世界を破滅させる聖女は絶賛引き籠り中です

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エルの旅立ち

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……うーん、困ったなぁ。
「一人で生きていくのってこんなに大変だったのね。」
エルザは、目の前にある張り紙を見ながらそう呟く。
そこにあるのはこの街の不動産情報だ。
店舗の2階を間借りするワンルームから、小さな1軒家まで用途に合わせて様々だが、共通して言えることは、今のエルザの手持では安いところでも1ヶ月分の家賃を払うのがギリギリだということだ。

エルザーム王国……大国に囲まれている中、地の利を生かして各国との貿易により利益と平穏を得ている国だ。
過去に、幾度となくエルザーム王国を狙う国はあるが、その度に他の国からの援護があり戦火を免れている。
要は抜け駆けを許さない各国が睨み合い、けん制し合っているお陰で難を免れているというわけだ。
また、交易の要所というだけでなく、エルザーム王国内には多数の古代文明の遺跡が眠っているというのも、他国が手を出しあぐねている理由の一つだ。
今の世界は、古代文明の遺跡から発掘されたロストテクノロジーの恩恵にあずかっている部分が多い。
例えば各国の街中に張り巡らされた魔導灯。これは、設置された魔石に僅かばかりの魔力を流すことによって明かりを灯すというもので、これが発掘されるまでは、人々は夜に出歩くことはなく、どうしても出なければならない時はランタンなどを持ち歩いていた。外だけではなく、家の中も同じで、魔導灯が今のように普通に使えるようになる前は、暗くなったら寝るのが普通だったのだが、今では遅くまで起きているのが当たり前になり、街中でも食堂や酒場などが夜遅くまで経営するのが当たり前のようになっていた。
それだけでなく、今の生活に便利と言われるほとんどの道具は、ロストテクノロジーとして遺跡から発掘されたものが原型となっている。
そのため、戦争などでその遺跡を失うことは、全人類の損失につながり、その原因ともなれば各国からの非難は殺到し、攻め込まれる大義名分を与えることになってしまう。それゆえに、周りの大国各国とエルザーム王国は、表面上は友好的な関係を保っているのだった。

そして、国内に多数の遺跡を抱えるエルザーム王国は、当然のことながらそれ目当ての冒険者も数多く集まる。
冒険者は、ギルド登録をして、一定の依頼をこなす能力を認められれば誰でもなれる職業であり、そこに身分の差などは関係ない。
「だから新しい生活の手段として冒険者を選んだんだけどなぁ……。」
エルザは、先ほど行ったギルドで見た依頼内容を思い出す。
登録したばかりのエルザの冒険者ランクはFランクであり、Fランクの冒険者が受けることのできる依頼は薬草などの素材回収などが中心で、得られる報酬も銅貨2~3枚という所だ。
「やっぱり最初は宿屋暮らしかぁ。」
 この街の宿屋はいくつかあるが、安いところで食事なしで1泊銅貨2枚という所から、1泊銀貨1枚という高級宿まで様々である。
エルザはトボトボと宿屋へと歩き出す。目指すのは1泊食事付きで銅貨三枚という、それなりに安く評判のいい宿屋だ。
とりあえず、毎日依頼を受ければ、宿代ぐらいは稼げそうだ。
最も本当に宿代だけなので、装備品や必要経費などは持ち出しになるので、出来るだけ早いうちに報酬のいい依頼を受けなければ、と思うエルザだった。

