12 / 41
12話 円花さんの言葉
しおりを挟む
話しているうちに喉が渇いた。円花さんに了解をとってから、立ち上がって一緒にコンビニに向かう。
「そんなにつらい思いをしたのに、私、無神経な発言いっぱいしちゃってたよね。ごめんね」
円花さんはこくんと頭を下げた。
「気にしてないよ。話されないとわからないんだから。円花さんも気にしないで」
「う‥‥‥うん。ありがとう。あのね、その助けてもらった子。きっと感謝してると思うよ」
「忘れてると思うし、忘れていいんだよ。怖かった思い出なんて」
僕は本心からそう思ってる。
「優しいね、ユージくんは」
「別に優しくなんかないよ。つらい思いなんて、少ない方がいいんだからさ」
僕はつらい思いをした。同意してもらえないどころか、距離を取られるなんて思ってもいなかったから、すごく寂しかった。つらい思い出なんて、ない方が良い。
「でも、その子はきっと覚えてるよ。なんなら上書きされてるかも。怖い思い出が、助けてもらった思い出に」
円花さんの言葉に、心がぽっと温かくなった。そういう捉え方もあるんだと。
たしかに、あの出来事は苦い思い出になっていたけど、下敷きになったことは後悔していないし、あの子のせいだなんて思ったこともなかった。
「そうだったら、いいかな」
「うん。きっとそう」
円花さんと笑い合う。円花さんが言うと、本当にそうかもしれないと思えた。
コンビニに到着したので待っていてもらう。
僕がスポーツドリンクを買って店を出ると、円花さんは別れた場所にいなかった。
どこに行ったんだろうときょろきょろしていると、円花さんの背中を見つけた。コンビニの並びにある病院の前に立っていた。
救急もある大きな病院だけど、今日は休日だからか、診察待ちらしき人たちはいない。果物の籠や花を持った人が何人か向かっていくので、お見舞いの人たちだろう。
円花さんは病院前のスロープを下りてくる車椅子の男女を見つめているようだった。二人の動きに合わせて、ゆっくりと円花さんの首が動く。
車椅子の男女は僕の母親と同じくらいか、少し若いかもしれない。四十代か五十代。僕にはその辺りの年齢の区別はつかない。白髪を染めれば若く見えるし、そのままだったら老けて見える。しかも遠いから、よくわからない。
でもひとつだけ、車椅子を押す男性がすごく優しそうな人だなと感じた。ただ押しているだけなのに、その手つきや、背後から話しかける様子に、相手への労わりを感じた。
ただ、車椅子に乗る女性の反応が薄いように思えた。ぼんやりしていて、心ここにあらずのように見える。
二人は病院の角を曲がって行く。姿が見えなくなるのを待ってから、円花さんに話しかけた。
「知り合い?」
「え?! ユージくん! びっくりした。飲み物買えた?」
気配を消して近づいたつもりはなかったのに、円花さんは肩を大きくはね上げて驚く。
「買ったよ」
ペットボトルを見せる。
「私もそれ好きだった。部活の後、よく飲んでたよ」
にこりと頬を上げた。
僕たちは再び並んで歩く。
「さっきの車椅子の人たちって、夫婦かな? 見覚えある人?」
「知ってる人なのかはわからないけど、男の人が優しそうだなって思って見てたの」
「僕もそう思った。でも、女性の方、あまり元気がないように見えなかった?」
「あ、うん。私もそう思った」
「体調が良くないのかな? 休日に病院に行かないとだめなぐらい」
「う‥‥‥ん、そうだね。早く元気になるといいね」
円花さんは心配そうに呟く。
他人のことで親身になれる子なのかなと、円花さんの優しさに触れて、僕の心が温まった。
その後も話しながら歩き回ったけど、記憶に繋がる成果は得られなかった。
体は疲れたけれど、円花さんと過ごす時間は楽しいものだった。
自宅に帰ると、
「あああ‥‥‥祐嗣くん、やっと帰ってきた」
隣で飲食店を経営している菅原のおばさんが、僕に駆け寄る。すがるように腕を掴まれた。
「落ち着いて聞いてね。佑子さんがお店で倒れて、救急車で運ばれたの」
次回⇒13話 母の体調不良
「そんなにつらい思いをしたのに、私、無神経な発言いっぱいしちゃってたよね。ごめんね」
円花さんはこくんと頭を下げた。
「気にしてないよ。話されないとわからないんだから。円花さんも気にしないで」
