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16話 少しの違和感
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「ユージくん、おはよう。やっと起きた」
瞼を開いた僕の目の前に、満面の笑みを浮かべた女の子が現れた。
ヒマワリみたいな笑顔だなと、ぼんやりした頭で思う。
スマホで時間を確認すると、8時半を過ぎていた。
今日は連休最終日。惰眠を貪るのはやめようと、体を起こす。
「円花さん、いつ帰ってきたの?」
「少し前。朝帰りしちゃった」
ぺちろりと舌を覗かせる。いたずらな仕草も似合っている。
「ずっと歩き回っていたの?」
「そんなところ。今の私、疲れ知らずの最強ボディだからね」
えっへんと背筋を反らす。
円花さんは相変わらず明るい。今までの僕なら、自虐ネタにくすっと笑っていた。だけど今朝の僕は、昨日の叔父さんたちとの会話を思い出して、素直に受け止められなかった。
「ん? 何かあった?」
態度の違いを敏感に察知したのか、円花さんが瞬きを繰り返す。
「何も。円花さんはいつも明るいなあと思って」
「よく言われる」
にこりと笑う。きれいに並んだ歯を見せて。
「元気もらえるよ」
「ほんと? それは良かった。私、二階にいるね」
そう言うと、円花さんはドアから出て行った。
『壁も床もすり抜けられるけど、できるだけドアから出入りしたいの』、と言っていたのを思い出した。
着替えていると、スマホが鳴った。母さんからの着信だった。
「祐嗣、おはよう。起きてた?」
「うん。おはよう」
「お昼食べたら何時に退院してもいいって。だから一時ぐらいに帰ろうと思ってるの。二時ぐらいから、お店開けようと思って」
「今日ぐらい休んだら?」
「たっぷり寝て、すっかり元気だから、大丈夫。今日しか来られないお客さんもいるから。それで、祐嗣にちょっとお願いがあるの」
「なに?」
「午前中の予約をしているお客さんに、キャンセルの電話をかけてくれない? お店に来てくれたら、申し訳ないから」
「ああ、そっか。お店に来るよな。わかった。電話しておく」
「ごめんね。後で私から、お詫びの電話をするからって、必ず伝えて。それと私お財布持ってないから、悪いけど、手が空いてたら持ってきてくれない?」
「病院の支払いだね。持って行くよ」
「面倒かけて、ごめんね。祐嗣がだめだったら、篤志に頼もうと思ってたの」
「行けるよ。暇だし」
「よろしくね。財布は私の部屋に置いてあるから」
じゃあと電話が切れた。
母さんはいつもスマホをポケットに入れているから、一緒に運ばれたらしい。
店の予約のことも、病院への支払いのことも頭になかった。
隣室に入ると、鏡台の上に乗る財布を見つけた。中を開いてお札を確かめる。一万と数千円入っている。足りるのかわからないけど、クレカが使えるだろうから、と財布をショルダーバッグにしまった。
二階を素通りして一階に下りる。
電気がついていない店は、外の明かりが届いているとはいえ薄暗い。
ぱちりと明かりをつけて、現金や書類を置いている机に向かう。
予約ノートは今週のページが開いたままだった。お客さんの名簿をまとめているファイルを探しだし、10時から予約が入っていたお客さん三人に電話をかけて謝った。
怒る人は誰もいなくて、体調を崩した母さんの心配をしてくれた。
二階に上がろうと振り返ると、階段に円花さんがいた。
「キャンセルの電話?」
「うん。お店に来ちゃうと悪いから」
「おばさん、今日退院できるんだよね」
「昼食べたら帰るって。財布届けるから、円花さんの過去探しはその後でいいかな」
「今日はいいよ。おばさん迎えに行くでしょ」
「迎え? そっか、行った方がいいのか」
「お財布届けたら、帰ってくるつもりだったの?」
「ああ、うん。気が利かなさ過ぎだね。昼食べたら行くって、連絡しとくよ」
「おばさん、きっと喜ぶよ」
円花さんが言った通り、財布だけ渡して帰ってこようとしていた。迎えに行くという考えがない自分に呆れる。
階段を上がりながら、円花さんの背中に話しかける。
「午前中だけ、記憶探し行く?」
「ううん。ユージくんは明日から学校でしょ。付き合ってもらってばかりだと悪いから」
「早く思い出したんじゃないかなって」
「心配してくれて、ありがとう。だいたい思い出してるよ」
「でも、親と家、わからないんだよね」
「わからない方がいいのかも。悲しんでる親を見ない方が良い気もするなあって」
「つらいかな?」
「話しかけても、わかってもらえないからね。私と話せるの、ユージくんだけだから」
声の調子はいつもと同じに感じた。けど何か違うような。違和感を覚えた気がした。
円花さんは振り返らない。
何かあった?
