ただ、そばにいさせて。

こすもす

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44 策略

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「そっか。店長、あの人にもお土産買ってたんだね」

 しつこさに負けて、もう少し粘りたかったけど、大沢店長と何を話していたのか話した。
 居酒屋に到着して一時間経った頃。やっぱり予約をしておいて良かったと思う。
 カウンターの奥に座る僕らを囲うみたいな形で、テーブル席はほぼ埋まっていた。

「仲良くしている人は、君と大沢店長くらいですから」
「それって、対等じゃないよね?」
「え?」
「俺と大沢店長って、同じくくりじゃないでしょ?」

 少しだけ酔いが回って耳を赤らめた森下くんが僕に訊いてくる。
 それはきっと、自分は違うと自負してのことだ。
 自分はちゃんと特別。そう言って欲しいのが見え見えだった。

「だ、大丈夫だと、思いますよ、たぶん……」

 僕の的を得ていない発言は、この喧騒にかき消された。
 羞恥のあまり本音が言えない。
 とっくに君は、僕の特別な存在で光なのに。
 まだ踏み出せていないのだ、旅行中、あんなことをさせておいて。
 そしてこの店を出た後、森下くんにいやらしいことをしてほしいと望んでいる自分を認識しているのに、まだ。

「……店長って、そういう所が可愛いよね」
「そういう、所?」
「君が大好きですって、いつか店長の口から聞いてみたいなー」
「なっ」

 そんなこと、言えるわけない。
 言っている自分を想像しても鳥肌が立つし、それを聴いている森下くんを想像しても胸を掻きむしりたくなる。
 二人の甘い、時間。そんなのはこの先、来るはずない。

「グラス下げちゃいますねー」

 困っていた所にタイミングよく現れた店員の男の子が、空いた二個のグラスを掴みあげた。と同時に、さっき運ばれてきた焼き鳥盛り合わせの皿を見て、慌てた声を出される。

「すみません! これ、新しいものにお取替えします! それかこの分のお代は結構ですんで!」

 なんの事かとよく見てみれば、五本乗った焼き鳥の下に敷かれた笹の葉の飾り物に、アルミニウム箔のような銀色のものがほんの少し付着していた。
 言われてみたらあるなというほどの小さいものだし、正直、指摘されるまで全く気付かなかった。

 僕はこのままでいいと思ったが、森下くんの意見に任せることにした。
 森下くんもそれを目にした後、店員に向き直った。

「凄いね。こんな小さいのに、一瞬で分かったの?」

 森下くんは素直に感心しているといった表情だ。
 店員は苦笑った。

「今たまたま、目に付いたんで。ほんとすいません」
「いや、気付かないフリだって出来たのに、あえてそうしなかった君は偉いよ! だって普通のバイトくんでしょ?」
「え~? はい、普段は、専門学校に……」

 褒められたことに予想にもしていなかったようで、その男の子は照れくさそうに頭をかいた。
 そっか、森下くんも同業者だから、そういったことには敏感なのもしれない。

 二人は何やら盛り上がって会話を続けている。
 僕は森下くんに背中を向けられた状態で店の隅にいるので、誰かと話すわけでもなく静かに酒を飲む。

 膝の上に載せていた左手がふと、暖かくなった。
 森下くんの右手が、僕のに重なっている。

 指の谷間に淡い力で指を差し込まれた。
 彼の薬指と小指が、僕の人差し指と中指の間に絡まる。
 熱湯を浴びせられたように、ぼうっと顔が熱くなった。
 
 こんな、まさか、人の多い場所で、触れてくるなんて……!

 森下くんは変わらずに、店員と会話を続けている。
 僕は机の奥深くに手を隠した。周りにバレていないかヒヤヒヤする。でもなんだろうこの感覚。ドキドキする。嫌じゃない。
 あの時、布団の上でされた感覚が一気に蘇った。

 森下くんがふっと手を離し、店員とお喋りを終了した頃には、僕は茹でダコのようになっていた。

「どうしたの? 店長」
「……君は、本当に、どうしようもないです……」

 怒りにも戸惑いにも満ちた感情で、ハイボールを一気飲みした。
 森下くんは「何が~?」と笑って焼き鳥の串を持つ。結局交換してもらうことはしなかったみたいだ。

 ていうかその、キョトンとした表情をやめろ。
 全部計算のくせに。僕を困らせようと、蟻地獄に落とそうと。
 ……僕を、帰らせないようにする作戦なんだろ。

 予想は当たったのか、それとも僕がその策略にわざとハマってあげたのか、気付けばとっくに終電はなくなっている時間だった。
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