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1章 幼稚園の先生
3.園児のトラブル
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園児同士のトラブルは、お外遊びの時間に起きた。
砂で山を作っていた佑斗くん。そこにやってきた律くんが、山を踏みつけて崩したらしい。
怒った佑斗くんが砂をつかみ、律くんにかけた。
律くんも砂をかけて対抗し、そのうち手が出た。
この時、砂場と反対の場所で起きたトラブルで、私も麻香先生も全体を見ていることができなかった。
女の子の悲鳴が聞こえて事態に気がついた私が二人の間に入り、仲裁したわけだけど。爪が当たったのか、お互いの頬や腕にひっかき傷ができていた。
二人を職員室に連れて行き、端と端に離れて座ってもらう。
私は律くんを、麻香先生に佑斗くんをお願いした。
二十三人の園児たちは、補助教諭の沢井明美先生と主任教諭の星田千恵先生に引き継いだ。
律くんの頬には、斜めに二本の擦り傷ができていた。
傷は浅く、出血はほとんどない。けれど砂を触った手だったこともあり、水で洗い流してきている。
洗い流すとき、水がしみるようなこともなく、律くんは痛がらなかった。
箕輪幼稚園には看護師や養護教員はいない。でも私たち幼稚園教諭は消毒や手当の勉強をしている。応急処置だけで医療行為はできないけれど。
「傷は痛くない」
「大丈夫」
律くんは小さい体をしゃんと伸ばし、しっかり受け答えしてくれた。
「佑斗くんが作っていたお山を崩したのが、律くんで間違いない?」
「僕がやった」
私の顔から目を逸らすことなく、自分がやったと認めた。
「どうしてか、お話しできる?」
律くんを責めるような口調にならないように、私は優しく訊ねる。
「佑斗が悪いんだ」
おや? と思う。やったことは認めた。だけど相手のせいにした。どうしてだろう。
「佑斗くんに、何かされたのかな?」
私の質問に、律くんは唇をぎゅっと固くして、視線を落とした。
深刻な何かが二人の間にあったんだ。
察した私は、言葉を飲み込んで、静かに待った。
やがて、律くんはぽつりと話し始めた。
「土曜日、もみじ公園に行ったんだ」
「うん」
「買ってもらったスコップ使いたくて。パパに連れて行ってもらった」
「どんなスコップを買ってもらったの?」
「青色で、土がたくさんすくえるんだ」
「そうなんだね。新しいスコップ、嬉しいね」
「うん!」
買ってもらったときを思い出したのか、律くんは目を輝かせて笑顔を咲かせた。
けれど、その笑顔は一瞬でしぼんだ。
また視線が落ちる。
「土曜日、何があったの?」
「お水をもらいにパパのところに行ったんだ。戻ってきたら、スコップがなくなってて」
「まあ、大変。びっくりしたでしょう?」
唇を噛み、悲しそうな表情を見せた律くん。
「買ってもらったところなのにどうしようって。近くで遊んでた子に聞いたら、指さして教えてくれた。あの子が持って行ったって」
「それが佑斗くんだったの?」
悲しみの表情から一転、目に力が込められて頷く。
「僕のだから返せって言った。そしたら『ほんとにお前のか?』って言い返されて」
「返してもらえなかったの?」
「返してくれたけど……」
目を伏せた。
ゆっくりと聞き出すと、こういうことだった。
佑斗くんのお父さんが来て、『借りただけだ、泥棒呼ばわりするのか!』と怒られたのだと。
「黙って持って行くのは、泥棒だよね」
すがるような目を向けられる。
「……」
律くんは間違ってはいない。許可を得ず、持ち主が離れた際に黙って持って行けば、警察を呼ばれてもおかしくない。
けれど、その時の状況を見ていたわけではない私は、うかつには頷けなかった。
佑斗くんは忘れ物だと認識したのかもしれないし。
難しい問題だ。
私は律くんの味方をするわけにはいかず、考え込んだ。
反対側の端に顔を向けると、麻香先生もこちらを見ていた。
「律くん、ここで待っていてね。麻香先生とお話してくるからね」
そう伝えて、律くんの前から離れた。
「佑斗くんは何て言ってるの?」
職員室の真ん中で、麻香先生と小声で話をする。
「突然、律くんがやってきて壊されたって。トンネルを掘ろうと思っていたのにって怒っています」
「土曜日、もみじ公園でもトラブルがあったみたい。佑斗くん、言ってなかった?」
「いえ。何も言ってなかったです。もみじ公園って、園から少し行ったところにある大きな公園ですよね」
もみじ公園はここ箕輪幼稚園から徒歩で三十分ほどの場所にある。
アスレチックなどの少し大きな子供向けエリア、砂場やすべり台などの幼児向け遊具のエリア、遊歩道やドッグランなどがあり、一番人気は小高い丘を利用した長いすべり台。
休日には駐車場にたくさんの車が停まっている。
私の住む賃貸マンションが近くにあるので、気分転換に散歩に行くこともあった。
「園で揉めてる二人がそんな大きなところで会うなんて、すごい縁ですね。悪いほうの」
「そんな言い方しちゃだめよ」
麻香先生は遠慮のない言い方をするときがある。園児の前では気をつけているけれど、私たちの前では素が出る。
私が軽くたしなめると、「すみません」と肩をすくめた。
悪気がないのはわかっているから、それ以上は言わない。
よりによって合わない二人が会ってしまうなんて、という麻香先生の言うことも、わからないこともないし。
「佑斗くんからも、話を聞いてみるね。律くんをお願いしていい?」
「もちろんです」
