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第五話 櫻木陽美 ~出逢い~
ピアノ
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電車が到着したらしい、改札から人が出てきて左右に分かれていく。
一日に何度もその光景が繰り返される。
ほとんどの人が私に目もくれないが、今回は二人の少女がまっすぐ私に向かってきた。
後ろから四人の大人と男性に抱かれている幼稚園児ぐらいの男児がついてくる。
少女たちは手を繋いでとても仲が良さそうだ。一人は記憶にある少女。
つい三ヶ月ほど前にピアノを弾いていった柚羽さんだ。
「ユリちゃん、この間話したピアノだよ」
「これがお祖母ちゃんのピアノなんだ」
ユリさんが私のボディをいいこいいこをするように撫でる。
少女たちを見守るように背後に立った四人の大人たちにも見覚えがあった。
ほんの少しだけ老けてはいるが、大きくは変わっていない。六年前のままだ。
櫻木一馬氏と、結婚して峯村姓になった娘の璃子さん、娘婿の守さん、一馬氏の息子の真琴さん。
ということはユリさんと呼ばれた少女は、一馬氏の孫のユリさんだったのか。
彼女の記憶の中に、とても懐かしい人たちの姿を見た。
陽美さんがピアノを奏でる。休日の午後。
バーカウンターでは一馬氏がゆっくりとグラスを傾け、ピアノの音色に耳を傾ける。
隣には真琴さんと守さんが、黒革のカウチソファーには璃子さんと先月二歳を迎えたユリさんが座っている。
ユリさんは璃子さんの膝の上でじっとしてばあばを見ている。
両サイドの耳の上で束ねた髪を揺らし、ときおり璃子さんを振り返り、互いに微笑み合う。
守さんが地方に異動が決まり、近々引っ越しが決まった。
これまで月一回は帰省していた峯村一家が次に帰ってくるのがお正月になるため、今日が年内最後の家族が揃う時間となる。
一馬氏一家にとって陽美さんの演奏するピアノを聴く時間は、大切なコミュニケーションの時間でもある。
それは子供たちが社会人となり孫が生まれても、変わらず続いた。
守さんは今までクラシックやピアノに触れる機会はあまりなかったようだが、一家のこの時間を同じように大切にし、楽しんでいた。昼から一馬氏の酒造コレクションを戴けることも、守さんにとっては楽しみの一つでもあるだろう。バーカウンターの向かいの棚には、お酒のラベルが貼られた瓶が並んでいる。
サティのジムノペディ第一番を弾き終えた陽美さんが、「リクエストはないですか?」と訊ねた。
「あたし花嫁の歌が聴きたい」
「了解」
璃子さんのリクエストに応え、陽美さんが可愛らしいメロディを紡ぐ。
シューマンの歌曲集リスト編曲『ミルテの花Op.25-11 花嫁の歌1』。
陽美さんも大好きな曲だ。
陽美さんが初めての恋をした時には、彼への想いがたっぷりと込められた演奏をしたものだ。
子供ができてからは、家族への愛がプラスされた。それを感じ取っているのか、一家にとってもお気に入りの曲になり、璃子さんは特に気に入っていた。
璃子さんはユリさんを抱きしめて、優しい音色に身を委ねる。
一家の集いは年内最後でも、新年にはまた集まれる。
全員がそう信じていただろう。変わらない未来が続くものだと思っていただろう。
唐突に断たれるとは、陽美さんの心にもなかったし、きっと誰の心にもなかったはずだ。
この年の十二月、陽美さんはこの家から突如姿を消した。
一日に何度もその光景が繰り返される。
ほとんどの人が私に目もくれないが、今回は二人の少女がまっすぐ私に向かってきた。
後ろから四人の大人と男性に抱かれている幼稚園児ぐらいの男児がついてくる。
少女たちは手を繋いでとても仲が良さそうだ。一人は記憶にある少女。
つい三ヶ月ほど前にピアノを弾いていった柚羽さんだ。
「ユリちゃん、この間話したピアノだよ」
「これがお祖母ちゃんのピアノなんだ」
ユリさんが私のボディをいいこいいこをするように撫でる。
少女たちを見守るように背後に立った四人の大人たちにも見覚えがあった。
ほんの少しだけ老けてはいるが、大きくは変わっていない。六年前のままだ。
櫻木一馬氏と、結婚して峯村姓になった娘の璃子さん、娘婿の守さん、一馬氏の息子の真琴さん。
ということはユリさんと呼ばれた少女は、一馬氏の孫のユリさんだったのか。
彼女の記憶の中に、とても懐かしい人たちの姿を見た。
陽美さんがピアノを奏でる。休日の午後。
バーカウンターでは一馬氏がゆっくりとグラスを傾け、ピアノの音色に耳を傾ける。
隣には真琴さんと守さんが、黒革のカウチソファーには璃子さんと先月二歳を迎えたユリさんが座っている。
ユリさんは璃子さんの膝の上でじっとしてばあばを見ている。
両サイドの耳の上で束ねた髪を揺らし、ときおり璃子さんを振り返り、互いに微笑み合う。
守さんが地方に異動が決まり、近々引っ越しが決まった。
これまで月一回は帰省していた峯村一家が次に帰ってくるのがお正月になるため、今日が年内最後の家族が揃う時間となる。
一馬氏一家にとって陽美さんの演奏するピアノを聴く時間は、大切なコミュニケーションの時間でもある。
それは子供たちが社会人となり孫が生まれても、変わらず続いた。
守さんは今までクラシックやピアノに触れる機会はあまりなかったようだが、一家のこの時間を同じように大切にし、楽しんでいた。昼から一馬氏の酒造コレクションを戴けることも、守さんにとっては楽しみの一つでもあるだろう。バーカウンターの向かいの棚には、お酒のラベルが貼られた瓶が並んでいる。
サティのジムノペディ第一番を弾き終えた陽美さんが、「リクエストはないですか?」と訊ねた。
「あたし花嫁の歌が聴きたい」
「了解」
璃子さんのリクエストに応え、陽美さんが可愛らしいメロディを紡ぐ。
シューマンの歌曲集リスト編曲『ミルテの花Op.25-11 花嫁の歌1』。
陽美さんも大好きな曲だ。
陽美さんが初めての恋をした時には、彼への想いがたっぷりと込められた演奏をしたものだ。
子供ができてからは、家族への愛がプラスされた。それを感じ取っているのか、一家にとってもお気に入りの曲になり、璃子さんは特に気に入っていた。
璃子さんはユリさんを抱きしめて、優しい音色に身を委ねる。
一家の集いは年内最後でも、新年にはまた集まれる。
全員がそう信じていただろう。変わらない未来が続くものだと思っていただろう。
唐突に断たれるとは、陽美さんの心にもなかったし、きっと誰の心にもなかったはずだ。
この年の十二月、陽美さんはこの家から突如姿を消した。
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