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メドジェの夜
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ボルフは酒を飲めない。
アドルは弱い方ではないが、水のように飲むわけではない。
イズールはお金が惜しくて普段は飲まない。
レイアは利き酒ができるくらい詳しいが、それはより良いものを作るためであって、飲むことそのものには執着がない。
酒のない夕食になった。
寒さの厳しい冬の辺境では、茹でたての肉や野草、何種類かの穀物を混ぜた温かい粥がごちそうだ。
いや、冷えた水を出されてもアドルは喜んで飲んだだろう。
家の中心でぱちぱちと火のはぜる囲炉裏を囲みながら、アドルはボルフを思うさま質問攻めにし、褒めたたえた。
「野営を少しはしたし、分かっていたつもりだったけれど、結局辺境の基地にいることが多かった。地理や天候が分かっていなかったんだ。反省点が多いです」
「うん、原住民族は知れば知るほど奥深い文化を持っているよ。もう王都に戻るだろうけれど、機会があったらおいで」
「はい、ありがとうございます!」
(会話がかみ合っていないけれど……なぜか弾んでいるわ)
イズールはアドルの乙女のまなざしを生温かい目で見ながら、自分の恋人が「騎士」が好きすぎることを初めて知った。
アドルは王宮に仕える医者の家の長男だったが、幼いころから戦記物語や騎士物語に憧れ、あっさりと次男に家業を譲って騎士団にやってきたという。
街育ちのもやしっ子だったアドルは軍医になることを勧められるも、それをきっぱりと断り、竜使いの騎士になるために猛特訓したらしい。
しかし、今回、戦の中で部下や友人を亡くすことを体験し、騎士としての自分に自信がなくなってしまったのだ、と語った。
けれども騎士がやっぱり好きなのだとも。
「好きなことは大事にした方がいいよ」
ボルフは穏やかに語り、レイアもうなずく。
「竜使いの騎士になるなんて本当に努力したんでしょう。ここまで続けられたのも、団長にまでなっているのも向いていたからだと思う。身近な人が死んだのは辛かっただろうけど、その人たちのことは大事に覚えておきながら、騎士を続けてゆけばいい」
ボルフもまともなことを言う時はあるのだ。
「別に戦のためだけに騎士がいるんじゃないんだ。天災や外敵なんかから民や王都を守るため、国の安全のために動いているだろう?」
アドルは静かにうなずき、
「ありがとうございます、これからも頑張りたいと思います」
と、応えた。
「じゃあ、君にこの歌を贈ろう」
手のひらに乗る小さな箱の上にたくさんの小さな銀の棒がついている。
簡単な仕掛けの魔術具で、魔獣の民が良く使う楽器だという。
ボルフが棒をはじくと澄んだ音がした。
歌いだしたのはメーユに長く伝わる騎士の歌物語だ。
「わが夫ながら、良い歌声だわ」
しみじみとレイアがつぶやく。
自分の声は父譲りなのだ。
アドルの目には涙がにじんでいるようだった。
イズールも父の歌を久しぶりに楽しんで、一つの考えを思いつく。
「父さん、今、私たちは戦が終わったばかりでお金が必要よね?」
「え?」
「桑の木が欲しいんでしょう?」
「あ、ああ?」
ボルフの顔が不安そうである。
そんな危険な話ではない。
「私のお金にも限りがあるの。自分の金は自分の身体で稼いでいただきましょう」
「僕に何ができるって言うんだい?」
イズールはニヤリと笑った。
アドルは弱い方ではないが、水のように飲むわけではない。
イズールはお金が惜しくて普段は飲まない。
レイアは利き酒ができるくらい詳しいが、それはより良いものを作るためであって、飲むことそのものには執着がない。
酒のない夕食になった。
寒さの厳しい冬の辺境では、茹でたての肉や野草、何種類かの穀物を混ぜた温かい粥がごちそうだ。
いや、冷えた水を出されてもアドルは喜んで飲んだだろう。
家の中心でぱちぱちと火のはぜる囲炉裏を囲みながら、アドルはボルフを思うさま質問攻めにし、褒めたたえた。
「野営を少しはしたし、分かっていたつもりだったけれど、結局辺境の基地にいることが多かった。地理や天候が分かっていなかったんだ。反省点が多いです」
「うん、原住民族は知れば知るほど奥深い文化を持っているよ。もう王都に戻るだろうけれど、機会があったらおいで」
「はい、ありがとうございます!」
(会話がかみ合っていないけれど……なぜか弾んでいるわ)
イズールはアドルの乙女のまなざしを生温かい目で見ながら、自分の恋人が「騎士」が好きすぎることを初めて知った。
アドルは王宮に仕える医者の家の長男だったが、幼いころから戦記物語や騎士物語に憧れ、あっさりと次男に家業を譲って騎士団にやってきたという。
街育ちのもやしっ子だったアドルは軍医になることを勧められるも、それをきっぱりと断り、竜使いの騎士になるために猛特訓したらしい。
しかし、今回、戦の中で部下や友人を亡くすことを体験し、騎士としての自分に自信がなくなってしまったのだ、と語った。
けれども騎士がやっぱり好きなのだとも。
「好きなことは大事にした方がいいよ」
ボルフは穏やかに語り、レイアもうなずく。
「竜使いの騎士になるなんて本当に努力したんでしょう。ここまで続けられたのも、団長にまでなっているのも向いていたからだと思う。身近な人が死んだのは辛かっただろうけど、その人たちのことは大事に覚えておきながら、騎士を続けてゆけばいい」
ボルフもまともなことを言う時はあるのだ。
「別に戦のためだけに騎士がいるんじゃないんだ。天災や外敵なんかから民や王都を守るため、国の安全のために動いているだろう?」
アドルは静かにうなずき、
「ありがとうございます、これからも頑張りたいと思います」
と、応えた。
「じゃあ、君にこの歌を贈ろう」
手のひらに乗る小さな箱の上にたくさんの小さな銀の棒がついている。
簡単な仕掛けの魔術具で、魔獣の民が良く使う楽器だという。
ボルフが棒をはじくと澄んだ音がした。
歌いだしたのはメーユに長く伝わる騎士の歌物語だ。
「わが夫ながら、良い歌声だわ」
しみじみとレイアがつぶやく。
自分の声は父譲りなのだ。
アドルの目には涙がにじんでいるようだった。
イズールも父の歌を久しぶりに楽しんで、一つの考えを思いつく。
「父さん、今、私たちは戦が終わったばかりでお金が必要よね?」
「え?」
「桑の木が欲しいんでしょう?」
「あ、ああ?」
ボルフの顔が不安そうである。
そんな危険な話ではない。
「私のお金にも限りがあるの。自分の金は自分の身体で稼いでいただきましょう」
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イズールはニヤリと笑った。
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