つめている。
お断わりなどできるわけがないので、慌てても仕方がないのだけれど。
とはいえよ。とはいえ、貴族が平民と食事を共にするなんて、ありえないのだから、動揺しますよ、普通。
私は深呼吸を繰り返して、返事ができる程度にはなんとか心を落ち着ける。
「承知いたしました。お日にちはフランツ様にお任せ致します」
「では、後日、またご連絡をいたします」
メアリーさんが帰っても、私の動悸はしばらく治まらなかった。
次回⇒27.食事への招待
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