【完結】僕らの恋は青くない

衿乃 光希

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40話 戻ってきて

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「祐嗣くん、大丈夫かい?」

 叔父さんの声が聞こえる。
 あれ? まだ病院だったっけ、未来に戻ったんじゃなかったっけ。頭がぼんやりしてるけど、体に痛みがないことで、はっと気がついた。

 かばっといきおいよく体を起こすと、
「うっ」
 頭がくらくらして、視界が歪んだ。

「目をつむって、じっとして」

 叔父さんに言われたとおりにすると、徐々に頭が落ち着いてきた。
 瞼を開けると、歪みも治まっていた。

「おかえり。丸一日眠っていたからね、無理はしちゃいけないよ」
「丸一日も?」
 自分のじゃないみたいに声ががさがさしていた。

「水をゆっくり飲んで」
 キャップを外したペットボトルを渡されて、口に含む。口の中が湿ったおかげで、生き返ったような気がした。

「円花さんは?」
 周囲に透けた円花さんはいない。

「一緒に過去に戻ったと言っていたね」
「うん。一緒に戻って、一緒に帰ってきた」
 夢を見ていたような心地があって、現実感はない。

「事故をなくしたのなら、自分の体に戻れているんじゃないかと思うけど、確認するのは、祐嗣くんの体が元気になってからにしよう。気にはなるだろうけど、君も無理をしたんだよ。なかなか戻らないから、心配した」

「時間の感覚がないから、わからなかった」

「叔父さん、寝ずに見守ってたのよ」

 叔母さんに言われて、叔父さんの顔を見る。
「そうなの? ごめん」

「力のことを教えたのは僕だからね、責任があるから」
 叔父さんは疲れているのか目をしょぼしょぼさせている。目の下にはクマがあった。

「ありがとう」
「気にするな。これから少し寝るよ。祐嗣くんも、軽く食事をして、眠ったほうがいい」
 そう言って叔父さんは欠伸をした。

「サンドイッチを作っておいたから、食べられそう?」
 叔母さんが優しく声をかけてくれる。

「食べます」
「持ってくるわね」

 布団から出ることなく、叔母さんが持ってきてくれたサンドイッチをすべて食べ、僕は昼まで眠った。

 仮眠をとって起きてきた叔父さん叔母さんと、昼食をとりながら話をした。

 僕は3月末に、殴り合いのケンカをして鼻骨骨折と体の打撲で一週間入院した。
 その時に話した内容も、叔父さんは覚えていた。
 突然、湧き出るように記憶に表れたらしい。
 叔母さんには寝て起きたら、その記憶があった。

 変わったのはそれだけ。
 今現在の僕に、手術の記憶はない。入院直後の叔父さんと話しをしたのと、痛みがあったことぐらい。

「ゆっくりと思い出すんだじゃないかな。記憶の融合って言っていいのかわからないけど」

 過去でも同じようなことを言っていたなと、すぐに思い出した。

 見守ってくれていた叔父さんにお礼を言って、僕は電車で帰った。
 スマホで円花さんの事故の記事を調べた。該当記事は見つからず、その後も交通事故は起きていなかった。

 最寄り駅を降りてから、まっすぐ帰らずに、僕はある場所に立ち寄った。

 一か所目は谷恭也の自宅。過去に行ったままの場所にあった。

 殴り合ったあと、恭也はどうなったんだろうか。
 叔父さんいわく、被害届は出さなかったらしい。だから今までの生活をしていると思う。

 谷恭也には怒りの気持ちがまだあるけど、僕らが食い止めたことで、円花さんへのストーカー被害は出ていないはず。それなら逮捕はしてもらえない。
 恭也のせいで円花さんは怖い思いをしたけど、事故は食い止めた。要注意人物だとは思うけど、現状ではどうすることもできない。
 もう二度と円花さんに近寄らないように、願うしかない。

 次に、円花さんが入院していた病院に行った。
 あの交通事故はなくなったけれど、別の何かがあって入院していないか、確認がしたかった。
 円花さんが使っていた部屋に向かうと、知らない名前が書いてあった。
 ほっとした。ここに、円花さんはいない。

 最後に、円花さんのマンションに行った。未来に戻るために一度だけ訪れた。三階建てのオートロックマンション。円花さんの部屋は最上階だった。

 あれから、どう過ごしているんだろう。

 僕には、円花さんと過ごした記憶がある。
 最初に円花さんを拒絶してしまったことや、体育館でのダンスに惹かれたこと。街を歩き回って記憶を探し、料理、ヘアカットのアドバイス、そして、水族館デート。
 過去に戻った時の記憶もしっかりとある。
 一カ月ちょっとの記憶が、消えずに残っている。

 でも、入院中の記憶がない。かつて過ごした記憶の方がある。

 円花さんの記憶がどうなっているのかわからない。残っているといいな。
 僕はインターフォンを押すことなく、マンションに背を向けた。



   次回⇒41話 円花さんのいない日々
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