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10.初めての夢
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伏見稲荷駅でハナと別れたソラは、ハナの提案をじっくりと考えてみる。
お店を持ちたい、と願う人ならたくさん見てきたけど、自分がお店を持つ未来なんて、今まで一度も考えたことがない。
ソラの脳裏にとある夫婦の姿が思い出された。
それは一年半ほど前のことだった。
昼間働きながら、二人の子供を育てる妻が一乗寺狸谷不動院にお詣りにやってきた。
彼女の願いは、夫と料理屋を開くこと。
夫は料理の専門学校を卒業して、旅館の調理場で働いていた。
職場に潜り込むことがハナにはできなくて、リクが旅館を、それ以外の場所をハナが担当することなった。
夫は家での食事は妻に任せていたが、子供の運動会や遠足などのイベントでお弁当が必要なときには、立派なお弁当を作ってあげていた。
小学生の子供たちもお父さんのお弁当を楽しみにしていた。
休日には京都以外の場所にも出向いて物件を探し、夢のために倹約しながら一所懸命に生活していた。
調査内容を神様に報告して半年後、夫婦は京都市内で割烹料理屋を開店し、夢を叶えた。
願い事完了の報告を受けたとき、ソラはやった!と喜んだ。自分のことのように、とまではいかないものの、一家の夢が叶ったのは嬉しかったし、そのお手伝いができたのが誇らしく思えた。
夫の立場を自分に置き換えてみる。
小さなお店のキッチンで、ソラがフルーツ飴を作る。
ハナがレジに立ち、注文を受ける。
ハナから注文の品を受け取ったお客さんが、フルーツ飴を食べる。
美味しいと、頬を緩ませる顔が、先日べっこう飴を食べたハナの笑顔と、重なった。
今日のハナもすごく楽しそうだった。
ソラも、とても楽しかった。食べ歩きだけじゃなくて、ハナと一緒に作れたことが。
むくむくと湧き上がってくる、マグマのように噴き上がりそうな熱い思い。
やってみたい。
ハナと一緒なら。
ソラひとりでは、挑戦しようと思わない。けれど、ハナと一緒なら頑張れる。
簡単なことじゃない。それはわかっている。ソラが想像している以上に、お金も手間もかかるだろう。きっと、壁にもぶち当たる。
それでも、挑戦してみたい。
ただし、問題がひとつ。
親たちは絶対に反対する。
神様にお仕えできることを誇りに思い、子供たちが同じ仕事をして、代々受け継いでいくことを当然と思っている。別の仕事をしたいなんて、耳を貸してくれるわけがない。
話してみなくてもわかる。
ソラの耳に、悪魔の衣装を着たもう一人のソラが囁く。
(内緒でやったらええやん)
(そっか。そうやんね。独り立ちしてるんやから、親の許可なんかいらんよね)
こっそり準備をして、仕事の区切りがついたタイミングで報告しようか。
神様の使いは辞めて、飴屋さんやっていきたいと。
可能だろうか。神様の使いを辞めるなんて。
辞めても、今の生活を保てるのか、少し心配になった。野生に戻されることにならないだろうか、と。
わからない。辞めたタヌキがいるのか、聞いたことがないから。
にわかに不安な気持ちが湧き起こり、小悪魔ソラがかき消える。
(やっぱり、私には無理やわ。ハナちゃん、ごめんな)
ハナが背中を押してくれたのに、行動に移す前に気弱になってしまう。
だって野生に戻されてしまったら、食べ歩きができないし、ハナと一緒にいられなくなってしまう。
ソラにとってハナと引き裂かれるのは耐えられなかった。
電車が一乗寺駅に着き、ハナに謝ろうとスマホを取り出す。
ハナから着信があった。
ソラは折り返す。
「ソラちゃん、兄貴に相談してみたら、キッチンカーで営業するのはどうや? って」
ソラの電話を待ち構えていたのか、ハナはすぐに電話に出た。
「店舗持つより資金は低いから、ハードルが低いって。キッチンカーおもしろそうやと思わへん? イベント会場でも住宅街でも公園とかでも売れるやん。出店するんは許可がいるみたいやけど。宣伝はSNS使えばええと思うねん。それはあたしがやるし、ソラちゃんは製造に集中してくれればいよ」
ハナはすっかりやる気になっている。
行動力がほんとにすごいな、とソラは感心する。ハナのような行動力があれば、家族から子供扱いされることもなかったのかもしれない。
「ソラちゃん? どないしたん?」
ソラが黙っていると、心配気な口調に変わる。
「ハナちゃん、神様の使いを辞めたら、野生のタヌキに戻されるんかな?」
不安の種を口にした。ハナに訊いてもわからないのに。
ところが、ハナはあっさりと「大丈夫やで」と言った。
「あたし知ってるもん。神様の使い辞めたキツネ」
「え? ほんま? 今のままでいられるん?」
「うん。言うてもけっこう昔の話やけど、人と結婚するために神様の使い辞めたらしいよ。子供もできてるし、人の姿のまま、人と同じくらい生きたみたい」
「そっか。大丈夫なんや」
胸のもやもやが消え、ソラの心が軽くなる。
本当のところはわからないけれど、ハナがそう言うのだから、きっと大丈夫だ。
