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第15話 契約
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ベッドで目を覚ましたとき、外はすっかり暗くなっていた。
ズシリと重い腰が、さっきの出来事が夢ではなかったことを静かに思い出させる。
レイは、僕が「ムル」であることも、社内データベースに侵入したことも、すべて知っていた。いつから気づいていたんだろう。
ゆっくりと体を起こして、室内を見渡す。
ここは、社長室の奥のドアに続いていた社長のプライベートルームだ。
仮眠をとるレベルではなく、暮らせるように設えられた部屋だった。
ベッドルームを出て見渡すと、リビングダイニングがあり、奥にはワークスペースも見える。
レイはその机に座り、無言で何か作業をしていた。
前髪を下ろし、リムレスの眼鏡をかけたその姿は、どこか幼くも見えて——けれど、やはりその横顔は美しかった。
「……社長?」
おずおずと呼びかけてみたけれど、返事はない。
戸惑っていると、PCに向かったまま
「条件」と一言だけ言われた。
条件……あっ。
「……レイ?」
少し迷ってもう一度、呼びかけてみた。
ふっと笑みがこぼれ、目を上げたレイが僕を見つめて微笑んだ。
「起きた?」
「……はい」
「辛くない?」
「……はい」
本当は体の節々が痛いし、腰もまだ重い。
でも、それ以外の言葉が見つからなかった。
「あの……今日、リョクと約束していて……心配していると思うので、帰ります」
そう伝えても、レイは黙ったまま。
不安になって、再び確認するように
「レイ?」
と名前を呼んだ。
「わかった。その前に——弟くんのデータ、書き換えるから来て」
言われるがままにレイに近づくと、腰を軽く引き寄せられた。
そのまま、彼の膝に座るような格好になる。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
なのに、レイは何事もなかったかのように
「情報、教えて」と淡々と言った。
僕は、書き換えたかった内容をすべて伝えた。
「もう隠し事はない?」
こくりと頷くと、彼は一呼吸おいてから言った。
「明日、弟くんを会社に連れてきて」
「え? どうして……?」
「いろいろ心配してると思うから。ちゃんと話しておいたほうがいい」
優しい声でそう言われて、僕は何も言い返せなかった。
「あと——条件はすべて飲むって、忘れないで。契約書、ちゃんと作るから」
「……はい」
あらためて「契約」という言葉を突きつけられて、胸が少し痛んだ。
これは恋じゃなくて、取り引きなんだ。
はっきりしたはずの関係なのに、なぜか心はざわついた。
「……じゃ、帰ります」
「送っていく」
「だい……」
断ろうとした瞬間、「要求はすべて飲む」という言葉を思い出して——
「……お願いします」
そう小さく答えた。
スマホには、リョクからの不在着信とメッセージが入っていた。
《遅いけど大丈夫? 心配してる》
《ごめん、今から帰るね》
そう伝えた。
車に乗って自宅の前まで送ってもらったとき、玄関先にリョクの姿が見えた。
急いでドアを開けようとした瞬間——
不意にレイに引き寄せられた。
「ん……っ」
唇を重ねられ、息を飲む。舌を絡められ、深く、意図を含んだキスだった。
「んっ。あっ」
僕の声だけが車内に響く。
やがて満足したように唇が離れると、レイは何も言わずに微笑んだ。
「じゃ、また明日」
「送ってくださって、ありがとうございました」
ドアを開けて、車から降りた。
「アオ!」
走り寄ってくるリョクの姿に、僕の頬がゆるんだ。
「遅くなってごめんね」
「ううん。それより……大丈夫?」
「……うん」
契約のことは——
言えなかった。
「そうだ、社長が明日会社においでって。リョクも一緒に」
「え……。わかった」
一瞬、間が空いたように見えたけれど、リョクの顔を覗き込むと、いつもの笑顔が戻っていた。
その笑顔に、僕はほっと胸をなで下ろした。
ズシリと重い腰が、さっきの出来事が夢ではなかったことを静かに思い出させる。
レイは、僕が「ムル」であることも、社内データベースに侵入したことも、すべて知っていた。いつから気づいていたんだろう。
ゆっくりと体を起こして、室内を見渡す。
ここは、社長室の奥のドアに続いていた社長のプライベートルームだ。
仮眠をとるレベルではなく、暮らせるように設えられた部屋だった。
ベッドルームを出て見渡すと、リビングダイニングがあり、奥にはワークスペースも見える。
レイはその机に座り、無言で何か作業をしていた。
前髪を下ろし、リムレスの眼鏡をかけたその姿は、どこか幼くも見えて——けれど、やはりその横顔は美しかった。
「……社長?」
おずおずと呼びかけてみたけれど、返事はない。
戸惑っていると、PCに向かったまま
「条件」と一言だけ言われた。
条件……あっ。
「……レイ?」
少し迷ってもう一度、呼びかけてみた。
ふっと笑みがこぼれ、目を上げたレイが僕を見つめて微笑んだ。
「起きた?」
「……はい」
「辛くない?」
「……はい」
本当は体の節々が痛いし、腰もまだ重い。
でも、それ以外の言葉が見つからなかった。
「あの……今日、リョクと約束していて……心配していると思うので、帰ります」
そう伝えても、レイは黙ったまま。
不安になって、再び確認するように
「レイ?」
と名前を呼んだ。
「わかった。その前に——弟くんのデータ、書き換えるから来て」
言われるがままにレイに近づくと、腰を軽く引き寄せられた。
そのまま、彼の膝に座るような格好になる。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
なのに、レイは何事もなかったかのように
「情報、教えて」と淡々と言った。
僕は、書き換えたかった内容をすべて伝えた。
「もう隠し事はない?」
こくりと頷くと、彼は一呼吸おいてから言った。
「明日、弟くんを会社に連れてきて」
「え? どうして……?」
「いろいろ心配してると思うから。ちゃんと話しておいたほうがいい」
優しい声でそう言われて、僕は何も言い返せなかった。
「あと——条件はすべて飲むって、忘れないで。契約書、ちゃんと作るから」
「……はい」
あらためて「契約」という言葉を突きつけられて、胸が少し痛んだ。
これは恋じゃなくて、取り引きなんだ。
はっきりしたはずの関係なのに、なぜか心はざわついた。
「……じゃ、帰ります」
「送っていく」
「だい……」
断ろうとした瞬間、「要求はすべて飲む」という言葉を思い出して——
「……お願いします」
そう小さく答えた。
スマホには、リョクからの不在着信とメッセージが入っていた。
《遅いけど大丈夫? 心配してる》
《ごめん、今から帰るね》
そう伝えた。
車に乗って自宅の前まで送ってもらったとき、玄関先にリョクの姿が見えた。
急いでドアを開けようとした瞬間——
不意にレイに引き寄せられた。
「ん……っ」
唇を重ねられ、息を飲む。舌を絡められ、深く、意図を含んだキスだった。
「んっ。あっ」
僕の声だけが車内に響く。
やがて満足したように唇が離れると、レイは何も言わずに微笑んだ。
「じゃ、また明日」
「送ってくださって、ありがとうございました」
ドアを開けて、車から降りた。
「アオ!」
走り寄ってくるリョクの姿に、僕の頬がゆるんだ。
「遅くなってごめんね」
「ううん。それより……大丈夫?」
「……うん」
契約のことは——
言えなかった。
「そうだ、社長が明日会社においでって。リョクも一緒に」
「え……。わかった」
一瞬、間が空いたように見えたけれど、リョクの顔を覗き込むと、いつもの笑顔が戻っていた。
その笑顔に、僕はほっと胸をなで下ろした。
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