転生できずに地縛霊のままなんですけど……

東の大陸

ヒントが全然ピンとこない

　ヤルタクチュは次つぎの養分ようぶんとしてヒュリアを狙ねらっているに違ちがいありません。
　耶代やしろを怖おそれているみたいでしたが、獲物えものの誘惑ゆうわくには勝かてないってことでしょう。

　気配けはいを感かんじたヒュリアも周まわりを見回みまわし、根ねが自分じぶんを狙ねらってるって気きづいたみたいです。
　痛いたみに耐たえながら歯はをくいしばって立上たちあがります。
　そしてマントを開ひらくと、腰こしに提さげた剣けんを抜ぬき放はなちました。

　抜ぬかれた剣けんの剣身けんしんが、月つきの光ひかりで輝かがやきます。
　ヒュリアの瞳ひとみも綺麗きれいですが、その剣けんの輝かがやきも素晴すばらしいものでした。
　銀色ぎんいろの片刃かたばの刃やいばに、美うつくしい波型なみがたの青あおい刃紋はもんがうかんでいます。
　片刃かたばなんで剣けんとういうより、刀かたなというべきなんでしょうね。
　時代劇風じだいげきふうに言いえば、かなりの業物わざもののよのうって感かんじです。

「いい剣けんだね」

「ああ。私わたしの師匠ししょうが造つくった傑作けっさくの一ひとつだ」

　剣けんを褒ほめられて、ヒュリアは嬉うれしそうです。

「ところでヒュリアは、さっきの騎士達きしたちみたいに魔導まどうを使つかえるの？」

「いや、私わたしは使つかえない」

「そうなんだ。なら余計よけいに急いそがないと。あの根ねっこ、きっと襲おそってくるよ」

　すぐさま羅針眼らしんがんの“氏名しめい”のところにヒュリア・ウル・エスクリムジと念ねんじます。
　するとヒュリアの名前なまえが、“氏名しめい”の文字もじにカタカナで上書うわがきされました。
　チャイム音おんが響ひびいて、名前なまえの下したに新あらたな指示しじが表示ひょうじされます。

『登録者とうろくしゃの口頭こうとうによる承諾しょうだくが必要ひつようです』

　ふいにヤルタクチュの根ねの一本いっぽんが敷地しきちに侵入しんんゅうし、ヒュリアに襲おそいかかってきました。
　でも彼女かのじょは目めの覚さめるような剣けんさばきで根ねを斬払きりはらいます。
　素人しろうとの僕ぼくでも彼女かのじょが、相当そうとう強つよい剣士けんしだってことがわかりました。
　だってあの騎士達きしたちは、根ねを斬きることができなかったんですから。

　ただ、それをきっかけに複数ふくすうの根ねが、一斉いっせいにヒュリアに攻撃こうげきをしかけ始はじめたのです。
　こういう体験たいけん、初はじめてなんで、どうしていいかわらず棒立ぼうだちです。
　そして、自分じぶんでもアホだと思おもいますが、見事みごとなヒュリアの立たち回まわりに見入みいってしまって。

　ヒュリアは、根ねの攻撃こうげきを難無なんなく捌さばいていきますが、足元あしもとから忍しのび寄よった根ねが足首あしくびにからみつき、引ひき倒たおされてしまいました。
　倒たおれたヒュリアを、ヤルタクチュは空地あきちへ引ひきずり出だそうとします。
　彼女かのじょは引ひきずられないよう、とっさに片手かたてで柱はしらにつかまりました。

　我われに返かえった僕ぼくは慌あわてて、ヒュリア の腕うでを捕つかまえようとしました。
　彼女かのじょは、両手りょうてで柱はしらに掴つかまろうと剣けんを捨すてますが、その瞬間しゅんかんに強つよく引ひかれて、柱はしらから両手りょうてが外はずれてしまいます。
　僕ぼくは咄嗟とっさに右手みぎてで、彼女かのじょの右腕みぎうでを掴つかみました。　

　敷地しきちの外そとに出だされれば、僕ぼくには手出てだしできなくなるんで、何なんとしても放はなしちゃいけません。
　だけど長ながくは、もたなそうです。
　
　明あきらかに根ねの方ほうが力ちからが強つよくて、ヒュリアと一緒いっしょに僕ぼくも引ひきずられ始はじめます。

