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1章 幼稚園の先生
2.幼稚園のお仕事
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「まいセンセー、おはよーございます」
親御さんに連れられて、園指定のスモックを着た園児たちが次々と登園してくる。
「はーい。おはようございます」
どの子もにこにこ笑顔で、元気そう。子供たちの笑顔に、私も元気をもらっている。
「先生の言うことをちゃんと聞くのよ」
親御さんの注意が耳に入っているのかいないのか、子供たちはわーと園庭を駆け抜け、お友達のところに向かって行った。
「高梨先生、今日もよろしくお願いします」
「はい。お預かりいたします」
幼稚園に子供たちを預けると、親御さんたちはそそくさと背を見せて職場や家庭に向かう。朝はみんな忙しい。
そのとき、
「イーヤー!」
金切り声が大気を震わせた。
見送り中の保護者や園児たちが、びっくりしたように動きを止めて、声の主を見る。
「いきたくない! イヤ!」
イヤに合わせて足を踏み鳴らす男の子。
たまに親御さんと離れたくなくて、泣き出す子がいる。年少さんの松本晃大くんもそんな園児のひとりだった。
「コウちゃん、そんなこと言わないで」
「イヤ! イーヤ」
今度はひしっと母親にしがみつく。
大好きな母親にくっついている姿は微笑ましいけれど、他人事ではないので眺めているわけにはいかない。
「松本さん、おはようございます。晃大くん、体調いつもと変わりなかったですか」
「あ、先生。はい、特に変わりないと思いますが」
しがみついて離れようとしない息子に、母親が眉を寄せて困った顔を見せた。
晃大くんはお母さんが大好き。ときどき熱を出すので、離れたがらないのはわがままなのか、体調不良の前触れなのか。
今日は特に気をつけて見ておかないといけないな、と心にメモをする。
「今日は大切な会議があるので、休めないんです。コウちゃん、お仕事が終わったらすぐに迎えに来るから。ね」
お母さんは晃大くんを抱きしめ、説得する。
晃大くんはお母さんの首に手を回し、ぎゅっと抱き着きイヤイヤと首を振った。
「晃大くん。園で楽しみにしていること、あるかな?」
私が話しかけると、晃大くんは泣くのを止めた。しばらく考え、
「えほん、よんでもらう」
しゃくり上げながら、晃大くんは返事をしてくれた。
「そうだね。何の絵本にするか、晃大くん選んでくれるかな?」
「……うん」
お母さんが晃大くんを下ろす仕草をすると、素直に従い地面に足を下ろした。
私はお母さんと顔を見合わせて、よし、とうなずき合う。
「先生と一緒に行こうか?」
晃大くんと手をつないで門をくぐると、振り返って手を振った。
お母さんは安心した笑顔で手を振りながら、園から遠ざかって行った。
「さあ、行こうか」
名残惜しそうにお母さんを見送る晃大くんを促して、ひよこ組の教室に向かった。
靴箱で上靴と履き替えるのを見守り、一緒に教室に入る。
青、緑、黄、ピンク。園指定のスモックを着た子供たちが、思い思いの場所で過ごしている。
絵を描いている子、積み木で遊んでいる子、片っ端から絵本を出してはページを開いたまま別の本に手を出す子、お友達と追いかけっこをしている子たち。
晃大くんはまっしぐらに絵本の棚に走って行った。
教室を優しい空気で満たしていく自由な子供たちの姿に、思わず顔がほころぶ。
子供はかわいい。
もちろんかわいいだけでは仕事にならない。遊びを通して学んでもらうのが、私たち幼稚園教諭の仕事。
短大の教育実習でお世話になった箕輪幼稚園に就職して五年目。私は年少のひよこ組の担任をしている。
遊びながら集団生活における守るべきルールや生活に必要な習慣を教え、自主性・創造性・運動能力・情緒を育む。
子供たちは体調を崩しやすい。変化を見逃さないよう、また事故を防ぐために、目を光らせておかないといけない。
大変だけれど、子どもたちの笑顔をなによりのご褒美にして、頑張る毎日。
「時間ですよ。お片付けしましょう」
九時半になった。
二年後輩の副担任、藤白麻香先生と一緒に声をかけると、園児たちがわらわらと集まってくる。
まだ遊んでいる子に「後でいっぱい遊ぼうね」と声をかけてお片付けを手伝うと、一緒に片付けてくれる子が出てくる。素直でかわいい三歳児たち。
全員が黒板の前に座ると、朝の会の始まり。
「おはようございます」
と挨拶し合う。元気な声が返ってくる。
そして、一人ひとり名前を呼んで出席確認。今日はひよこ組二十五人全員出席。
「今日の予定は、絵本の時間、お外遊び、昼食、折り紙工作です。今の季節に咲く花アジサイを折ります。わかった人」
はーい、と元気な声と手が挙がった。
二十五人の園児たちは、落ち着いて耳を傾けてくれている。が、何かしらトラブルが起きるのも日常。
この後に大きなトラブルが起こるとは、このときの私はまったく思ってもいなかった。
次回⇒3.園児のトラブル
親御さんに連れられて、園指定のスモックを着た園児たちが次々と登園してくる。
「はーい。おはようございます」
どの子もにこにこ笑顔で、元気そう。子供たちの笑顔に、私も元気をもらっている。
「先生の言うことをちゃんと聞くのよ」
親御さんの注意が耳に入っているのかいないのか、子供たちはわーと園庭を駆け抜け、お友達のところに向かって行った。
「高梨先生、今日もよろしくお願いします」
「はい。お預かりいたします」
幼稚園に子供たちを預けると、親御さんたちはそそくさと背を見せて職場や家庭に向かう。朝はみんな忙しい。
そのとき、
「イーヤー!」
金切り声が大気を震わせた。
見送り中の保護者や園児たちが、びっくりしたように動きを止めて、声の主を見る。
「いきたくない! イヤ!」
イヤに合わせて足を踏み鳴らす男の子。
たまに親御さんと離れたくなくて、泣き出す子がいる。年少さんの松本晃大くんもそんな園児のひとりだった。
「コウちゃん、そんなこと言わないで」
「イヤ! イーヤ」
今度はひしっと母親にしがみつく。
大好きな母親にくっついている姿は微笑ましいけれど、他人事ではないので眺めているわけにはいかない。
「松本さん、おはようございます。晃大くん、体調いつもと変わりなかったですか」
「あ、先生。はい、特に変わりないと思いますが」
しがみついて離れようとしない息子に、母親が眉を寄せて困った顔を見せた。
晃大くんはお母さんが大好き。ときどき熱を出すので、離れたがらないのはわがままなのか、体調不良の前触れなのか。
今日は特に気をつけて見ておかないといけないな、と心にメモをする。
「今日は大切な会議があるので、休めないんです。コウちゃん、お仕事が終わったらすぐに迎えに来るから。ね」
お母さんは晃大くんを抱きしめ、説得する。
晃大くんはお母さんの首に手を回し、ぎゅっと抱き着きイヤイヤと首を振った。
「晃大くん。園で楽しみにしていること、あるかな?」
私が話しかけると、晃大くんは泣くのを止めた。しばらく考え、
「えほん、よんでもらう」
しゃくり上げながら、晃大くんは返事をしてくれた。
「そうだね。何の絵本にするか、晃大くん選んでくれるかな?」
「……うん」
お母さんが晃大くんを下ろす仕草をすると、素直に従い地面に足を下ろした。
私はお母さんと顔を見合わせて、よし、とうなずき合う。
「先生と一緒に行こうか?」
晃大くんと手をつないで門をくぐると、振り返って手を振った。
お母さんは安心した笑顔で手を振りながら、園から遠ざかって行った。
「さあ、行こうか」
名残惜しそうにお母さんを見送る晃大くんを促して、ひよこ組の教室に向かった。
靴箱で上靴と履き替えるのを見守り、一緒に教室に入る。
青、緑、黄、ピンク。園指定のスモックを着た子供たちが、思い思いの場所で過ごしている。
絵を描いている子、積み木で遊んでいる子、片っ端から絵本を出してはページを開いたまま別の本に手を出す子、お友達と追いかけっこをしている子たち。
晃大くんはまっしぐらに絵本の棚に走って行った。
教室を優しい空気で満たしていく自由な子供たちの姿に、思わず顔がほころぶ。
子供はかわいい。
もちろんかわいいだけでは仕事にならない。遊びを通して学んでもらうのが、私たち幼稚園教諭の仕事。
短大の教育実習でお世話になった箕輪幼稚園に就職して五年目。私は年少のひよこ組の担任をしている。
遊びながら集団生活における守るべきルールや生活に必要な習慣を教え、自主性・創造性・運動能力・情緒を育む。
子供たちは体調を崩しやすい。変化を見逃さないよう、また事故を防ぐために、目を光らせておかないといけない。
大変だけれど、子どもたちの笑顔をなによりのご褒美にして、頑張る毎日。
「時間ですよ。お片付けしましょう」
九時半になった。
二年後輩の副担任、藤白麻香先生と一緒に声をかけると、園児たちがわらわらと集まってくる。
まだ遊んでいる子に「後でいっぱい遊ぼうね」と声をかけてお片付けを手伝うと、一緒に片付けてくれる子が出てくる。素直でかわいい三歳児たち。
全員が黒板の前に座ると、朝の会の始まり。
「おはようございます」
と挨拶し合う。元気な声が返ってくる。
そして、一人ひとり名前を呼んで出席確認。今日はひよこ組二十五人全員出席。
「今日の予定は、絵本の時間、お外遊び、昼食、折り紙工作です。今の季節に咲く花アジサイを折ります。わかった人」
はーい、と元気な声と手が挙がった。
二十五人の園児たちは、落ち着いて耳を傾けてくれている。が、何かしらトラブルが起きるのも日常。
この後に大きなトラブルが起こるとは、このときの私はまったく思ってもいなかった。
次回⇒3.園児のトラブル
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