前世の番と今世で再会

咲果凪

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前世の番と今世で再会

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 「ああ、私の番……。ずっと探していました、愛しい番。どうか私を受け入れてください」

 目の前には片膝をついて右手を差し出し、わたしの返答待つ男性。
 深い藍色の瞳と黄金色の巻き髪の天使のように美しい竜の獣人。その表情は恍惚とし、甘く熱を孕んだ瞳はわたししか見ていない。

 その人を見た瞬間、わたしは理解した。
 彼はわたしの番などではなく、前世でわたしを捨てた婚約者だということを。
 番があらわれた、という理由であっと言う間に婚約は白紙となり、彼は番の方と新たに婚約を結び直した。
 番は前世でも来世でも番になる運命なのではなかったのかしら……?

 冷水を浴びせられたように覚醒したわたしは、あやうく手を乗せそうになっていたのを止め、一歩下がりふんわりとお辞儀した。

 「申し訳ございません、わたしは貴方さまの番ではないようです」

 彼はわたしの言葉が理解できなかった様子できょとんとしている。
 その美しい外見に惹かれてはいけない、彼はゴミ屑のようにわたしを捨てたのだから。

 「勘違いでは?」といいたいが、さすがに不敬すぎるので困った顔をしてやりすごす。
 人だかりができてしまい、騒ぎになりはじめている。

 ここは王立学園。主に王侯貴族や一般裕福層の子息子女が15歳から通う学園で、近隣諸国からの留学生なども受け入れている。目の前の彼はそんな留学生の一人で、今日が初登校なのだと噂になっていた人物だ。なにしろ竜人なんて神話の世界の住人だ、実在しているなんて知らなかった。

 お昼を学生用のカフェテリアで済ませ、教室へ戻るところで呼び止められた。

 卒業まであと1年というところで、卒業したら婚約している幼なじみとの婚姻が待っている。わたしは子爵家の一人娘で、隣の領地の伯爵家の二男が婿入りしてくれることになっている。すこし移り気な幼なじみ兼婚約者だが、結婚したあとは真面目に子爵家と領地を守ると約束してくれている。

 わたしも結婚するまでに、恋などを経験してみたいと思っていたけれど、どうにもそっち方面に消極的で初恋もまだった。その原因が前世の婚約者への失恋だったのか、と気がついた。

 「それでは失礼させていただきますわ」

 そそそと踵を返し、立ち去ろうとしたがサッと目の前に回り込まれてしまった!

 「待ってくれ愛しい人、名前を知りたい」
 「……ローエングリン子爵家のアルドゥイナでございます」
 「アルドゥイナ……、姿形だけでなく名前まで美しいとは! 私はグウィディオン・エンフェンブルク、今日からこの学園に通うことになった留学生だ。もっとそなたのことが知りたい、アルドゥイナ。私の愛を受けてくれないだろうか?」
 「申し訳ございません、わたし「アルドゥイナ!」」

 バタバタと足音を立てながら幼なじみの婚約者が間に割って入る。

 「恐れ入ります、竜人の方。私はギュルヴィ・ウィールクスと申しまして、彼女は私の婚約者なのです」

 あら、ギュルヴィがヒーローみたい。まさか助けてくれるなんて思ってなかったから嬉しい。ご一緒されてた令嬢が憤慨されてますが……。

 「! こ、婚約者だと?! アルドゥイナはこのウィールクスくんを愛しているのか?!」

 んなわけあるか! と反射的に答えそうになったものの。家同士の繋がりなんて言ったら伯爵家二男より竜人を選ぶ両親が目に浮かぶ。

 「は、はい! 幼いころからの初恋が今でも続いているのです」

 ギュルヴィを熱っぽく見つめ恥じらいらしき表情も見せると……、目を三角にしていた令嬢はプイっとどこかへ行ってしまった。が、エンフェンブルク様はどこかへ行ってくださらない、困ったわ。

 「そろそろ午後の授業も始まりますし、教室へ戻りませんか?」

 ギュルヴィがナイスな提案をしてくれた。

 「番を見つけたんだ! 授業をうけるような状態ではない! アルドゥイナ、私と一緒に私の国へ来てくれないか? もちろん唯一の妃として迎え入れるから」
 「お、おっしゃってることが理解できませんわ」
 「ああ、アルドゥイナ。愛しい人、触れても?」

 ギュルヴィがサッとわたしとエンフェンブルク様の間に入って盾になってくれる。

 「と、とりあえずお話し合いをしませんか? あちらでお茶でも飲みながら」
 「そうだな、アルドゥイナは私の膝の上に乗ってお茶を飲んでくれるか?」

 なんだかツッこむのが無駄なんだろうなと薄ら笑いにならないよう微笑えみつつ、エンフェンブルク様のそばに寄らないよう気をつけながらカフェテリアまでの道のりを進んだ、公然オサボリ確定だけど竜人様が番様を見つけたとおっしゃっているのだから仕方ない。きっと先生方も理解してくださるでしょう。

 エンフェンブルク様が椅子を引いてくださいましたが、気がつかないフリをしてギュルヴィの横にサッと座る。何か言いたげな視線を感じながらも給仕に注文をする。ラウンドテーブルなのでエンフェンブルク様がピタッとわたしの横に椅子をつけて座っている。