翌日……。
「はぁ……やっぱり薬草採集しかないかぁ。」
エルザは依頼ボードを見てため息を吐く。
ふと横を見ると、Cランクの依頼ボードが目に入る。
『リベアの遺跡調査:報酬銀貨2枚』『アイル遺跡の発掘:報酬銀貨1枚以上、発掘品毎に別途報酬有』『ベリーダンジョン調査:報酬銀貨3枚、素材優先買取』etc……。
「はぁ……最低でも銀貨かぁ。Cランクはいいなぁ。」
エルザはそう呟きながらFランクのボードにある依頼用紙を引き剝がして受付へと持っていく。
受けた依頼は低級ポーション素材の薬草と毒消し草各種だ。
数に上限がないため、採集した分だけ報酬が上乗せされる分、他より条件がいい。
頑張れば銅貨4枚ぐらいは稼げるだろう。
今はこうして少しでも割のいい依頼を受けながら経験を積むしかない。それに採集ということは森の中に行くので、運がよければ野生の動物や弱い魔物を狩ることが出来るかもしれない。
 特に魔物はその皮や肉などを買い取ってもらうことが出来るだけでなく、その身体から取れる魔石は、この世界においてはなくてはならないエネルギー源なので、どんな小さなものでもそれなりの値段で買い取ってもらえる。
森である程度経験を積み、Eランクへ昇格したら、魔獣討伐の依頼に切り替える方が手っ取り早く稼ぐことが出来るだろう。そうなれば宿屋暮らしではなく、家を借りることが出来るようになるに違いない。
「よしっ、頑張るぞっ!」
「うふっ、無理はしないでね。」
エルザがガッツポーズを決めた時、目の前の受付のお姉さんが、微笑ましいものを見るかのように微笑んでいた。
「あっ、えっ、えっと……がんばってきますっ!」
恥ずかしさのあまり逃げるようにギルドを飛び出すエルザ。
その姿を、ギルド内にいた者たちは、ある者は微笑ましく、ある者は呆れた視線で見送っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……恥ずぅ!」
門の近くで止まったエルザは、息を整えるため、その場に座り込む。
周りでは商人や冒険者などが行き来している。
息を整えつつ、ぼーっとその様子を眺めていると、色々な会話が耳に飛び込んでくる。

『オイ聞いたか?あの噂……。』
『あぁ、魔王が復活するって話だろ?デマに決まってるよ。』
『そうかぁ?でも、王家が、伝説の剣の探索を依頼に出したって言うぜ?』
『あん?俺が聞いたのは、どこかの放蕩貴族が伝説の剣を持って来いって無茶を言い出したって話だぜ?』
『いやいや、伝説の剣は見つかって、今度王家主催のオークションが開かれるって聞いたぞ?』
『俺が聞いたのは……。』

