魔石交換手はひそかに忙しい

押野桜

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「ゲーナが他の男に魔力を捧げてしまったんだ」

困り切った顔でボルフが言った。
ゲーナというのはあの少年、キヤイルを殴っていたお嬢さんの名前らしい。
魔獣の民は全員が魔獣であると思っていたが、そうではないとネリーは初めて知った。
大半の民は人の姿で生まれ、魔力を蓄える。
まれに獣の衣をまとって生まれる魔獣に変われる子がいるのだ。
獣の衣をまとって生まれた者は男女とも闘う戦士となり、人の姿で生まれた者は日々作物を作り、手仕事をして穏やかに生きている。
毎夜歌い踊っては魔力を蓄えるのだという。
ただ単に歌って踊るのが好きなだけではないのだ、とネリーは驚いた。
キヤイルはずば抜けた戦闘力を持つ魔獣であるが、そのキヤイルの力に釣り合うのがあのお嬢さんだけしかいなかったため、齢の離れた結婚をすることになっていたということなのだ。

「ゲーナにもう一度頼めないの?魔力がないと、何が困るの?」
「今が戦じゃなければ、別の魔力の強い娘が育つのを待てばいいんだけれど」

ボルフが言いよどむ。

「魔獣と人との魔力はつがいでしかやり取りできないんだけれど、ゲーナは別の男とつがいになってしまったんだよ」

ゲーナの魔力は狙われていたからね、とボルフはため息をつく。

「魔獣に変わるものは、成長する魔力を魔獣になる時使うから、なかなか成長しないんだ。結婚できて初めて、魔力が満ちて成長するんだよ。つがいが上手く見つからなかった場合は、成人するまで魔獣に変わることを控えて生活すればいいが、キヤイルはメドジェ族一番の魔獣で、戦力として欠けるわけにはいけない」
「一生子どもでいなければならないの?」
「もっと悪い」

ボルフが頭を抱えた。

「魔力が終われば、ある日急に死んでしまうこともあるんだ」

子どもが死ぬのはいけない。
しかし、魔力のないネリーには何もできないらしい。
そもそもつがいというのは何だ。

「問題ない」

キヤイルが言い切ったキヤイルの頭をボルフがたしなめるように軽くたたく。

「キヤイル、確かに族長は君だけれど、連合軍の軍師は僕だよ。僕の言うことに従ってもらう。しばらく魔獣になるのは禁止だ」

ボルフがきっぱりと言うと、キヤイルがムッと顔をしかめた。
こんな子どもが族長をして戦なんて、むごいことだとネリーは思う。

「……婆様に聞いてこよう、何かわかるかもしれない」

ボルフがネリーを見た。

「一緒に行ってくれるかい?」

子どもを死なせてはいけない。
ネリーはうなずいた。
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