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1章 幼稚園の先生
5. 保護者への連絡
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イスからすとんと降りた佑斗くんは、律くんに体を向けて、ゆっくりと歩いて行く。
後ろからついていく私に、佑斗くんの表情はわからない。けれど、握った拳がかすかにふるえているのが見えている。
佑斗くんの行動に気がついた律くんが立ち上がった。背後にいる麻香先生も、表情が硬い。
心配そうにしている二人に私は微笑みかけた。大丈夫だと、伝わるといいんだけど。
一メートル間を空けて佑斗くんが立ち止まった。そわそわと落ち着きがなく、手が揺れている。
律くんはやや硬い表情で佑斗くんを見つめていた。
やがて、佑斗くんはゆっくりと頭を下げた。
「勝手に持って行ってごめんなさい」
いつもの横暴な言い方とうってかわって、しおらしい声。心からの気持ちが言葉と態度に滲んでいた。
けれど、私たちだけに伝わっても仕方がない。当人である律くんに伝わらなければ意味がない。
謝罪を受け入れるかは、律くん次第。
律くんの言動で、私たちの次の言葉が決まる。
私と麻香先生は、固唾を呑んで見守った。
「わかった。もういいよ。僕もごめんなさい」
頭を下げ続ける佑斗くんに、律くんはそっと言った。怒りの色はもう見えなかった。
佑斗くんが曲げていた腰を上げた。
二人は視線を交わした。
けれど、きまずそうに目をそらす。
これからは仲良くしてくれるといいな。そう願いながら、二人を教室に連れていった。
昼食の時間になっていた。カレーの香りと、園児たちが食器を使う音がしている。
「給食食べようね」
声をかけると、二人は嬉しそうに顔をほころばせて、席に走って行った。
後を麻香先生に任せて、私は園長室に向かった。午後から出掛ける予定になっている園長に園児のケガの報告をし、これから親御さんに連絡をする旨を伝えて職員室に戻った。
園児にケガをさせてしまったのは、担任である私の責任。親御さんにちゃんとお伝えしないといけない。
引き出しの鍵を開けて、クラスの連絡先をまとめたファイルを取り出す。橋爪さんのページを探した。
デスクの上の受話器を取る前に、深く深呼吸した。いろいろな親御さんがいるから、少し緊張していた。
緊急連絡先である携帯番号をプッシュして、コール音を聞く。
十コールほどで出てくれたお母さんに、まずはケガをさせてしまったことを謝罪した。
「ケガですか?!」
お母さんは緊迫感のある声を出した。
かすり傷だが、頬であることと、砂場だったことを説明し、応急処置をしたと伝えると、
「男の子ですから、軽いケガなら仕方がないですね」
と冷静に聞いてくれた。
ケンカ相手の名前は出さず、ケンカになった経緯を説明する。
「相手のお子さんは大丈夫ですか?」
と気にかけ、ケンカ相手の園児とも、謝罪して和解している旨を伝えた。
律くんは預かり保育のため、お迎えは十七時ごろ。
お迎えの時間を早められるか伺うと、仕事中のためすぐには手が離せないと返答があった。
熱が出たり、ケガが悪化する気配がなければ、いつもの時間までお願いします、とのことだった。
橋爪さんとの連絡を終えると、引き続き峯山さんの自宅の番号をプッシュした。
電話に出たお母さんに、同じように説明をする。
「え! 佑斗がケガを!? どうしよう? 血は、出ているんですか!?」
お母さんは動揺を露わにした。
かすり傷で出血はなく、消毒のため洗い流した旨を伝える。
それでもお母さんの動揺は収まらず、どうしようと呟いている。
「念のため、病院に行かれますか?」
「そ、そうですね。病院、病院に連れて行きます」
プツンと電話が切れた。
住所を確認する。時間はそんなにかからない場所に住んでいた。
私はすぐに教室に向かった。
まだカレーを食べている佑斗くんに、お母さんが迎えに来ることを伝える。
「え、母ちゃん来るの?」
佑斗くんは目を丸くし、びっくりしていた。
「帰る準備をしましょう」
「……わかった」
麻香先生が佑斗くんの荷物をまとめるために動いてくれた。
給食を食べ終え、荷物を持って教室を出ていく佑斗くんを、園児たちは不思議そうな顔で見送っていた。
靴を履き替えて、お母さんを待っていると、
「佑斗ー!」
閉めている門扉の向こうから、呼び声が聞こえた。
手を繋いで佑斗くんと門扉に向かう。
「佑斗! 佑斗!」
取り乱した様子のお母さんが、門に手をかけていた。鍵がかかっているので、外からは開けられない。
「母ちゃん、オレ平気だよ」
私が鍵を開ける間、佑斗くんがお母さんに声をかけるも、お母さんは聞く耳を持っていなかった。
扉が開くやいなや、体を押し込んで佑斗くんを抱き寄せる。
「痛くない? どこをケガしたの?」
「腕。でもぜんぜん平気。痛くなんかないよ」
「病院行きましょう。ばい菌が入ったら、大変だから」
「病院なんかイヤだよ」
「イヤでも行くの! 痛くなったらどうするの!?」
お母さんは佑斗くんを抱っこし、体をひるがえした。
そのまま走って行ってしまう。
なぜケガをしたのか、その理由も話せずに。
