前略、お祖母ちゃん ~ええ?! 文通相手はもふもふたち? 私を癒す25通の絵ハガキ~

衿乃 光希

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1章 幼稚園の先生

4.幼稚園の先生として

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「佑斗くん、ケガはどう? 痛くない?」
 隣に座ると、佑斗くんは不機嫌なまま「平気」と答えた。
 佑斗くんのケガは、腕に薄く爪の跡。
 律くんの方が背が低いから、腕までしか届かなかったのだろう。

「ね、佑斗くん。土曜日、もみじ公園に行ったんだってね」
「行ったよ」

 ふくれっ面が少し柔らかくなり、優しい目になった。楽しい思い出が残っているのかな。
 そこに水を差すことになりそうだ、と申し訳ない感情が浮かんだ。

「律くんと会ったよね」
「え? ああ。いた。そうだ!」

 佑斗くんが突然大きな声を出した。私の肩がびくっと震える。

「あいつ、オレのことドロボーって言ったんだぜ!」
 佑斗くんは鼻の穴をふくらませて、怒りをあらわにした。

「ひどくね。オレ、ドロボーじゃねえよ」
 興奮した佑斗くんの声は、職員室内に響き渡る。

 律くんを見ると、思ったとおりこっちに顔を向けていた。睨みつけるように、鋭い目つきをして、立ち上がる。

「あのスコップは僕のだ」
「置いてたから、持ってきたんだよ」
「置いてたからって、勝手に持って行くな」
「置きっぱなしにしてるおまえが悪い」
「すぐに戻った」

 ケガの応急処置をしながらクールダウンさせたつもりだったけど、再び燃え上がらせてしまった。別々の部屋で聞き取りをしたほうが良かったかもしれない。
 これは私の失敗だ。これ以上ケンカをさせるわけにはいかない。

「そっか。つらかったね」
 佑斗くんの手を握って、佑斗くんの注意を私に向けさせた。
 麻香先生も同じようにしているはず。

「泥棒をしようと思ったんじゃないのに、間違われて悲しかったね」
 佑斗くんの顔が私に向いた。目にはまだ怒りの色が残っている。

「大丈夫だよ。先生は、佑斗くんが泥棒をする子じゃないって、知ってるから」
 ゆっくりと言葉を紡ぐ。一語一語、区切りながら、言葉が佑斗くんに届くのを待つ。

 佑斗くんの肩が下がっていく。
 目に宿っていた怒りの炎も、徐々にしぼんでいった。

「ねえ、佑斗くん。どうして持って行っちゃったのか、お話しできる?」
 三歳児に行動の言語化は無理かもしれない。そう思いながらも、尋ねてみた。

「きれいな色だったから」
「きれいな色だったんだね」
「忘れ物なら、もらっちゃおうって」

 律くんが聞き耳を立てていた。
「ほらやっぱり!」
 と上げた声を、麻香先生が名前を呼んで止めてくれる。

「律くんが、佑斗くんのお父さんに怒られちゃったんだってね」
「ドロボーなんて言うからだよ。あいつのせいで、オレも怒られたし」

 また頬を膨らせる。

「佑斗くんも叱られたの?」
「そうだよ。バレないようにしろって」

「え?」
 思わず、眉が寄る。
 バレないようにしろ?
 借りるなら許可を得るように。とか人様の物を持って行ったらダメだ。じゃなくて、バレるな?

「頭叩かれてさ。痛くなかったけど」
 佑斗くんは反省していない。土曜日の出来事がきっかけで起きたトラブルだとわかっていないのだろう。私に言われるまで忘れていたんだし。

「あのね、佑斗くん。そこにおいてあるからって、勝手に持っていっちゃダメなの。もし、佑斗くんが忘れ物を警察や持ち主に届けようと思ったのなら、持って行ってもいいけれど、それ以外の理由ならダメなの。わかるかな」

 佑斗くんは私を見て、きょとんとしている。

「佑斗くんは、持ち主に返したいって思った?」

 少し考えた佑斗くんは、ううんと首を横に振った。
 これは、泥棒と言われても仕方がない。

「ドロボーって、持ってる人から取ったらドロボーだろ。テレビで見た」

 そういう認識か、と腑に落ちた。
 ひったくりの映像でも見たのだろう。ひったくられた人が泥棒と叫ぶ。それが泥棒という行為なのだと覚えた。
 間違ってはいないけど、それは全体の中の一つに過ぎないわけで。

「泥棒っていうのは、それだけじゃないの。落ちている物を拾う。家やかばんの中から勝手に持ち出す。これも泥棒っていうの。わかるかな?」

 噛んで含めるように説明をしたけれど、伝わっているだろうか。
 佑斗くんは、黙って私の顔を見つめてくる。
 やがて、ぽつりと言った。

「置いてあったから拾った。オレ、ドロボーしたの?」
 確認するように、ゆっくりと。三歳児にしては大きな体が、少しずつ小さくなっていく。

「悪いことしたから、ケームショに入るの?」
 悪いことをしたら、刑務所に入る。そこまでわかっているのに、泥棒の定義は狭い範囲だった。

 家族に教えてもらわなかったのかもしれない。どんな家族であっても、してはいけないことの一つとして教えると思い込んでいた。

「やっちゃいけないことをしたら、何をするのか、佑斗くんはわかるかな」
 謝ろう、と私が勧めるのは簡単。だけど形だけになってしまうかもしれない。
 わからなければ教えるけれど、まずは佑斗くんの中から出てくる気持ちを知りたいと思った。

「……ごめんなさい、する」
「うん」

 ほっとして、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 いけないことをしたら謝る。佑斗くんはちゃんとわかっていた。


 次回⇒5. 保護者への連絡
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