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第1章 精霊姫 編
第35話 【攻略対象 辺境伯令息】荒ぶる精霊姫にネリネの花束を
しおりを挟む翌朝。
いつもの調査作業開始の時刻に、レーナは領兵詰所ではなく辺境伯家を訪れた。
ドリアーデ辺境伯から精霊姫の祠の場所を聞き出すためだ。ゲームでも登場した祠ではあったが、現実に樹海に足を運ぶと方向感覚はろくに働かなくなり、正確に位置を示すことは出来そうになかった。所詮ゲーム知識は、現実の感覚には及ばないと理解させられたレーナだ。
昨日のうちにエドヴィンが、父であるドリアーデ辺境伯に面談を申し入れてくれていたお陰で、レーナは直ぐに辺境伯の執務室に通された。
「お主が聞きたいと言っていたのは、樹海の中に在る精霊姫の祠だったのう?」
部屋の突き当りに置かれた、オーク色の重厚な執務机に着いたままで、ドリアーデ辺境伯がエメラルドの瞳を細める。彼の手元には、今日の面談のために揃えられた書物が数点積まれており、その中には、樹海の地図と思しき古めかしい羊皮紙の巻物もある。
「はい。そこが今回の騒ぎを治める、鍵になる場所のはずです」
応えるレーナは、執務机と入口扉の中間に置かれた長方形のローテーブルに着いていた。短辺に1人掛けのソファが置かれ、長辺に3人掛けのものが置かれた8人もの人間が一度に打ち合わせを行えるゆったりしたサイズのはずだ。
だが、今回もエドヴィンは馬車の時と同じく、広い椅子のレーナの腰かけるすぐ隣の触れそうな距離に座っている。
「レーナ、私も昨日はその辺りを詳しくは聞いていなかった。精霊姫を宥めるために居所である祠へ行くというのは普通の考えだ。まあ分かる。だが、今は荒ぶる彼女が近付けさせてはくれないだろう」
真横で顔をのぞき込むエドヴィンの意図は測れないが、昨日の花束の延長での行動だとしたなら、なかなかに強い執着心だと困惑するレーナだ。けれど、今はそんな些細な事よりも、自分の引き起こしてしまった領地滅亡の引き金になりかねない事態を治めることに集中しようと割り切る。
「そこで、必要になるアイテムが『ネリネの花束』なんです。彼女は、それを待ち兼ねているはずですから」
「お主は何を根拠にそんなことを言う? 我が領兵を使っての調査でも、そんな報告は微塵もなかったであろう」
「そうですね、確かに風習や祭り、言い伝えで知っていること……と尋ねても無かったですね」
話しながら部屋を見回るレーナの目には、この部屋に在る執務机とタペストリーが映る。執務机には、側面を彩るネリネの花唐草と精霊姫のレリーフが施され、壁を彩るタペストリーにはネリネの花がふんだんに咲き誇る縁模様が編み込まれて、中央に豪奢で可憐な精霊姫の姿が刺繍されている。
「だからこそです」
言い切るレーナに、辺境伯、エドヴィンの他、この部屋に留まる執事や衛兵までもが表情に疑問を浮かべる。
「玄関ホールに降りる階段。あそこに在る絵も、街中に在るあらゆる絵や柄や物も、何故必ず精霊姫とネリネが一緒になっているんですか?」
「何を言っている? そういうものであろう」
「そう思いますよね。ここに住む人たちは。だからこそです」
それからレーナは、精霊姫を宥める方法を告げたが、彼らは揃ってその言葉に懐疑的な反応を示していた。
けれど、外ならぬ異常事態を引き起こし、尋常でない力を持つレーナの提案を試しても良いだろう、とのドリアーデ辺境伯の一言によりその日の午後には準備を整えて、精霊姫の樹海へ出立する事となった。
レーナにとっては甚だ不本意な賛同理由ではあったのだが、仕方がないのである。
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