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33話 円花さんが目を覚ます未来
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夏を象徴するひまわりのような元気な一団が、廊下の壁際に身を寄せて体を休めていた。
「みんなお疲れ。すごく良かった。すごく良かったよー」
ベンチコート姿の女性が、一団を労っている。
「羽鳥コーチだよ」
円花さんが教えてくれた。
「この日、クラブチームの団体戦で銀賞もらったんだ」
「すごいな。みんなうまかったもんな。でも、中学校の部で出場したんじゃないんだね」
「そっちもしたよ。中学生部門は賞もらえなかった」
「そっか。それは残念だったな」
「うちの中学からの出場は初めてだったから、楽しむのが目標だったからね。クラブチームは賞狙いだったから、銀賞は嬉しいけど、悔しかったんだ」
円花さんはその輪に加わりたそうに、彼女たちを見つめていた。半年前の円花さんが、そこにいるんだけどね。
「さ、楽しい振り返りはここまで。あいつを捜そう」
円花さんが僕に顔を向けた。笑顔を封印して、強い光を目に宿らせている。
「この大会がきっかけだったんだよな」
円花さんから聞いたつらい話を思い出す。
「振り返ってみると、きっかけはここだった」
円花さんは、ここで谷恭也に目をつけられた。
「道で話しかけられたとき、私学に通う妹がバトンやってて、この会場に観に来てたって言ってた。銀賞おめでとうって言われて。よく考えたら、こんなにたくさん人がいる中で、私を認識して覚えていて、都合良く道でばったり出くわすなんてあるはずないのに、私バカだから、気づかなかった」
円花さんは、悔しそうに顔を少し歪めた。
谷恭也は円花さんのストーカーだった。
この大会で円花さんに目を付けた谷恭也は、出場していた中学校とクラブチームの名前から、住んでいる地域を見つけ出し、偶然を装って円花さんに声をかけていた。
「谷恭也は、一中の卒業生って言ってたな」
円花さんには、GWに谷恭也に会い、話をしたことを伝えている。
「本当に一中の卒業生なのかな?」
「どうだろうな。勝手に入るために嘘をついたのかもしれないね。でも、本当の可能性だってある。それが嘘だろうと真実だろうと、谷恭也のやったことをなかったことにするのが目的だからね。見つけ出して、これからの行動を食い止めよう」
「どうやって食い止めよう。私たち、見えないんだよ」
「こっちの僕に入って動かすよ。自分にだけは入れるらしいから」
「え!? そうなの? じゃあ、私も入れるってことだよね」
「そうだね。できるんじゃないかな」
「じゃ、時間をずらしたり、道を変えたりして、会わないように回避することもできるよね」
「そっか。そういう方法もあるね。未来の円花さんが覚えてるもんね。あれ? もしかして僕出番ない?」
「そんなわけない。ユージくんがいないと私はここにいないんだから。帰る方法わかんないし」
「自分の体に戻ればいいみたいだけど。すべてが終わったら、ちゃんと体まで連れて帰るから」
たぶん叔父さんにバレたら叱られるレベルのことをやっていると思う。でも、もうやってしまったんだから、進むしかない。そして、目的を達成した後は、責任を持って円花さんと帰る。
「まずは、あいつを捜そう」
僕と円花さんはいったん分かれて、広い体育館を探し回った。
見つけたのは僕だった。
谷恭也は観覧席に座っていた。
カメラを触っている。
僕は背後に回って画像を覗き込んだ。
画面には円花さんが写っていた。体の方の。
円花さんは反対側の観覧席に仲間たちと座っていて、他の出場者たちの演技を見ていた。
僕は腹が立ってカメラを壊してやろうと思ったのに、カメラに触れられない。僕の手は、カメラを素通りする。
谷恭也は、ファインダー越しの円花さんを見ている。表情はない。ターゲットを見つけて喜んでいるのかと思ったけど、この時点では、ストーカー化しそうな片鱗はなかった。
多数の出場者の中から、谷恭也は円花さんを見つけ出し、気に入ったらしい。
選手として気に入ったのか、円花さん自身が好みだったのか。
知らないけれど、ストーカー化は許せない。円花さんを怖がらせたあげく、危ないとわかっている通りで無理な横断をさせた。
あの事故がなければ、僕は円花さんと出会わなかっただろう。
円花さんを好きになった今、出会えなかった現実があるかもと思うと、きつい。
だけど幽霊じゃないとわかった。生きているとわかった。
それなら、目を覚まして欲しい。生きている円花さんに会いたい。
幽霊の円花さんを好きになってしまったけど、希望がなかった。触れたいのに触れられず、一緒に出掛けているのに、僕はひとりでいるみたいだった。
元気になった円花さんと、デートがしたい。一緒に写真を撮りたい。恋をしたい。
でも、もしも、過去を変えたことで、透明な方の円花さんの記憶が、体に残なかったとしたら?