心配事がなくなると、やりたい気持ちが戻ってきた。
ソラは心を決めた。
「ハナちゃん、私、やってみたい」
お店を持ちたい、と願う人ならたくさん見てきたけど、自分がお店を持つ未来なんて、今まで一度も考えたことがない。
ソラの脳裏にとある夫婦の姿が思い出された。
それは一年半ほど前のことだった。
昼間働きながら、二人の子供を育てる妻が一乗寺狸谷不動院にお詣りにやってきた。
彼女の願いは、夫と料理屋を開くこと。
夫は料理の専門学校を卒業して、旅館の調理場で働いていた。
職場に潜り込むことがハナにはできなくて、リクが旅館を、それ以外の場所をハナが担当することなった。
夫は家での食事は妻に任せていたが、子供の運動会や遠足などのイベントでお弁当が必要なときには、立派なお弁当を作ってあげていた。
小学生の子供たちもお父さんのお弁当を楽しみにしていた。
休日には京都以外の場所にも出向いて物件を探し、夢のために倹約しながら一所懸命に生活していた。
調査内容を神様に報告して半年後、夫婦は京都市内で割烹料理屋を開店し、夢を叶えた。
願い事完了の報告を受けたとき、ソラはやった!と喜んだ。自分のことのように、とまではいかないものの、一家の夢が叶ったのは嬉しかったし、そのお手伝いができたのが誇らしく思えた。
夫の立場を自分に置き換えてみる。
小さなお店のキッチンで、ソラがフルーツ飴を作る。
ハナがレジに立ち、注文を受ける。
ハナから注文の品を受け取ったお客さんが、フルーツ飴を食べる。
美味しいと、頬を緩ませる顔が、先日べっこう飴を食べたハナの笑顔と、重なった。
今日のハナもすごく楽しそうだった。
ソラも、とても楽しかった。食べ歩きだけじゃなくて、ハナと一緒に作れたことが。
むくむくと湧き上がってくる、マグマのように噴き上がりそうな熱い思い。
やってみたい。
ハナと一緒なら。
ソラひとりでは、挑戦しようと思わない。けれど、ハナと一緒なら頑張れる。
簡単なことじゃない。それはわかっている。ソラが想像している以上に、お金も手間もかかるだろう。きっと、壁にもぶち当たる。
それでも、挑戦してみたい。
ただし、問題がひとつ。
親たちは絶対に反対する。
神様にお仕えできることを誇りに思い、子供たちが同じ仕事をして、代々受け継いでいくことを当然と思っている。別の仕事をしたいなんて、耳を貸してくれるわけがない。
話してみなくてもわかる。
ソラの耳に、悪魔の衣装を着たもう一人のソラが囁く。
(内緒でやったらええやん)
(そっか。そうやんね。独り立ちしてるんやから、親の許可なんかいらんよね)
こっそり準備をして、仕事の区切りがついたタイミングで報告しようか。
神様の使いは辞めて、飴屋さんやっていきたいと。
可能だろうか。神様の使いを辞めるなんて。
辞めても、今の生活を保てるのか、少し心配になった。野生に戻されることにならないだろうか、と。
わからない。辞めたタヌキがいるのか、聞いたことがないから。
にわかに不安な気持ちが湧き起こり、小悪魔ソラがかき消える。
(やっぱり、私には無理やわ。ハナちゃん、ごめんな)
ハナが背中を押してくれたのに、行動に移す前に気弱になってしまう。
だって野生に戻されてしまったら、食べ歩きができないし、ハナと一緒にいられなくなってしまう。
ソラにとってハナと引き裂かれるのは耐えられなかった。
電車が一乗寺駅に着き、ハナに謝ろうとスマホを取り出す。
ハナから着信があった。
ソラは折り返す。
「ソラちゃん、兄貴に相談してみたら、キッチンカーで営業するのはどうや? って」
ソラの電話を待ち構えていたのか、ハナはすぐに電話に出た。
「店舗持つより資金は低いから、ハードルが低いって。キッチンカーおもしろそうやと思わへん? イベント会場でも住宅街でも公園とかでも売れるやん。出店するんは許可がいるみたいやけど。宣伝はSNS使えばええと思うねん。それはあたしがやるし、ソラちゃんは製造に集中してくれればいよ」
ハナはすっかりやる気になっている。
行動力がほんとにすごいな、とソラは感心する。ハナのような行動力があれば、家族から子供扱いされることもなかったのかもしれない。
「ソラちゃん? どないしたん?」
ソラが黙っていると、心配気な口調に変わる。
「ハナちゃん、神様の使いを辞めたら、野生のタヌキに戻されるんかな?」
不安の種を口にした。ハナに訊いてもわからないのに。
ところが、ハナはあっさりと「大丈夫やで」と言った。
「あたし知ってるもん。神様の使い辞めたキツネ」
「え? ほんま? 今のままでいられるん?」
「うん。言うてもけっこう昔の話やけど、人と結婚するために神様の使い辞めたらしいよ。子供もできてるし、人の姿のまま、人と同じくらい生きたみたい」
「そっか。大丈夫なんや」
胸のもやもやが消え、ソラの心が軽くなる。
本当のところはわからないけれど、ハナがそう言うのだから、きっと大丈夫だ。
心配事がなくなると、やりたい気持ちが戻ってきた。
ソラは心を決めた。
「ハナちゃん、私、やってみたい」
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