夕方にまた連絡をして話をすることにして、私は園の門扉を閉めて、鍵をかけた。
次回⇒6.降園時間になり
後ろからついていく私に、佑斗くんの表情はわからない。けれど、握った拳がかすかにふるえているのが見えている。
佑斗くんの行動に気がついた律くんが立ち上がった。背後にいる麻香先生も、表情が硬い。
心配そうにしている二人に私は微笑みかけた。大丈夫だと、伝わるといいんだけど。
一メートル間を空けて佑斗くんが立ち止まった。そわそわと落ち着きがなく、手が揺れている。
律くんはやや硬い表情で佑斗くんを見つめていた。
やがて、佑斗くんはゆっくりと頭を下げた。
「勝手に持って行ってごめんなさい」
いつもの横暴な言い方とうってかわって、しおらしい声。心からの気持ちが言葉と態度に滲んでいた。
けれど、私たちだけに伝わっても仕方がない。当人である律くんに伝わらなければ意味がない。
謝罪を受け入れるかは、律くん次第。
律くんの言動で、私たちの次の言葉が決まる。
私と麻香先生は、固唾を呑んで見守った。
「わかった。もういいよ。僕もごめんなさい」
頭を下げ続ける佑斗くんに、律くんはそっと言った。怒りの色はもう見えなかった。
佑斗くんが曲げていた腰を上げた。
二人は視線を交わした。
けれど、きまずそうに目をそらす。
これからは仲良くしてくれるといいな。そう願いながら、二人を教室に連れていった。
昼食の時間になっていた。カレーの香りと、園児たちが食器を使う音がしている。
「給食食べようね」
声をかけると、二人は嬉しそうに顔をほころばせて、席に走って行った。
後を麻香先生に任せて、私は園長室に向かった。午後から出掛ける予定になっている園長に園児のケガの報告をし、これから親御さんに連絡をする旨を伝えて職員室に戻った。
園児にケガをさせてしまったのは、担任である私の責任。親御さんにちゃんとお伝えしないといけない。
引き出しの鍵を開けて、クラスの連絡先をまとめたファイルを取り出す。橋爪さんのページを探した。
デスクの上の受話器を取る前に、深く深呼吸した。いろいろな親御さんがいるから、少し緊張していた。
緊急連絡先である携帯番号をプッシュして、コール音を聞く。
十コールほどで出てくれたお母さんに、まずはケガをさせてしまったことを謝罪した。
「ケガですか?!」
お母さんは緊迫感のある声を出した。
かすり傷だが、頬であることと、砂場だったことを説明し、応急処置をしたと伝えると、
「男の子ですから、軽いケガなら仕方がないですね」
と冷静に聞いてくれた。
ケンカ相手の名前は出さず、ケンカになった経緯を説明する。
「相手のお子さんは大丈夫ですか?」
と気にかけ、ケンカ相手の園児とも、謝罪して和解している旨を伝えた。
律くんは預かり保育のため、お迎えは十七時ごろ。
お迎えの時間を早められるか伺うと、仕事中のためすぐには手が離せないと返答があった。
熱が出たり、ケガが悪化する気配がなければ、いつもの時間までお願いします、とのことだった。
橋爪さんとの連絡を終えると、引き続き峯山さんの自宅の番号をプッシュした。
電話に出たお母さんに、同じように説明をする。
「え! 佑斗がケガを!? どうしよう? 血は、出ているんですか!?」
お母さんは動揺を露わにした。
かすり傷で出血はなく、消毒のため洗い流した旨を伝える。
それでもお母さんの動揺は収まらず、どうしようと呟いている。
「念のため、病院に行かれますか?」
「そ、そうですね。病院、病院に連れて行きます」
プツンと電話が切れた。
住所を確認する。時間はそんなにかからない場所に住んでいた。
私はすぐに教室に向かった。
まだカレーを食べている佑斗くんに、お母さんが迎えに来ることを伝える。
「え、母ちゃん来るの?」
佑斗くんは目を丸くし、びっくりしていた。
「帰る準備をしましょう」
「……わかった」
麻香先生が佑斗くんの荷物をまとめるために動いてくれた。
給食を食べ終え、荷物を持って教室を出ていく佑斗くんを、園児たちは不思議そうな顔で見送っていた。
靴を履き替えて、お母さんを待っていると、
「佑斗ー!」
閉めている門扉の向こうから、呼び声が聞こえた。
手を繋いで佑斗くんと門扉に向かう。
「佑斗! 佑斗!」
取り乱した様子のお母さんが、門に手をかけていた。鍵がかかっているので、外からは開けられない。
「母ちゃん、オレ平気だよ」
私が鍵を開ける間、佑斗くんがお母さんに声をかけるも、お母さんは聞く耳を持っていなかった。
扉が開くやいなや、体を押し込んで佑斗くんを抱き寄せる。
「痛くない? どこをケガしたの?」
「腕。でもぜんぜん平気。痛くなんかないよ」
「病院行きましょう。ばい菌が入ったら、大変だから」
「病院なんかイヤだよ」
「イヤでも行くの! 痛くなったらどうするの!?」
お母さんは佑斗くんを抱っこし、体をひるがえした。
そのまま走って行ってしまう。
なぜケガをしたのか、その理由も話せずに。
夕方にまた連絡をして話をすることにして、私は園の門扉を閉めて、鍵をかけた。
次回⇒6.降園時間になり
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