地獄と輪廻

望月保乃華

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 最終章 永劫

菩薩

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 ある日、 座敷わらしが茅葺屋根の古家から姿を消した。 どこを探してもいない。 
 いつもなら庭で毬をついて遊んでいる筈だった。

 清香はとてつもないイヤな予感がした。
 「座敷わらしちゃんが居ない!!」

 将虎と九尾の狐は清香よりも早く座敷わらしが消えたことを察知して居た。
 九尾の狐は将虎に告げる。
 「閻魔、 ……この家も消える時が来たようだ」

 曼珠沙華はまるで桜の花びらの様に儚く舞い始めた。

 閻魔の座にいる筈の将虎が人間の女と恋仲になったことは、 菩薩の耳にも届いて居た。 
 閻魔と菩薩は紙一重である。

 清香は眠くて仕方がない。 こんな一大事な時になぜ。 そのまま茅葺屋根の家で将虎の目前で眠ってしまった。

 菩薩は目を閉じ閻魔の居る茅葺屋根の部屋に声だけを告げた。
 「閻魔よ。 いや、 将虎。 お前は地獄を輪廻する者だと言うことを忘れたのか」

 菩薩は人間の清香に有様を見せない様、 一時的に眠らせたのだ。

 将虎は目を見開いた。
 「……菩薩、 ……地獄に落ちた俺が閻魔になるなどやはり無理だ。 できる限りの善は尽くしたつもりだが
裁くはずの立場である閻魔の俺が人間界の女を愛するなど決して許されないと解って居る。 
 俺は又罪を働いた……。 俺を閻魔の座から下ろし、 元の地獄を彷徨わせてくれ」

 眩い程に光輝く菩薩が姿を現すと、 怒りではなく慈愛に満ちた眼差しを将虎に向けた。
 「将虎、 お前が生前に成した悪行は決して許されぬ。 そして、 深い業も未来永劫に消えないのだ。
 だが、 お前の生きた世界は、 因果が大きく作用している。 己の意志だけで数多の人を斬ったのではない。 
 それ故に先の閻魔はお前に改心の余地があると判断してお前の目をくりぬいた上でお前を閻魔の座に付けた。
 閻魔の座は地獄を巡るより辛いものであると言うのを身を持って知ったであろう。
 お前はまだ人の心を残して居る。 人を裁くと言うのは簡単ではないのだ。
 清香と言う人間の女をどうするのだ? お前だけ地獄に逃げるつもりか」

 将虎は全身から力が抜け、 清香の傍へフラフラ行くと床に膝を着いて血の涙を流した。
 「清香……、 俺にさえ会わなければ……。 俺は間違っていたのだ。 だが、 お前を本当に愛おしいと思ったことに嘘偽りは微塵も無い。 ……菩薩、 俺は地獄へ逃げるんじゃない。 地獄で罪を償い続けると言っているのだ。 こうなるかも知れないとは薄々感じて居た。 この女から俺達全ての記憶を消す。 
 ……清香、 お前には幸せになって欲しい。 俺の願いはそれだけだ……」

 菩薩は頷いた。
 「良かろう。 将虎、 今一度お前に機会を与えよう」

 菩薩はそのまま姿を消した。

 血の涙を流し続け、 清香の手を握った将虎は最期の別れをするつもりだ。
 九尾の狐は涙で震える将虎の弱々しい肩を撫でた。 
 「……閻魔、 いや、 将虎。 色々と楽しい思いをさせて貰った。 いつかまた、 地獄で会おうぞ」

 九尾の狐は跡形も無く姿を消した。

 清香と二人だけになり清香の手を握ると将虎はある呪文を唱えた。
 「清香、 さらばだ……幸せになれ」

 
 清香と名前を呼ばれて居る……。 誰? どこ?

 清香が目を覚ますと友人の家で眠って居た。
 「清香、 いつまで寝てんのヨ、 あんた今日から正社員として就職決まって居るのに大手会社を棒に振る気?」

 清香は飛び起きた。
 「変な夢を見てたみたいだわ……。 智美(ともみ)、 ありがとう」

 智美は清香の口に食パンを咥えさせ出社するカバンを渡した。
 「礼はいいから、さっさと働きに行け私も仕事に行くんだから。 まったく世話の掛かる子ね」

 清香は智美に咥えさせられた食パンを頬張りながら元気に会社に出向いた。
 会社に向かって走る清香の耳に小さな女の子の楽しそうな笑い声と何処かで聞いたわらべ歌が聞こえて来た。

 「通りゃんせ、 通りゃんせ、 ここはどこの細道じゃ、 天神さまの細道じゃ、 ちょっと通してくだしゃんせ、 用の無い者通しゃせぬ、 この子の七つのお祝いに、 お札を納めに参ります、 行きは良い良い帰りは怖い、 怖いながらも通りゃんせ、 通りゃんせ……」


 完


 【あとがき】

 最後まで読んでくださり、 ありがとうございます。
 この小説は以前から描いてみたいなと長い間案を練って居ましたが、 いきなり閃いた展開を描き出しました。
完全にホラーと言うより、 不気味で切ない物語になったかと思います。
 人であるが故に様々なことがありますが、 それに沿った教訓も兼ねたいなと言う思いを込めての小説になりました。

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