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【1】 コンフォート・ゾーン
7 父親と、母親と
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中はしんと静まっていた。
電気も点いておらず、たたきには僕のものと思われるスニーカーが2足、揃わずに転がっていた。どちらも履き潰しているようで、踵が曲がって、靴の裏が泥で汚れている。
「すいませーん」
僕は奥に向かって叫んだ。
自分の家なのにすいませんと言うのもおかしいけれど、他人の家の感じがして、呼びかけたまま上がれないでいる。
「入りますねー」
僕は一応そう言って、靴を脱いで上がった。
廊下の床が歩く度にギイギイときしむ。
すぐ横の部屋のドアを開け、中を見ると居間のようだった。
僕は思わず「えっ」と声を漏らした。
広い畳の上に、ゴミが散乱していたのだ。
飲みかけのペットボトルや空き缶、雑誌などがとっちらかって、黒いちゃぶ台の上にもそれらの物がぎっしり乗っている。
口があいたファーストフード店の紙袋。
ゴミが詰まって膨らんだビニール袋も、何個もあちこちに転がっていた。
カーテンレールには、針金ハンガーにかかったタオルやパジャマがぶら下がっていて、季節外れの電気ストーブまで出しっぱなしだ。
どうにもこうにも、全体的に見栄えが悪い。
いつの間にか、隣に立っていた篠口先生がポツリと言う。
「汚いな」
「す、すみません……ちょっとここで待っててもらえますか」
僕は家の中を探索することにした。
居間の他に寝室と、物置状態になっている部屋が1部屋ある。すべて和室だ。
各部屋に押し入れがあり、試しに寝室の押し入れを開けてみると、何かが引っかかって途中までしか開かない。
隙間から覗くと中はひどい有様で、ダンボールの箱や洋服、布団、本などが雑然と積まれていた。
天袋にも、ぎっちぎちに物が詰まっている。
あああ……と絶望的な気持ちになりながら、篠口先生のところへ戻る。しかし先生はいなかった。
居間に入ると、その姿を見つけた。
何かを熱心に見つめている。
僕が隣に立つと、篠口先生はまたポツリと呟いた。
「君はここに、1人で暮らしているのかもね」
見つめていたのは、棚に置いてある2つの写真立てだった。
写真は、篠口先生よりもだいぶ年上の男の人と───さらに年上の、おじいちゃんくらいの歳の人。
それぞれ、1人きりで微笑んでいる。
2人とも、面影が僕に似ている気がした。
言葉にはしなかったけど、僕の父と祖父だろうと直感で分かった。
「母親も、いないんですかねぇ」
僕から口にしてみる。
いない、気がした。
母親がいたら、こんなに荒れ放題の家になる気がしない。
僕1人で暮らしているからこそ、こんなに自由に、誰にも文句を言われることなく散らかし放題で過ごせていたのだろう。
母親の写真は別のところにあるのか、もしくは気恥しさがあって飾っていないのか。
べつに、ショックは受けなかった。
仕方ないというか、不安はあるけど、これから何が起こったとしてもなんでも受け入れていかなくちゃという気持ちの方が強かった。
「どうだろう。とりあえず、少しだけ片付けよう。悪いが落ち着かなくて」
床に落ちているチラシや漫画本をまとめ始めたのを見て、僕も慌てて参戦する。
「怪我人なんだから座っててくれ」と言われたが、僕は無理を言って掃除をした。
きっとこの人は、普段から綺麗好きなのだろう。
動く度に体は痛くてつらいけど、こんなに荒れた部屋を他人に見せているほうが、よっぽどつらくて恥ずかしかった。
おい、記憶を失う前の琴……だらしないにも程があるぞ。
電気も点いておらず、たたきには僕のものと思われるスニーカーが2足、揃わずに転がっていた。どちらも履き潰しているようで、踵が曲がって、靴の裏が泥で汚れている。
「すいませーん」
僕は奥に向かって叫んだ。
自分の家なのにすいませんと言うのもおかしいけれど、他人の家の感じがして、呼びかけたまま上がれないでいる。
「入りますねー」
僕は一応そう言って、靴を脱いで上がった。
廊下の床が歩く度にギイギイときしむ。
すぐ横の部屋のドアを開け、中を見ると居間のようだった。
僕は思わず「えっ」と声を漏らした。
広い畳の上に、ゴミが散乱していたのだ。
飲みかけのペットボトルや空き缶、雑誌などがとっちらかって、黒いちゃぶ台の上にもそれらの物がぎっしり乗っている。
口があいたファーストフード店の紙袋。
ゴミが詰まって膨らんだビニール袋も、何個もあちこちに転がっていた。
カーテンレールには、針金ハンガーにかかったタオルやパジャマがぶら下がっていて、季節外れの電気ストーブまで出しっぱなしだ。
どうにもこうにも、全体的に見栄えが悪い。
いつの間にか、隣に立っていた篠口先生がポツリと言う。
「汚いな」
「す、すみません……ちょっとここで待っててもらえますか」
僕は家の中を探索することにした。
居間の他に寝室と、物置状態になっている部屋が1部屋ある。すべて和室だ。
各部屋に押し入れがあり、試しに寝室の押し入れを開けてみると、何かが引っかかって途中までしか開かない。
隙間から覗くと中はひどい有様で、ダンボールの箱や洋服、布団、本などが雑然と積まれていた。
天袋にも、ぎっちぎちに物が詰まっている。
あああ……と絶望的な気持ちになりながら、篠口先生のところへ戻る。しかし先生はいなかった。
居間に入ると、その姿を見つけた。
何かを熱心に見つめている。
僕が隣に立つと、篠口先生はまたポツリと呟いた。
「君はここに、1人で暮らしているのかもね」
見つめていたのは、棚に置いてある2つの写真立てだった。
写真は、篠口先生よりもだいぶ年上の男の人と───さらに年上の、おじいちゃんくらいの歳の人。
それぞれ、1人きりで微笑んでいる。
2人とも、面影が僕に似ている気がした。
言葉にはしなかったけど、僕の父と祖父だろうと直感で分かった。
「母親も、いないんですかねぇ」
僕から口にしてみる。
いない、気がした。
母親がいたら、こんなに荒れ放題の家になる気がしない。
僕1人で暮らしているからこそ、こんなに自由に、誰にも文句を言われることなく散らかし放題で過ごせていたのだろう。
母親の写真は別のところにあるのか、もしくは気恥しさがあって飾っていないのか。
べつに、ショックは受けなかった。
仕方ないというか、不安はあるけど、これから何が起こったとしてもなんでも受け入れていかなくちゃという気持ちの方が強かった。
「どうだろう。とりあえず、少しだけ片付けよう。悪いが落ち着かなくて」
床に落ちているチラシや漫画本をまとめ始めたのを見て、僕も慌てて参戦する。
「怪我人なんだから座っててくれ」と言われたが、僕は無理を言って掃除をした。
きっとこの人は、普段から綺麗好きなのだろう。
動く度に体は痛くてつらいけど、こんなに荒れた部屋を他人に見せているほうが、よっぽどつらくて恥ずかしかった。
おい、記憶を失う前の琴……だらしないにも程があるぞ。
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