【完結】僕らの恋は青くない

衿乃 光希

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2話 幽霊に憑かれて

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「正解だ。この公式を使えば、この問題は解ける。わかったか?」
 黒板に書かれた数学の問題を解いた男子生徒が、席に戻る。

「ええー? わかんないよぉ。よく解けるなあ」
 泣きそうな顔をして授業を受ける幽霊は、なぜか僕の右隣、欠席者の席に座っている。

 どうして彼女がここにいるのか。それは、今朝、彼女があの横断歩道で待っていたからだ。

 昨日、トラックに轢かれそうになった後、話しかけてくる幽霊を無視して、僕は家に帰った。
 彼女は途中で諦めたのか足を止めた。
 無視が正しい対処法だったと安心したのに、今朝、彼女は横断歩道で僕を待っていた。

「おはよう。ねえ、体、ほんとに大丈夫だった?」

 普通に話しかけてくる。僕はすべてを無視して学校に向かった。

「第二高校。先輩だったんだ」
 正門で、彼女はそう呟いた。

 どういうつもりで言ったのかはわからない。この高校に通っていたのか、通う予定だったのか。
 少なくとも、亡くなった年齢が僕より下だったのは確実だろう。

 気の毒だとは思うけれど、だからといって懐かれても困る。
 何の反応もせずに、やりたいようにやらせていたら、教室にまでついてきた。
 幽霊が見える体質のやつがいたらどうするんだよ、と思いはしたけど、僕が見える体質だとバレなきゃいい話だと開き直った。
 クラス内にそういう体質の生徒はいなくて、誰も彼女の存在に目を留めなかった。

 英語と数学の授業を勝手に受けておいて、「疲れたー」と言って机に突っ伏した。
 幽霊なんだから、受ける必要ないじゃん。と言いたいところをぐっと堪えて、僕は音楽室への移動のために教室を出る。

「あれ? 移動?」

 だから、ついてくんなよ。当たり前の顔をして立ち上がり、僕の隣に並ぶ。

 校内を歩き回ると、僕が幽霊に憑かれているとバレるリスクが上がる気もするけど、話しかけるほうがより上がる気がして、何もできなかった。

「音楽なんだ。演奏するのも楽譜見るのも苦手なんだよぉ」

 知らねーよ、と心でツッコむ。

 どうして彼女に懐かれているのか、僕にもわからない。

 幽霊が見える体質になった子どもの頃、同年代の幽霊に話しかけてしまい憑かれた。
 家にも幼稚園にもついてきて、同じ体質だった叔父さんが気づいて、お払いに連れて行ってくれた。
 話しかけちゃダメだと学習した。

 あれ以来、透明な人を見かけても見えないフリ、気づいていないフリをしてきた。

 出会いから一週間が経ち、GWを挟んだ平日。彼女はまだ横断歩道で待っていた。
 僕を見つけると「おはよう」と笑顔を見せた。そして授業を受ける。

 またお払いに行かないとダメなんだろうか。無視していたら、どっか行ってくれないだろうか。
 祈るような気持ちで過ごしてたけど、彼女はずっと笑顔で僕を迎えた。

 慣れというのは怖い。

「ユージくん、おはよう」

 学校で僕の本名を知った彼女は、親しげに下の名前で呼ぶ。ヒマワリのような、満面の笑顔を向けて。
 目尻を三日月みたいに下げ、上がった口角からきれいに並んだ歯が見える。
 つい、かわいいと思ってしまう僕がいた。

 相手は幽霊なのに。
 向こうの景色が透けて見えているのに。

 横断歩道で待っている彼女の笑顔を、授業中に僕を見て微笑んでくれるのを、少しだけ嬉しく感じてしまった。
 僕にだけ向けてくれる笑顔に特別感を抱いてしまったのは、自分でもバカだなと思っている。

 いや、でも話しかけたらダメだ。言い聞かせて、僕はやっぱり無視をする。
 はずだったのに――

 それは、古文の授業だった。

「うえーん」

 ええー! 泣いてる!?

 今日も隣の席は休んでいる。当たり前のように着席した彼女が、古文の授業の最後の方で泣き出した。

「お年寄りに酷いことするね。だけど、良かったよぉ」

 驚くことに、物語に感動して、彼女は泣いていた。
 幽霊は涙が出るんだろうか。気になってしまって、僕は彼女をじっと見ていた。

「まさか古文で泣いちゃうなんて、思わなかったな。え! やだ。ユージくん、こっち見ないで」

 彼女は僕に気づいて、顔を手のひらで覆った。


 次回⇒3話 おしゃべりな幽霊
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