雑多な会話に交じり、様々な噂話が行き交う。
それぞれ言っていることは違うが、『伝説の剣』と『魔族が活性化』という言葉が多く聞こえてくる。
「はぁ、内容は出鱈目だけど、噂にはなってるのねぇ。」
エルザは噂話を聞きながらため息を吐く。
魔族が活性化しつつあること、それに伴い、王家が伝説の剣を欲している事も事実だということはエルザは知っている。知ってはいてもエルザの立場では何もできない。だけどじっとしていることは出来なくてエルザは家を飛び出してきた。
「私が伝説の剣を見つける……なんて夢物語よねぇ。」
「夢はでかく持つもんだぜ、嬢ちゃん。」
「えっ!」
突然声をかけられ、慌てて飛び退くエルザ。
どうやら独り言を聞かれていたらしい。
「おっと、ごめんごめん。あんた、昨日ギルドに登録に来てた娘だろ?可愛いから目をつけていたんだよ。そうしたらこんなところで、大層な事を言ってるからついね。」
笑いながらそう答える男をエルザは見る。
金属製のハーフプレートに背中にはラージシールドを背負い、腰にはバスターソードを下げている。防御を重視した剣士という所だろうか?
「ほら、ジェイク、怪しまれているわよ。」
エルザが何も言わないでいるのを警戒しているとみて取ったらしく、剣士の男の後ろからローブを羽織った女性が声をかけてくる。
様々な文様が縫い付けられているローブと、同じように文様で装飾してあるマント。大きめの魔晶石をあしらった腕輪やネックレスなどの装飾品に手に持つクウォータースタッフ。典型的な魔法使いの格好だ。
「驚かせてゴメンね。私はジュリア。見ての通り魔法使いね。で、さっき声をかけたのが剣士のジェイク。一応私たちのリーダーよ。少し軽くて考えなしだけど、悪い奴じゃないから安心して。」
「オイっ……。」
「それから向こうにいるのがジョブとジョーよ。私たち4人でパーティを組んでいるの。」
ジュリアの言葉に反論をしようとしているジェイクを無視して、ジュリアは他のメンバーをエルザに紹介する。
「はぁ……。悪意がないというのは分かりましたけど……何か御用ですか?」
エルザは、何かあった時にすぐ動けるようにと、腰の剣にかけていた手を離して、警戒心を解いてみせる。
完全に警戒を解いたわけではないが、よくよく考えれば、門には兵士が常駐しているので、ここで何かあればすぐに駆けつけてくるだろう。
目の前にいる人たちも、それが判らないほど愚かではないと思うので、今ここで何かされるという心配はないだろうという計算だ。
「あ、あぁゴメンね。大したことじゃないのよ。ただね、こんなところでため息をついているのを見ちゃったから、何か困っていることがあるなら相談に乗ってあげようかなって。……先輩冒険者としてね。」
「はぁ、そうなんですか?でもなんでわざわざ?」
「うん、あなたが困ってないならいいのよ。でもね、大きなお世話かも知れないけど意外と困っていても言い出しにくい事って言うのもあるものだし。私たちも駆け出しのころそういう事があってね。やっぱりお節介な先輩冒険者さん達にお世話になったことがあるのよ。だから、今度は私たちの番かなって。まぁ、単なる自己満足なんだけどね。」
そう言って笑うジュリアの顔を見ていると、エルザの中にあった警戒心が自然と薄れていくのを感じる。
……意外と人たらしの素質があるのかも?
などと、失礼な事を考えるエルザだったが、気づけば、ぽつぽつと悩みを吐露し始めたあたり、あながち間違ってないのかもしれない。
「……というわけで、ちょっと焦ってるだけで、悩んでいるってわけでもないんですよ。こればっかりは地道に努力していくしかないですから。」
「うーん、まぁその気持ちはよくわかるわ。でも確かに焦ってもいいことはないからねぇ。」
「まぁ、今の話ではエルザ自身もわかっているようだからいいんじゃないのか。でも、何でホームを持つことに拘るんだ?さすがにそれは焦りすぎだろ?俺達でさえまだホームは持ってないんだぜ。」
「そうなんですか?」
ジェイクの言葉に、信じられない、という顔でジュリアを見る。
ジェイクたちのパーティランクはCランクに手が届きかけているDランクだが、聞いている話ではそれなりに稼いでいるらしいので、4人でシェアすればそこそこの物件は借りることは出来るはず。さらに言えば、ジュリアがいるのにいまだに宿屋暮らしだなんて、それでいいのか?と疑ってしまう。
「うーん、まぁね。私たちって、結構依頼を受ける頻度が高いから、ホームを借りても、留守にすることも多いしね。半分引退した冒険者か、かなり稼いでいて、その土地から離れる気のないパーティ以外では宿屋暮らしが普通よ?。エルザはなんでホームが借りたいの?」
「それはその……。」
ジュリアの問いかけにエルザは口ごもる。
そして、周りをキョロキョロ見回した後、ジュリアの耳元に口を近づけて囁く。
「(宿屋だと、お風呂に不自由しませんか?)」
「あぁ、そういう事ね。」
エルザの言葉を聞いてジュリアは納得がいったというように頷いた後、少し困った表情を見せる。
「気持ちはわかるけどね、そのあたり妥協できなきゃ冒険者なんて続けられないわよ?」
「……それは分かるんですけど……ううん、いいんです!私は妥協したくないです。自ら求めるものを手に入れるために努力するのが冒険者ですよね?」
「くすっ。まぁ、そう言う目的もアリよね。」
「なぁ、何の話だ?」
 ジェイクが女二人の会話に加わりたそうな顔でこっちを見てくる。
「あなたにはかんけいないわよ。」 
「乙女の秘密です。」
ジュリアとエルザは笑いながらそう答え、ジェイクは楽しそうな二人を見て、まいっかと自分の興味を引っ込めるのだった。

「あ、そうだ。エルザちゃん、なんだったら今回の私たちの依頼について来る?」
しばらく他愛のない会話を続けた後、ふと思いついたようにジュリアがそう言いだす。
これが運命の岐路になるとは、当然のことながらエルザは気づいていなかった。
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