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第5話 逃げられない予感
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あぁ。憂鬱すぎる。
よりによって社長秘書のアキトさんに見つかるなんて。
運がないにも程がある。
朝から足取りが重い。
昨日の帰り際も、一条社長たちを見かけた。
完璧なビジュアルの一条兄弟とその隣にいた、赤いドレスの女性。
たぶん、社長の婚約者の烏森キョウカさんだ。
あの2人と一緒にいても違和感ゼロのスタイルと美貌。
3人を周りのみんなが見ている。目が奪われてしまう気持ちがわかる。
よく会社にも来るって、噂になってたっけ。幼なじみって話だったかな。 今日もいるのかな。
僕、男だけど、いろんな意味で負けた気持ちになる。
行きたくない。
そう思いながら、重い足取りで社長室の前に立った。
コンコン――ノックの音が響く。
「失礼します」
恐る恐る扉を開けると、
「あっ。ちゃんと来てくれてよかった。君、逃げそうな顔してたからさ」
アキトさんの柔らかい笑顔に、少し皮肉が混じっている気がして、僕は冷や汗をかいた。
初めて足を踏み入れた社長室の前室。
そこは秘書室として整えられていた。
その奥に社長室がある。ここから社長室は見ることができない。
社長の姿はまだ見えない。それだけで、思わずホッとしてしまう自分がいる。
目があったかもしれないあの一瞬を思い出した。
あの目・・少し怖い。逃げられない気持ちになる。
気持ちを切り替えて、改めて部屋を見渡した。
この部屋には応接ソファとテーブルがある。たぶん、社長まで持ち込むまでもない案件は、ここで済ませるのだろう。
アキトさんのデスクの後ろには、もう一つ扉がある。
(小さな更衣室か、スタッフルームかな?)
僕が視線を向けたのに気づいたのか、アキトさんが微笑んで言った。
「気になる?奥のドア。奥はね、ちょっとしたキッチンとテーブル、それに更衣スペースがあるんだ」
「そ、そうなんですね。あ、あの……今日はどうして僕を……?」
気にしていることが、バレたようで焦ってしまい、僕はあわてて話題を変えた。
アキトさんはソファに座るように僕を促した。
「座って。ふふっ。そんなに緊張しないで。怖い話じゃないから」
そう言いつつも、その笑顔の奥に何かを測っているような気配があることに気づいた。
僕は言われたとおりにソファに腰を下ろした。
「神川くん。この会社に入ろうと思った理由、聞いてもいい?」
「理由、ですか?」
入社試験の面接で話した内容なんてすっかり忘れてしまっている。
でも今日でクビかもしれないし、もう、嘘をつく必要もないので、言葉に詰まりながらも正直に伝えた。
「弟を養う必要があったので、できるだけ早く生活を安定させたかったんです。だから、実力主義で早く収入が得られる会社を選びました。」
「なるほど。自分の能力にかなり自信があったってことか。」
アキトさんの指が、テーブルに置いてあるグラスの縁をなぞる。
「え?」
「あの能力アップテスト、誰にも解けないように作ったつもりだったんだけど、君だけが、解けたんだよ」
「本当ですか? たまたまだと思いますけど」
ここまで誰にもバレないように隠していたのに僕の能力がバレたのかと思い、背中にじわりと冷たい汗がにじんだ。
アキトさんはそれも見透かしているのか、気づいていないふりをしてくれたのか、
「うん。そっか。そっか。わかった。収入面ってことだね。」
と笑った。
目は笑っていない気がするけど、これ以上何も聞かずに納得してくれたアキトさんの顔を見て、少し気持ちが楽になった。
「神川くんのこと。レイも、昨日名前を覚えてたんだ。これってすごく珍しいことでね」
僕の心臓が、またバクバクと音を立て始めた。
アキトは頷きながら、すっと視線を深める。
「あっ。社長のことレイって呼んで驚いてる?」
「いっ。いえ。」
「会社では、呼ばないようにしてたけど、君を見ていたらつい。」
「僕を?」
「うん。」
アキトさんは、またグラスを軽くなぞった。
「ねぇ、神川くんは、僕の補佐をするのは抵抗ある?今の給与を倍にするよ。」
「え?僕、ただのプログラマーですよ?」
「僕の仕事は基本的に社長の秘書以外にもここのシステム最終管理も担当しているんだ。だから、レイの身のまわりの世話もひとりじゃ大変で。どうかな?」
収入が倍。
リョクは今、寮住まいだけど、大学生になった時の一人暮らしのお金や学費も考えるとかなりありがたい提案だ。
「僕でいいんですか?」
「ん? 君なら大丈夫だよ」
僕なら??どういう意味だろう。アキトさんの優しく見える笑顔には何かを含んでいるようにも見える。
少し考えてからの返事でもいいかな。そう思った時、僕の気持ちを見透かしたのか
「あまり時間がないからできれば今、返事が欲しいな。」
とアキトさんは優しく聞いてきた。
収入が倍になる。悪い話じゃない。何かあったら辞めればいいだけだ。
「わかりました。やります。」
と僕は、答えた。
その返事に、アキトさんは満足気に僕を見て
「明日から着るスーツはこちらで用意するよ。とりあえず明日は今日と同じもので」