 「エンフェンブルク様、少し近すぎるのではありませんか?」

 言外に離れろと伝えるが無駄だった。とろんとした瞳でわたしを見つめている、魂が抜けてしまったような顔だ。元が美しいので間抜けに見えないところがなんだか腹ただしい。

 「グウィディオンだ、私のことはグウィディオンと」
 「いえ、わたしにエンフェンブルク様をお名前で呼ぶ理由がございません」
 「つれないアルドゥイナもかわいい……、早く巣篭もりしたい」

 どうしよう、本気で会話がなりたたない。どなたか仲介者に入ってもわらないとこのまま拐かされてしまうかもしれない。幼なじみ兼ヒーローを横目で見れば、お金の亡者のような顔をしてブツブツと慰謝料について計算している。

 「グウィディオン殿下ぁ~、おいて行かないでくださいよぅ」

 か細い声とともに現れたのは騎士の衣装を纏った童顔の男性。どうやらエンフェンブルク様の護衛騎士のようだ。息を整えてからわたしに頭を垂れてくる。

 「グウィディオン殿下の護衛騎士のアリアンロッドです。どうぞお見知り置きを」
 「アリアンロッド様、面をあげてくださいませ」
 「いえ、貴女様はグウィディオン殿下の番様なのですから」
 「わたしは番ではありません、そのお話し合いですのでアリアンロッド様もご参加ください」
 「いえ、自分は護衛ですので!」
 「アリアンロッドのことは名前で呼ぶのになぜ私は家名呼びなのだ?」

 もう面倒くさい、どうすればこの場が収まるのか。わたしの手に触れようとエンフェンブルク様の手が不審な動きをしている。許可なく触ってこない点だけは評価できる。

 「エンフェンブルク様はなぜわたしを番だと認識されたのですか?」
 「グウィディオンだ」
 「ぐ、グウィディオン様」
 「グウィディオンだ」
 「グウィディオンはなぜわたしを番だと認識されたのですか?」

 エンフェンブルク様は一瞬たりとも目を離さないと言わんばかりにわたしを見つめて微笑んでいる。

 「いにしえからのえにしだろう? 前世でも前々世でも共に過ごした仲であろう? アルドゥイナを見た瞬間に全身の血が沸騰するかと思ったし、今でもそなたが発する芳しい香りが私の理性を焦げ付かせるのだ」
 「前世、ですか? グウィディオンにはその記憶があるのですか?」
 「薄ぼんやりだが覚えている。私は幼い頃にそなたと婚約を結び、成人すると同時に……、いや、違うな。番に出会ったのは確か成人する直前だった。そなたと結婚したのは……、あれ?」
 「よく覚えてらっしゃるじゃないですか、わたしが番じゃないということを」
 「え? あれ?! アルドゥイナ? ま、まさか……」

 エンフェンブルク様の顔から血の気が引いて真っ青になって震えている。

 「では失礼いたします。一刻でも早くお番様にお気付きになられることをお祈り申し上げますわ、エンフェンブルク様、アリアンロッド様」

 前世でのわたしは大好きな幼なじみと婚約した幸せな狼の獣人だった。一緒に育ち愛を育み、周囲から祝福された番同士だった。全身全霊を懸けて彼を愛し、成人するその日に婚姻することになっていた。もうすぐ大切な彼と家族になれる、とわたしは喜びいっぱいだった、あの日までは。

 ある日、彼が見かけない狼の獣人の女性を連れて家にやってきて、番に出会ったから婚約を白紙に戻して欲しいと言った。わたしは彼を番だと認識していたから、何が何やらさっぱり理解できなかった。理解できないながらも、彼に瞳はその女性を捉えて離れず、甘い吐息が漏れ出していて。代わりにわたしのことはまるで穢れか何かのように蔑んだ視線で。なぜ、そんなことになってしまったのかわからない。彼に泣いて縋っても、冷たい拒絶しか返ってこなかった。

 狼の獣人は番を喪うと、その伴侶も長くは生きていけない。わたしの場合も失ったのと一緒で、あっと言う間に衰弱し寝たきりになってしまった。毎日泣いて泣いて嘆いて最後の日を迎えた。もう番なんて要らない、もし今度生まれ変わるのなら番のない種族に生まれ変わりたい、と。彼との縁が断ち切れるように強く願った。

 結論からいえば彼は横恋慕した女性に番を謀られ、強制的に魅了されていた。番は元婚約者の幼なじみで間違いなかったのだが、彼女と離れたことで徐々に体調を崩していった。新しい婚約者は必死になって彼の命を繋ぎ止めようと苦心したが番の呪いには勝てず死なせてしまった。彼は最後までなぜ自分が弱ってしまったのかわからないようだった。

 そして番との縁が切れた状態で彼は竜人へと生まれ変わった、その長い寿命時間を番を得られない運命を背負って。ちなみにアリアンロッド様は前世で彼を謀った方だが、お二人ともその事には気がついていないらしい。

 アルドゥイナはその後、学園を卒業し婚約者のギュルヴィと結婚。子爵領を穏やかに統治しつつ二人の子どもを育てながら可も不可もなく暮らしている。
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みんなの感想(1件)

dragon.9
2020.11.24 dragon.9

よかったです
こーゆー感じ大好物です!

2020.11.24 咲果凪

dragon.9さま
感想ありがとうございます!読んでいただけて光栄です!!

解除

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