　こりゃヤベぇぞって思おもったとき、羅針眼らしんがんが勝手かってに現あらわれて、さっきの文章ぶんしょうを赤あかく点滅てんめつさせたのでした。

　そうでしたっ！
　彼女かのじょに見入みいって忘わすれてましたっ！
　耶代やしろさん、ごめんなさいっ！
　
　謝あやまってすぐ、早口はやくちでヒュリアに問といかけます。

「ヒュリア・ウル・エスクリムジ！　あなたは耶卿やきょうになることを承諾しょうだくしますか？！」

　僕ぼくの手てにしがみついてるヒュリアは、食くいしばった口くちから絞しぼり出だすような声こえで答こたえました。
　
「しょう……、だく……、する……」

　その途端とたん、またチャイム音おんがして、羅針眼らしんがんの文字もじが変化へんかしました。
　登録とうろくした名前なまえや消滅しょうめつまでのカウントが消きえて、別べつの文字もじが現あらわれます。

『以前いぜんの設定せっていの引継ひきつぎを開始かいしします』

　おいおい、引継ひきつぎって！
　今いまからかよ！

　ヤルタクチュは、ヒュリアの身体からだを覆おおいい隠かくすほど何重なんじゅうにもからみつき、引張ひっぱる力ちからが更さらに強つよくなりました。
　ヒュリアの腕うでが僕ぼくの手ての中なかで滑すべり始はじめます。

　腕うで、掌てのひら、そして指ゆび……。
　さらに五本ごほんの指ゆびが一本いっぽんずつ引ひきはがされ、ついに人差ひとさし指ゆびだけになります。

「ヒュリア！　登録とうろくが終おわるまで頑張がんばって！」

　でも、その声援せいえんは、すぐに無意味むいみなものになりました。
　指ゆびと指ゆびが離はなれ、物凄ものすごい勢いきおいでヒュリアの身体からだが引張ひっぱられていきます。

　彼女かのじょの身体からだが敷石しきいしから外はずれ、透明とうめいな壁かべの位置いちを越こえようとしたとき、チャイム音おんとともに、また文字もじが現あらわれました。

『引継ひきつぎを完了かんりょうしました。全すべての機能きのうが使用可能しようかのうです』

　同時どうじに頭あたまの中なかに、オペ兄にいさんの言葉ことばが浮うかびます。

（――結界けっかいっていう王道おうどうの機能きのうもあるからね）

　一いちか八ばちか、羅針眼らしんがんに向むかって念ねんじます。

　結界発動けっかいはつどう！

　軽かるい圧力あつりょくが身体からだにかかるのを感かんじたとたん、ヒュリアを捕つかまえていた根ねが、鈍にぶい音おとを上あげ、切断せつだんされました。
　ヒュリアはギリギリのところで敷地しきちから出でることを免まぬがれたのです。
　彼女かのじょのまわりには、切きられた根ねが散乱さんらんしています。

　ヤルタクチュは、結界けっかいと地面じめんの間あいだに挟はさまれ、押おし潰つぶされるように切断せつだんされたのでした。
　目めをこらすと、結界けっかいは透明とうめいに近ちかい薄青色うすあおいろをしていて、屋敷やしきをドーム状じょうに覆おおっています。

　ぎこちなく立上たちあがったヒュリアは、ふらふらしながら戻もどってきます。
　もし結界けっかいの発動はつどうが、もう少すこし遅おくれていたら、ヒュリアの身体からだも一緒いっしょに切断せつだんされていたかもしれません。
　安心あんしんしたせいか力ちからが抜ぬけて、その場ばにへたり込こみました。

「なんとか助たすかったよ。――君きみが何なにかしたんだろ？」

「うん、周囲しゅういに結界けっかいを張はったんだ。奴やつらは結界けっかいと地面じめんに挟はさまれて、ぶった切ぎられたってわけさ」

　ヒュリアは感心かんしんした様ように、青あおいドームを見回みまわしました。

「傷きずは大丈夫だいじょうぶ？」

「この程度ていど、どうということはないよ」

　ヒュリアは凛々りりしく笑わらってみせます。
　いや、ヅカオタなら喜よろこんじゃうかも。

「君きみは魔導まどうが使つかえるんだね」　

　ヒュリアは、落おとした剣けんを拾ひろい上あげ、僕ぼくの横よこに腰こしを下おろしました。
　肩かたが触ふれあうほどの距離きょりに、ドギマギしてしまいます。

「う、うん……。ヒュリアが耶卿やきょうになったおかげだよ。結界けっかいがあれば、もう奴やつらも入はいってこれないから、安心あんしんして」

「そうか……、良よかった……」

　ヒュリアは、初はじめて女おんなの子こらしく微笑ほほえんでくれました。
　また、見惚みとれてしまいます。

「屋敷やしきには、他ほかにも力ちからがあるのかい？」

「――え？　あっ、うん。ちょ、ちょっと待まって。確認かくにんしてみる」

　見惚みとれてたことをごまかすために、あわてて羅針眼らしんがんを呼出よびだしました。
　すると今いままではなかった白しろい文字もじが、視界しかいの中なかに、たくさん浮うかんでいます。
　白しろい文字もじは中央ちゅうおう部分ぶぶんを空あけて、四方しほうに配置はいちされていました。
　そして中央部分ちゅうおうぶぶんの真中まんなかには赤あかい文字もじが点滅てんめつしていて、そこにはこんな指示しじが表示ひょうじされていました。

『耶代やしろを修繕しゅうぜんしてください』

　とりあえず順じゅんに見みていくことにします。
　上側うわがわには二ふたつの項目こうもくがあります。　

『耶卿やきょう氏名しめい：ヒュリア・ウル・エスクリムジ　状態じょうたい：54/100』
『耶卿目的やきょうもくてき：聖騎士団帝国せいきしだんていこくの皇帝こうていとなり国くにを取戻とりもどす』

　左側ひだりがわにも二ふたつの項目こうもく。

『耶宰術儀やさいじゅつぎ』
『交流関係こうりゅうかんけい』

　右側みぎがわにも二ふたつ。

『耶代機能やしろきのう』
『倉庫備品そうこびひん』

　下側したがわに三みっつの項目こうもく。

『任務にんむ：ヤルタクチュを無力化むりょくかする。ただし絶滅ぜつめつは避さける』
『現状げんじょう』
『備考びこう』

　こりゃなかなかヤバいですな。
　とにかく、全すべての項目こうもくをチェックしてみましょう。

　上側うえがわの二ふたつは、ヒュリアについてのことですね。
　『状態じょうたい』っていうのは、たぶん健康状態けんこうじょうたいじゃないでしょうか。
　100のうち54まで落込おちこんでますね。
　ケガもしてるし、仕方しかたありません。
　『耶卿やきょう目的もくてき』については、ヒュリアの望のぞみが、そのまま反映はんえいされてますな。

　次つぎに左側ひだりがわを見みてみます。

　『耶宰術儀やさいじゅつぎ』っていうのは、僕ぼくが使つかえる魔導まどうについての項目こうもくでしょうね。
　どういう内容ないようなのか知しりたいって思おもったら、その横よこに別べつのウィンドウが開ひらきました。
　羅針眼らしんがんは、パソコンと似にた作つくりみたいです。

　ウィンドウは『術法じゅつほう』の欄らんと『儀方ぎほう』の欄らんに分わかれていました。
　術法じゅつほうは空欄くうらんですが、儀方ぎほうの欄らんに『家事全般かじぜんぱん』『出納すいとう』とあります。

　『交流関係こうりゅうかんけい』でもウィンドウを開ひらくと、『盟友めいゆう』『請負うけおい』の二ふたつの欄らんがあって、どちらにも表示ひょうじされているものはありませんでした。
　これは見みた通とおり人間関係にんげんかんけいについての機能きのうでしょうね。

　『盟友めいゆう』は友達ともだちのことだろうけど、『請負うけおい』は誰だれかに何なにかをやってもらうってことかな。
　でも人間関係にんげんかんけいが複雑ふくざつになるのは面倒めんどうくさくて嫌いやなので、ここはこれ以上いじょうノータッチということで。

