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大きな狼はひょいとネリーを咥え、ポンと背中に乗せた。
「キヤイルに気に入られたねぇ」
ボルフと名乗った男はのんきにネリーに語りかける。
「ここは敵地だから、一度うちの村に帰ろう」
メドジェ族は確か野蛮な抵抗を続けている魔獣たちだったはずだ。
目の前の温かい背中の狼と、のんきな中年の男とは結びつかない。
魔獣たちは森の木々が茂った道のない場所を、軽々と飛ぶように走ってゆく。
冬の辺境はしびれる寒さで、ネリーの舞台衣装は薄い。
ぺとっと狼に抱きつくとほかほかと温かかった。
(温石を入れた毛布みたい……)
慣れない移動と公演の連続の日々で疲れていたネリーはうとうとと眠ってしまったらしい。
ふっと目を開けると、そこには大きな焚き火を囲む人々がいた。
狼が自分を包んでくれている。
聴きなれない楽器の音と歌声、踊る人々の気配にネリーは狼から頭を出した。
「ああ、目が覚めた」
ボルフが微笑み、寒いだろう?と服を渡してくれる。
羽毛が贅沢に入っているらしいその服を着ると、ネリーの身体のラインを隠してしまった。
これでは魅力が半減である。
「お腹がすいただろう?粥しかないけど食べるかい?」
ありがたく碗を受け取る。
食べたことのない雑穀の粥は、あたたかくてとても美味しかった。
「ありがとう、ボルフ。あたしはネリーというわ。一応国一番の踊り子なの」
そして、今日の出来事について話をした。
狼は賢そうな瞳を光らせて時々うなずいている。
ボルフが、ピンが7個とはすごいなぁ、と、感心していた。
「僕がもらってもいいかい?」
もう見たくもない、ありがたく受け取ってもらう。
ボルフは小さな袋に大事そうにピンを入れていた。
捨ててやりたいが、売れば金になるだろう。
宿代である。
焚き火を囲んだ歌と踊りはずっと続いていた。
初めてみる踊りであるが、なんだか楽しそうである。
ネリーはひょいと人の中に入った。
人々はちょっとびっくりして、ネリーに微笑みかける。
ギラギラした男たちか、妬むような女たちに見られ続ける慰問の旅をしていたネリーには嬉しい、他意のない微笑みだった。
自然と体が動き出す。
国の宝と言われた自分の踊りとは少し違うけれど、合わせて踊れば拍手が起こった。
老若男女が歌い、踊り、楽器を演奏して楽しむ。
メドジェ族の民は、案外自分に合いそうだ。
「……本当に、見事な舞だね」
息を切らせて帰ってきたネリーにボルフは湯気の立った良い匂いのする飲み物をくれた。
口に含めばほのかに苦く、美味しかった。
「辺境は土と水に恵まれているから、食べ物は何でも美味しいと思うよ。王都に帰りたくなくなるくらい」
狼がネリーにまつわりついてくる。
暗い朱色の毛をなでてやると、嬉しそうにうなった。
情がわきそうである。
ネリーは動物が好きなのだ。
「一緒に寝ようか?」
言葉は伝わったのであろう。狼が顔をネリーにすり寄せる。
「えっ、キヤイル、だめだよ」
慌てたボルフの声が聞こえないふりをして、狼がネリーを加えて一番大きな建物に入っていった。
小さな敷物にネリーを寝かせて包み込む。
「……いい子ね」
首元を掻いてやるとくすぐったそうにするのがかわいい。
程よい体温が心地よい。
一度少し眠ったが、お腹も満ちて、踊り疲れたネリーは、すうっと眠りに落ちた。
◇◇◇
(……あら?)
夜中に目を覚ましたネリーは、自分の横で眠る幼い少年にびっくりした。
自分には暗い朱色の毛皮が掛けてある。
しかし、その少年は床にそのまま寝ていた。
(どこの子かしら、凍えちゃうわ)
ネリーは少年に身を寄せ、自分の半分くらいの身長の少年を抱きしめた。
ネリーは子どもが大好きなのだ。
子どもは良く眠っている。
温かさを求めたのか、少年もネリーに抱きついてくる。
毛皮が温かい。
ネリーはまた目を閉じた。
◇◇◇
「キヤイル!式の前に何てことを!」
ボルフの怒鳴り声でネリーは目覚めた。
自分と同じくらいの年頃の魔獣の民のお嬢さんと、ボルフが怒っている。
少年は目を開けると、フン、とそっぽを向いた。
お嬢さんが分からない言葉で叫びながら、少年をバンバン殴っている。
一体何が起こっているのか。
「何もなかったかい?ネリー」
ボルフが真剣な顔で聞いてくるので、思わずネリーはぷっと吹き出した。
「こんな子どもと何をするって言うの?」
「いや、それならいいんだが、でも……」
二人が話していると、お嬢さんはネリーをにらみつけ、何か叫んで、泣きながら部屋を飛び出していった。
「どうするつもりだい?キヤイル。ネリーには魔力がほとんどないのに」
「俺は大丈夫。今までと一緒でいいだろう?」
少年は幼い声で大人のように話す。
発音がちょっとおかしいが、確かにメーユの言葉だった。
「一晩を一緒に過ごした。ネリーはもう俺の妻だ」
(……え?!)