「う‥‥‥うん。ありがとう。あのね、その助けてもらった子。きっと感謝してると思うよ」
「忘れてると思うし、忘れていいんだよ。怖かった思い出なんて」
僕は本心からそう思ってる。
「優しいね、ユージくんは」
「別に優しくなんかないよ。つらい思いなんて、少ない方がいいんだからさ」
僕はつらい思いをした。同意してもらえないどころか、距離を取られるなんて思ってもいなかったから、すごく寂しかった。つらい思い出なんて、ない方が良い。
「でも、その子はきっと覚えてるよ。なんなら上書きされてるかも。怖い思い出が、助けてもらった思い出に」
円花さんの言葉に、心がぽっと温かくなった。そういう捉え方もあるんだと。
たしかに、あの出来事は苦い思い出になっていたけど、下敷きになったことは後悔していないし、あの子のせいだなんて思ったこともなかった。
「そうだったら、いいかな」
「うん。きっとそう」
円花さんと笑い合う。円花さんが言うと、本当にそうかもしれないと思えた。
コンビニに到着したので待っていてもらう。
僕がスポーツドリンクを買って店を出ると、円花さんは別れた場所にいなかった。
どこに行ったんだろうときょろきょろしていると、円花さんの背中を見つけた。コンビニの並びにある病院の前に立っていた。
救急もある大きな病院だけど、今日は休日だからか、診察待ちらしき人たちはいない。果物の籠や花を持った人が何人か向かっていくので、お見舞いの人たちだろう。
円花さんは病院前のスロープを下りてくる車椅子の男女を見つめているようだった。二人の動きに合わせて、ゆっくりと円花さんの首が動く。
車椅子の男女は僕の母親と同じくらいか、少し若いかもしれない。四十代か五十代。僕にはその辺りの年齢の区別はつかない。白髪を染めれば若く見えるし、そのままだったら老けて見える。しかも遠いから、よくわからない。
でもひとつだけ、車椅子を押す男性がすごく優しそうな人だなと感じた。ただ押しているだけなのに、その手つきや、背後から話しかける様子に、相手への労わりを感じた。
ただ、車椅子に乗る女性の反応が薄いように思えた。ぼんやりしていて、心ここにあらずのように見える。
二人は病院の角を曲がって行く。姿が見えなくなるのを待ってから、円花さんに話しかけた。
「知り合い?」
「え?! ユージくん! びっくりした。飲み物買えた?」
気配を消して近づいたつもりはなかったのに、円花さんは肩を大きくはね上げて驚く。
「買ったよ」
ペットボトルを見せる。
「私もそれ好きだった。部活の後、よく飲んでたよ」
にこりと頬を上げた。
僕たちは再び並んで歩く。
「さっきの車椅子の人たちって、夫婦かな? 見覚えある人?」
「知ってる人なのかはわからないけど、男の人が優しそうだなって思って見てたの」
「僕もそう思った。でも、女性の方、あまり元気がないように見えなかった?」
「あ、うん。私もそう思った」
「体調が良くないのかな? 休日に病院に行かないとだめなぐらい」
「う‥‥‥ん、そうだね。早く元気になるといいね」
円花さんは心配そうに呟く。
他人のことで親身になれる子なのかなと、円花さんの優しさに触れて、僕の心が温まった。
その後も話しながら歩き回ったけど、記憶に繋がる成果は得られなかった。
体は疲れたけれど、円花さんと過ごす時間は楽しいものだった。
自宅に帰ると、
「あああ‥‥‥祐嗣くん、やっと帰ってきた」
隣で飲食店を経営している菅原のおばさんが、僕に駆け寄る。すがるように腕を掴まれた。
「落ち着いて聞いてね。佑子さんがお店で倒れて、救急車で運ばれたの」
次回⇒13話 母の体調不良
31
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
【完結】結婚式の隣の席
山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。
ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。
「幸せになってやろう」
過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる