【完結】僕らの恋は青くない

衿乃 光希

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10話 苦い思い出

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 驚くほどするすると記憶が引き出される円花さんの話を聞きながら歩いていると、駅近くの広い道路で足を止めた。

「私、ここでも交通事故に遭ってた。一年生の時」

 少し離れた所に、信号のある横断歩道があり、二十人ほどが待っている。

 信号を渡れば目の前には高架になっている駅舎がある。ふだんから交通量は多く、渋滞することから、渋滞を避ける車が住宅街に流れてくる。

「駅で待ち合わせてたお父さんに傘を届けに行こうとして、信号もちゃんと守ってたのに、車がお店から急に出てきて撥ねられたの。スピードはあまり出てなかったから軽症ですんだけど、びっくりした」

「そういえば、僕もここでヒヤリあったな」
 僕の時の相手は大型バイクだった。信号で止まっていたバンの奥から突然出てきて、当たるかと思ったことがあった。もちろん、相手の信号無視だった。

「ユージくんも? もっと注意して運転して欲しいね」

 円花さんが言った直後、重体の列から一台の高級車が飛び出した。こっちに向かってくる。ぎょっとしていると、クラクションを鳴らしながら、横を通り過ぎた。二メートルほどの距離はあったけれど、体が固まるぐらいには恐怖を覚えた。

「なにあれ!」

 車を目で追っていくと、ラーメン店やケーキ屋の駐車場を通って、向こうの道路に出て行った。

「歩道に人がいるのに、あんな酷い運転するなんて」
 円花さんが腰に手をあてて、ぷりぷりと怒る。

「気が短い人なんだろうね。誰も撥ねられなくて良かったよ」
「それ以前の問題だよ。歩行者を怖がらせるなんて。あんなのこそ取り締まって欲しい」

「運転手、今日一日食べたい物が売り切れで食べられない呪いにかかればいいのに」

 僕がぽつりと呟くと、振り返った円花さんはおもちゃを見つけた子どものように、無邪気な笑顔を浮かべていた。

「ええ? なにそれ、おもしろい」
「そう考えたら、ちょっと気が休まらない?」

「うんうん。そうだね。それじゃ、こんなのは? ずっと食べたかった物がやっと食べられたけど、すっごく不味かった、とか」
 すっごくに力を円花さん。

「それもいいね」
 僕が同意すると、「他にはね――」と楽しそうに考え始めた。

 腹の立つ思いをした時に、「バカ!」とか「死ね!」とか言う人がいるけど、僕はそういうのは違うと思っている。とっさに出た言葉で本音でないとしても、そう言い方はやめておいた方がいいと思っているし、自分でも言わないようにしている。

 父親がそっち側の人で、みっともないと思ったから、反面教師にしているだけだけど。

 代わりに、軽い呪いの言葉を吐いているのは、母親の影響だ。
 呪いの言葉が強いと父と同じになるけど、感情を抑えてばかりいるとストレスがかかる。くすっと笑える呪いをかけると、感情が落ち着く。

 僕のやり方を、円花さんは気に入ってくれたらしい。
「蚊にいっぱい刺されて、痒くなれ」
 隣を歩きながらそう呟き、かわいらしい呪いに僕は笑った。

 ビルの間の路地に入ると、
「あ! ここわかるよ」
 円花さんが声を上げた。

「家に繋がる道?」
「んー、ちょっと待ってね」

 たたっと走って、角を曲がる。追いかけると、円花さんは立ち止まって、ある建物を見つめていた。

 壁に花の絵が描かれている二階建ての建物。庭には滑り台やうんていなどの遊具と、砂場がある。ただの幼稚園。

 僕ははっとして、足を止めた。心の中に、もやっとした重い感情が沸き上がり、沁みるようにじわじわと広がっていく。

「どうしたの?」

 振り返った円花さんに、僕は答えられない。
 この場所には、苦い思い出があった。
 僕が人と関わるのをやめたきっかけが、ここにあったから。



   次回⇒11話 霊感体質になったきっかけ
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