魔石交換手はひそかに忙しい

押野桜

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父帰る

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メドジェ族の小さな部屋で、親子三人が久しぶりに揃った。

「原住民族の連合軍の軍師になっちゃったんだ」

頭をかきながら言ったボルフにレイアは呆れている。

「らしくないことをして。歌と手仕事を集めていればいいんじゃなかったの?」
「だって、その歌と手仕事が滅ぼされそうになっちゃっているから……」

軍師。
それはいくら何でも捉えられすぎである、とイズールはめまいがしそうだが、レイアは平然と受け流して行商のような袋からボルフにあれこれと手渡す。

「たぶん土地に合うと思うけれど、染料と綿の種よ。手に入れるの、苦労したんだから。育て方はそちらで分かるでしょう。糸はいるかしら?」
「糸は欲しいなぁ。メーユ軍に染料の生える森も綿の畑も蚕の桑畑もめちゃくちゃにされてしまったんだ」
「桑ね、育つのを待つのは長いわ。木を買って運びましょう」
「でも……お高いんでしょう?」

不安そうなボルフに力強くレイアが言い切る。

「大丈夫、イズールが稼いでくれるわ!」

イズールは遠い目をする。

(……もっともっと歌わねばならないらしいわ)

ボルフは元々貴族の次男であった。
学生時代は勉強も武術もそこそこにできた。
しばらくは1級文官として王宮に大人しく勤めていた。
いとしい妻もかわいい娘もいた。
しかし、彼は原住民族と運命の出会いを果たしてしまったのである。

「この文化を広めるのが僕の使命だから!」

と言い切って、軽やかな足取りで妻と娘を置いて辺境へと旅立ってなかなか帰ってこない父が、イズールはしかしとても大好きだった。
家は勘当されてしまったが、これ幸いと同じく親に強制されて勤めていた1級文官の職を離れてレイアは地元に引っ込んで作物を作り始める。
物心ついた時には田舎だったので、イズールに幼いころの王都の記憶は全くない。
暮らし向きは決して良くなかった。
しかし、レイアは働き者で、いつも何だか分からないけれど美味しいご飯を作ってくれたし、ごくたまに帰ってくるボルフはそのたびにイズールを膝の上に乗せて新しい歌を教えてくれた。
美しい布も見せてくれたが、イズールが欲しいとせがんでも決して承知せず、

「これはとても時間と手間をかけて作られた、特別な日に着るための衣装なんだよ。名人と呼ばれる人に特別に作ってもらって、外国に持って行って売るんだ。これからは原住民族にもお金が必要だからね」

売り上げの何割かを自分がもらう、とかいう計算はできないお坊ちゃんであるが、ものを見る目や値段の決め方は確かで、貴族生まれの振る舞いもあって何とか諸外国に辺境の美を広げて幾星霜。
まさか軍師になっていたとは。

「軍師って、一体これからどうするの?」
「メーユ軍が攻めてきたのに対抗するために作った連合軍だから、解散するんじゃないかなぁ。やっと歌と手仕事の日々に戻れるよ」
「良かったわね」
「うん、これからは楽しむよ!」

うきうきとレイアとボルフが声を弾ませる。
カツラを外して舞台化粧を落とし、もこもこと温かい服にくるまって座るイズールは考えた。
アドルにドン引きされるかもしれない。
しかし今を逃せば機会はない。

「父さん、母さん、会ってほしい人がいるんだけど……」
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