67 / 86
第67話 距離
しおりを挟む
僕は会社に行かず、カナメさんの研究室で仕事をすることになった。もう2週間になる。
レイは相変わらず会社に泊まり込んで戻ってこない。スマホにメッセージを送っても、返信はほぼない。今までこんなことはなかったのに。不安になり手を止めてしまう。我に返って仕事を続ける——その繰り返しだ。
カナメさんの仕事ぶりは圧倒的で、正直に言えば、自分が必要なのかと首を傾げてしまうほどだった。僕はアタッカーとしてバグ修正や脆弱な部分を洗い出し、報告していた。
「カナメ~、アオ~。お昼できたよ~!」リョクの明るい声で、ようやく昼を過ぎていたことに気づく。
スマホを開いても、やはりレイからの連絡はなかった。
「アオ? 大丈夫?」リョクが心配そうに覗き込む。
「ん? 大丈夫だよ」
「アオ君が心配するようなことは、何も起きていない」カナメさんは淡々と断言する。
僕は笑顔でうなずいたけれど、その言葉だけでは心の不安は消えなかった。
「そうだ。今日、アキトさんに渡すものがあるんだ。アオ、届けてくれる?」リョクの提案は、救いのように聞こえた。
「でも、仕事が……」「アオ君のおかげで、いつもより早く進んでいるから大丈夫」
そう背中を押され、用意された車に乗り込んだ。胸の奥で、レイに会えるかもしれないという期待が芽生えていた。
「アキトさん、これ、リョクから預かってきました」
廊下で声をかけた瞬間、視線の先に見えた光景に足が止まった。レイが誰かにネクタイを直してもらっている。優しい微笑みを、その人に向けていた。
「神川君が届けてくれたんだ。あ、紹介するよ。今アシスタントで来てくれている高階(たかしな)トウヤ君」アキトさんが軽やかに言う。
「初めまして! 高階です!」
その青年は眩しい笑顔を浮かべ、差し出した手を握ってきた。
「……初めまして。神川です」
僕は少し戸惑いながら応じる。
「ねぇ、レイ? 今日の予定、伝えていい?」高階さんはそう言って自然にレイの肩へ手を置く。彼は皆の前でも当たり前のように「レイ」と呼んでいた。
僕は、会社では呼べないのに。
レイは、一度も僕を見てくれなかった。ズキン、と胸の奥が痛んだ。
「そうだ、神川さん。レイが『神川さんのスーツとか全部使っていい』って話してくれたんで、クローゼットの服借りてます。それで、使わない私物、持って帰ってもらえます? いいよね? レイ」上目遣いで高階さんはレイを見る。レイは静かにうなずいた。
あの場所が僕の場所では無くなっている。どうして。答えるようにもう1度レイを見ても僕の顔を見てくれない。
もう僕の場所はここにはない?どうして急に…
沈んだ気持ちでクローゼットへ足を運ぶと、高階さんもついてきた。二人きりになった瞬間、彼は小声で囁いた。
「君、もうすぐ捨てられるよ。レイは僕のこと、離したくないって言ってたから」
「えっ」
脳裏に、神宮寺の言葉が蘇る。
「どうして一条社長は、君を番だと公表しないんでしょうね」
息が詰まった。この場所にはいられなかった。気づけば、建物を飛び出していた。
いつもなら、レイが追いかけてきてくれるはずだった。きっと来てくれる。そう信じていた。
けれど、その背中は現れなかった。
レイに捨てられるかもしれない——その現実を突きつけられて、泣いてはいけないと思うのに、涙があふれた。
レイは相変わらず会社に泊まり込んで戻ってこない。スマホにメッセージを送っても、返信はほぼない。今までこんなことはなかったのに。不安になり手を止めてしまう。我に返って仕事を続ける——その繰り返しだ。
カナメさんの仕事ぶりは圧倒的で、正直に言えば、自分が必要なのかと首を傾げてしまうほどだった。僕はアタッカーとしてバグ修正や脆弱な部分を洗い出し、報告していた。
「カナメ~、アオ~。お昼できたよ~!」リョクの明るい声で、ようやく昼を過ぎていたことに気づく。
スマホを開いても、やはりレイからの連絡はなかった。
「アオ? 大丈夫?」リョクが心配そうに覗き込む。
「ん? 大丈夫だよ」
「アオ君が心配するようなことは、何も起きていない」カナメさんは淡々と断言する。
僕は笑顔でうなずいたけれど、その言葉だけでは心の不安は消えなかった。
「そうだ。今日、アキトさんに渡すものがあるんだ。アオ、届けてくれる?」リョクの提案は、救いのように聞こえた。
「でも、仕事が……」「アオ君のおかげで、いつもより早く進んでいるから大丈夫」
そう背中を押され、用意された車に乗り込んだ。胸の奥で、レイに会えるかもしれないという期待が芽生えていた。
「アキトさん、これ、リョクから預かってきました」
廊下で声をかけた瞬間、視線の先に見えた光景に足が止まった。レイが誰かにネクタイを直してもらっている。優しい微笑みを、その人に向けていた。
「神川君が届けてくれたんだ。あ、紹介するよ。今アシスタントで来てくれている高階(たかしな)トウヤ君」アキトさんが軽やかに言う。
「初めまして! 高階です!」
その青年は眩しい笑顔を浮かべ、差し出した手を握ってきた。
「……初めまして。神川です」
僕は少し戸惑いながら応じる。
「ねぇ、レイ? 今日の予定、伝えていい?」高階さんはそう言って自然にレイの肩へ手を置く。彼は皆の前でも当たり前のように「レイ」と呼んでいた。
僕は、会社では呼べないのに。
レイは、一度も僕を見てくれなかった。ズキン、と胸の奥が痛んだ。
「そうだ、神川さん。レイが『神川さんのスーツとか全部使っていい』って話してくれたんで、クローゼットの服借りてます。それで、使わない私物、持って帰ってもらえます? いいよね? レイ」上目遣いで高階さんはレイを見る。レイは静かにうなずいた。
あの場所が僕の場所では無くなっている。どうして。答えるようにもう1度レイを見ても僕の顔を見てくれない。
もう僕の場所はここにはない?どうして急に…
沈んだ気持ちでクローゼットへ足を運ぶと、高階さんもついてきた。二人きりになった瞬間、彼は小声で囁いた。
「君、もうすぐ捨てられるよ。レイは僕のこと、離したくないって言ってたから」
「えっ」
脳裏に、神宮寺の言葉が蘇る。
「どうして一条社長は、君を番だと公表しないんでしょうね」
息が詰まった。この場所にはいられなかった。気づけば、建物を飛び出していた。
いつもなら、レイが追いかけてきてくれるはずだった。きっと来てくれる。そう信じていた。
けれど、その背中は現れなかった。
レイに捨てられるかもしれない——その現実を突きつけられて、泣いてはいけないと思うのに、涙があふれた。
22
あなたにおすすめの小説
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる