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36. 4月 久しぶりに会えて
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私を採用してくれたパティスリーは、des gateaux sucres(デ・ガトー・シュクル)。フランス語で甘いお菓子を意味する。
ショーケースには常時20種類前後のケーキを並べ、焼き菓子も棚に置いてある。
開店時間は11時で、閉店時間は20時。
製造部と販売部で完全分業になっていて、私はパティシエとして入社したので製造しか担当しない。
製造部の勤務時間は、早番で7時から16時。遅番は11時から閉店後の片付けまでの、二交代制。
専門学校で必要な技術を学んできたとはいえ、入社一年目で任せてもらえるわけなどなく。
私は連日厨房の掃除、器具の洗い物や片付けばかりで、ケーキに触れることすらできない。
お店の味を知るため、毎日のようにケーキを買って帰り、休みの日には再現できるかどうかケーキを作っては、違うと首を捻る。
仕事をしながら、何をどれくらい使っているのか盗み見みて、勉強を重ねる毎日。
好きなことを仕事にできたけど、楽しいだけじゃないんだと実感している。
でも新しいことを学べるのは楽しい。
先輩たちに教わりながら、大変と楽しいが同居する忙しい日々を送っている。
先輩たちとは、仲良くやれている。なかには厳しい人もいるけれど、新人の私にはみんな優しい。これからミスをすれば私も他人事ではいられないから、緊張感は持っているけれど。
心身を酷使する私を満たしてくれるのは、ケーキだけじゃない。
俊介さんの存在は、エネルギーと癒しを私にくれる。
連絡は毎日。おはようで始まっておやすみまで。簡単なメッセージと、時間のある時は電話をする。ビデオ通話にしてお互いの顔を見ながら。
気がつけば二時間近く話しているときもあって、驚くときもある。
ただ、あのサイン会の日以来、会えていない。
紫外線量が増してきているので、俊介さんは外出を控えていた。
私が休みの日に動くことは可能だけど、お家にお邪魔することになり、まだ交際が始まったばかりでお家に行くのは早い気がしている。
一度上がらせて頂いているとはいえ、あの時は片想いだったし、お母様とお手伝いさんもいた。
今はあの広い家に、俊介さんとお父様だけが住んでいる。
お父様は平日がお仕事で、土日が休日だから、会う可能性は低い。だからといって、気軽にはお邪魔できない。
いきなり始まったすれ違い。
もちろん会いたい気持ちはとてもある。だけど、彼の体質を考えるとわがままなんて言いたくなかった。
4月下旬のその日は、雨が三日連続で降り続いていた。
雨の日は客足が鈍くなる。翌日は定休日とあって、製造部は閉店前に上がっていいという話になった。
帰り支度を整えている最中、スマホが鳴った。
画面を見ると、俊介さんからメッセージが届いていた。
どうしても外出しないといけない用事ができ、車で出てきている。その用事が終わったので、会えませんか。という内容だった。
そんなの、断るわけがない。
私は即『会いたいです』と返信した。
お店の外に出たところで、電話がかかってきて、待ち合わせ場所を決めた。
「滝川さん、何人かで飲みに行こうかって話が出たんだけど、どう?」
私の指導係をしてくれている片岡麻里さんからのお誘い。
俊介さんからの誘いがなければ行っていたけれど、今日はどうしても彼に会いたい。
「すみません。行きたいのですが、これから用事があって」
「ん、じゃ、また次の機会に」
「はい。ぜひ誘ってください」
新人が断るなんて、と怒る先輩たちじゃない。
じゃあねと手を振って帰って行く先輩たちに「お疲れ様でした」と頭を下げて見送った。
俊介さんはお店の前まで車で迎えにきてくれるとのことなので、待つ間に、お店で保存のきく焼き菓子を買っておいた。これからどこかに行くかもしれないので、生菓子は控えておいた。
でも私の勉強に買ったケーキがあるから、どこかで一緒に食べるのもいいな。
わくわくしながら、俊介さんからの連絡を待つ。
もうじき着くと思う、とメッセージが届き、少ししてから青い車体に白い線が縦に二本入った車が一台、ハザートランプをつけて止まった。
小さくてかわいい車と思っていたら、運転席のドアが開き、
「お待たせしました」
俊介さんが顔を見せてくれた。
「こんばんは。久しぶりですね」
傘を差して、わざわざ助手席側に回ってきてくれた。
車のドアを開けてくれる。
「どうかしましたか?」
と動かない私を、俊介さんが不思議そうに見てくる。
私は俊介さんのスーツ姿、といってもネクタイは締めていないけれど、丸襟のシャツの上にスーツの上下姿の俊介さんかっこよさに見惚れて、足が動かなかった。
次回⇒37. 距離の近さ
ショーケースには常時20種類前後のケーキを並べ、焼き菓子も棚に置いてある。
開店時間は11時で、閉店時間は20時。
製造部と販売部で完全分業になっていて、私はパティシエとして入社したので製造しか担当しない。
製造部の勤務時間は、早番で7時から16時。遅番は11時から閉店後の片付けまでの、二交代制。
専門学校で必要な技術を学んできたとはいえ、入社一年目で任せてもらえるわけなどなく。
私は連日厨房の掃除、器具の洗い物や片付けばかりで、ケーキに触れることすらできない。
お店の味を知るため、毎日のようにケーキを買って帰り、休みの日には再現できるかどうかケーキを作っては、違うと首を捻る。
仕事をしながら、何をどれくらい使っているのか盗み見みて、勉強を重ねる毎日。
好きなことを仕事にできたけど、楽しいだけじゃないんだと実感している。
でも新しいことを学べるのは楽しい。
先輩たちに教わりながら、大変と楽しいが同居する忙しい日々を送っている。
先輩たちとは、仲良くやれている。なかには厳しい人もいるけれど、新人の私にはみんな優しい。これからミスをすれば私も他人事ではいられないから、緊張感は持っているけれど。
心身を酷使する私を満たしてくれるのは、ケーキだけじゃない。
俊介さんの存在は、エネルギーと癒しを私にくれる。
連絡は毎日。おはようで始まっておやすみまで。簡単なメッセージと、時間のある時は電話をする。ビデオ通話にしてお互いの顔を見ながら。
気がつけば二時間近く話しているときもあって、驚くときもある。
ただ、あのサイン会の日以来、会えていない。
紫外線量が増してきているので、俊介さんは外出を控えていた。
私が休みの日に動くことは可能だけど、お家にお邪魔することになり、まだ交際が始まったばかりでお家に行くのは早い気がしている。
一度上がらせて頂いているとはいえ、あの時は片想いだったし、お母様とお手伝いさんもいた。
今はあの広い家に、俊介さんとお父様だけが住んでいる。
お父様は平日がお仕事で、土日が休日だから、会う可能性は低い。だからといって、気軽にはお邪魔できない。
いきなり始まったすれ違い。
もちろん会いたい気持ちはとてもある。だけど、彼の体質を考えるとわがままなんて言いたくなかった。
4月下旬のその日は、雨が三日連続で降り続いていた。
雨の日は客足が鈍くなる。翌日は定休日とあって、製造部は閉店前に上がっていいという話になった。
帰り支度を整えている最中、スマホが鳴った。
画面を見ると、俊介さんからメッセージが届いていた。
どうしても外出しないといけない用事ができ、車で出てきている。その用事が終わったので、会えませんか。という内容だった。
そんなの、断るわけがない。
私は即『会いたいです』と返信した。
お店の外に出たところで、電話がかかってきて、待ち合わせ場所を決めた。
「滝川さん、何人かで飲みに行こうかって話が出たんだけど、どう?」
私の指導係をしてくれている片岡麻里さんからのお誘い。
俊介さんからの誘いがなければ行っていたけれど、今日はどうしても彼に会いたい。
「すみません。行きたいのですが、これから用事があって」
「ん、じゃ、また次の機会に」
「はい。ぜひ誘ってください」
新人が断るなんて、と怒る先輩たちじゃない。
じゃあねと手を振って帰って行く先輩たちに「お疲れ様でした」と頭を下げて見送った。
俊介さんはお店の前まで車で迎えにきてくれるとのことなので、待つ間に、お店で保存のきく焼き菓子を買っておいた。これからどこかに行くかもしれないので、生菓子は控えておいた。
でも私の勉強に買ったケーキがあるから、どこかで一緒に食べるのもいいな。
わくわくしながら、俊介さんからの連絡を待つ。
もうじき着くと思う、とメッセージが届き、少ししてから青い車体に白い線が縦に二本入った車が一台、ハザートランプをつけて止まった。
小さくてかわいい車と思っていたら、運転席のドアが開き、
「お待たせしました」
俊介さんが顔を見せてくれた。
「こんばんは。久しぶりですね」
傘を差して、わざわざ助手席側に回ってきてくれた。
車のドアを開けてくれる。
「どうかしましたか?」
と動かない私を、俊介さんが不思議そうに見てくる。
私は俊介さんのスーツ姿、といってもネクタイは締めていないけれど、丸襟のシャツの上にスーツの上下姿の俊介さんかっこよさに見惚れて、足が動かなかった。
次回⇒37. 距離の近さ
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