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12.車のおもちゃ
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水曜日の午後、ばあばはお昼ご飯にナポリタンを作ってくれた。
熱々の鉄板の上で、ジュージュー音を立てているナポリタンが食べたかったけど、
「やけどをしたら、いけないからね」と、ばあばは白いお皿に盛って出してくれた。
ちょっとだけ残念だったけど、子供だから仕方がない。
「大きくなったら鉄板で出してね」
とお願いして、僕は手を合わせた。
出来立てのナポリタンから、湯気とケチャップの香りが上がってくる。
具はソーセージとピーマンと玉ねぎ、上に粉チーズがかかっている。
僕はピーマンが苦手。苦いのと、香りが好きじゃない。だけど、ばあばのナポリタンは、苦くない。香りもケチャップが強いから、あまり感じない。
とても美味しくて、あっというまに完食した。
それからばあばは趣味のコーラス教室に行ったから、喫茶店はお休みになった。
お店の扉にお休みを知らせる紙を貼った。じいじの修理屋さんのために扉の鍵は開いている。
犬たちは床に寝転んで睡眠中。
僕はお母さんが作った算数のノートを開いて、問題を解いていた。
算数はあまり好きじゃない。かけ算割り算とか面積の計算とか、よくわからない。
いつもは、わからない問題は、あとでお母さんに教えてもらっている。だけど今はいないから、わからない問題ばかりになってきて、嫌になってきた。
気が散って、僕は体を反転させた。
メガネをかけて、仕事をしているじいじを見る。
今日、じいじはオルゴールの修理をしていた。ネジが空回りして直りませんかと、女の人が持ってきた。ずいぶん昔に旅行先で買ったオルゴールで、メーカーは廃業してしまっていた。
じいじは慎重な手つきで、部品を取り外し、掃除をしている。
直るとどんな曲が流れるのかなと思いながら、じいじの手元を見ていると、
(誰か来たよ)
眠っていた犬たちが、顔を上げて知らせてくれた。
お店の扉は木製で、大人の顔の高さのところに窓がついている。
その窓に人影は見えない。
休みだとわかって、入店をやめたのかなと思った。
でも、犬たちは立ち上がって、じっと扉の方を見ている。
じいじに知らせたほうがいいのかな。
視線をじいじに向ける。
集中しているのか、すごく真剣な顔をしていた。声をかけにくい。
視線を扉に戻すと、窓から覗きこむ顔が見えた。
僕と同じくらいの年の男の子だった。
目が合うと、その子は窓からぱっと離れた。
僕は立ち上がり、走って行って、扉を開けた。
男の子は、びっくりしたのか固まっていた。
「用事?」
言い終わる前に、ぴゃーっとどこかに行ってしまった。みるみるうちに、背中が小さくなる。
「行っちゃった」
僕ぐらいの年で喫茶店に用事があるとは思えないから、もしかしたらおもちゃの修理に来たのかもしれない。
驚かせてしまってごめんねと、見えなくなった背中に謝って、扉を閉めた。
ところが、十分ほどたってから、落ち着いていた犬たちが再び扉を気にしだした。
さっきの子が戻ってきたのかも、と僕は扉を開けに行った。
今度は逃げずにいてくれた。
「あの! ここ、修理屋さんで、あってる?」
勇気を振り絞ったのがわかる、必死な表情をしている。
「あってるよ。どうぞ」
僕は体をよけて、どうぞと手招きした。
男の子がゆっくりと入ってくる。喫茶店の中を珍しそうに見回しながら。
じいじも気がついて、メガネを外して、オルゴールから顔を上げていた。
「いらっしゃいませ。修理したいおもちゃがあるんですか」
と男の子に訊いた。
「これ、直せますか」
じいじの作業台まで歩いていった男の子は、右手に持っていたものを見せた。
それは木で作られた車のおもちゃで、タイヤが取れてしまっていた。
「直りますよ」
おもちゃを確認したじいじが言うと、男の子は右のポケットに手を入れた。
「お金、これしかなくて」
手を出したとき、お金が飛び出し、コロコロと小銭が転がった。
男の子はすぐに追いかけて小銭を拾い、作業台に置いた。
「親御さんは、一緒じゃないですか」
じいじの質問に、
「親がいないと、ダメですか。お金が足りなかったら、いつか持ってきます」
と男の子は答えた。
親がいないと直せないのかな、と僕はハラハラしていた。
きっとすごく勇気を出して、ここに来たんだと思うから。
「理由があるのなら、今回はいいですよ。ここにお名前と住んでいる所と、電話番号を書いてください。明後日以降に取りに来てください」
じいじはいつもの依頼書とボールペンを渡した。
記入した男の子は、
「よろしくお願いします」
と頭を下げて、帰っていった。
熱々の鉄板の上で、ジュージュー音を立てているナポリタンが食べたかったけど、
「やけどをしたら、いけないからね」と、ばあばは白いお皿に盛って出してくれた。
ちょっとだけ残念だったけど、子供だから仕方がない。
「大きくなったら鉄板で出してね」
とお願いして、僕は手を合わせた。
出来立てのナポリタンから、湯気とケチャップの香りが上がってくる。
具はソーセージとピーマンと玉ねぎ、上に粉チーズがかかっている。
僕はピーマンが苦手。苦いのと、香りが好きじゃない。だけど、ばあばのナポリタンは、苦くない。香りもケチャップが強いから、あまり感じない。
とても美味しくて、あっというまに完食した。
それからばあばは趣味のコーラス教室に行ったから、喫茶店はお休みになった。
お店の扉にお休みを知らせる紙を貼った。じいじの修理屋さんのために扉の鍵は開いている。
犬たちは床に寝転んで睡眠中。
僕はお母さんが作った算数のノートを開いて、問題を解いていた。
算数はあまり好きじゃない。かけ算割り算とか面積の計算とか、よくわからない。
いつもは、わからない問題は、あとでお母さんに教えてもらっている。だけど今はいないから、わからない問題ばかりになってきて、嫌になってきた。
気が散って、僕は体を反転させた。
メガネをかけて、仕事をしているじいじを見る。
今日、じいじはオルゴールの修理をしていた。ネジが空回りして直りませんかと、女の人が持ってきた。ずいぶん昔に旅行先で買ったオルゴールで、メーカーは廃業してしまっていた。
じいじは慎重な手つきで、部品を取り外し、掃除をしている。
直るとどんな曲が流れるのかなと思いながら、じいじの手元を見ていると、
(誰か来たよ)
眠っていた犬たちが、顔を上げて知らせてくれた。
お店の扉は木製で、大人の顔の高さのところに窓がついている。
その窓に人影は見えない。
休みだとわかって、入店をやめたのかなと思った。
でも、犬たちは立ち上がって、じっと扉の方を見ている。
じいじに知らせたほうがいいのかな。
視線をじいじに向ける。
集中しているのか、すごく真剣な顔をしていた。声をかけにくい。
視線を扉に戻すと、窓から覗きこむ顔が見えた。
僕と同じくらいの年の男の子だった。
目が合うと、その子は窓からぱっと離れた。
僕は立ち上がり、走って行って、扉を開けた。
男の子は、びっくりしたのか固まっていた。
「用事?」
言い終わる前に、ぴゃーっとどこかに行ってしまった。みるみるうちに、背中が小さくなる。
「行っちゃった」
僕ぐらいの年で喫茶店に用事があるとは思えないから、もしかしたらおもちゃの修理に来たのかもしれない。
驚かせてしまってごめんねと、見えなくなった背中に謝って、扉を閉めた。
ところが、十分ほどたってから、落ち着いていた犬たちが再び扉を気にしだした。
さっきの子が戻ってきたのかも、と僕は扉を開けに行った。
今度は逃げずにいてくれた。
「あの! ここ、修理屋さんで、あってる?」
勇気を振り絞ったのがわかる、必死な表情をしている。
「あってるよ。どうぞ」
僕は体をよけて、どうぞと手招きした。
男の子がゆっくりと入ってくる。喫茶店の中を珍しそうに見回しながら。
じいじも気がついて、メガネを外して、オルゴールから顔を上げていた。
「いらっしゃいませ。修理したいおもちゃがあるんですか」
と男の子に訊いた。
「これ、直せますか」
じいじの作業台まで歩いていった男の子は、右手に持っていたものを見せた。
それは木で作られた車のおもちゃで、タイヤが取れてしまっていた。
「直りますよ」
おもちゃを確認したじいじが言うと、男の子は右のポケットに手を入れた。
「お金、これしかなくて」
手を出したとき、お金が飛び出し、コロコロと小銭が転がった。
男の子はすぐに追いかけて小銭を拾い、作業台に置いた。
「親御さんは、一緒じゃないですか」
じいじの質問に、
「親がいないと、ダメですか。お金が足りなかったら、いつか持ってきます」
と男の子は答えた。
親がいないと直せないのかな、と僕はハラハラしていた。
きっとすごく勇気を出して、ここに来たんだと思うから。
「理由があるのなら、今回はいいですよ。ここにお名前と住んでいる所と、電話番号を書いてください。明後日以降に取りに来てください」
じいじはいつもの依頼書とボールペンを渡した。
記入した男の子は、
「よろしくお願いします」
と頭を下げて、帰っていった。
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