ネリーは混乱した。
「キヤイルに気に入られたねぇ」
ボルフと名乗った男はのんきにネリーに語りかける。
「ここは敵地だから、一度うちの村に帰ろう」
メドジェ族は確か野蛮な抵抗を続けている魔獣たちだったはずだ。
目の前の温かい背中の狼と、のんきな中年の男とは結びつかない。
魔獣たちは森の木々が茂った道のない場所を、軽々と飛ぶように走ってゆく。
冬の辺境はしびれる寒さで、ネリーの舞台衣装は薄い。
ぺとっと狼に抱きつくとほかほかと温かかった。
(温石を入れた毛布みたい……)
慣れない移動と公演の連続の日々で疲れていたネリーはうとうとと眠ってしまったらしい。
ふっと目を開けると、そこには大きな焚き火を囲む人々がいた。
狼が自分を包んでくれている。
聴きなれない楽器の音と歌声、踊る人々の気配にネリーは狼から頭を出した。
「ああ、目が覚めた」
ボルフが微笑み、寒いだろう?と服を渡してくれる。
羽毛が贅沢に入っているらしいその服を着ると、ネリーの身体のラインを隠してしまった。
これでは魅力が半減である。
「お腹がすいただろう?粥しかないけど食べるかい?」
ありがたく碗を受け取る。
食べたことのない雑穀の粥は、あたたかくてとても美味しかった。
「ありがとう、ボルフ。あたしはネリーというわ。一応国一番の踊り子なの」
そして、今日の出来事について話をした。
狼は賢そうな瞳を光らせて時々うなずいている。
ボルフが、ピンが7個とはすごいなぁ、と、感心していた。
「僕がもらってもいいかい?」
もう見たくもない、ありがたく受け取ってもらう。
ボルフは小さな袋に大事そうにピンを入れていた。
捨ててやりたいが、売れば金になるだろう。
宿代である。
焚き火を囲んだ歌と踊りはずっと続いていた。
初めてみる踊りであるが、なんだか楽しそうである。
ネリーはひょいと人の中に入った。
人々はちょっとびっくりして、ネリーに微笑みかける。
ギラギラした男たちか、妬むような女たちに見られ続ける慰問の旅をしていたネリーには嬉しい、他意のない微笑みだった。
自然と体が動き出す。
国の宝と言われた自分の踊りとは少し違うけれど、合わせて踊れば拍手が起こった。
老若男女が歌い、踊り、楽器を演奏して楽しむ。
メドジェ族の民は、案外自分に合いそうだ。
「……本当に、見事な舞だね」
息を切らせて帰ってきたネリーにボルフは湯気の立った良い匂いのする飲み物をくれた。
口に含めばほのかに苦く、美味しかった。
「辺境は土と水に恵まれているから、食べ物は何でも美味しいと思うよ。王都に帰りたくなくなるくらい」
狼がネリーにまつわりついてくる。
暗い朱色の毛をなでてやると、嬉しそうにうなった。
情がわきそうである。
ネリーは動物が好きなのだ。
「一緒に寝ようか?」
言葉は伝わったのであろう。狼が顔をネリーにすり寄せる。
「えっ、キヤイル、だめだよ」
慌てたボルフの声が聞こえないふりをして、狼がネリーを加えて一番大きな建物に入っていった。
小さな敷物にネリーを寝かせて包み込む。
「……いい子ね」
首元を掻いてやるとくすぐったそうにするのがかわいい。
程よい体温が心地よい。
一度少し眠ったが、お腹も満ちて、踊り疲れたネリーは、すうっと眠りに落ちた。
◇◇◇
(……あら?)
夜中に目を覚ましたネリーは、自分の横で眠る幼い少年にびっくりした。
自分には暗い朱色の毛皮が掛けてある。
しかし、その少年は床にそのまま寝ていた。
(どこの子かしら、凍えちゃうわ)
ネリーは少年に身を寄せ、自分の半分くらいの身長の少年を抱きしめた。
ネリーは子どもが大好きなのだ。
子どもは良く眠っている。
温かさを求めたのか、少年もネリーに抱きついてくる。
毛皮が温かい。
ネリーはまた目を閉じた。
◇◇◇
「キヤイル!式の前に何てことを!」
ボルフの怒鳴り声でネリーは目覚めた。
自分と同じくらいの年頃の魔獣の民のお嬢さんと、ボルフが怒っている。
少年は目を開けると、フン、とそっぽを向いた。
お嬢さんが分からない言葉で叫びながら、少年をバンバン殴っている。
一体何が起こっているのか。
「何もなかったかい?ネリー」
ボルフが真剣な顔で聞いてくるので、思わずネリーはぷっと吹き出した。
「こんな子どもと何をするって言うの?」
「いや、それならいいんだが、でも……」
二人が話していると、お嬢さんはネリーをにらみつけ、何か叫んで、泣きながら部屋を飛び出していった。
「どうするつもりだい?キヤイル。ネリーには魔力がほとんどないのに」
「俺は大丈夫。今までと一緒でいいだろう?」
少年は幼い声で大人のように話す。
発音がちょっとおかしいが、確かにメーユの言葉だった。
「一晩を一緒に過ごした。ネリーはもう俺の妻だ」
(……え?!)
ネリーは混乱した。
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