と話した。
「わかりました」
返事をした瞬間、何か大きな流れに巻き込まれた気がした。
でもその正体はまだ、僕にはわからなかった。
よりによって社長秘書のアキトさんに見つかるなんて。
運がないにも程がある。
朝から足取りが重い。
昨日の帰り際も、一条社長たちを見かけた。
完璧なビジュアルの一条兄弟とその隣にいた、赤いドレスの女性。
たぶん、社長の婚約者の烏森キョウカさんだ。
あの2人と一緒にいても違和感ゼロのスタイルと美貌。
3人を周りのみんなが見ている。目が奪われてしまう気持ちがわかる。
よく会社にも来るって、噂になってたっけ。幼なじみって話だったかな。 今日もいるのかな。
僕、男だけど、いろんな意味で負けた気持ちになる。
行きたくない。
そう思いながら、重い足取りで社長室の前に立った。
コンコン――ノックの音が響く。
「失礼します」
恐る恐る扉を開けると、
「あっ。ちゃんと来てくれてよかった。君、逃げそうな顔してたからさ」
アキトさんの柔らかい笑顔に、少し皮肉が混じっている気がして、僕は冷や汗をかいた。
初めて足を踏み入れた社長室の前室。
そこは秘書室として整えられていた。
その奥に社長室がある。ここから社長室は見ることができない。
社長の姿はまだ見えない。それだけで、思わずホッとしてしまう自分がいる。
目があったかもしれないあの一瞬を思い出した。
あの目・・少し怖い。逃げられない気持ちになる。
気持ちを切り替えて、改めて部屋を見渡した。
この部屋には応接ソファとテーブルがある。たぶん、社長まで持ち込むまでもない案件は、ここで済ませるのだろう。
アキトさんのデスクの後ろには、もう一つ扉がある。
(小さな更衣室か、スタッフルームかな?)
僕が視線を向けたのに気づいたのか、アキトさんが微笑んで言った。
「気になる?奥のドア。奥はね、ちょっとしたキッチンとテーブル、それに更衣スペースがあるんだ」
「そ、そうなんですね。あ、あの……今日はどうして僕を……?」
気にしていることが、バレたようで焦ってしまい、僕はあわてて話題を変えた。
アキトさんはソファに座るように僕を促した。
「座って。ふふっ。そんなに緊張しないで。怖い話じゃないから」
そう言いつつも、その笑顔の奥に何かを測っているような気配があることに気づいた。
僕は言われたとおりにソファに腰を下ろした。
「神川くん。この会社に入ろうと思った理由、聞いてもいい?」
「理由、ですか?」
入社試験の面接で話した内容なんてすっかり忘れてしまっている。
でも今日でクビかもしれないし、もう、嘘をつく必要もないので、言葉に詰まりながらも正直に伝えた。
「弟を養う必要があったので、できるだけ早く生活を安定させたかったんです。だから、実力主義で早く収入が得られる会社を選びました。」
「なるほど。自分の能力にかなり自信があったってことか。」
アキトさんの指が、テーブルに置いてあるグラスの縁をなぞる。
「え?」
「あの能力アップテスト、誰にも解けないように作ったつもりだったんだけど、君だけが、解けたんだよ」
「本当ですか? たまたまだと思いますけど」
ここまで誰にもバレないように隠していたのに僕の能力がバレたのかと思い、背中にじわりと冷たい汗がにじんだ。
アキトさんはそれも見透かしているのか、気づいていないふりをしてくれたのか、
「うん。そっか。そっか。わかった。収入面ってことだね。」
と笑った。
目は笑っていない気がするけど、これ以上何も聞かずに納得してくれたアキトさんの顔を見て、少し気持ちが楽になった。
「神川くんのこと。レイも、昨日名前を覚えてたんだ。これってすごく珍しいことでね」
僕の心臓が、またバクバクと音を立て始めた。
アキトは頷きながら、すっと視線を深める。
「あっ。社長のことレイって呼んで驚いてる?」
「いっ。いえ。」
「会社では、呼ばないようにしてたけど、君を見ていたらつい。」
「僕を?」
「うん。」
アキトさんは、またグラスを軽くなぞった。
「ねぇ、神川くんは、僕の補佐をするのは抵抗ある?今の給与を倍にするよ。」
「え?僕、ただのプログラマーですよ?」
「僕の仕事は基本的に社長の秘書以外にもここのシステム最終管理も担当しているんだ。だから、レイの身のまわりの世話もひとりじゃ大変で。どうかな?」
収入が倍。
リョクは今、寮住まいだけど、大学生になった時の一人暮らしのお金や学費も考えるとかなりありがたい提案だ。
「僕でいいんですか?」
「ん? 君なら大丈夫だよ」
僕なら??どういう意味だろう。アキトさんの優しく見える笑顔には何かを含んでいるようにも見える。
少し考えてからの返事でもいいかな。そう思った時、僕の気持ちを見透かしたのか
「あまり時間がないからできれば今、返事が欲しいな。」
とアキトさんは優しく聞いてきた。
収入が倍になる。悪い話じゃない。何かあったら辞めればいいだけだ。
「わかりました。やります。」
と僕は、答えた。
その返事に、アキトさんは満足気に僕を見て
「明日から着るスーツはこちらで用意するよ。とりあえず明日は今日と同じもので」
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