　続つづいて右側みぎがわの項目こうもくです。

　『耶代機能やしろきのう』っていうのは、耶宰やさいである僕ぼくが持もつ力ちからとは別べつに、耶代やしろ自体じたいが持もっている力ちからのことを指さしてるんでしょう。
　ウィンドウを開ひらくとそこには『結界けっかい』『倉庫そうこ』『休養きゅうよう』『修繕しゅうぜん』『配置はいち』『化成かせい』『統火とうか』とありました。

　『結界けっかい』はもう見みたんでOKです。
　他ほかのものは、一応日本語いちおうにほんごだけど実際じっさいはどんな力ちからなのかは、まだわかりませんね。
　とりあえず保留ほりゅうってことで。

　『倉庫備品そうこびひん』のウィンドウには、倉庫内そうこないにある品物しなものの名前なまえと数量すうりょうが表示ひょうじされています。
　木材もくざい、石材せきざい、薬品やくひん、食料しょくりょう、水みず、塩しおなど色いろんな物ものが、たくさん備蓄びちくされているようです。

　最後さいごに下側したがわにある項目こうもくを見みてみます。

　『任務にんむ』の項目こうもくにある指示しじは、もしかすると箱庭はこにわゲームなんかと同おなじものかもしれません。
　任務にんむをこなすと、報酬ほうしゅうとか経験値けいけんちがもらえて、家いえや家具かぐなんかが豪華ごうかなったりするアレです。
　なんせここじゃ、耶代やしろっていう屋敷やしきが主役しゅやくですからねぇ。
　耶宰やさいなんて偉えらそうな名前なまえついてるけど、僕ぼくは脇役わきやくで、オマケみたいなもんです。
　
　それとヤルタクチュですが、無力化むりょくかしても絶滅ぜつめつがダメってことは、残のこらず燃もやしちゃうなんてことはできないってことかな……。

　『現状げんじょう』のウィンドウを開ひらくと、『耶宰やさい』の欄らんと『耶代やしろ』の欄らんに分わかれていました。
　『耶宰やさい』の欄らんには八上月雲やがみつくもの名前なまえがあって、状態じょうたい：98/100となっています。
　死しんでるけど、健康けんこうってわけですね。

　『耶代やしろ』の欄らんの一番上いちばんうえには“木造平屋もくぞうひらや建だて”とあり、横よこに耐久力たいきゅうりょく：0/100とありました。
　さらにその下したには、結界発動中けっかいはつどうちゅうと表示ひょうじされてます。

　そしてお待まちかね、最下部さいかぶにある『備考びこう』のウィンドウを開ひらくと、そこには、オペ兄にいさんが言いっていたヒントがならんでいたのです。

『上手じょうずな人形焼にんぎょうやきを作つくるにはアンコを生地きじに合あわせる』
『ビンゴゲームには漢字かんじの三さんを書かいてみる』　
『修羅しゅらのような騎士きしから救すくうには、星ほしの想おもいを受うけつぐ』
『古代こだい悪魔あくまの六芒星ろくぼうせいには触さわってみる』

『本ほんの虫むしの師匠ししょうには黒くろと白しろの研究書けんきゅうしょを見みせる』
『借金娘しゃっきんむすめの返済へんさいには、迷まよい猫ねこに匂袋においぶくろを渡わたす』
『花咲乱はなさきみだれる森もりにもどすには、振動しんどうする水みずを与あたえる』
『ロケットに入はいれば散歩さんぽも魔法まほうもできる』

『激げきアツな俺娘おれっこにはキャラメルを与あたえる』
『メンヘラの芸術げいじゅつオタクには母ははが好すきだった歌うたを聞きかせる』
『モテ男おとこの仙人せんにんは、国くにが生うまれたところにいる』
『博打ばくち好ずきの陰いんキャ男おことにはボドゲを教おしえる』

『魔女娘まじょっこがフリーズしたら、アップルパイを口くちにねじ込こむ』
『英雄願望えいゆうがんぼうのモヤシ男おとこには肉にくを食たべさせる』
『従業員じゅうぎょういんは俺娘おれっこに紹介しょうかいしてもらう』
『全すべての望のぞみがかなったら、もつれた便たよりの部屋へやに行いく』

『注意ちゅうい：ヒントを口外こうがいする場合ばあい、自主規制じしゅきせいにかかることがあります』

「なんじゃあ、こりゃあ！」

　つっこみどころ満載まんさいです。