訊ねようか、どうしようか。
首のあたりでポニーテールが揺れるのを見ながら、僕は口に出さなかった。
次回⇒17話 円花と料理
瞼を開いた僕の目の前に、満面の笑みを浮かべた女の子が現れた。
ヒマワリみたいな笑顔だなと、ぼんやりした頭で思う。
スマホで時間を確認すると、8時半を過ぎていた。
今日は連休最終日。惰眠を貪るのはやめようと、体を起こす。
「円花さん、いつ帰ってきたの?」
「少し前。朝帰りしちゃった」
ぺちろりと舌を覗かせる。いたずらな仕草も似合っている。
「ずっと歩き回っていたの?」
「そんなところ。今の私、疲れ知らずの最強ボディだからね」
えっへんと背筋を反らす。
円花さんは相変わらず明るい。今までの僕なら、自虐ネタにくすっと笑っていた。だけど今朝の僕は、昨日の叔父さんたちとの会話を思い出して、素直に受け止められなかった。
「ん? 何かあった?」
態度の違いを敏感に察知したのか、円花さんが瞬きを繰り返す。
「何も。円花さんはいつも明るいなあと思って」
「よく言われる」
にこりと笑う。きれいに並んだ歯を見せて。
「元気もらえるよ」
「ほんと? それは良かった。私、二階にいるね」
そう言うと、円花さんはドアから出て行った。
『壁も床もすり抜けられるけど、できるだけドアから出入りしたいの』、と言っていたのを思い出した。
着替えていると、スマホが鳴った。母さんからの着信だった。
「祐嗣、おはよう。起きてた?」
「うん。おはよう」
「お昼食べたら何時に退院してもいいって。だから一時ぐらいに帰ろうと思ってるの。二時ぐらいから、お店開けようと思って」
「今日ぐらい休んだら?」
「たっぷり寝て、すっかり元気だから、大丈夫。今日しか来られないお客さんもいるから。それで、祐嗣にちょっとお願いがあるの」
「なに?」
「午前中の予約をしているお客さんに、キャンセルの電話をかけてくれない? お店に来てくれたら、申し訳ないから」
「ああ、そっか。お店に来るよな。わかった。電話しておく」
「ごめんね。後で私から、お詫びの電話をするからって、必ず伝えて。それと私お財布持ってないから、悪いけど、手が空いてたら持ってきてくれない?」
「病院の支払いだね。持って行くよ」
「面倒かけて、ごめんね。祐嗣がだめだったら、篤志に頼もうと思ってたの」
「行けるよ。暇だし」
「よろしくね。財布は私の部屋に置いてあるから」
じゃあと電話が切れた。
母さんはいつもスマホをポケットに入れているから、一緒に運ばれたらしい。
店の予約のことも、病院への支払いのことも頭になかった。
隣室に入ると、鏡台の上に乗る財布を見つけた。中を開いてお札を確かめる。一万と数千円入っている。足りるのかわからないけど、クレカが使えるだろうから、と財布をショルダーバッグにしまった。
二階を素通りして一階に下りる。
電気がついていない店は、外の明かりが届いているとはいえ薄暗い。
ぱちりと明かりをつけて、現金や書類を置いている机に向かう。
予約ノートは今週のページが開いたままだった。お客さんの名簿をまとめているファイルを探しだし、10時から予約が入っていたお客さん三人に電話をかけて謝った。
怒る人は誰もいなくて、体調を崩した母さんの心配をしてくれた。
二階に上がろうと振り返ると、階段に円花さんがいた。
「キャンセルの電話?」
「うん。お店に来ちゃうと悪いから」
「おばさん、今日退院できるんだよね」
「昼食べたら帰るって。財布届けるから、円花さんの過去探しはその後でいいかな」
「今日はいいよ。おばさん迎えに行くでしょ」
「迎え? そっか、行った方がいいのか」
「お財布届けたら、帰ってくるつもりだったの?」
「ああ、うん。気が利かなさ過ぎだね。昼食べたら行くって、連絡しとくよ」
「おばさん、きっと喜ぶよ」
円花さんが言った通り、財布だけ渡して帰ってこようとしていた。迎えに行くという考えがない自分に呆れる。
階段を上がりながら、円花さんの背中に話しかける。
「午前中だけ、記憶探し行く?」
「ううん。ユージくんは明日から学校でしょ。付き合ってもらってばかりだと悪いから」
「早く思い出したんじゃないかなって」
「心配してくれて、ありがとう。だいたい思い出してるよ」
「でも、親と家、わからないんだよね」
「わからない方がいいのかも。悲しんでる親を見ない方が良い気もするなあって」
「つらいかな?」
「話しかけても、わかってもらえないからね。私と話せるの、ユージくんだけだから」
声の調子はいつもと同じに感じた。けど何か違うような。違和感を覚えた気がした。
円花さんは振り返らない。
何かあった?
訊ねようか、どうしようか。
首のあたりでポニーテールが揺れるのを見ながら、僕は口に出さなかった。
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