私は向こうで唇を尖らせて、ぶすっと頬を膨らませている佑斗君に向かって行った。
次回⇒4.幼稚園の先生として
砂で山を作っていた佑斗くん。そこにやってきた律くんが、山を踏みつけて崩したらしい。
怒った佑斗くんが砂をつかみ、律くんにかけた。
律くんも砂をかけて対抗し、そのうち手が出た。
この時、砂場と反対の場所で起きたトラブルで、私も麻香先生も全体を見ていることができなかった。
女の子の悲鳴が聞こえて事態に気がついた私が二人の間に入り、仲裁したわけだけど。爪が当たったのか、お互いの頬や腕にひっかき傷ができていた。
二人を職員室に連れて行き、端と端に離れて座ってもらう。
私は律くんを、麻香先生に佑斗くんをお願いした。
二十三人の園児たちは、補助教諭の沢井明美先生と主任教諭の星田千恵先生に引き継いだ。
律くんの頬には、斜めに二本の擦り傷ができていた。
傷は浅く、出血はほとんどない。けれど砂を触った手だったこともあり、水で洗い流してきている。
洗い流すとき、水がしみるようなこともなく、律くんは痛がらなかった。
箕輪幼稚園には看護師や養護教員はいない。でも私たち幼稚園教諭は消毒や手当の勉強をしている。応急処置だけで医療行為はできないけれど。
「傷は痛くない」
「大丈夫」
律くんは小さい体をしゃんと伸ばし、しっかり受け答えしてくれた。
「佑斗くんが作っていたお山を崩したのが、律くんで間違いない?」
「僕がやった」
私の顔から目を逸らすことなく、自分がやったと認めた。
「どうしてか、お話しできる?」
律くんを責めるような口調にならないように、私は優しく訊ねる。
「佑斗が悪いんだ」
おや? と思う。やったことは認めた。だけど相手のせいにした。どうしてだろう。
「佑斗くんに、何かされたのかな?」
私の質問に、律くんは唇をぎゅっと固くして、視線を落とした。
深刻な何かが二人の間にあったんだ。
察した私は、言葉を飲み込んで、静かに待った。
やがて、律くんはぽつりと話し始めた。
「土曜日、もみじ公園に行ったんだ」
「うん」
「買ってもらったスコップ使いたくて。パパに連れて行ってもらった」
「どんなスコップを買ってもらったの?」
「青色で、土がたくさんすくえるんだ」
「そうなんだね。新しいスコップ、嬉しいね」
「うん!」
買ってもらったときを思い出したのか、律くんは目を輝かせて笑顔を咲かせた。
けれど、その笑顔は一瞬でしぼんだ。
また視線が落ちる。
「土曜日、何があったの?」
「お水をもらいにパパのところに行ったんだ。戻ってきたら、スコップがなくなってて」
「まあ、大変。びっくりしたでしょう?」
唇を噛み、悲しそうな表情を見せた律くん。
「買ってもらったところなのにどうしようって。近くで遊んでた子に聞いたら、指さして教えてくれた。あの子が持って行ったって」
「それが佑斗くんだったの?」
悲しみの表情から一転、目に力が込められて頷く。
「僕のだから返せって言った。そしたら『ほんとにお前のか?』って言い返されて」
「返してもらえなかったの?」
「返してくれたけど……」
目を伏せた。
ゆっくりと聞き出すと、こういうことだった。
佑斗くんのお父さんが来て、『借りただけだ、泥棒呼ばわりするのか!』と怒られたのだと。
「黙って持って行くのは、泥棒だよね」
すがるような目を向けられる。
「……」
律くんは間違ってはいない。許可を得ず、持ち主が離れた際に黙って持って行けば、警察を呼ばれてもおかしくない。
けれど、その時の状況を見ていたわけではない私は、うかつには頷けなかった。
佑斗くんは忘れ物だと認識したのかもしれないし。
難しい問題だ。
私は律くんの味方をするわけにはいかず、考え込んだ。
反対側の端に顔を向けると、麻香先生もこちらを見ていた。
「律くん、ここで待っていてね。麻香先生とお話してくるからね」
そう伝えて、律くんの前から離れた。
「佑斗くんは何て言ってるの?」
職員室の真ん中で、麻香先生と小声で話をする。
「突然、律くんがやってきて壊されたって。トンネルを掘ろうと思っていたのにって怒っています」
「土曜日、もみじ公園でもトラブルがあったみたい。佑斗くん、言ってなかった?」
「いえ。何も言ってなかったです。もみじ公園って、園から少し行ったところにある大きな公園ですよね」
もみじ公園はここ箕輪幼稚園から徒歩で三十分ほどの場所にある。
アスレチックなどの少し大きな子供向けエリア、砂場やすべり台などの幼児向け遊具のエリア、遊歩道やドッグランなどがあり、一番人気は小高い丘を利用した長いすべり台。
休日には駐車場にたくさんの車が停まっている。
私の住む賃貸マンションが近くにあるので、気分転換に散歩に行くこともあった。
「園で揉めてる二人がそんな大きなところで会うなんて、すごい縁ですね。悪いほうの」
「そんな言い方しちゃだめよ」
麻香先生は遠慮のない言い方をするときがある。園児の前では気をつけているけれど、私たちの前では素が出る。
私が軽くたしなめると、「すみません」と肩をすくめた。
悪気がないのはわかっているから、それ以上は言わない。
よりによって合わない二人が会ってしまうなんて、という麻香先生の言うことも、わからないこともないし。
「佑斗くんからも、話を聞いてみるね。律くんをお願いしていい?」
「もちろんです」
私は向こうで唇を尖らせて、ぶすっと頬を膨らませている佑斗君に向かって行った。
次回⇒4.幼稚園の先生として
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