円花さんが僕を忘れてしまったとしても、それでもいいと思っていた。
なくした記憶を探して歩き回ったことや、水族館デートをしたことが、全部なかったことになったとしても、円花さんが目を覚ます未来の方がいい。
絶対に。
次回⇒34話 谷恭也
「みんなお疲れ。すごく良かった。すごく良かったよー」
ベンチコート姿の女性が、一団を労っている。
「羽鳥コーチだよ」
円花さんが教えてくれた。
「この日、クラブチームの団体戦で銀賞もらったんだ」
「すごいな。みんなうまかったもんな。でも、中学校の部で出場したんじゃないんだね」
「そっちもしたよ。中学生部門は賞もらえなかった」
「そっか。それは残念だったな」
「うちの中学からの出場は初めてだったから、楽しむのが目標だったからね。クラブチームは賞狙いだったから、銀賞は嬉しいけど、悔しかったんだ」
円花さんはその輪に加わりたそうに、彼女たちを見つめていた。半年前の円花さんが、そこにいるんだけどね。
「さ、楽しい振り返りはここまで。あいつを捜そう」
円花さんが僕に顔を向けた。笑顔を封印して、強い光を目に宿らせている。
「この大会がきっかけだったんだよな」
円花さんから聞いたつらい話を思い出す。
「振り返ってみると、きっかけはここだった」
円花さんは、ここで谷恭也に目をつけられた。
「道で話しかけられたとき、私学に通う妹がバトンやってて、この会場に観に来てたって言ってた。銀賞おめでとうって言われて。よく考えたら、こんなにたくさん人がいる中で、私を認識して覚えていて、都合良く道でばったり出くわすなんてあるはずないのに、私バカだから、気づかなかった」
円花さんは、悔しそうに顔を少し歪めた。
谷恭也は円花さんのストーカーだった。
この大会で円花さんに目を付けた谷恭也は、出場していた中学校とクラブチームの名前から、住んでいる地域を見つけ出し、偶然を装って円花さんに声をかけていた。
「谷恭也は、一中の卒業生って言ってたな」
円花さんには、GWに谷恭也に会い、話をしたことを伝えている。
「本当に一中の卒業生なのかな?」
「どうだろうな。勝手に入るために嘘をついたのかもしれないね。でも、本当の可能性だってある。それが嘘だろうと真実だろうと、谷恭也のやったことをなかったことにするのが目的だからね。見つけ出して、これからの行動を食い止めよう」
「どうやって食い止めよう。私たち、見えないんだよ」
「こっちの僕に入って動かすよ。自分にだけは入れるらしいから」
「え!? そうなの? じゃあ、私も入れるってことだよね」
「そうだね。できるんじゃないかな」
「じゃ、時間をずらしたり、道を変えたりして、会わないように回避することもできるよね」
「そっか。そういう方法もあるね。未来の円花さんが覚えてるもんね。あれ? もしかして僕出番ない?」
「そんなわけない。ユージくんがいないと私はここにいないんだから。帰る方法わかんないし」
「自分の体に戻ればいいみたいだけど。すべてが終わったら、ちゃんと体まで連れて帰るから」
たぶん叔父さんにバレたら叱られるレベルのことをやっていると思う。でも、もうやってしまったんだから、進むしかない。そして、目的を達成した後は、責任を持って円花さんと帰る。
「まずは、あいつを捜そう」
僕と円花さんはいったん分かれて、広い体育館を探し回った。
見つけたのは僕だった。
谷恭也は観覧席に座っていた。
カメラを触っている。
僕は背後に回って画像を覗き込んだ。
画面には円花さんが写っていた。体の方の。
円花さんは反対側の観覧席に仲間たちと座っていて、他の出場者たちの演技を見ていた。
僕は腹が立ってカメラを壊してやろうと思ったのに、カメラに触れられない。僕の手は、カメラを素通りする。
谷恭也は、ファインダー越しの円花さんを見ている。表情はない。ターゲットを見つけて喜んでいるのかと思ったけど、この時点では、ストーカー化しそうな片鱗はなかった。
多数の出場者の中から、谷恭也は円花さんを見つけ出し、気に入ったらしい。
選手として気に入ったのか、円花さん自身が好みだったのか。
知らないけれど、ストーカー化は許せない。円花さんを怖がらせたあげく、危ないとわかっている通りで無理な横断をさせた。
あの事故がなければ、僕は円花さんと出会わなかっただろう。
円花さんを好きになった今、出会えなかった現実があるかもと思うと、きつい。
だけど幽霊じゃないとわかった。生きているとわかった。
それなら、目を覚まして欲しい。生きている円花さんに会いたい。
幽霊の円花さんを好きになってしまったけど、希望がなかった。触れたいのに触れられず、一緒に出掛けているのに、僕はひとりでいるみたいだった。
元気になった円花さんと、デートがしたい。一緒に写真を撮りたい。恋をしたい。
でも、もしも、過去を変えたことで、透明な方の円花さんの記憶が、体に残なかったとしたら?
円花さんが僕を忘れてしまったとしても、それでもいいと思っていた。
なくした記憶を探して歩き回ったことや、水族館デートをしたことが、全部なかったことになったとしても、円花さんが目を覚ます未来の方がいい。
絶対に。
次回⇒34話 谷恭也
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